(2021/3/2)路地を杖無しで歩いてみた。 2021年03月02日 12時58分53秒 | 日常、仕事、認知症 朝6時頃の東の空です。夫を送り出した後ゴミ出しに。誰とも会わないので、約80mあるうちの前の路地は、私のリハビリ場所になる。往復5周するだけでも、いい運動になる。写真の通りは車通り。路地はこの時間はうちの車くらいしか出ていかない。今朝は、杖を持ちながら、その後杖を壁に立てかけて、no杖で歩いてみた。疲れたので、うちの中から、椅子を壁沿いに置いて。休憩をとりながら歩く。これから少しずつ距離を伸ばしていく。気分すっきり。
(2021/3/2)路地を杖無しで歩いてみた。 2021年03月02日 12時58分53秒 | 日常、仕事、認知症 朝6時頃の東の空です。夫を送り出した後ゴミ出しに。誰とも会わないので、約80mあるうちの前の路地は、私のリハビリ場所になる。往復5周するだけでも、いい運動になる。写真の通りは車通り。路地はこの時間はうちの車くらいしか出ていかない。今朝は、杖を持ちながら、その後杖を壁に立てかけて、no杖で歩いてみた。疲れたので、うちの中から椅子を出して壁沿いに置いて。休憩をとりながら歩く。これから少しずつ距離を伸ばしていく。気分すっきり。
(2021/3/1)夫への感謝の気持ち 2021年03月01日 13時22分46秒 | 日常、仕事、認知症 昼食の時間。おにぎり🍙を1個食べた。できるだけ入院していた時の時間の流れを踏襲して行こうと思っている。しかし、肝心のリハビリがうまくいっていない。夫もそれを指摘する。東北の早春は、風も強くて、長い時間外にいることには抵抗がある。私の外に出る時刻は、ゴミ出しの早朝、夫と買い物に行く休日だけである。退院以来、一向に街に行くことを渋っている。だから辞めた会社にも挨拶に行っていない。今月は動かなくてはなあ。腰の重い私である。 ところで、休みの日は、1時間程、夫に足腰、肩のマッサージを施している。私自身の両手指のリハビリを兼ねている。左手指の痺れをほぐすのと右手指の動きを真似られるか、力加減を真似られるか、それらを見ながら夫の疲れをほぐしている。夫には感謝しているんだ。それをどういう時に感じていたかというと、入院時バスタオルを持って来てほしいと頼むと、イオンで買った新品のものを届けてくれ、貴重な休みの時間を割いて選んでいる夫の姿を思い浮かべては、早く帰って夫孝行しよう、と真面目に人一倍リハビリに頑張った。これを頑張れば退院日が早くなると信じて。あの時の自分の真面目な気持ちや夫への感謝の気持ちの象徴のバスタオル大判。身体を拭くのは専ら病院の業者の使い古したタオル。夫が選んだふわふわのバスタオルはベッドに腰掛ける所に置いた。そして、なるべくあの環境の再現をしている今、腰掛け部分に敷いている。夫にはなかなか伝わらないそれである。 週の始め、鶏の唐揚げ、八宝菜で帰宅を待とうと思う。
(2021/2/28)満月に祈る 2021年02月28日 16時17分27秒 | 日常、仕事、認知症 少し春っぽい温度。猫たちは喜ぶ。 昨夜は、空が晴れていて、月見日和であった。東の空から南に移動した頃にベランダに出ようとしたところ、夫が私の後を着いてきて、月に拝んでいた。「宝くじが当たりますように。」それかよ。私は、皆の永遠の命を祈った。荒唐無稽な祈りの中身であるが、今の気持ちに沿ったら、その祈りが出た。朝6時前、自分の部屋の西側のカーテンを開けると、まだ月は、夜中の時より大きく低く存在していた。東側の空は明るくなってきた頃でもある。満月、来月もよろしく。今年のスーパームーンは5月らしい。
(2021/2/27)今宵はスノームーン。 2021年02月27日 08時55分14秒 | 日常、仕事、認知症 2月も後1日で終わり。寒さ、積雪に終始した。そして、今朝4時過ぎに和室のカーテンを開ければ、またうっすらと雪が積もっている。まだまだ、冬を味わっている私である。日中は雲さえなければ、日差しを取り込んで春らしさを感じているが、春って、ホラ、活発で活動的で生産的で、今の自分には、ついて行けないスピード感があるようで、気分的にどうなることやら。例えば、これからカエルたちが重なりながら車通りに出て来るのを機敏に阻止できるかというと答は解っている。前のめりの姿勢は、支え切れない自分には危険である。 話があちこちに飛んでいく。伝えたかったのは今宵は「スノームーン」であること。満月🌕です。仰いでください。
