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僕たちの天使

私の愛する天使たち、ネコ、山P、佐藤健君、60~80年代の音楽、バイクなどを徒然に語っていきます。

オトメちゃんが母親になっていました。

zooさん、お元気ですか。 もうご承知かもしれませんが、オトメちゃんが お母さんになっていましたね。市川動植物園のHPに 2013年、オトメちゃんがお母さんになっていたことが載っていました。赤ちゃんを抱いてカメラ目線です、オトメちゃん。こんなに嬉しいことはない。またブログを再開してくださることを願っています。 このブログの2014年8月4日の記事を読んでください。

(2020/7/24)もう1つの別れ①

2020年07月24日 09時30分34秒 | 日常、仕事、認知症
もう1つの別れについて。
それは、実習生のことだ。
最初、頼まれた時は暇つぶし、気楽な気持ちで引き受けた。指導は、他の看護師たちだし、私は、場所、機会を提供するだけと思っていた。シャワーを使用している所、そこで看護師はどうサポートしているか、トイレの付き添いのサポートの仕方、食事、血圧、検温など、1週間という短い期間で、身につくのは基本動作位であろう。それでも、初めて現場に出て1つ1つが実習生にとって勉強になったことであろう。
その彼女に、加わった経験の1つが、患者の痛みの苦しみを目の当たりにしたことだろう。実習対象を頼まれた頃は、左股関節の痛みなかったと思う。それからすぐに、
痛みを感じ出した。私含め看護師たちも、マヒの後遺症だから、多少の痛みは仕方ないと思っていた。だから、私の苦しみ方を大袈裟にとらえる人もいた。夜中、急激に来る尿意と身体を起こして車椅子への(今思えば、何でもないこの動作)
移動のたびに痛がっていた私にかなり苛立っていたと断言できる。実習生は、患者の最も痛がっている時に実習を始めたのである。私の夜中の痛みと孤独な状態の時は彼女は見ていない。朝、彼女は来ると、「痛みはどうですか?」と聞く。その質問は、看護師としてである。ところが、患者の私は、痛みの他に、夜中の孤独感まで伝える。時間に余裕のある彼女は、真剣に聞く。私に、逆に、冷静な質問をする。いつから、痛み始めたのか、どういう痛みか、私は、肉を引き裂かれるような感覚だと答えた。どの姿勢が痛むか。詳しく説明する私。私は、どの看護師よりも
彼女に説明していると思った。来る先生方に痛みを訴えたが暖簾に腕押し状態だった。それらも彼女は見ていた。中には、私の痛がる姿に何かを感じて、「今、先生に伝えるからね。」と言ってくれた看護師がいた。それが功を奏したのか急遽、整形外科で検査してもらうことになった。その時に彼女は午後から往復3回の運搬に関わり、付き添いも一貫して彼女がいた。他の看護師たちはその時手の空いていている人が担当した。ベッドからストレッチャー、診察台への移動も
彼女がつき(もちろん補助役)、私の苦悶の様子を見ていた。そして、水を抜く、という意外な結末の時は、もう彼女の帰宅時間になっていた。この痛みはどうなるのだろう、という疑問を残して帰って行った。金曜日の夕刻、2日連休前、彼女の最終日の前の日だった。そして、2日の休みの間、痛みが去ったことを確信した。整形外科の先生の痛みの原因がわかってから処置への迅速な流れ。彼女はそこまで見ていた。
2日後、月曜日の朝、彼女はあれから痛みは落ちついたかと聞いてくる。
続く。

(2020/7/23)お別れ

2020年07月23日 10時05分02秒 | 日常、仕事、認知症
さっき私の主治医が来た。足の様子を見たあとに、「私は、今週で
ここを去って、別な病院に行くから、別な先生に引き継きを頼んだから。」とのこと。
皆、去って行く。年度末の予定された別れじゃない。そして、彼もこれからの人だ。
患者の為に頑張ってほしいね。若いから、職場が変わるのは相当プレッシャーだろうなあ。実力がものいう?それとも年功序列?

