リカバリー志向でいこう !  

精神科医師のブログ。
弱さを絆に地域を紡ぎ、コンヴィヴィアルな社会をつくりましょう。

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思うところがあってFC2ブログに引っ越しました。 引越し先はこちらで新規の投稿はすべて引越し先のブログのみとなります。

市立大町総合病院病院祭

2012年05月20日 | Weblog
おとなりの市立大町総合病院の病院祭に行って来ました。



市立大町総合病院は常勤の内科医がさらに少なくなり内科入院の制限もつづいています。
外科の先生も総合診療的に、高齢者の入院患者さんもみているなど大変な状況ですが、病院をもり立てようと昨年からはじまった病院祭が今年も開催されました。
初めて開催された昨年の病院祭はあいにくの雨でしたが今年は晴天で大勢の来場者でにぎわっていました。





駐車場にステージが設置され、地域の中学生のブラスバンドや、地元の太鼓、クイズなど・・。
ステージを取り囲むように大町病院を守る会の模擬店などが立ち並びました。
地元の駅前本通商店街も店を出していました。

大町病院は駅や商店街も近くて飲食店も徒歩圏内にたくさんあっていいですね。
老人保健施設や療養型病床もあるし門前長屋でケアハウスやグループホームなどを整備していけば面白い展開になりそうです。
長岡市の「こぶし園」さんのようにね。


会場で安曇総合病院の職員とも何人か会いましたよ・・。
地元住民ですから隣の病院とはいえ気になります。



地域の作業所(ひまわり、がんばりやさん・・)も模擬店をだしていました。
私もみさせていただいているメンバーさんや作業所スタッフとも会いました。
大町市は市街地もそれなりにコンパクトにまとまり、グループホームや作業所など障害者福祉施設もそれなりに充実している方だと思います。
ただ都市部とは違ってさまざまなニーズに応えなければいけないので過疎地の事業所は大変です。

大町でも発達障害や統合失調症など精神障害に関する勉強会や事例検討会を計画しています。



災害拠点病院でもある市立大町総合病院のDMATの美女3人組です。
メディカルラリーではお世話になりました。
震災津波の支援から1年経って釜石市を再訪してきたそうで、三陸のワカメなど釜石市の物産を販売しておりました。まだまだ復興半ばだったそうです。

9月には信州メディカルラリーを北アルプス主幹で中信地域で開催するそうです。
昨年の信州メディカルラリーは安曇野赤十字病院の救急部の先生と大町病院のNs.北アルプス広域連合の救命士さんのチームで参加し優勝してきたそうです。

今年は研修医に選手として出てもらい、自分はスタッフ、キャスト(傷病者役)として参加するかな。



栄養士さんが栄養相談をしていました。
清涼飲料水の砂糖の量にはいつもギョッとします。
なるべく無糖や微糖のものやお茶などを飲もうと思いました。

その後、北アルプスを臨む棚田と伝統的な民家群で有名な白馬村の青鬼集落までドライブしてきました。



白馬や小谷から松本や長野の基幹病院まではさすがに遠いですね。
高度なインターベンションを要するものは仕方がないですが、高齢者医療を中心とした支える医療や健康増進、トリアージを含む一般二次救急医療までは市立大町総合病院と安曇総合病院で担える部分を増やしたいものです。(できたら急性期医療は日赤病院と大町病院に集約化して・・)

安曇総合病院にリニアック設置なんて計画はどう考えても優先順位はさがりますよね。
(´Д`ι) アホカイ!
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ビューティフルな抑肝散加陳皮半夏

2012年05月13日 | Weblog
クラシエ(旧カネボウ)の主催する漢方の勉強会が松本であった。


(松橋和彦先生)


私は東洋医学や漢方薬はわりと好きな方であり患者の半分までははいかないが、結構出しているし自分でもよく飲んでいる。
もちろん基本的には西洋薬が中心ではあるが、症状に応じて患者さんに応じた漢方薬をそれなりに選べるようになって奏効率は7割程度にはなってきた。
こころと身体を一連のものとして診る東洋医学は精神医学とも相性がよい。
漢方薬を使う最大の効用は東洋医学的な解釈も考えると不定愁訴を診るのが苦痛じゃなくなることと、診察や問診が丁寧になること、それから勉強会などで科をこえた話ができるということか。

日本は保険診療で漢方薬をつかえる世界でも稀な国なのである。

漢方薬、保険はずしのピンチをチャンスに!

