リカバリー志向でいこう !  

精神科医師のブログ。
弱さを絆に地域を紡ぎ、コンヴィヴィアルな社会をつくりましょう。

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目が腐るくらい寝てみたい

2006年08月18日 | Weblog
長野県の出身の同僚が「目が腐るくらい、寝てみたくないっすか?」といっていた。
初めて聞いた目が腐るという表現にちょっとギョッとしてスプラッターでグロテスクな腐った目玉が飛び出るホラー映画のようなシーンを想像してしまった。
そいつ独自の言い方かと思ったら、どうやらここいら(このあたり)では、一般的な言い方らしい。
「寝すぎて目がくさっちむーよ。」などなど。

自分は四国、関西、北海道と転々としてきたので、言葉にはうるさい方である。
各地のご当地言葉を楽しんできた。
外国語を勉強するのも使うのも好きだ。

信州佐久は比較的、方言はきつくない地方ではあるがそれでもかなりある。
こっちに来たときから「これは方言!」と思った言葉をちまちまと集めてきた。
初期研修のころから地元出身のスタッフから教わったり患者さんから教わったりして、集めてまとめたものを他の研修医に配ったりもした。
そして特に高齢者相手の診療の場面など積極的に使うように心がけてきた。
方言を使うと自然に打ち解ける。
教えてもらうことで会話も生まれる。
だんだん上手く使えるようになってきて、どれが方言かわからなくなってきた。
さびしいが、それだけなじんだということだろう。

かつては使いこなしていたはずの讃岐弁や関西弁、北海道弁もスムーズにはでなくなってきた。
今、地元にずっといる昔の友人や弟と話しをすると逆にそれが当地の言葉だったのだといまさらながらに気づかされることもある。

自分のいる病院は地元出身者や研修医あがりでずっといる人、独自採用の医師も多いが科によっては大学医局からの医局人事で動いている。
関東の医科大学から来て1年程度回ってきて技術を学び、あるいは提供して次の場所へ移っていく医師などは、週末は東京に帰ったりするし、ほとんど地域にも出るチャンスもない。言葉や生活背景などの細かいところでのジジババとコミュニケーションはきっと難しいんだろうなと思う。

無医村の良きサマリア人看護師

2006年08月17日 | Weblog
ある病院から遠く離れた村の診療所での出来事。

その日は休日で、その時、村に一台の救急車もたまたま出払っていた。
「家族が意識がなく心肺停止?どうすればいい?」との連絡が役場経由で村の診療所の職員に入った。
役場の宿直は、家族にとりあえず診療所に連れて行けと指示。
連絡をうけた診療所の職員(看護師)が診療所をあけてばたばたしているうちに、患者はもうはこばれてきた。

その村では夜間と休日は実質、無医村となる、

そのようなケースにおける連絡、連携体制も充分にねられていなかった。

看護師はもう1人の職員に応援を呼び、もう1人は救急隊との連絡などに追われた。
結局、医師との連絡は遅れた。

心肺停止との触れ込みで、家族に連れられてきた患者は、息はしており、脈も触れるようであったが、呼びかけに反応はなかった。
何かできることをと考えた看護師は通常の手順に従いソルラクト(細胞外液)でルート確保をした。
後に村に戻ってきた救急車で病院へと搬送されたのだが・・・。

これが後で問題となったらしい。

医師の指示なしにルートキープして点滴をおこなったことがである。
ルートキープとは手や足の表在の血管(静脈)に細い針(プラスチック製の外筒だけをのこす)を差しこみ点滴行うことである。
大きな危険性や副作用もなく、血圧低下(ショック)にも対応でき、必要時にすぐ薬剤投与もすぐできる道を確保したわけで、むしろほめられるべきという人もいた。

救急隊の場合もトレーニングを受けた救急救命師には包括的メディカルコントロール下で、現場での挿管や除細動、ルートキープなどの医療行為が許されるようになってきている。
救急はABCからというように窒息や舌根沈下などで気道が閉塞した際の気道の確など保は一刻を争うことがある。ある種の不整脈の場合は一刻も早い除細動が必要だ。この際はプロトコール(手順)に従いAED(自動体外式除細動器)を用いた電気ショックを行う。
このAEDは空港や駅など人が集まる場所に設置されるようになってきており、自動的に心電図を解析し音声で指示をだしてくれる。
啓蒙活動も盛んに行われ、一般の人でも使えるようになってきている。

気道が確保され、呼吸が可能となれば次は循環の確保、すなわちルートキープということになる。

医師が同乗したドクターカーや、ドクターヘリが駆けつけて行う処置も、まずこのようなところから開始される。その場合は緊急薬剤の投与、処置まで可能となるわけだが・・・・。

このケースにおいてその時点でのルートキープが必須だったかはわからない。
ただ、その場にいた看護師は自分で考えて、できることを精一杯やったということだ。
「当然のことをやっただけ。むしろ賞賛されるべき。問題はない。」
「医師の指示なしに、医療行為をやって何かあったときに責任はとれない。」
その行為の是非は意見がわかれた。

現状では医療行為はすべて医師の指示から始まる仕組みになっている。

救急外来で当直などをしていると救急隊から
「○○で○○で○○です。○○での気道確保の指示をください。先生のお名前は?」
という連絡があることがある。

そういったときには救急隊を信じて「は、はい、気道確保お願いします。○○です。」
と儀式的に指示をだすしかない。

また、在宅の患者さんなどで介護職が血圧を測ってもいいが、それを「高い、低い」などと解釈してはいけないというお達しもあった。
なんともおかしな話であるが。

医療は医師が業務独占し、医師が判断し、指示を出し、責任をおうという役まわりである限り、そういったことは形式的であっても必要なのだろうか?