(2020/7/23)庭の雑草

2020年07月23日 08時22分20秒 | 日常、仕事、認知症
今日から4連休か。働く者は嬉しいに違いない。
骨休め、普段できないことをやる。
私なら、差し詰め庭の草取り再開かなあ。
2週間も放っておいたら、人も入れない状態だと思う。夫は全然こういうことはやらない。細かく指示すると、益々やらない。後で、玄関の横のアイビーのカットをお願いしてみよう。

(2020/7/22)重かった。か

2020年07月22日 16時04分36秒 | 日常、仕事、認知症
スマホを使って、検索するにも新規投稿するにも
動かない、重い。そしてドコモからメール。解決しました。軽くなりました。

今日は、青空と白い雲。

左足のぐにゃりは大分緩和された。
シャワーを浴びた。両手でバーをつかんで立ち上がるのが好きだ。
ぐにゃりがない。何回も確認したくなる。
が、左に自覚がないから、いつの間にか、ちょっと痛めていた。

会社のマネージャーからライン。状況を書いて、会社に従うと返信した。

(2020/7/19)股関節の痛みの件⑦その理由

2020年07月19日 14時19分30秒 | 日常、仕事、認知症
なぜ、神などとそれこそ大袈裟な表現をしているのか。
彼にとって原因さえわかれば、処置は技術的なもので簡単だったかもしれない。

何日も痛みを看護師たちに訴えて、医師に訴えて、リハビリの先生にも訴えて、誰一人本当に痛そうだ、と受け取ったのは幾人いたろう。
身体を転がす、悲鳴、向きを変える、悲鳴、「我慢してね。一瞬だから。」
その繰り返し。リハビリもそう。そんな中、事務の担当者が「主治医から脳梗塞については、もうやることはやったのでリハビリの転院の話になっていきます。」
と話を持ってきた。まだ股関節の痛みがひどかったので、ベッドの上から起きるのも、降りるのも、容易でないのにトイレの介助も必要、痛みも止まっ ていないのに転院するのか。「いえ、すぐではなくて、時間のかかることなので、早めに相談して置いた方がいいと思いまして。」
私の口調は、きついのでソフトに心がける。以前、主治医と 話した時に、 「リハビリの病院に数ヶ月間転院した後、またトモロッシさんに戻ってきてもらいます。動脈瘤があるので。」さあ、それは分からない。その後に股関節の痛みがスッと消える処置をしたら、早くこの病院を去るべきだと思った。私の孤独な激痛を検査から処置まで数時間で直してくれた。病名を病室まで知らせにきて、実は土曜日も
様子を見にきた。腰の痛みは一過性で、動かしているうちに軽減された。
分かりますか、理由。やっと真のリハビリができるのです。

(2020/7/19)股関節の痛みの件⑥ありがたい神

2020年07月19日 12時54分32秒 | 日常、仕事、認知症
私がこの病院に来て、印象的だったのは、皆若い、ということである。
いわゆる中間層の年代の人がいない。否、ほんの一部しか見ていないので
言い変えると、私に関わった人皆20代30代である。そういう方針なんだろうか。
もちろん誰でも若いうちからスタートする。経験の差、あれ聞いたことあるな。
いろいろな患者のパターンを知っている、あれ、こんな痛み方、前にも見たことがあるぞ、この苦しみ方尋常じゃないぞ、大袈裟ではないんではないか、何か重大なことが隠されているのではないか、などなど想像力を働かせられる賢い
人になっていれば。

