リカバリー志向でいこう !  

精神科医師のブログ。
弱さを絆に地域を紡ぎ、コンヴィヴィアルな社会をつくりましょう。

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思うところがあってFC2ブログに引っ越しました。 引越し先はこちらで新規の投稿はすべて引越し先のブログのみとなります。

Reha2.0

2006年06月29日 | Weblog
リハビリテーション科は病院のもっとも出口に近いところに位置している。
(もっとも最近は入院してすぐの急性期からも関わるようになってきたが。)
結果、リハ病棟には各科からいろいろの事情で退院が困難な人が集まってくる。
そんな方に対して、なんとかチームで地域で暮らせるようにアプローチする。
患者さんに対するアプローチとともに地域に対するアプローチもあわせておこなう。障害を持っているとは地域を、社会を変える力があるのだ。
日々の活動を粘り強く行うことで地域も変わっていくと信じている。

WEB2.0という言葉が流行のようだが、リハビリテーションにもバージョンがあると思う。もっともこれはリハ技術というよりは、リハの思想の話だが。
 
Reha1.0 は患者個人に対してのアプローチ。訓練室中心の引きこもりリハ。依頼があった患者さんに対して、リハビリの先生として訓練室で患者さんに対して身体障害にアプローチする。しかしReha2.0のほうがより先進的と思う。
 
Reha2.0は病院全体に対してのアプローチ。病院中にリハのスタッフが散らばり、病棟スタッフや主治医と密に連携をとりながら、リハを行う。リハが必要な患者さんにはこちらから拾い上げてリスクマネジメントのもとで早くから積極的にかかわり廃用などは起こさせない攻めるリハだ。リハの得意なADL、QOLなどリハの考え方や技術、チームアプローチを院内全体に根付かせていく。退院支援もどんどん行いReha3.0へつなげる。

Reha3.0は地域に対してのアプローチ。スタッフが黒子として地域にどんどん出て行き、障害とともに生きる個人や家族の生活を支え、病気があろうと障害があろうと生きていて良かったと思えるようなユニバーサル社会をつくっていく。

 当院の現状でもさまざまバージョンのリハが混在しており、どれも重要ではあるが、バージョンアップを意識して新しい時代のリハを拓かなくてはいけないだろう。
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回復期リハ病棟GO!

2006年06月28日 | Weblog
 回復期リハビリテーション病棟に病院としてGO!サインが出た。

 10月キックオフをめざして本格的な準備に入る。
各所のいろんな思惑はあるが、やるしかない。そして、やるからには農村型としては世界一の回復期リハ病棟としたい。しかし、できる医療、やりたい医療をやるために、あるいは経済的理由のために地域から高齢者をあつめてしまうようなことだけは避けたい。患者の思い、地域の思いが、どういうところにあるのか共有しながら病院作り、地域づくりを考えていく必要があるだろう。

 病棟業務が中心となっても、自分の足をつかって地域に出て行き、自分から学ぶ。疾病や障害をもった個人だけではなく、地域の生活、地域の中の個人をみる姿勢はわすれないようにしなくてはならない。特に、自分たちの仕事の、アウトカム、地域に送り出した患者さんの地域での暮らしにこだわりを持ちたい。
 
 あわせて、病院の外に向けての活動、とくに地域ケアのさらなる充実、特にケアリビングの充実は緊急の課題だ。高齢者、障害者が地域で暮らしていけないのだ。 また若い障害者の生活、社会参加も支援していかなくてはいけない。医療、福祉は必要な人に必要なだけ提供でき生存権を保障して能力を活かしてミッションをサポートできるような体制をつくっていかなくてはいけない。

 各職種の能力を知りって、それぞれの能力を最大限引き出せるようなよいチームをつくり、患者さんに、地域に良いものが提供できるようにマネジメント能力も上げていかなくてはいけないし、自分の専門性に関してはさらに深めていかなくてはいけない。いよいよ忙しくなってきた・・・。
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リハ早期退院支援パス