医療行為と非医療行為の境目は?
包括的メディカルコントロールとは

なかなか深い問題をはらんでおり考えさせられる出来事であった。

LRT、10年で10都市に!

2006年08月16日 | Weblog
 最近やられ気味なので、ちょっと夢のある話を。
 今後10年間で10都市にLRT(Light Rail Transit)を建設するという計画を国土交通省が発表したそうだ。宇都宮、堺などが候補としてあがっているが、どの都市に作るかは今後選定予定だそうだ。 人工が10万~30万程度の中規模の核市で、だらしなくスプロール化と都市機能の分散の進んでいない、市街地がギュッとあつまったコンパクトな街が候補にあがるだろう。とすると、あの街あたりかなぁ・・・。と想像してみる。

 かつては多くの町には市電とよばれる路面電車が走っていた。私になじみのある高松や京都にもそれはあったのだ。しかし多くの都市ではモータリゼーションの進行と地下鉄の建設とともに廃止に追いやられる運命をたどった。
 ところが道路から直接乗り降りできる路面電車は、エネルギー効率も高く、高齢者も利用しやすく人と環境にやさしいことから近年、再び脚光を浴びている。LRTは市電を近代的な技術で改良し低床などバリアフリーにし大量輸送、郊外への高速輸送にも対応したものといえる。
 現在市電が走っている街は、札幌、函館、富山、東京(一部)、高岡、京都(京福の一部)、岐阜、豊橋、岡山、高知、松山、広島、熊本、長崎、鹿児島である(他にもあれば教えてください。)。どれも住んでみたい、行ってみたい、味わい深い街となっている。大体は行って実際に乗ってみたりしたが、廃止が議論を乗り越えた市電は今では街のシンボルとして市民に愛され貴重な財産となっている。

 地図上に線路が記載され、鉄路でつながっているのはバス路線とは安心感が違う。旅行者にもわかりやすいし外の景色も見えるので楽しい。車に乗れない人にもありがた存在だし、地下鉄と違って地下深くまで階段を降りなくてもいいので楽だ。ユニバーサルデザインの車両や停車場になっていれば高齢者や、荷物の多い人、車椅子生活の人も利用できる。地下鉄の約15分の1、モノレールなどの新交通システムの約5分の1の費用でできるとコストパフォーマンスもよい。
 海外でもいくつか乗ってみたが、環境首都とも呼ばれるようになったフライブルグなどでは都市機能がコンパクトに集まり、車が入れないように制限されたトランジットモールとなった旧市街ではゆっくり走行、一方郊外では高速運行するなど市電と比べても便利になっており、旧市街を未来的なLRTが走る姿もなかなかオツなものであった。

 LRTで病院や役所、商店街などの都市機能がコンパクトに集まった古くからの中心市街に出かけるのは、どこにでもあるようなロードサイドの大型店にマイカーで出かけるのとは違う、わくわくするような楽しさがある。

 さて、このLRTのモデル都市、高松や佐久では無理か?上田や松本は?帯広や釧路はどうだろう?それぞれ琴電や小海線、別所線、松本電鉄などの頑張っている鉄道があるからそれらを活性化させて廃線にさせないように活用を考えるほうが先かもしれない。

 札幌などでもLRTさっぽろなどが精力的に活動し、LRTを活用した街づくりを提唱している。北大のメインストリートを観光客を乗せたLRTが走行するなんて考えただけでも楽しくなる・・・。また病院の中に駅があったりしたら通院客や見舞い客にとってもさぞかし便利になるだろう。さてさてどうなることやら。 

障害者管理法?

2006年08月15日 | Weblog
 10月から本格施行される、障害者自立支援法は「障害者管理法」だという人がいます。とすると「介護保険法」は「高齢障害者管理法」でしょうか。

 なんというか、障害者をランクわけして、利用金額上限を決め、一律に決まったサービスメニューの中から(しかも過疎地にはそのサービス自体ないことも多い。)選べという介護保険や自立支援法はとてもケチで寒々しい制度に思えます。・・・。 共育や環境と同じ社会共通資本である医療や福祉をサービスととらえてしまったと ころがそもそもの誤りなのでしょうが・・。

 必要な人に必要なだけ、生きるための最低限のスタートラインにたてるよようにするため、言い換えれば生存権を保障するためなら無制限の現金給付でもいいはずですが、結局、国民を信用していないんですね。 障害を抱えて退院する方々、地域で暮らしていらっしゃる方々のお手伝いを微力ながらさせていただくなかで本当にそう思うようになりました。
 
 町内の人が同じ町にある病院に電動車いすで通えないほどまだ町はバリアだらけ。 それなのに、山奥の高速道路の建設がはじまっています。 山奥のリゾート開発(まだこんなことを!)や、道路の建設よりも重要なことがある のではないでしょうか。 (ピークオイルも過ぎ、石油が使えなくなる時代が確実に控えているのに!!)