現在、保険診療で使える漢方薬のエキス製剤はツムラ、クラシエ、コタロー、オースギなど複数のメーカーが出している。
その中ではツムラがシェアの8割以上を占めており圧倒的だ。
業界2番手のクラシエは1割程度のシェアしかないが、東日本大震災で茨城のツムラの工場が被災したときは、クラシエの富山の工場などはフル回転だったようだ。
そんなこともあり判官贔屓の感情もあわさって、もうすこしクラシエには頑張ってシェアを拡大してもらいたいと思っており、結構クラシエの漢方薬も処方している。
しかしクラシエの漢方薬を指名して処方しても、マイナーどころの方剤は院外の薬局においておらずツムラに変えてもいいですか?との問い合わせがあることがある。仕方なく、「いいですよ」と答える。もったいない話であるがしょうがない。
クラシエの漢方薬エキスはスティック状のパッケージに入っており顆粒が細かく、ちゃんとお湯に溶かして飲む人には溶けやすくて良い。(漢方薬のエキス製剤はインスタントコーヒーのようなものだからお湯に溶いて飲むのが本来の飲み方。)
経管栄養の方に使う場合もクラシエの方が顆粒が細かくチューブが詰まりにくいという。
ただ横着してそのまま口に含んで飲む人には、ツムラくらいの顆粒の大きさのほうが飲みやすいかもしれない。
クラシエのエキス剤をそのまま飲もうとすると粉が舞ってむせてしまうことがある。

その他にクラシエには方剤によっては錠剤の漢方薬がある。
OTC薬ではロートの和漢箋のような錠剤の薬もあるし、台湾の漢方薬局では、生薬を刻んだ煎じ薬の他に、タブレット状の漢方薬エキスが大量に売られていた。
すべての方剤に錠剤のものがあれば便利だと思うが今や保険診療で使える漢方薬が新たには認可を得ることは困難なのだそうだ。
顆粒の薬やお湯に溶いて飲むのが苦手な人も西洋薬同様のタブレットなら飲める場合もあるので何とももったいない話である。
もっとも味わうことも含めて効果で、合わない場合は無理してまで飲まさないのが東洋医学であり、漢方薬に錠剤はそぐわないという考え方もある。

また、クラシエの漢方薬エキス製剤は蒼朮と白朮の使い分けにもこだわっているのがウリだそうだ。
また揮発してしまう成分を特殊な方法でエキスに再度いれこんでいるという。(クラシエの宣伝みたいになってしまうが・・。)

ところで昨今、認知症の周辺症状に関して、頻用されるようになった抑肝散をクラシエはもっていない。。
そのかわり抑肝散に陳皮と半夏を加えたより完成度の高い抑肝散加陳皮半夏がありこれを欲しいとのことのようだ。
服用回数が少くて済む1日2回の内服の3.75mg入のスティックのパッケージがあることも売りとしているようである。
残念ながら抑肝散加陳皮半夏にはタブレット状の薬はない。
あれば相当便利だと思うのだが・・・。

私がいる病院では院外処方にクラシエの抑肝散加陳皮半夏は登録されておらず、使うためには手書きで処方箋に書き加え、なおかつ電子カルテに加えなければならないため、ツムラの抑肝散を使っている。

薬剤には院内と院外の採用があり、病院で院内採用された院内の薬剤に常備され入院患者や様々な事情で院外処方が困難な外来患者に処方される。一方、院外採用された薬剤はリストを渡し周辺の薬局においてもらうようにしている。採用外の薬品で、薬局にない場合でも薬局間で融通はされるが、やたらと増やすわけにもいかない。