2006年06月27日 | Weblog
  クリニカルパスというのをご存知でしょうか?たとえばこんなページで勉強してもらえばよいと思いますが、疾患ごと、目的ごとに必要な治療・検査やケアなどをタテ軸に、時間軸(日付)をヨコ軸に取って作った、診療スケジュール表で一連の流れを見える化したマネジメントツールのことです。医療の標準化、チーム医療推進、患者の治療への参加、等さまざまな効果があります。道路で言えば、下道を試行錯誤しながら行くのではなく、いわば高速道路に乗ったようなものです。疾患ごとに共通な部分は楽にそして確実に行ない、それ以外の部分(患者さんへのケアや精神面への配慮など)にもエネルギーを投入できます。また患者も、次にどのようなことをするか、どうなるのかの見通しが立ちますので不安がだいぶ軽減されます。期待したようにすすめば、パスにのったまま退院までいきますし、アクシデントが起こったり、予想外の経過となればバリアンスといって普通の方法にもどります。(一般道に下りるようなものです。)当院のパス利用率は38%とまだまだです。(松本のA病院は60%)検査や手術などは逐次パス化されるようになりましたが、コモンディジーズの脳卒中などがパス化されていないのもその理由のひとつでしょうしIT利用が遅れていることもその理由のひとつでしょう。

 いま、私たちは、このパスをつくっています。身体機能が低下し、支援が必要な状態で退院する人を対象としたパス(リハ早期退院支援パス(仮称)、Early Supported Discharge Path)です。おもに脳卒中発症後2週間以降の回復期の患者さん、あるいは高齢者術後等のディコンディショニングの患者用のものを想定しています。本日、リハビリテーション科、医療相談室、地域医療連繋室、地域ケア科、病棟のパス係、パス専任師長が集まって、初めての会議がありました。退院支援看護計画、リハのカンファレンスのあり方や、記録の方法についてもさまざまな意見が飛び交いました。リハの視点も入れて、ゴールやニーズの設定、予後予測、退院後の連携やサービスなども盛り込んだものができればと思います。現状ではリハやMSWの記載は別になっており、カンファレンスくらいでしか情報が共有されないという問題点があり、同じカルテでも別の部分に書かれたものはなかなか読まれない、また各職種がつくっているサマリー、プロフィールなどがほとんど同じ内容でお互いに写しあっている現状があり、これらの書式を一元化し共有化、整理するだけでも、みんなの仕事がだいぶ楽になるし、情報共有も進みます。またパスをつくり使うことで各職種の仕事の内容が理解され、チーム医療が推進されます。当院は在宅部門や老健などの福祉部門もあり、他施設との連携や、地域での生活を見据えたパスができればいいものができ、患者さんによい医療が提供できそうなそうな予感がします。パスだけでも便利ですが、パスは電子カルテと相性がいいものですから、できたらシステム科のスタッフにも一緒に参加してもらってよいものをつくりたいところです。
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ADL指向病棟、QOL指向病棟、ケアリビング

2006年06月26日 | Weblog
 本日の療養型の病棟会議では、病棟の今後についての話し合いがあった。
 
4月からの診療報酬改定では療養型病床の制度再編が行われた。厚生労働省のもくろみは、介護療養病床は6年後には完全に廃止、医療療養型病床はより医療依存度の高い人を集めるよう誘導し、介護が中心となる人は在宅等、介護保険制度のもとでの施設やケアリビングに誘導するというものだ。リハも急性期に重点的に投入する誘導がなされている。

 当院の療養型病棟は6年前につくられ、回復期リハ病棟もどきのリハ病棟の機能、それから、いろいろの事情でうちに帰れない人が他院や施設や天国へいくまでのあいだのバッファーとしての機能を担ってきた。

 しかし今度の制度改定で療養型病床で、今までのようにリハを行うことは病院経営上も不可能となった。新制度の療養型病棟でいくのか、回復期リハビリテーション病棟としてあらたに出発するのかを迫られている。(何をいまさらやってんのと言われそうだが、それはうちの病院の戦略の甘さゆえである。)

 新制度下での医療療養型病棟として行くのなら必然的に老健等の介護保険施設ではみることは難しい医療依存度が高い人たち、たとえば気切、呼吸器、酸素吸入、点滴、疼痛コントロールなどが必要な、癌や神経難病の患者さん、あるいは高齢、脳梗塞、繰り返す誤嚥などで点滴一本で看取りまである終末期の人たちなど、基本的に家や施設にいくことができない人たちを最後まで看るという役割が中心となる。(今度の改定で癌の疼痛コントロールに必要な薬剤は包括部分からはずされたので緩和ケアを行うことも可能。)患者本人と、その家族のQOLを重視したQOL指向病棟とならざるを得ない。病棟での生活、病棟からの社会参加の仕組み、アメニティやスピリチュアルケアも重要になるだろう。その場合回復期のリハを中心に行う人の場所は別に確保する必要がある。