 STS(Special Transportation Survice)や福祉移送サービス、デマンド交通などもでてきはしましたが、公共交通機関、地域の商店の衰退で車を運転できなくなった人には本当に不便な地域になってし まいました。 佐久~八千穂~長坂の山の中に新たに高速道路の建設が始まりまるようですが、そのお金の使い方は本当にみんなが納得しているのでしょうか?みんなが望んだお金の使い方なのでしょうか?

 公共交通は人権です。 A地点からB地点に1分1秒でも早く移動することが重要なことだとはとても思えません。もっと大事なことがあるのではないですか?

 障害者は家へ幽閉、あるいは施設へ軟禁されており、これは生存権を脅かさしているといわれてもしかたがないとおもいます。 明らかな憲法違反です。

 泰阜村で一部実現していましたが、必要な人に必要なだけ、困っているなら、みんなで負担して支えるでどうしていけないのでしょう。

  ただ、福祉のフリーライダー(それも含めて社会なのだとは思いますが)を排し、福祉を食い物にしようとする業者を排して行くためには、目の届くコミュニティごとの小さな単位で福祉を考えていくしかありません。

  昨年、リハビリのスタッフとともに気管切開で日常生活のすべてにわたって介助が必要な方と佐渡まで旅行にいきました。主として介護者である妻のQOLのためでしたが、「在宅生活の延長にこういう旅行があればいいねぇ」とみんな思いました。

 同行した仲間たちとは「ノウハウを蓄積すれば、そういった旅行会社もつくれるね。」 と冗談でいっていたのですが(結構本気です。)、それは、きっと介護保険サービスの適応にはならないんでしょうね。 ボランティアや家族の援助にたよらなくても、障がい者が地域で自分らしい生活をおくれるようになるにはまだまだ道遠しです。

 さて、リハの仲間たちは障害者とチームでスイスアルプスのブライトホルンに行きました。(登山隊のHP) 当事者たちの熱い思いで実現したことですが、「地域の人の協力で彼らがチャレンジすることができたことが重要」と同行したメンバーは語っておりました。 ささやかながら病院の職員とともに募金にも協力させていただきました。
 
 制度に関しては、厚生労働省や財務省が悪いというよりは、これが今の日本の国民のレベルなのでしょう。

 ただ、弱まったとはいえ、この国は選挙という民主主義のシステムは残されています。日常生活に密着した、身近な範囲で、ケアのシステムを組みなおしていけば、違う展開もえられるかなぁと思うのですが・・・・。それだと以前の措置制度と変わらないんでしょうか。

 障がいとともに生きるひとたちは、自分たちには持ち得ない視点をもっています。彼らと友人としてお付き合いさせていただくのは本当に勉強になります。 彼らがTV電話とかで議会(村議、県議、国会)に参加したりできないものかと思います。

澤村誠志先生のいう「Society for All」には、まだまだ道遠しです。
仕事は山積みなのですよ。

パニック野郎

2006年08月15日 | Weblog
かつて、尊敬する指導医の先生に「おまえの問題はパニクることだ。」と指摘されたことがある。

いまになってなるほどと思う。
パニックこそ自閉系の特徴なのだ。

いまでも、さまざまなことがこなしきれずに情報や仕事がオーバーフローするとしょっちゅうパニクっている。
特に構造化(わかりやすく、間違いにくい環境にすること。)が遅れている医療現場では間違えないように仕事を行うために注意力をもとめられるから辛い。

なにか判断をするには十分な情報に基づいてやらないと不安なたちなのだが、情報技術が活用されておらずカルテや資料がバラバラな病院では、情報はあちこちに四散しており集めるだけで一苦労。

そんな不十分な情報のまま瞬間的な判断を求められることも多い。

理不尽な要求も多い。
感情を揺さぶられるような出来事も多い。
患者さんや家族の心情にも配慮しなくてはならない。
アリバイ的な書類、保険の書類など書類も山のよう。
そんななかで優先度をつけて、一つ一つこなしていくのみなのだが、どうしてみんなそんなことができるの?と思ってしまう。


外来、病棟と数多くの患者さんを少ない人数でみて、不平や不満も言わず淡々と日常業務をこなす先輩たち。
すばや医学的にも最善の対応を、疲れを知らぬタフネスさで行い、キビキビ動き的確な指示をテキパキだすことのできる同僚。
さまざまな手技や知識を次々とものにし、患者さんのところにもこまめに足を運び、信頼を得ている後輩。

劣等感の嵐が吹き荒れる。

自分でも精一杯、理想と現実のギャップに悩みながらつねにベストエフォートで頑張るのみなのだが。

あるキャパ(限界)を超えると、オーバーフローし頭はフリーズして(凍りつき)パニックになる。
たとえば、さまざまなことに追い立てられながら患者さんと深刻な話をしているとき、緊急の対応をしているときなどに限って電話がかかってきて判断をもとめられる。
こういった状況では容易にパニックになる。

電話(PHS)はかけるのも受けるのも嫌いだ。
気を使うし、気を使わせる。
こっちの都合などお構いなしに飛び込んでくる。

秘書でもおいていったんバッファーとするか、緊急度別に判断できるような仕組みがあればいいのだが・・・。

電話が鳴り、電話を受けて、
「いま電話いいですか?」
といわれても、電話をうけた時点でやっていたことの流れが中断されてしまう。
(心の中で「イライライラ、もういいよ、で?」)
そして電話をきると、今までしていたことを忘れてしまう。
集中力がチャージされるまでしばらく時間がかかる。
能率はあがあずイライラは増幅される。