薬に関しては薬局が管理しており、一増一減(一つ採用したら一つ減らす)が原則であり新規採用希望薬が多々ある中で、科で取りまとめた上で申請理由や減らす薬などを書いて薬事委員会を通さなければならない。
院内に在庫をもたなければいけない院内外採用の方が、院外採用よりも条件は厳しい。

クラシエのMR(営業)の方には、抑肝散加陳皮半夏を院外だけでもいいから採用して欲しいとずっと泣きつかれているが、一減ということになるとツムラの抑肝散を切ることになるが、これまで使っている人も多く難しい。

そんなこんなで当院で使える漢方薬は限られていて、使いたい漢方薬がない一方で、あまり使わない漢方薬が採用されていたりする。
そもそも漢方薬を積極的に使う医師も限られており、皮膚科や婦人科などで多少使われる程度であり、なかなか理解を広めていくのは大変である。院外では打ち出される処方箋に手書きで追加という方法も取れるが、院内では届けをだして薬局にお願いして臨時採用、購入しないと使えない。
個人的には、院内でも救急外来や病棟でも使うから、麻黄湯、五苓散、防風通聖散、酸棗仁湯、加味帰脾湯、麻子仁丸などはおいておいて欲しい。インフルエンザで麻黄湯が使えないのは痛すぎる。さらに下痢や慢性硬膜下血腫、むくみなどで応用がひろい五苓散も何故か院内採用にない。
それから院外だけでもよいから、呉茱萸湯、小建中湯、桂枝加竜骨牡蛎湯を採用して欲しい。(しかたがないので使う場合は手書きで処方箋と電子カルテに書いて使っている。少々めんどくさい。)
どれもけっこう頻用される有名な処方だとおもうが・・・。
漢方薬に関して一増一減のルールは勘弁して欲しいと思う。
漢方外来でもあれば一気に増えるのだろうが・・。

であるから静内病院のようにたいていの漢方エキス剤が使える環境は羨ましい。

科学的視点からみた漢方医学


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さて、今回は佐久総合病院内科、北相木村診療所の松橋先生の講演であった。
佐久病院の初期研修の時の診療所の研修でお世話になったり、「千曲川漢方勉強会」などで何度か話は聞いたことがある先生だ。
村で地域づくりの活動もされているユニークな先生だ。
今日は田んぼの代搔きをしてから北相木から駆けつけて下さったそうだ。

ふしぎ先生 診療所で森づくり 北相木村-りんねの森だより


今回のお話は中国の「対(dui)」の概念をもとに、抑肝散加陳皮半夏の処方解説へと広がっていった。
中医概念に慣れていない人でもわかるように、ホワイトボードに書いて、ひとつひとつ組み立てながら解説し鮮やかな話であった。素晴らしい話であったが全ては再現できないのでエッセンスのみを記す。
どこかで松橋先生の話を聞く機会があれば参加してみて欲しい。漢方薬のイメージが代わるであろう。

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まず、「対」概念の歴史からはじまって、中国医学が「こころ」についてどうとらえているのか?というところから。
そもそも脳という臓器を認識していたのか?という問には認識していたというのが答えのようだ。「脳」、「悩」という字があるのがその証拠だ。
中医学では感情も含めて陰陽五行説で説明されるが、「こころ」は主に2つの機能にわけて2つの臓器で担当する。
中医理論での五臓や気血水の概念は西洋医学の臓器と対応する部分もあるが、より広いシステムも含めた概念なので漢方の理論に慣れていない人は注意が必要だ。

心(しん)は神志を主る。神志というのは意識や知性、理性のようなもの。
   脳科学的に言えば大脳新皮質、前頭葉の機能だろう。
肝(かん)は情志を主る。情志というのは感情や本能、欲望といったもの。
   脳科学的に言えば大脳旧皮質、辺縁系、交感神経系などの機能か。


そして神志が情志をコントロールしている。つまり理性が感情をコントロールしている。
五臓のそれぞれに陰陽がある。
ここでの陰(血)は身体の実体(体)をあらわし、陽(気)は身体の機能(用)を表す。