(2021/2/26)スマホの写真の練習 2021年02月26日 19時13分39秒 | 日常、仕事、認知症 まだ、不完全だなあ。よく見えないので、どのように写っているのかも定かでない。生協のチラシを見ている私の横でマッタリしているトモ。耳掃除もしてやりました。 今日は、何回も地震あり。あの大きな地震から2週間経つ。ナナコさんの避妊手術の日でもあった。次の日戻って来たが、ぐったりするとか、食欲をなくしたとか全くなかった。ケナガと暴れまくっている。
(2021/2/24)やっばり、何かが変わっている。 2021年02月24日 14時54分01秒 | 日常、仕事、認知症 さっき、雪が舞っていた。日差しはしっかり部屋の中まで入ってくれるので、1階の猫たちも2階のトモも喜んで、寧ろ、眩し過ぎて日差しを避ける贅沢な行動をしている。風が強い。 先日から、私の気持ちは沈んで、停滞して、我ながら、危険だ、と思ってきた。退院してきて、何回か襲う気持ちである。それを打開する為に、何とか文に出来ないかと思うようにした。が、頭動かない、左手動かない、語彙力ないと決めて過ごす。
(2021/2/20)ナナオ君登場。 2021年02月20日 22時39分53秒 | 日常、仕事、認知症 夫とうまくいかない。私が倒れたのは、自業自得と言う。 ナナオ君が半年ぶりに我が家に来た。生きていたんだね。私の病気前に去勢手術した子である。
(2021/2/15)父のこと。 2021年02月15日 15時23分38秒 | 日常、仕事、認知症 午前中に知人から電話があった。父の友人(故人)の娘さんで、介護の仕事をしている。彼女の小学生時代から知っていて、近年は正月に父を囲んで皆で集まっていた。今年の正月も、私も退院したことだし、そのようになるだろうと思っていた。しかし、昨年12月27日に実家に行ったとき、父は正月には集まらなくていい、気を使う、あんたたちも来なくていい、と言われた。その時に、差別的なことや、不快なことも言われ、もうこちらから連絡するのは避けよう、と思った。父は、人間関係を、自分の役に立つか否かで判断することが多い。娘の私の存在もその一つだ。だが、私の身体がこうなった以上、逆に厄介者扱いだ。それらしい言葉が耳に残っている。一昨日の地震の時もチラッと頭をかすめたが、口には出さなかった。夫も何も言わない。もし何かあれば実家の隣か、近くにいる父の又甥から連絡が入るはず。そんな矢先に、介護の知人が父に連絡したようだ。そして、地震の後片づけに行くので、トモロッシちゃんも顔見せに行くと喜ぶから一緒にどう?と誘われた。そして、私は退院後のあれこれを詳しく述べた。「顔を出すだけでも喜ぶ」よく使われる言葉だし、私も他者に使っていた。うちは、そういう段階じゃない。 10年前の震災当日、次の日の父との悶着を思い出す。自分の考えに固執した人間を相手にするのは、血圧を上げるだけだ。10年経っても強烈に印象に残っている。今年の夏、父は90になる。足腰は私は負けている。
(2021/2/14)地震。猫の様子。 2021年02月14日 16時14分00秒 | 日常、仕事、認知症 昨夜の地震時に寝ていた私。揺れを地震と結びつかなかった。ガタガタッという激しい音で、地震だとわかった。起きていれば、すぐにわかったのだが、寝ぼけていたので、短く感じた。あの時よりは、被害も少なかろうと思った。夫はまだ起きていてテレビを観ていたのだが、揺れが収まった後、上から落ちてきたものをかき集めてそのまま、ニュースを見出した。いやいや、まず、1階にいる、ケナガやモーさんの安否確認でしょう。仕方ない、歩みののろい私が見てくる。電気の確認をしながら、階段を下りて、食堂の引き戸が開かない。和室から入った。色々なものが落ちてはいるが、あの時とは違う。実家の足の踏み場もなかった状態を思い出す。肝心のケナガがいない。隠れそうな所を見たがいない。外に出ることが出きないので、どこかに潜んでいるはず。いた!神棚の上!