対応としては

朝、夕のミーティングで必ず顔をあわせるなど、コミュニケーションをよくする。
スタッフの緊急度判断の域値、対応能力を上げる。
あいまいな支持を出さない。
自分の予定を明示する。

これらのことで電話の使用を減らすことはできそうだ。

さて、パニックにとは「恐怖や混乱による一時的なコミュニケーションレベルの低下、さらにそれによる不適切な行動」と定義してみる。

だからパニックのときは人と話さずに、引きこもる。
うっかりそんなときに余計なことを言わないほうがいい。
怒ったり、泣いたり、周りの人からみると何をしているのかわからないだろう。
わけのわからないことを口走ってしまうかもしれないし
逆ギレして無用の怒りを買って傷口をひろげてしまうかもしれない。

じっと嵐が過ぎ去るのをまつ。

そんなとき泣きつらに蜂で、例のアレルギーバーストもおこりやすい。
すると目はかゆくて涙はでるは、胸とおなかはワサワサするわ、体は湿っぽくなって痒く、血が出るまでかきむしるわ、気分はわるくなっておきていられないわで大変である。(アナフィラキシー)
あわてて頓服の薬をのんでなだめる。
冷たい缶ジュースを買って、火照った体にあて冷やす。
落ち着くまで、しばらくはコミュニケーションも低下し、体の具合も悪く血だらけなので人のいないところに引きこもる。

しかしそうもいっていられないこともある。
そんなときは深呼吸する。
「スーハ、スーハー」

荒れ狂う自律神経をなだめ、こころを落ち着かせる。

つくづく自分をコントロールするのは難しい。
まわりをコントロールするのはもっと難しい。

自分を操縦法を身につけるとともに、環境の構造化をすすめていきたい。

当直の夢

2006年08月15日 | Weblog
当直でもないのに当直の夢をみるなんてもったいないことをしたもんだもんだ。
退院して地域で暮らす患者さんが、地域で幸せに暮らすためにはまだまだたりないものばかり。
自分のことだけで精一杯、今の自分にはどうすることもできないことも多いけど、なんとかやっていくしかない。

急性期病棟での廃用予防

2006年08月14日 | Weblog
二の腕が痛いと思ったら、祭りの御輿を担いだからだと気づいた。
あとの祭りだ。マッサージしてボルタレンゲルを塗りこむ。

 入院している一人で歩くのは少々ふらついたりして危なっかしい人が、寝かせてばかりいると廃用(Disuse、使わないことによる身体諸機能の低下)が進んでしまうからリハビリをお願いしますという紹介がしばしばある。
 しかしこのレベルの人は環境と補助器具さえととのえることができれば安全に歩けるのだ。
 よぼよぼしたお年寄りが急性期病棟の廊下にでるのは、のどかな田舎道しか運転したことのない人が大都会の渋滞や高速道路を走るようなもの。しかし、リハビリの訓練室も同じような状況、転倒事故も起きているのに・・・。どうすれば改善されるのだろう?
 根本的な原因は車椅子すら入れない狭い部屋、ばたばたとストレッチャーや車椅子が移動する狭い病棟の廊下、ケアスタッフの少なさ、余裕のなさだ。
 安全に歩ける広いスペース、トイレが病棟にあり福祉施設並みの設備、介護、リハマインドが急性期病棟にあれば廃用を防止することができるだろうに。
 
 また認知症の高齢者が入院すると、必ずといっていいほど夜間を中心にせん妄が出現する。ここがどこで何のために入院しているかわからなくなり落ち着かなくなる。夜が来ると騒いだり、幻覚が見えたりして落ち着かなくなってしまう。
点滴は引っこ抜き、血だらけであるきだしてしまう。
介護や治療に抵抗したり、転倒し骨折する可能性も高いし、徘徊してどこかに行ってしまうこともある。
夜勤3人で40ベッドの開放病棟でこんな患者がが一人でもいると大変だ。
詰め所にすわって一緒にいてもらって落ち着かせたりする。
しかし、ずっと付き添うことができないならば、抑制といって手足を縛ったり、あるいは薬で症状をおさえたりせざるをえない。

これも医療現場の余裕のなさが原因。

政策決定にかかわる官僚や政治家に医療が必要になったときは、差額ベッドの個室に入ることを禁止すべきだろう。


医療現場からのSOS

2006年08月14日 | Weblog
 Mind the Gap!はロンドンのtubeとよばれる地下鉄の駅での放送である。

「プラットホームと列車の間の隙間に注意してください」という程度の意味だが、「医療現場と地域社会とのギャップに注目!」という意味でこのブログにつけた。もともと、ロンドンに留学していた大学の先輩がイギリスでの生活についてレポートしていたホームページのタイトルだったものを拝借した。(いまはタンザニアに行ってしまったようだが元気にしているのだろうか。)

 当初は病院から地域での生活の場を橋渡しするリハビリテーションのことを中心の話題にするつもりでサブタイトルは「地域が変わるリハ」だったのだが、医療費抑制と安全への要求の増大に伴う医療崩壊の危機、現場と市民との感覚のギャップをヒシヒシと感じるにあたりキャンペーンとして「医療福祉現場からのSOS」としばらく変更することにした。産経新聞の特集記事みたいだな。