また前置き長い。

初めて見るレントゲンモニターの中の動き。
大体どれが水なのかわからない。
チラッとモニター室を見ると、私の付き添いの看護師と実習生がモニターに
食いついていた。私も間近なモニターに
痛みも忘れて食いついていた。入院して初めて処置をしてもらっ気分だった。
「はい、終わりましたよ。」後処理してもらった後、また皆に抱えられてストレッチャーに移動したが、その時既に痛みを感じなかったのである。即効である。
信じられなかった。痛みが軽減するまでじわじわと時間がかかると思っていた。
少しまげただけでも悲鳴を上げていたのが、文字通り、嘘のように痛みが消えたのである。サンプルの一部を持って、また長い旅路のいくつもの扉を経る時
「医師っていいね。やはり人を助けるんだね・・・・・・」とつぶやいた。
病室に戻って、ベッドへの移動の際の痛みは取れたが固まった腰の痛みは残った。痛みが消えたつもりでも明日になれば、また感じるかもしれないので油断大敵である。実習生も疲れて(何しろ往復3回も付き添いの世話をしてくれた。)
夕方帰宅した。私も一日振り返っていた。
すると唐突に神登場。また何か?
「どうですか?」「先生、ありがとうございます。痛みが急速に引いていきまして、膝も単独て引き寄せられるんです。」と実践してみた。「よかったね。」腰の痛みについては、寝返りも打てない状態の痛みだろうということで、鎮痛剤を処方しておくから。それから、病名は偽痛風であろうと。また、なるか今後様子見るしかないね。
神、去る。

(2020/7/19)股関節の痛みの件⑤だから神

2020年07月19日 10時17分54秒 | 日常、仕事、認知症
今朝の空、入院して初めて青空を見た。雲はあるけれど、
きっと、待ち望んだ空の青さだ。
梅雨明けか、それとも一時的か。

昨日は、変な所で更新してしまつた。


2回も採尿しているので、何かは検査しているのだろう、
でも結果は、来週明けだ。そう思っていた。
ところが、予想に反して、先生が直接病室に来た。
「股関節に、水がたまっている。これからそれを抜くので、
こちらの準備でき次第呼び出します。」と言った。
何と、先生は私の主治医(脳外科医)に家族の許可を得るように、と言っていたことが夫のメールであとで知る。手際良い。
私たちもまたストレッチャーに載る準備。今度は男の看護師も来てベッドからの移動。もちろん私の痛みの悲鳴。先生の準備が出来、呼び出しかかり、
長い旅路の1階へ。診察室または手術室(上しか見えない私にはわからない)
に入ると先生方はレントゲンから身を守るプロテクター(正式名称知らず) を纏っていた。
「レントゲンに映された中を見ながら、水を抜いて行きます。ちょっと印を付けたり
穴を開けたりしてチクッとします。」
筋肉の断裂とか、腫れているとかを想像していたので、水という予想外のことに
誰一人辿りつけなかったことになるほどと思った次第です。医師も、看護師も、
リハビリ士も。

(2020/7/18) 股関節の痛みの件④神登場

2020年07月18日 17時06分17秒 | 日常、仕事、認知症
ストレッチャーでの移動、看護師も大変だが、肝心の私は痛みとの戦いなので、ストレスがきつい。空振りでも仕方ない。1時間しないうちに2回目の呼び出し。ベッドからストレッチャーに移動。痛みを我慢したいが声も出る。診察室へ。
ここで登場。また若い。いや、私よりも若くて当たり前な のだが。
先生に名前を名乗られたが耳の遠い私は当然聞き取れなかった。CT検査。
そもそも、MRIやCTがどういうものか分かっていない。前日のMRIでは、慣れたとは言え、あの音が恐怖心を誘う。全身平らかにしていると、筋が伸びて動機もしてきた。案の定、「動かないで。」と言われた。そんなこともあったので、CTも不安。
また身体を平らか。股関節や腰骨が痛くてうめき声、表情が歪む。「はい、すぐ済む
から。」
MRIとは全然違った。これで検査は終わった。
後は検査結果を月曜辺りに出してもらって「異状なし」と言われて終わりか。
そしてまたストレッチャーに載せられて戻って行くのである。
あとは2つ目のリハビリが残っていた。熱もあるし、身体の態勢も無理したし、軽くしてもらうつもりだった。
そして、程なくやってきて、採血と尿検査をするとなった。先生の指示だった。私は
この辺りから、なんか動いているぞ、と思いはじめた。しばらくしてから、看護師が
また採尿します。」と採尿。そして