 回復期リハビリテーション病棟とするのなら、リハ適応のある人にリハビリティティブな環境で過ごしてもらい、病棟の力で元気にして、地域の暮らしにもどる手助けをするというADL指向病棟となる。手術でもなく、薬でもなく、訓練室だけでのリハビリでもなく、病棟という場がまさに治療の場となる、ヒーローはいないし、あまり切れ味のよい武器はない。しかし患者さんごとに結成された多職種のチームの力を終結して元気にし地域での暮らしの準備をすすめる。もちろん患者さん自身も家族もチームの一員だ。

 近森病院、初台リハビリテーション病院での石川誠らの実践(参考:「夢にかけた男たち」、「東京へ、この国へリハの風を」)から制度化されたこの病棟だが、よいものを実現するに当たり課題は多い。当院の療養型病棟ではリハスタッフの病棟専従はすでになされているし、病床の基準はすでにOKである。しかし医師の病棟専従、訓練室一体型病棟、看護、ケアスタッフの配置の問題。リハスタッフのADLのゴールデンタイムへのケアへの参加(朝、夕)、365日のリハ(現状は日曜のみ休み)、さらなる情報共有の仕組み(電子カルテ、データーベース、カンファレンス)、急性期それから維持期(地域での生活、在宅、社会復帰)とのスムーズな連携の仕組みは欠かせない。(クリニカルパスの活用ということになるだろう。)また今までの療養型病棟がになっていた終末期やバッファーの機能をどうするかという問題もある。どう頑張っても家で暮らしていくのは困難な障害をもった高齢者は増えるのだから、地域ごとに老健や特養、ケア付きのコレクティブハウジング、宅幼老所やグループホームなどのケアリビングはますます増やしていかなくてはならない。(病院のOBに期待、福祉部門を充実、あるいは別組織を作る必要あり。)、また、これらに看取りの機能も持たせる必要があるだろう。当院は病院に地域ケア科という在宅部門があり、他にはできない独自の展開もできそうだ。

 どちらにするにしろ課題は山積みであるが、一歩一歩前進するしかない。
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おにぎり的なモノ。

2006年06月25日 | Weblog
今日は救急外来の日直でした。週末の日直または当直は月に1度は入ります。
冬季とくらべ患者さんの数もそれほど多くは無く、新しい研修医も救急外来のトレーニングに入るこの時期は助かります。地域の皆様、ご協力をよろしくお願いいたします。
さて、本日、救急車で搬送されたある患者さんについての救急隊員のおくりの
「食事としましては、昼ごろ、オニギリ的なものを食べたようです。」という言葉がツボにクリティカルヒットし、しばらく笑いがとまりませんでした。何だ?オニギリ的なものって?英語で言うとSomething like Rice Ball.ですかね。

 そういえば当院では医局食堂(医者用の食堂、休憩室)では夕方になるとオニギリ的なモノが振るわれます。17時から18時ごろに行けば、昼に残ったご飯で秘書さんがオニギリ的なモノをつくってくれるのですが、これがあっという間に無くなり19時ごろにはたいてい売り切れます。売店も17時には閉まるし、食堂も19時にしまります。近くのスーパーは20時に閉まります。目の前のコンビニがつぶれてしまい、病院の前のスーパー的な店はあるにはあるけれども品揃えはやや貧弱で21時にしまってしまいます。最寄のコンビニまで1km弱くらいはありすぐに食料の補給ができません。研修医や若い医師は、まさにこのオニギリ的なもので命をつないでいるといってよいでしょう。
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北欧式トランスファーテクニックセミナー