実際、冗談ではなくまわりの医師はみんな疲れているように見える。
特に生死を扱う科の医師は。
産科や小児科はご他聞にもれず、当院でもギリギリの状態。
「いちど崩壊したほうがいい。死人がたくさんでないと国は動かない。」というのは当地域で、ぎりぎりまで頑張りながら専門医療を担う医師の意見。

病院内のグループウェアの掲示板で、当直の体勢のあり方やカルテやオーだリングシステムの使いづらさなどについてしばしば議論が起きる。
だれか何とかしてくれという悲鳴にも聞こえる。しかし患者を人質に取られ奴隷労働に服している医師には身動きがとれない。
病院の方針を決定をする人たちの顔は見えず、現場は悲鳴、不満を言うだけで他力本願。困窮の声がトップに伝わらず、現場もそのうちあきらめてしまう。

そして中堅で活躍していた医師が1人、また1人と病院を次々と去る現実。
これが例の立ち去り型サボタージュか。
他院での内科医集団辞職の噂も、さもありなんと思えてくる。

初期研修まで終えた医師が臨床で医師を続けないのも珍しい選択肢ではなくなっている。もったいないが賢い選択かもしれないと思う。
生死にかかわるしんどい科を選ばない傾向は加速している。
多くの研修医は産婦人科などを選ぶのは自殺行為だと考えている。

患者の安全要求が高まり、病院も訴訟を多く抱えている。
システムの不備が目に付く。
いつミスをおこしても不思議ではない。

訴訟は勝っても負けても医師を疲弊させ病院で医師を続けるのをやめようと思うのに十分なインパクトを持っている。

まさに「医療崩壊」そのままのことが当院でも起こっている。

医師は団結たり声は上げるような下品なまねはしない。
ただひとり静かに立ち去るのみ。
そして、また1人の医師が辞めていく。

魅力のなくなった病院、医療現場に戻ってくることはないだろう。

そんな状況が続いているにもかかわらず、何か問題があっても新たな委員会が一つ増え、通達があり、アリバイ書類がひとつ増えるだけの現状。
あるいは何の決定権も持たない会議で一度話されて終わり。
研修医の見逃しや、当直で入院させた患者の対応、過労へ対応などといった本質的なところは解決を先送りしたままで病院の構造的欠陥やシステムにメスが入れられることはなかった。
医療の未来、病院のビジョンやリーダーシップがみえず、現場の士気が下がり始めている。ルールづくりのルールが定まっておらず、混乱をきわめた無法地帯。
院内の情報伝達やコミュニケーションの不備。責任の押し付け合いなど病院はいまや組織病理の典型例だ。

こういったことをグループウェアの掲示板上で指摘した。
だが、反響はあまりなく冷ややかなものであった。

ある人から「あまり書きすぎるとひかれるよ、逆効果だよ」と指摘された。

また別の人からは「いいことをいっていても、病院内だけで訴えていてもダメだよ、地域に出て行って訴え、みんなでやらなくては。」とも指摘された。

システム論的に俯瞰してみると、医療崩壊そして地域崩壊はどうやら病院内だけの問題ではないようだ。あらゆるチャンスをつかって、いろんなところに訴え、考えを深めていかなくてはならないことだと思った。
それが、こっそりとこのブログをはじめた理由のひとつでもある。

回復期リハ病棟の使命

2006年08月14日 | Weblog
 お盆に外泊している患者さん3人ばかりの様子をうかがいにいった。患者や家族と今後のことについて話をする。

  外泊中の訪問というのは、退院後生活が組み立てられるかということを判断するのに非常に感度の高い検査(?)である。住まいというのは患者の内面や大切にしてきたもの、家族の歴史が外に現れたものである。 また高齢者政策は住宅に始まり住宅に終わるというくらい環境は大切だ。バリアフリーの環境があれば移乗さえ自立すれば車椅子、電導車椅子にのってどこまでもいける。(精神機能に問題がなければの前提)しかし、バリアの多い狭い家なら、ポータブルトイレとベッドでのセッティングが精一杯で部屋から出ることもできない。これらを知らずして退院後の生活設計というのは難しい。  

 病棟での生活はあくまでもシミュレーションであり(シミュレーターとしてのハード、ソフトもまだまだ改良の余地があるが)、そこだけで判断するのは難しい。プライマリ(患者をうけもった担当)の病棟スタッフやリハスタッフも退院前や退院後訪問を仕組みとして取り入れるようにしたいもの。(リハスタッフとMSW、CMの家屋訪問は行っているが・・・。) それを繰り返すことで退院後の生活をイメージして問題点を洗い出し準備をする能力を高めることができるし病棟のレベルも上がるだろう。

  医師やMSWも家族が来やすく付いていやすい週末を出勤日として、面談や訪問にあて、平日に代休を取れるような体勢をとりたいが、いまの病院の硬直したシステム下では難しそうだ。しかしボランティア的なかかわりでは限界がある。正攻法で行きたい。  

 そして入院中に患者さんごとの介助や看護、の仕方や生活設計、維持期のリハ等を写真付きのマニュアルにして退院時までに渡せるようにしたい(病棟のプライマリがリハスタッフと協力して作成するなど。) この考えを、もっと進めると北欧などで脳卒中を中心におこなわれているESD(Early Supported Discharge、退院後の訪問リハでフォロー)やオーストラリアのCommunity Post Acute Care Program、早期退院+退院後のコミュニティ・ケア・サービス)ということになるのだろう。松本の相澤病院などは中規模都市の急性期病院として、すでにその域に達している。