心も心血と心気(現代医学の心機能に近い)があり、肝にも肝血(血を貯蔵する)と肝気がある。

このなかで、こころに関係するのは心血と肝気である。
心血は衰えやすいのが特徴であり、心血虚の症状として健忘、不眠、多夢がある。
これらは認知症の中核症状や抑うつなどでみられる。
一方で肝気は亢進、失調しやすい。これを肝気鬱結といい、まさに認知症のBPSDはこの状態である。

認知症は心血虚となり、抑えていた不安感、所有欲、帰巣本能、支配欲が出てきた状態といえる。

・・・酔っ払って理性がなくなったときに出てくる症状が認知症となりBPSDとして出てくる症状かもしれない。

さて、肝の治療原則として以下のような考え方がある。

1)気と血を同時に治療する
2)脾への配慮
3)虚熱、痙攣、震え、二次的変化への配慮 


このような考え方で作られた方剤である抑肝散加陳皮半夏と加味逍遥散は、そもそも別の目的で作られた方剤だが非常によく似た構成になっているという。

(どちらも四逆散から発展した変法かとおもったらそうではないらしい。
抑肝散の出典は『保嬰撮要(ほえいさつよう)』,もともとは子供のための処方。
「抑肝散は小児が肝の経絡の虚熱のため痙攣を起こし、あるいは発熱して歯を食いしばり、あるいはひきつけを起こして発熱悪寒し、あるいは粘液を嘔吐し、腹部膨満して食欲不振となり、寝てもむずがるという症状を治す。小児と母親の双方に服用させる。」
今で言う育児ノイローゼのための薬であり、それを認知症のBPSDに応用した。介護者も同時に飲むのが良いのではないか?

加味逍遥散は小柴胡湯の変法である逍遥散に牡丹皮、山楂子をくわえたもので『和剤局方』婦人諸疾篇の逍遥散の項目に「血虚、労倦し、五心煩熱し、肢体疼痛し、頭目昏重、心忪(胸苦しく)頬赤く、口燥咽乾し、発熱盗汗し、食を減じ臥すを嗜む、及び血熱相い搏ち、月水調はず、臍腹脹痛し、寒熱瘧のごとくなるを治す。また室女の血弱く陰虚して栄衛和せず、痰嗽潮熱し、肌体るいそうし、骨蒸となるを治す。」婦人の更年期障害や性周期に一致した精神症状などによい。)

いづれにしろ肝気が亢進すると、気が血を上回り、虚熱というほてりや、肝陽化風(=けいれん)、めまい、充血などがでる。
加味逍遥散には火照りをとる目的で牡丹皮や山梔子が入っており、抑肝散加陳皮半夏には釣藤鈎が入っている。
肝気が亢進すると、相克の関係から、今はなくてもそのうち胃腸の症状も出てくるはずである。(イライラすると胃が痛いなど)
そういえば自験例でもアルツハイマー型認知症になって、行き始めたディサービスなどストレスからか胃潰瘍となった方もいたな・・。ピロリ菌も陽性ではあったが。

・・・そこまで配慮して抑肝散は日本で抑肝散加陳皮半夏に進化した。
(抑肝散に六君子湯の方意を加えたとも言えるだろう。)

釣藤鈎:平肝、潜陽(目に見える症状を抑える)
柴胡:疏肝理気(肝気の流れを良くする)

       ↑
  さらに、これらが複合対薬
       ↓
当帰:補血(+活血)(肝血は心血を提供する、心血は肝気をコントロールする)
川芎:活血(+理気)


白朮:補気(>)燥湿(脾の気がたまるとゲップ、下痢、舌苔↑になる)
茯苓:補気(<)燥湿(2つを合わせることでバランスがとれる)

       ↑
  さらに、これらが複合対薬
       ↓
陳皮:理気、開胃(みかんの皮、シトラスの香りで食欲↑)
半夏:止嘔、降逆(ムカムカを抑える。)