2006年06月24日 | Weblog
 デンマークから小島ブンゴード孝子氏と、マリアンネ氏を招いて北欧式トランスファーテクニックの講習会が行われた。昨年の小海での講習会につづき今回は2回目。小海の老健では1年間の取り組みで積極的に利用されているようで今回はそれを全病院的にひろめる試み。各病棟や病院関係の施設からスタッフが集まった。
 デンマークでは労働衛生の問題から、15kg以上のものを持ち上げてはいけないそうで、介助の際に絶対に垂直移動は行わないのが原則。ちょっとした道具と頭を使った方法は利用者にも介助者にも楽であり、また自力、自助を促すのでトレーニング(リハビリ)にもなる。 
 まず頭を使い、利用者の障害と、利用できる能力を考慮してどこをどのように動かのが自然な動きか、どこを援助すればよいのかを考える。ここまでは普通の動作分析だが、使えるものは何でも使うのが北欧式。
 北欧でも、ここ15年くらいで急速に普及した方法で北欧のケアスタッフは皆、摩擦をとるシートと滑り止め、タオルなどを携帯しているそうな。ポジティブな摩擦は滑り止めマットを利用し、ネガティブな摩擦はらくらくシート(ヨット帆の生地を利用したツルツルスベスベの薄いシート)を体の下に差し込んでなくす。そして自然な動作を促す形で水平移動、電動ベッドも活用して重力も味方につける。また利用者自身の動きをうながすさまざまなテクニック。ちょっと傾けたり、触れられるだけでおもわず動いてしまう。どのようにするのかベストかを考えるのはまるでパズルや詰め将棋みたいで、スイスイ動かす様はまるで武道かダンスをみているよう、魔法のようですらあった。また少々時間はかかるが、リフターなどのマシーンも積極的に利用する。
 デンマークのケア施設では広く普及しているトランスァーや介助のテクニックだが、日本での普及はいまひとつ。それは道具を使わないやり方と比べるとお金と時間がかかってしまうということもあるようだ。らくらくシートは1枚4500円とやや高いのが難だが、労働災害で腰痛になるよりマシ。(同じような効果で安くできる方法はないか探し中。滑り止めはホームセンターの滑り止めシートでOK)また道具を使わないやり方と比べ14秒時間が多くかかかってしまうが、メリットを考えるとそのくらいの余裕はあってもいいのではないかと思った。(しかし、忙しい現場では、やはりエイヤっとやってしまいがちなのですね。これが。)
 もっと上手に、もっと楽にと、工夫しながら毎日使ってはじめてうまくいく方法で、やってみないとわからない楽しさ、快適さ。病院もマットを100枚購入し、各病棟に配布するなどやる気みたい。(それでもドクターヘリ約1回分、リフター買ってもドクターヘリ約1回分、セミナー依頼してもドクターヘリ約1回分)労働環境改善、意識改革のためならば惜しくはない。各職場にもどって伝達が期待されるこの方法、うちの病院、地域ではどのくらい普及するか楽しみです。っていうか普及させよう。
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どうする診療録!

2006年06月24日 | Weblog
 当院では、経過の長い患者さんの外来の診療録に閉じこむ伝票類や、レポート、診断書等さまざまな書類のコピーが多く、とくにさまざまな処置や検査に同意書や問診表をとるようになってからは紙書類は増える一方で現場では整理に混乱を極めています。外来カルテも一患者一カルテにはなっているのですが、受診科ごとにカルテの記載の場所が別だったり、医師記録以外の書類は後ろに閉じこむことになっていたりで最新の情報、必要な情報がどこにあるのかがわかりません。(大学病院では各科ごとでカルテも診察券も別だったのでそれよりはマシですが。)カルテの整理や伝票張りも大変な手間です。すべての診療科の医師記録や検査結果を時系列にとじこんでいくことはできないものでしょうか?
 また入院カルテも、医師記録と指示、看護記録、その他のスタッフのカルテの記載部分が分かれているので使いづらいく他職種の記録を参照しづらいです。(大学病院ではカルテ自体もわかれていたのでそれよりはマシですが。)最近になって、科や疾患によってはクリニカルパスがつかわれるようになって情報共有がはかられるようにはなってきました。それを発展させてプログレスノートでは、1日1ページなどにして、全職種が書くような仕組みにはできないでしょうか?そのようにしている病院はあるのでしょうか?
 3年前にオーダリングシステムが導入されましたが、中途半端な電子化のためオーダ入力に加えカルテへの指示記載(あるいはシール張り、伝票張り)のため医師や看護師の業務量は確実に増えました。朝夕などは、ひとつしかないカルテの取り合いです。メッセンジャーがフィルム類や、伝票類、カルテをもって病院内を動き回っており、記載も遅れますし、必要なときに必要な情報が無く限られた情報で判断をせまられ危険です。カルテの所在を確認する電話や、情報共有が不十分なため些細なことの確認のために院内電話やPHSが常に鳴り響いています。
 シークエンシャルとランダムアクセス、他の職種の記載を診たいという欲求と自分でカルテを持っていたいという欲求。(情報共有)医療行為後すぐに記載したいという欲求などを同時にかなえるためにはは電子カルテの上手な利用しかないのでしょうが 既存の電子カルテソフトの多くはオーダリングやレセプトから発達したもので、情報共有や業務標準化、アウトカム評価のためのデーターベースとして利用するいう目的に使うには不安がのこります。RSSなどのWEB技術を利用した電子カルテシステムはできないものでしょうか?
 これらのことについて訴えていきたいのですが、院内には外来業務委員会、カルテ記載委員会、診療録管理委員会、クリニカルパス委員会、電子カルテ委員会などさまざまな委員会があるも、ルール作りのルールや、病院に組織としての意思決定のルール(これらはいわば憲法、議会のようなもの)が明確ではしていないために、どこにどのように訴えていけばいいのかわからず困っています。再構築(リストラクション)をすすめ、病院が組織として成熟していく必要をつねづね感じます。なんだか愚痴ばかりになってしまいましたが、すこしづつでも良い方向へ前進していかなくては。
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北のライオン、反骨の挑戦者