 結局、回復期リハビリテーション病棟というのは期間限定の過渡期の制度である。急性期からのリハと退院後のリハ支援のシステムが整うまでのつなぎである。急性期病棟からリハマインド、生活の視点を持ったケアをおこなうことができ、質の高い中間施設やケアリビングがあり、退院後に訪問リハや送迎付きのリハサービス、公共の足(移動権)の確保(タクシーやSTS、JRとのコラボ)が可能になればその使命を終えるといえるだろう。

  予定としては、5年程度(介護療養型廃止の期限)で回復期リハ病棟はその使命を終え、病院全体へのリハスタッフの配置、リハマインドの啓蒙教育(地域とのローテート、全職員の5:3:2方式の復活(病棟5、外来3、地域での活動2のエネルギー配分の復活。)、地域とのシームレスな連携(それを支える情報システムの構築)、退院後の生活を見据えた支援、そして変化する現場に即してすばやい変化、人材育成のできるように、現場の行動システム単位への組織図の改変(リハ病棟+リハ外来+地域リハ部門)、(地域ケア部門+緩和ケア部門+在宅バックアップ病棟)など。結局、その過程において大きな病院はいったん解体せざるをえないだろう。その混乱を乗り切るため、仲間とともに成長しなくてはならないし、力量をもった次期リーダの発掘、育成をしなくてはならない。  

 ハード面としては、リハビリティティブなアフォーダンス、アメニティ(寝てちゃいけない雰囲気。元気になる環境)をもった病棟。患者や地域住民が主体的に考える材料を提供しサポートする総合窓口および、情報センター機能(病院患者図書館など。)ももった外来は必須。  
 高齢者の増加を迎えるにあたってモタモタとはしていられない。トップが希望のある絵を描けなければ医師や現場スタッフの立ち去り型サボタージュは加速する一方なのだが。  

 ある車椅子生活をしている愉快な患者さんから「いくらだせばいい?30億くらいでいいかい?」といわれた。(もちろん冗談だが。)ハードとすれば30億あれば、この病院の南部にある分院くらいの規模の物ができる。しかし今の自分には残念ながら、それを使いこなすだけの実力も仲間も無い。 しかし、あおいくま(あせるな、おこるな、いばるな、くさるな、まけるな)で、一歩一歩、前進するしかない。

町のお祭り

2006年08月13日 | Weblog
 昨日は病院のある町の祭りに、病院からも御輿をだすというので担ぎに行った。合計9基の御輿(+子供御輿)がでたようだが、地域最大の事業体である病院からは青年部等の若手、新人を中心に100人以上が参加した。町の祭りの準備、先週から御輿作りなどで準備にかかわった方、お疲れ様でした、ありがとうございました。盆踊りもいいが御輿もいいものだ。祭りは舞台で、浴衣や足袋などは装置、水をかけるのも演出だ。観察していると御輿を担ぐにも周りに気を使う人、指揮をとるひとなどそれぞれに役割がある。こういった祭りを運営し、実行するのも大変なものだ。

 夕方に病院を出発してエールをあげながら、ビールやつまみを満載したリアカーも一緒に移動して飲んだり、氷をかけながら、夕暮れとともに町内を一周。青年部や応援団のリーダー、年配の職員がすごくかっこよく見えた。祭りの力もかりてカップルもたくさんうまれたかな?

   御輿にも初めて乗せてもらった。ただ医師、研修医の姿が少なかったのは残念。実にもったいないことだ。 「若月先生は、男芸者として先頭に立って、こういう場でも地域に出て行ったんだよ。昨今の、研修医がクリスマス会で職員や地域の人の前で踊ったりすることの意義についての議論があがること自体が悲しい。」という声も聞いた。自分の発信しているものについて、いろんな人の評価を聞けたのもよかった。院長に「はやく再構築しましょう。」といってみた。「おまえはあせりすぎじゃ。でもがんばれ」とも言われた。

  ICUのファンキーな師長から人手が足りないから手伝ってと、別の地区の御輿の応援にもひっぱられた。同級生だとか、知り合いだとか、近所のおばちゃんだとか、患者だとか、職員の多くは、ここで生まれ育ってずっと生きている人なんだなぁということを改めて認識した。 びしょぬれになってかえって病院の患者用の風呂に入ってから、宴会。  隣の市と合併してから、予算が縮小されたせいか、個人や企業からスポンサーをつのり「孫の誕生を祝って」とか「○○時計店提供」みたいに1発ずつあげていた、ささやかな花火大会がなくなったのは残念。病院からも花火はよく見え、楽しみにしてた患者さんも多いのに(病院から苦情が出たこともあったようだが)、中止はどのようなプロセスを経て決まったのだろうか?