(2020/7/18)股関節の痛みの件③神登場

2020年07月18日 16時59分15秒 | 日常、仕事、認知症
股関節の水を抜く、医学知識のない私は水が溜まるというのは
膝関節、胸水、腹水くらいの認識である。身体至る所で溜まるのであろうか?
この痛みを、 関わる先生方に訴えた。
「軟膏とか貼り薬出すにしても相談してみるから」
「 明日整形外科の先生にレントゲンを撮ってもらうようにするから。」
「肉が裂けたとかないでしょ。おそらく外側に向きっぱなしなので、
炎症を起こしているのだと思う。」
どれも私の痛みを軽減する明快な答に思えなかった。
次の日レントゲンを撮ってもらえた。だがその世話をした方たちは女性だった。
撮って、次がわからない。どうだったがない。
根本の痛みが消えないままリハビリをすることは拷問に近い。
しかし、私の本来の病は、脳梗塞だから、せいぜい麻痺の炎症位にしか誰もそう
思っていた。17日、朝から熱が出た。38℃何回測ってもその前後であった。
気持ちが暗い。実習生が色々とやってくれた。一番 身近にいたから、気持ちも
痛みも分かってくれた。コロナで面会全面禁止というのも心を削った。夫に会えない、相当答えた。 熱でボーッとしている中、1つ目のリハビリが始まった。支えている右腰の痛みも強烈になってきた。車椅子の練習はしなかった。
そんな時に看護師たちが慌ただしく「整形外科の先生の検査入るから。」
とストレッチャーをベッドの横につけて、4人がかりで私を移動させた。長い廊下といくつもの扉を経て、エレベーターに乗り、外来患者がいる所まできた。
診察室に入ってずっと待っていたが、まだ外来患者に係るのでいったん病室に戻るように言われて、引き上げた。
この時点でまだ神は降りてこない。降りてくるなんて思ってもいない。


(2020/7/18)股関節の痛みの件②

2020年07月18日 11時18分47秒 | 日常、仕事、認知症
届けられた採取サンプルは、ナースたちの共有
すべき患者の情報である。
先生の要請で採血、採尿、しかも足りないからと2回も
要請されている。先生の声で、3回も1、2時間のうちに
6階から1階にストレッチャーで移動している。ベッドからストレッチャーに移動するのに看護師3、4名入れ替わり立ち替わりやってくる。
移動するたびに、私は、悲鳴を上げている。この件に関して知らない看護師はいない。ここまでは、長い前置きです。私の文は悪文。

(2020/7/18)股関節の痛みの件①

2020年07月18日 06時22分32秒 | 日常、仕事、認知症
昨日飲んだ痛み止めが効いて、意識朦朧として書いたブログも意味不明。

股関節の激痛は、漸く、原因を突き止め、水が溜まっていたことが激痛の元だった。
ずっと左足が、がに股スタイルで外側に向いたままだった。
あの激痛を、看護師たちは、大袈裟として捉え
トイレ、清拭など、彼女たちは毎日どの患者にも
やっているので、少し痛いのは我慢しろと私にもそうした。
私も通常の痛みなら我慢をする。だがこの痛みは
尋常じゃなかった。

痛くて痛くて、寝返りを打つのに少しずつ少しずつ
ずらしてうつ伏せになったとき、暗闇、時刻がわからないことがいっそう
孤独感絶望感で心は死んでいた。紙おむつ交換という何でもない作業に悲鳴を
上げる私を冷ややかに見ていた。私は彼女を拒絶し
彼女もそれをわかってか3日姿を現さなかった。
そして昨日夕方、股関節の水を抜く作業を終えて、採取されたサンプルの一部と共に戻ってきた私は、そのサンプルがナースステーションに届けられるのを見た。

(2020/7/7)股関節に水が溜まっていた。

2020年07月17日 19時26分25秒 | 日常、仕事、認知症
仙台 学生クラスターの為病院面会全面禁止。
夫とも会えない。姑の時とそっくりだ。そのまま
2カ月間会えないまま死んでいった。