2006年06月22日 | Weblog
 2,006年7月号のドクターズマガジンのトップを飾ったのは"北のライオン"「行木紘一」先生だ。(待ってました。そういえば地域医療の雄にはヒゲが多い?)北海道の地域医療の研究会でお会いしたときはおだやかな先生だなという印象だったのだが、ドクターの肖像の記事を読むと、他のヒーローたちに負けず劣らずの挑戦の人生であった。もちまえの熱しやすく冷めにくい体質から医局解体闘争の中心メンバーとして不条理への抵抗をつづけた行木先生は、東京、北京、名寄と転々とし、厚岸で地域医療の実践をつづけた。(五十嵐先生と同時期?)しかし病院の新築移転の際の町役場との意見の対立(王道パターン)から、町をはなれ弟子屈に自身のクリニックを開業しディケアなどの介護サービス、通所授産施設にいたるまで医療にとどまらない活動を展開し、地域のかかえる問題とがっぷり四つに取り組んでいる。他のヒーローたちに負けずおとらずのかっこよさだ。 「一言で言えば行き当たりばったり。レールを敷いて、目標を定めてそれに向かっていくのではなく、その場その場で直面したことに対して、できるだけ正直に、誠実に、必死に相対するというのが自分の生き方だと思っています。」「医療と福祉の住民のニーズに応えきれていない部分でわたしのできることはすべてやろうと思っています。」と語る先生は今なお挑戦の途上である。10年前に、北海道の地域医療実践者どうしで連携を深め、あとにつづくものを育て継続できるシステムを構築しようと北海道地域医療研究会を立ち上げた。先生がつねづねおっしゃっていたことは「なぜ北海道にひとつのゆきぐにやまと病院(あるいは佐久病院)がなかったのか」という問いであった。いつかはその問いに応えなければと思う。
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医療におけるシステム論的アプローチ