てっきり下のどこかに潜んでいると思ったのに。夫に「食堂の戸が開かない。」と伝えに行き、他の部屋なども点検。オーディオルームのCDも飛びだしてない。やはり、あの時と違う。あの時は横揺れの振り幅が凄かった。そして長かった。終わったかと思ったら、また揺り戻し。頭の中ではこのままずっと揺れが続くと思われた。今回は強かったけれど、自分にとっては、瞬間的に思えた。トモもどこかに隠れたけれど、程なくベッドの上に戻ったきて寝始めた。あの時を体験している猫です。 すっかり目が覚めた私。食堂の戸を直してもらった後、夫は和室でケナガを撫でながら地震ニュースを見ていた。私は雑煮を作り始めた。昼に作る予定だったが、何があるかわからないので今のうちに作っておこうとなった。前日、ナナコさんの避妊手術をして、日曜に迎えに行くことになっている。ナナコさんも、夜中初めての恐怖体験でかなり消耗したことと思う。 しかし、ナナコさんも強かった。 あ、ご飯支度しなくては。 地震のニュースで、実父の留守番電話あり。
(2021/2/12)蜂の巣 2021年02月12日 15時57分04秒 | 日常、仕事、認知症 今、16時まで休憩である。ゆえに、トモとベッドの上にいる。トモは私の枕の上で股を広げて整容。これがカワイイんだね。安心して身体を舐めて、急にピタッと止めて、私の顔を見る。意味あるのか、ないのか。 今日も、朝4時前に起きて、6時に夫を見送り、早めに朝食を摂り、6時45分にゴミを出しに行った。人にあまり会いたくないので、早めに出しに行く。このごろは雪の降り具合を見て、右手に杖、左手に重いゴミ袋を持ち、バランスを取りながら歩数を数えながら自分でいくようにしている。雪道の危険な時は夫が出してくれた。洗濯を2回して、ベランダに干す。久々だ。この所ずっと室内干しだった。今日は風も穏やかで、青空が広がったので、ベランダを歩いてみる。すると、雨戸入れの間に蜂の巣があった。 結構大きい。前も、ベランダに蜂の巣を発見したことがあったが、あの時と同じ流れの蜂?巣の中を見ないで処理した。私、生きものは放置する方だが、蜂の巣は仕方なく処理。私のいない夏、秋のうちにベランダに通っていたんだね、蜂。 ケナガ、和室のマットレスにオシッコした。古いものなので、これを機に、処分できると思うようにした。ケナガ相手にリハビリを兼ねた遊び。
(2021/2/10)この一カ月の私。 2021年02月10日 12時33分48秒 | 日常、仕事、認知症 久々のブログです。今日は、スマホから。昼前、ようやく日差しが射して、ベッドの上で毛づくろいしているトモは、日差しを堪能しているようです。朝から、早くカーテンを開けろ、早く陽を当てろ、と無茶な鳴き声を発します。とにかく、ベッドの上で過ごすことが好きなトモと私です。床(ゆか) や畳の上で作業が困難な私は、このベッドを台にして、アイロン掛けしたり、畳んだり、先日は障子の張り替えをしたり。ところが、左手の動きが安定しないので、貼った後のゆるゆるにがっかりして、もう一度やり直そうか、いや、また同じだとそのままにした。他のも貼らないと駄目だし。 雪、雪、雪の一カ月。友人との約束も保留。誰とも会っていない。会話は、夫か、猫たちのみ。 ケナガの去勢手術。 自分の薬の為、近くが病院に一人で行ってみる。買い物は、まだ一人で行っていない。こんなに臆病な性格と思わなかった。否、慎重だということ。やはり、転倒した状況のことを考えると、雪道を杖で歩くのは、退院仕立ての自分は賢明ではないと判断した。 「寒中見舞い葉書」の内容に反応あり。 まず、実父から電話あり。留守番電話。 幾人かの反応あり。有り難し。