股関節のCTを撮っ た。股関節に水がたまっているとのこと。
午前から発熱して、その対応をしたのは実習生だった。

疲れた。39度。整形外科の先生は、対応が素早か
った。何回ストレッチャーで移動したことか。そして、先生もCT検査したあと結果はこの病院のことだから明日以降の結果だと思っていた。ところが、先生は、
「股関節に水が溜まっている。もう少し詳しく検査したいから、尿検査と採血。と、
わざわざ6階まで言いにきた。私が何度もストレッチャーに移動するたびに
悲鳴を上げるので来てくれる。処置の時はレントゲンのモニターを見ながら針を刺し、固定して、注射器で吸い取ってくれた。


すごく頭がボーッとして間違えてばかり。止める。

(2020/7/16)車椅子の操作。

2020年07月16日 19時47分27秒 | 日常、仕事、認知症
今日のメモとして、
二つのリハビリで、車椅子に乗って実際に運転してみる。
左手の力が入らないので、曲がってばかりいる。
車椅子での移動。これが課題。
左足が全く動かない。指も動かない。先生の介助を借りて立ち上がっても、左の足首がぐにゃりとなるので気持ちが萎える。ここから立てるようになるのか。
3回目のMRI。今日急に言われたので、夫の仕事に支障を来す。それでも来てくれた。前回よりもはっきり、大きく見える。もういいや。リハビリについては何カ月かかかるので、この先、リハビリの施設医院に転院。ハァ、やっぱり萎える。トモに会えない。今の病院で何とか立てるようになりたい。
でも、トモロッシさん、明るくなりましたね。と言われる。
だって、先生、実習生は可愛いし、一生懸命だし、私の冗談にコロコロ笑うし、
笑いの傍に笑いが来るし。
先日先生と言った言わないの言い合いや、看護師の乱暴なやり方に悪態をついた一昨日を乗り越えたので。

ところで、記事を書いてからの読み直しはしていない。ごめんなさい。

(2020/7/16)友人からのメール

2020年07月16日 09時16分04秒 | 日常、仕事、認知症
昨夜は消灯前に眠った。ぐっすり、というのは入院以来初めてかもしれない。
3時間熟睡した。そして自然に目覚めて、時計を見ると0時近かった。そこからまた時間が過ぎていくのが遅く感じられるのだ。だから熟睡時間が2時3時までだったらいいなと思う。
昨日夕方、友人からメールが届いた。過去の思い出の中に入っていきそうなら存在になっていた。彼女は元同僚。昨年の6月ごろに辞めた人。そして9月にもう一人の同僚と2人で彼女の家にさ遊びに行った。牛タン弁当を食べて私と姑のやりとりを嬉しそうに聞いてくれた。その日のブログがあるので読んでみてください。
3人で映画を観た。私がおずおずと、「コードブルー観に行きませんか?」と2人を
誘ったら2人とも「行く、行く!」と乗り気だった。この職場でこんなに仲良く過ごせると思わなかった。上司もリーダーである彼女を中心にしてチームワークが良いと褒めていた。そして月日が流れ、彼女が辞め、今年の3月にもう一人の同僚が
辞めた。この時期は、コロナのことで体制も代わりつつあった。そして彼女も娘さん夫妻の所に滞在していたがそのまま移動できなかった。
それがこの度帰ってきて私に連絡してきた次第です。
だから、彼女は私が脳梗塞で入院しているのは知らない。
私は、彼女の連絡も神のくれたものと思っている。関東に行ってしまった彼女もこちらに家族と住んでいる同僚ももう私を過去の人と思っているだろう。また3人でゲラゲラ笑いたいね。また戻りたいね。

今日、3回目のMRI。

(20201/7/15)血圧が下がった。

2020年07月15日 18時53分11秒 | 日常、仕事、認知症
リハビリの2人の先生のおかげで少しは 左足の移動が楽になった。
それから、尿道に管を入れてくれた。これで 夜間のトイレの心配がなくなった。
一日に何度も血圧を測るが、低い数字145を見た。モニターも取り外した。点滴も外した。身軽になった。今日は、昨日眠っていないので寝る。