2006年06月21日 | Weblog
「救急とはシステムである」とは大学時代の救急の先生の強調するところであったが、リハビリテーションに関しても、「障害者対応のチーム医療システム」という定義する人もいる。これらに限らず医療自体もまたひとつのシステムであるといえよう。このように医療を技術としての側面でとらえるのではなく社会装置としてとらえる考え方も盛んになってきている。大学にも医療システム学講座(九州大学など)といった講座も生まれ、医療マネジメント学会や病院学会などでは医療システム論の研究やそれを実践に活かす試みが盛んであるし、いまさらそんなことをいうまでもなくPublic HealthやHealth Policyなどでは医療をシステムとしてとらえてきた。
 システムという概念の捉え方には様々あり、適切な訳語はなく、その概念の捉え方次第で大きく意味が異なってくる。しかし構造的な問題を解決するにはさまざまな部分がからみあった全体をシステムとしてとらえるシステム論的アプローチが欠かせないことは確かである。部分最適化を積み上げるQC(Quality Control)的な帰納的手法を重ねていっても全体最適化が果たせるとは限らない。(医療の現場の例でいえば医療機関が黒字経営となっても病人が多く健康保険がパンクしては意味がない。さまざまな検査を行い診断を付け治療をおこなうアプローチが患者の幸福につながらないこともある。医療ミスを個人の努力の責任にして注意を促すだけで、その背後要因、構造には目を向けず根本的な解決を先送りすることで何度も同じ過ちを繰り返してしまうなど。)
 システム論的アプローチでは、たとえば何か問題があったときに、個人の責任に帰するのではなく、問題があるのはシステムでたとえ人が変わっても、構造が同じなら同じ問題が起こる」と考える。つまり「人を責めるのではなく、システムの欠落や欠陥を見出し、もっとも有効に介入が効くツボを探して、そこに働きかける。」方法論である。
 この考え方は臨床場面でも有効である。人間をシステムとしてとらえる、いわゆる総合診療や東洋医学やホリスティックなどもシステム論的アプローチであるとといえる。また、どんな疾病も遺伝的要因に環境要因が加わって起こるものであるから、ある遺伝的素因を持った人を、ある環境におけば、ある確率で必ずある疾患が発症するものだと考えると、喫煙や生活習慣の例をあげるまでもなく行動科学や公衆衛生、健康政策の介入はシステム論的アプローチそのものである。医療政策を考える際に、限られた医療資源や社会資源をいかに有効に活用するかというような問題を考える際にもシステム論的アプローチは欠かせない。
 このように、日常の臨床にもシステム論的アプローチが有効であるし、組織の再構築や構造改革にも欠かせない考え方であるといえよう。でも学校でも現場でもあまり体系だって教わることはなかったなぁ。
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市民と医療者のギャップを埋める。

2006年06月20日 | Weblog
 うちの病院は診療所をそのまま大きくしていくとこんな病院になるんじゃないかというような病院だ。田舎に唯一の大病院だから病院として患者のより好みはできず、とりあえずどんな患者でも診なくてはいけない点も診療所的だ。救急患者は断ることは無いし、超一流ではないにしろ一通りの専門家は取り揃えている。標準以上のレベルのことはやろうと努力はしているのだと思う。

 また、病院の出口から先では、障害や病をかかえて生きる人(高齢者なんかはみんなそうだ)が最後まで地域で生き抜くことができるように在宅部門をつくったり福祉に手をだしたりしてなんとかしようとしてきた。病院という場所はまさに「よろず相談所」であり地域の弱者のニーズがこれでもかというくらい見えてくる場所でもある。それを住民に還元し、よりよい地域づくり運動につなげることも病院の役割だと考え、病院の職員はみんな交代で地域に出て行った。そして病院祭など、さまざまな機会をとらえ医療の、地域社会の抱える問題点を住民と共有し一緒に考えようとしてきた。(日々の診療の態度でもそうだ。しかし直接は政治にかかわろうとしなかったのが当院のえらいところだと思う。)

 しかし「農民とともに」といいつつ、あまりにも保健から医療、福祉にいたるまで全部病院が取り仕切ってやってきてしまったため、逆に住民や行政は、なんでも病院にお任せの状態になってしまい逆にスポイルされてきてはいないだろうか? 医療者側は「知らしむべからず依らしむべし」という態度になり、市民は健康や生死に関しては病院にお任せという態度になってきている。医療者と市民のギャップがどんどん広がってきているように思われるのだ。

 病院においては巨大化、専門化し機能分化がすすむにつれ、地域に出る部門(地域ケア科や健康管理部)と、出ない部門に分かれてしまい、地域にでない部門の人は地域のニーズや自分たちの仕事のアウトカムを感じる貴重な機会を失ってしまった。地域に出ている部門が、これらを院内にフィードバックするのが不十分なこともあるのだろう。企業でいえば一番重要なマーケッティング部門とアフターサービス部門をアウトソーシングしてしまったようなものだ。そのため、やっていることが本当に住民や患者のニーズなのか、デザイア(わがまま)なのか、それともただ自分たちがやりたいだけなのかということが見えなくなっているのだと思う。特に忙しすぎて地域社会との接点の乏しい専門科の医師はそうだろう。

 ではどうすればよいのか?これは病院の側、患者、住民の両方が考えるべき問題である。患者や住民は医療への要求を高くして(わがままではなくて)思いを伝えるべきだし、医療者側は医療の現状や限界、あるいは有効な活用法を住民にわかってもらうおうとしなければならない。そして、どんな医療を地域でそだてていくのかをみんなで考え、ギャップを埋めていかなくてはいけない。