 これからお盆の行事が伝統の残るこのあたりではいろいろあるらしい。しかし、お盆も救急対応のみにして病院は休日対応にしないのは何故?たまには帰省もしたい。しかし早くから上手にマネジメントしないと入院患者や、救急外来や、各種拘束でぶった切られそうだけど。

 最近またちょっと、精神的、肉体的に行き詰まり気味。ADHD傾向(またはPDD傾向)⇒適応障害⇒二次的抑うつ、あるいは躁の傾向のある自分の性格(ここまで分析できたのでだいぶすっきりしました。)なので、去年のようにパニック発作になる前に、バカンスとまでは言わないが、仕事を整理し、休みをとって、仕事から離れて、将来のことをじっくり考えたいものです。そういう状況をつくっていかなくちゃ。(自分と環境をうまくコントロールするのは難しいものです。もう少し。)

チャンス外泊

2006年08月12日 | Weblog
いろいろな問題点(=解決すべき仕事)が見えてきます。

 終末期の人、医療依存度が高かったり、やADL的にぎりぎりの人が、限られたチャンスを活かして病院から一時的に外泊するとき、あるいは退院前に試験的に外泊してみるときに介護保険下のサービスが使えないのは問題です。
 とくにそういった外泊のニーズは家族が集まるお盆や正月など、世の中が休みのときに多いのです。
 病院から短期的にでも応援に行けるような体制があれば安心して外泊できると思うのですが、それはどうしてもボランティア的な支援に頼ることになります。
 いったん退院扱いにして、いつでも戻ってきていいからね、ベッドは開けておくから(すぐに用意するから)といって介護保険のサービスを短期的に導入して送り出す方法が一般的です。
 しかし今の時期はまだいいのですが、冬場などはベッドはすぐに埋まってしまいますし、再入院のときに病棟が変わればスタッフとの人間関係も作り直しです。(個室も少なく、順次、病棟も移ることもできますがどうしてもバタバタします。)
回復期リハ病棟や、療養型だとそういったこともちょっと大変です。

 小回りの効く小さな病院なら、医療と福祉、訪問診療、訪問看護、訪問リハ等と病棟での医療のシームレスな連携が臨機応変に可能なのでしょうが・・・。大病院の限界を感じるとともに、何とかいい仕組みができないかと考えています。(老人保健施設など中間施設との連携、在宅支援、高齢者、緩和ケア、リハを中心とした部門を独立させて病院内病院でつくるなど。)

結局は医療、福祉現場の余裕のなさが問題なのですが。

総合診療と地域医療

2006年08月10日 | Weblog
地域べったり、どっぷりの医療をやりたいが、求められる技術を持っていなくてはならない。また役割を果たす覚悟も必要。理解されない覚悟も必要。

さて永遠のテーマ。

家庭医療・総合診療 VS 地域医療・ケア 

これらはどう違うのだろう?

 家庭医療・総合診療・プライマリケアは、医療面接や身体診察、技術から出発し現場で応用しさらに新しい技術に昇華させていく方法論技術論。患者を中心としたアプローチ。専門家の技術をコーディネートする能、科を超えたコモンな疾患や病態、問題への対応、時間が勝負の救急への対応などなど、地域の一般医、家庭医、地域の医者にもとめられる技術パッケージのことでもある。

 地域医療・ケアはニーズから出発し、地域づくりや医学も含めた運動論の話。医療を通じて地域をよくしようという視点から入るシステム論的アプローチが主となる。プライマリヘルスケア、地域リハ、国際保健医療とも共通点の多い領域。多くの場面では、もちろん総合診療などの技術パッケージ、患者を中心に患者の中へ(病態)外へ(家庭、地域)へ広げていく方法論、考え方は立つ。しかし求められている技術は相手、地域によって違うことは忘れてはならない。

結局、技術論か運動論かの違いで依って立つところが違うのだから、どっちかなんていう議論には意味がない。総合診療や家庭医療、プライマリケア、緩和ケア、リハビリテーションの技術を身につけて、使いこなし地域医療(運動)の実践を行っていきたい。

当直明け

2006年08月09日 | Weblog
 当直明けは頭がぼーっと熱い感じがするし吐き気もする。お酒をのんだときのようだ。まず寝当直というわけにはいかないのだから、ちゃんと夜勤として認め、代休をいれてほしものだが、オフィシャルに代休や仮眠をとってもよいということにはなっていない。(罪の意識を感じさせられながら、それでも限界のときは、こっそりと仮眠をとることはある。)

 当直の当日や、翌日の業務になるべく支障をきたさないように、当直の曜日を調整するが、通常の業務以外に不定期に入ってくるのでどうしても余計な業務という感じになってしまう。36時間連続勤務は、非効率的だし、患者にとっても危険だし、体もつらく仕事も回らない。

 そんな体制でやっているのだから、救急外来や休日の外来は、翌朝まで待てない救急疾患の病態を見分け、つなぐという目的での運営が精一杯なのだが、そういった事情も一般にはあまり理解されていないようで夜間外来化した救急外来には患者が押し寄せてくる。

 どこかの社長の記者会見のように「オレは寝てないんだ!」といいたい気持ちをぐっと抑えて、そういった患者にも怒らせないような対応をするので精一杯。

「当直は毎回がロシアンルーレット(患者にとっても、医療者にとっても)」だという同僚もいるが、それでもなんとかヒポクラテスの言うDo not harm!であらねばとがんばらざるを得ない。

 どの専門科もオンコール体制になっていて呼べる体制にはなっており相当恵まれてはいるのだとは思うが。主訴ごとの見逃してはならない疾患、落とし穴のパターンや、救急対応の標準的なプロトコールを体に覚え、マニュアルとくびっきになり、コンサルトできる、コンサルトしやすい人が院内にいないか確かめる。できる検査はすべてやる。などなど・・、毎回が戦いだ。
 