(2021/1/7)ベッド生活と愛しいトモ。 2021年01月07日 11時29分22秒 | 日常、仕事、認知症 2021年、初めてのブログです。 今年の正月って、もう4日から仕事始めなんですよね。年末は色々忙しいし、漸くのんびりと過ごせると思っているうちに仕事。 夫が可哀想。 年末に、父の所に行き、いやな不快な気持ちになり、もう実家に行くのも数カ月に一度の割合にしようと思った。金の亡者は嫌い。 私と対極である。 日常のことを少しずつ書いていこう。 私のお気に入りの場所、二階の南のベランダ側に面したサッシの傍に置いたベッドの上である。特等席。 もともと、ソファ2つが置いてあり、トモが日向ぼっこしていた所。 約半年ぶりに家に戻った時、自分の寝床が課題だった。 病気になる前、私は一階の八畳間の姑の部屋で寝起きしていて、うちに来る猫たちの面倒も見られるし、食堂にも繋がっていたから便利だと 思っていた。しかし、この病気になってから、布団からの寝起きは困難だと仮帰宅の時にわかり、ベッドの生活に切り替えようとリハビリの先生や 夫との話になっていた。ネットで調べて、エアーベッド、折り畳みベッドの購入も検討した。持ち運びに便利、ということにくいついた。 結局折り畳みベッドの購入に落ち着き、正月を迎える前にネットで買う。これが思っていた以上に正解。 腰掛けた状態の高さ、マットの適度な硬さ、病院以上のベッドであった。いざとなれば、隣の本来の自分の部屋にも移動できる。 一階は、介護用ベッドがあるので、もう二階に上がれない身体になれば、それが使える。 夫はしばらく1人で暮らしていた気楽さを侵害されるような気持になり、本来の自分の部屋に設置しろ、と言っていたが 私は、トイレの近い方、障害物の少ない方、孤独にならない方、という事で、居間を希望した。これまた正解。 カーテンを開けると、朝日、青空、雪景色、病院で見られなかった自然の景色が直に見られる。これは心のリハビリになる。 今日の午前は特に青空が見られて、ブログを書こうという気持ちになった。 このベッドの上で大半のことができる。 着替え、毎日の記録メモ書き、血圧測定、スマホ、洗濯物畳み、整容、針仕事、ドリル勉強、チラシ読み、トモ遊び、などなど。 トモは私の存在にもう疑問を抱いていない。当たり前のように受け入れてくれている。 トモは、私の不在の間、食欲はなかった。もともとそうだった。夫のメールで「朝のゴハンが残っている」と知らせてくれた。 私がゴハンを上げると、よく食べるようになった。だから、トイレのウンチも、モリ、モリという感じになった。 以前より出るのである。14歳、一人きりで、早朝5時過ぎから夜8時近くまで過ごしてきた。シンノスケもナナもいない。 愛しいトモよ、今、またベッドの上にいるね、そっちに行くよ。
(2020/12/31)来年もよろしく。今年の私、さよなら。 2020年12月31日 15時30分42秒 | 日常、仕事、認知症 11日に帰宅し、その後のことが書かれていない。 家にての行動がもう慣れていいはずなのだが、 一向に慣れていないというのがわかった。 年末年始は家にいる。 実家には行かないことになった。 夫とトモとその他の猫たちとの生活である。 左脚が思ったよりうまく機能しないので、気持ちばかりが焦って、思考停止の状態になる。 なにか1つでも失敗したら、自己否定に繋がっていくのである。これはかなり深刻であった。 頭の中が整理できていないので、ブログを遠ざけていた。 夫は、マイナス思考ばっかりだ、と私を見て言う。 今年を振り返るにはあまりに多くの予想外のことがありすぎた。 失ったものが多い。そして、総括もしていない。しないうちに次々と襲う。 一気に老けた。 皆に置いて行かれる心境。 一つだけ、良い方に変わったのは、 激昂しなくなったことか。怒りの感情がどこかに行ってしまった。 結構、とがっていた私だ。
(2020/12/11)退院日。 2020年12月11日 21時01分05秒 | 日常、仕事、認知症 久しぶりのパソコンだ。 やはり文字が大きいのがいい。しかし、やはり心配していた左手指の動きが今一つである。それにパソコンの動きも怪しい。 まあ、リハビリの延長のつもりでのんびり書こう。 今日、お昼に自宅に到着した。冬の庭は一層荒れた感じが否めない。ひと月前に一時帰宅で庭の荒れた様子は知っていたので それほどショックではなかったが、しばらくはこの状態。明日辺り、雪になりそうだ。 寒さを感じる自宅になりそうだ。病院に居た時は、ずっと半袖だった。リハビリをしていると暑くなる。午後はますます暑くなる。 夜も朝起きる頃も、感じる温度は一定だった。 家に帰っても、しばらくは病院の生活を踏襲していきたい。よって、9時消灯。 パソコンの練習で終わります。帰ってきました。