 いまこの病院に足りないのは、まさにそのような場であろう。病院患者図書館、あるいは情報センターのような場を育て、市民と医療者が歩み寄り医療を、地域をよくしていく運動につなげていく必要がある。できれば行政も一緒に。
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厳しさをます医療現場

2006年06月19日 | Weblog
 医療の現場は非常に厳しい。入り口も出口もその先も。著者のいる医療圏内でも他の病院の体制の弱体化で、当院への救急患者は増える一方。それでもうちの病院ははまだ恵まれているほうかもしれない。しかし通常の一日の勤務の後に救急外来の当直。仮眠をとることを期待して入っても裏切られることが多く実質夜勤となることが多い。翌朝、明けのNs.を見送りながら通常の勤務に入る。当直のため通常の業務が滞る。もう限界と休みたい週末には日直や当番、しかしその代休は無い。なんとかよいシステムをつくりたいといっても日常、業務で精一杯でその余力が無い。現場の人間の頑張りでかろうじて地域の医療体制は維持されているが、疲れた人間からやめていく。これぞ悪循環。崩壊の一歩手前。
 65歳以上の一人当たりの医療費の平均は、それ以下の年代の約4倍であることからもわかるように医療はどうしても病気がちな高齢者が中心となる。そしてその高齢者はますます増えているにもかかわらず、社会保障費が国の財政を圧迫していると国は医療や福祉の予算の削減に躍起になっている。本年度の医療制度改定では医療費は3.15%の削減。福祉が担うべきもが福祉の貧困から医療が肩代わりしているのだと介護保険の財布から出させる魂胆の誘導をおこなっているが、その介護保険も0.5%の削減。行き場が無くした高齢者の行く末や幸せに医療現場が悩まされる。
政治はどこへいったのだ?これから団塊の世代が高齢者となっていくのにどういうことだろう、われわれの世代が中心となって医療を担っているはずの2015年の医療や介護はどうなってしまうのか?もちろんお金の使い方や配分(コスト効率)は考えなければいけないが(お役所や行政法人等に比べればマシなのかもしれないが、一般企業にくらべたらまだまだ甘い。)、それでも限界はある。一人の人間の生存権を保障するケアにはどうしても人手もお金もかかるのだ。その削減のしわ寄せはどうしても現場や弱者に来る。
 地域における医療供給バランスの崩壊。地域での極端な医師不足。そして一人やめると残った人もつらくなるので病院勤務医がやってられないと集団で離職というようなことが全国でおこっている。患者の権利安全擁護の高まりを反映し防衛医療となりアリバイ的なインフォームドコンセントの書類はふえる一方で、日常業務を圧迫している。そして逮捕や医療訴訟の不安。医師をつづけるには危険な時代だ。若い世代の医師は給料が大差ないならばと外科、小児科、産婦人科といったしんどい科は敬遠し、自分のQOLを重視して楽な科に人気があつまる。そしてしんどい科に進む人、残った人はますます大変になるのだ。これぞ悪循環。崩壊の一歩手前。
 本当は田んぼや海を埋め、山を削って新幹線や、空港、新たな高速道路などつくっている場合ではないのだが弱者の声は届かないらしい。医療やケアは文化であるから電線や電波はもちろん、宅急便で運ぶことができない。ゆえに、それぞれの地域でそのあり方を考え、つくり育てていく必要があるのだが、よい地域の医療福祉体制は一朝一夕にできるものではない。誰もがいつかはお世話になることになる医療福祉を考えることで、自治を呼びさまし、みんなのお金の使い方や社会のあり方を考えるきっかけになってくれればと切に願う。
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ブログスタート

2006年06月18日 | Weblog
書くことは考えることにつながる。「日記の魔力」、「手帳ブログ」のススメ、「ホームページにオフィスをつくる」などを参考にして、自分のために日々の生活や着想をささやかに記録するためのブログを始めようと思う。どこへでもつれて歩けるお気に入りの小さなタブレットPC(FMV-LOOX P)も手になじんできたし環境はととのった。
 実は6年ほど前から以前、自然系の日記やエッセイを中心としたホームページを作っていた(約3年続いた。)3年前には一時ブログをかじってみたが、長続きしなかった。じつに久しぶりの再開であるが、日々の記録や雑感を、あまり時間をかけずに淡々と記録して自分を振り返るための、そしてコミュニケーションのためのツールとして活用したいとおもう。はてさて、どれだけ続くことやら。
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