これらに全体を調和さす目的で甘草を加えて抑肝散加陳皮半夏となる。

Beautiful!美しい方剤・・・。
それぞれが対となり、さらに複合対薬となっている。まるで麻雀の役のようだ・・。

ということで抑肝散より抑肝散加陳皮半夏の方が完成度の高い方剤というクラシエ大喜びの〆でした。

こういう説明をされると、とても面白い。
東洋医学の理論に基づいて、いろんな方剤についてこういう理解を深めていきたいとおもった。

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さらに今回は札幌の「ときわ病院」の宮澤仁朗先生のアルツハイマー型認知症の診断と治療の話もあった。
札幌のスーパー救急もやっている単科の精神科病院の院長で、北海道の朝のテレビ番組に毎週レギュラーでコメンテーターとして出演しているイケメンの精神科医だ。印象に残ったのはMe-CDTというCDT(時計描画テスト)と短期記憶、見当識など5つの質問を組み合わせた簡単なテストで、MMSEと同等の感度特異度でアルツハイマー型認知症を診断できるという話。10時10分というのを覚えてもらって最後に時計を書くというのがミソ。たしかにMMSEやHDS-Rまでとれない時には外来でそのような検査をおこなっているし、免許の高齢者講習もほぼそのくらいの内容だ。早く標準化されるといいな~。
あと抑肝散加陳皮半夏の脾(消化器)への効果はアリセプトなどコリン賦活薬の副作用である消化器症状を打ち消すので、アリセプトと抑肝散加陳皮半夏の組み合わせがよいという話も・・・。
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地域医療を守れ

2012年05月12日 | Weblog
先日の再構築検討委員会で、やっと院内に向けて正式にマスタープラン素素案を公表するという方向になり、院内の会議などでも話し合われ始めたようである。もっとも昨年の職員全体集会で院長から公表されていたのではあるが、その後、院長からは意図的にか積極的な情報公開や議論は再構築検討委員会以外の場ではなされていなかった。
再構築検討委員会の広報はあったもののリニアックはあくまでも多くの検討課題の一つに矮小化され、情報をしっかり公開して議論しようよという動きは封じられ、リニアックの導入の是非を問う掲示は怪文書扱いされた。
日常業務だけでも精一杯で再構築どころではないというのが現場の実感であっただろう。
しかしやっと知らない間に物事がかなり進んでしまっており、とんでもないことになっているという危機感が職員や住民の間でも共有されはじめているようだ。他地域の方にも「大変ですね」と心配される始末である。
このブログの解説も院内外の多くの人に分かりやすいと言われ、役に立っているようで嬉しい。
意見や反論、不正確な点などがあれば指摘していただきたい。

来週、院長のヒアリングがあるが、そこでどのような話ができるか今から楽しみである。
どのような落とし所を作れるか・・・。

自分としては、臨床をやりながら、できるところから動いて行きたい。
研修医の救急外来のケースカンファレンスも再開し、在宅支援科から訪問診療に定期的にでるような枠も作った。
地域の医療福祉機関、安曇野赤十字病院や市立大町総合病院などとの様々な形での連携をさらに強化していければと思う。

そこで、だいぶ以前に買っていたが、途中までしか読んでいなかった「地域医療を守れ」という本を読みなおした。
千葉県の山武地区の東金病院のことが中心だが、丹波の柏原病院や北海道の「せたな」の事例、当地にもお越しいただいた伊関友伸先生(まちの病院がなくなる!?)のことも出てきて、昨今の地域医療再生の情勢をまとめた本となっていた。

地域医療を守れ―「わかしおネットワーク」からの提案
平井 愛山,秋山 美紀
岩波書店


要約して印象にのこったところを拾って抜き出しておく。

千葉県は人口は北海道と同じくらい多いのにもかかわらず医学部は千葉大学ひとつしかなく、主要な医療機関は東京に近い北西部のエリアに集まっている。
房総半島や太平洋沿岸部には「亀田メディカルセンター」や「旭中央病院」という臨床研修でも有名な病院があるが、ここまで東京から電車でも2時間以上かかる。
これは新幹線ができた今となっては長野県の佐久から東京に行く方が近い。新幹線ってスゲェ。
(もっとも、私の今いるエリアからは3時間以上かかりますけど・・・)