 しかし疲れてくると自分の都合のいいように病態を解釈(いいわけ)してしまい、重大な見逃しをしているのではないかとはらはらする。危険な病態を頭の片隅で気づいてはいながら、「まさかね。大丈夫だよね。」と返してしまう。
もうやめたいのに付き合いでやめられず、だらだらと徹夜でマージャンをやっているときのようだ。そういうときはミエミエのところに振り込んでしまう。

 当直の翌朝は、眠く疲れた体に鞭打って、通常の業務に加え、入院させた患者さんのとりあえずの指示だし回診をし、他科や元の主治医に引継ぎ、指示出し、そして引き継ぐべき相手がいなければ自分で見なくてはならない。入院は平均2~3人だが、冬季など5人、10人と入院させたときは、翌日は通常の仕事どころではなくなる。

 こんなところこそシステムの問題で何とかできそうだが、会議での議論は課題を積み残したまま1回でおわってしまって結局、何もかわらない。どうやって変えていけばよいのか、その方法論がわからないのと、みな目の前の患者のことで忙しくリーダシップをとれる人がいないのだだ。

 救急隊(24時間勤務48時間休み)や看護師(日勤と夜勤の組み合わせによるシフト制)みたいに医師も完全シフト体制で動くERと救急ベッドが常時稼動し、そこからもっともその患者さんをみるのに合理的な主治医チームの元に適切なときに、適切に振り分けていくようなER型の救急体制がとれればよいのだが。そんなイニシアチブをとる人はいない。

 医療崩壊では先をすすんでいる遠方の地域、病院からも容赦なく患者が押し寄せる。「今日、○○病院にかかったのですが、やはり具合がわるくて・・・。」「普段は○○病院にかかりつけなのですが・・・」「○○医院では薬をもらっているだけです。」「入院を頼んどいたから行きなさいっていわれました。」という患者。
「当方には専門医がいないもので。」「小児科医は呼び出し体制なので。」 (こっちも呼び出し体制なんだよ!)「休日に入るのでよろしく」(とは書いていないが・・・そう読める紹介状。その場しのぎの適当なことばかりやってそれかよ。不安と苦労はわかるけど。)
しかもいつのまにかヘリコプターまで飛んでくるようになった。

医師なのだからそれが当たり前。といわれる。
シフトで動いている職種が、もうしわけなさそうに(?)帰っていくのを横目で見ながら。

だれもがみな通ってきた道なのだからと老いた医者からいわれる。
昔とは違うんだよ。すぐ訴えるの話になるんだから。

疲れていても、それをみせずにやるべきことをやるのがプロ。だといわれる。
それでミスがあったらだれが責任をとれるのか。

中堅の専門科の医者がぼろぼろになりながら、がんばっている姿をみせられる。
その人が倒れたら地域の医療はどうなってしまうのか考えている人はいるの?

疲れをしらず、次々と技や知識を習得し着実に成長し、バリバリと仕事をこなす同期の姿を見せつけられる。
魅力のなくなりつつあるこの場所に、いつまでいてくれるのだろうか。

The doctor is a way of life,to live it,or to leave it!といったのは蘭医のポンペだが、スーパーマン医師以外は立ち去るしかないのだろうか?

その地域で数少ない技術と免許をもっているものの責任か?
それならそれで、みんなで育て、それを最大限生かせるような体制がほしいもの。
いまは果たしてそういう状況なのか?

ここでは、なんとかしようという声はなんどもあがっても、議論をおこなっても精神論や愚痴でおわり、いつのまにかブラックホールに吸い込まれては立ち消えてしまうのだ。
 医師で社会や組織の構造的問題にまで切り込めるマネジメント能力やリーダーシップを持つものは稀だし、スーパーマン以上の存在でなければ、そもそも診療の片手間でそこまでやるのは不可能なのかもしれない。
 
 疲れやすく、すぐに注意力も判断力も落ちる頭と体で、さまざまなことに優先順位をつけながら、いろいろな仕事を段取りよくマルチにこなしことを求められる。不全感がぬぐえないまま最善をつくせたかどうか思い悩み、他人の不幸を思いやる感情的な揺さぶりに耐えるような感情労働をこなす。正解のない問いのはずなのに、失敗はますます許されなくなる。こんなことは自分には難しい。だから、自分は患者をみる直接みる医者はもうやめたほうがよいのかもしれないと思い始めている。

 高度医療などなくとも人類は滅びずに命をつないで来た。一度、近代医学のない社会(Where there is no doctor)へもどってみて医療の原点を考えるのも一案か。
意外と困らなかったりして・・・。(もっともプライマリヘルスケアと福祉が充実していればの話だけれども。)

 しかし医学はうまく使えばいい道具であることはまちがいない。要は使い方の問題であろうる。Tools for convivialityを活用して人類全てが幸福な世の中(Society for All)を築いていかなくてはとあらためて思う。

マニュアル

2006年08月08日 | Weblog
たとえマニュアル本でも100冊よむと、法則のようなものが見えてくる。
実際の現場で問題にぶち当たりながら、マニュアルをみると、みんな同じような苦労をしてきたんだなぁと気づく。
マニュアルはノウハウが詰まったものであるから決して馬鹿にはできない。
何かをするとき先人の知恵を使わないのはもったいない。