その間の九十九里のエリアも例にもれず卒後研修義務化や医局制度の崩壊のあおりをうけて、病院勤務医が減り医療崩壊寸前までいったが、東金病院の平井愛山先生を中心に「面で支える発想」で地域医療再生が図られてきた。

私も2006年に佐久で平井先生の公演を聞いたときになるほどと思ったものだ。→地域循環型の医療連携


医師不足時代に「新しく立派な病院を建てれば医者はあつまる」と主張し、医師不足対策の決め手として、病院新築を推進する地方行政関係者や議員がいるが、それは大きな誤りである。
本質は地域社会の崩壊であり、地域医療とは地域づくりそのものである。
地域医療にはマクロ的な視点が不可欠で、一人の患者の後ろには多くの患者が控えている。
患者という「点」から地域を「面」として捉える発想の転換が必要で、地域中核病院は自院の利益だけではなく、地域全体の医療の底上げに真剣に取り組む必要がある。
しかし、地域医療連携に不可欠なヒューマンネットワークとチームワークは一朝一夕には育たない。
これらを育てるには、みんなが同じ土俵に上がり、知恵と力を出しあう関係が必要だ。
そのためにまず取り組むべきことは、情報発信、そして対話の場をつくること。
正しい判断は正しい知識から。顔をあわせて勉強会を重ね、「人の健康・命を守る」という同じ目的に向かって、住民・医療機関・行政がそれぞれの立場から意見を出し合い、知恵をしぼらなくてならない。

東金病院とNPO法人「地域医療を育てる会」が一緒になって取り組んでいる若い医師のコミュニケーションスキルをおこなう医師育成サポーター制度もそのひとつで、地域で「医師を育てる」意識も根付きはじめている。
なんとか頑張って臨床研修のネットワークにも加わり、さらに内科認定医や内分泌専門医などを育てられる体制もつくり若い医師をひきつけている。

病院というハコは、あくまで医療を提供するために存在している。
医療を守ることが病院を守る結果になることはあるにしろ、病院を守ることが、医療をまもるということになはらない。
「はじめに建設ありき」で地域の「身の丈」を越えた分不相応な病院を建設すると、後に大きな禍根をのこすことになるということも全国の事例からも明らかだ。

山武地区でも新病院建設をめぐって、今もいろいろごたついてはいるようであるが、ネットワーク、人と人とのつながりがあればきっと乗り越えていけるであろう。
東千葉メディカルセンター建設の是非を問う東金市民の会


当地域での医療再生についても皆で真剣に考えなければならない。そのための場をつくらなければならない。
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病院組織の意思決定における重大なプロセス違反?

2012年05月07日 | Weblog
さて緊急招集された再構築検討委員会が開催された。
会議のコストをざっと計算すると。30人×2000円(平均時間単価)×3(時間)=18万円
どれだけの人が残業手当をつけたかは分からないが、幹部を中心に多くの人を長時間拘束したものの本日も相も変わらず不毛な会議であった。

これまでの経過を振り返ろう。

このブログでさんざん述べてきたように、これまで中川真一院長は、宮澤敏文県議とともに、地域医療再生基金の補助金を原資の一部として、がん医療と救急医療に力を入れる(リニアックとICUの導入)ことを条件に周辺市町村にも再構築のための公費による資金援助を依頼してまわってきた。

なぜ安曇病院に放射線治療機器という話に?

問題なのはそのプロセスだ。

このことを独裁を自負する中川真一院長は、院内のコンセンサスや長野厚生連の本所(理事長)などの了解を得ない形で強引に推し進めようとしたのである。

そもそも安曇総合病院では職場運営委員会が病院内の唯一の意思決定機関であり、どこで何が話し合われても職場運営委員会で決定されない限り、それは単なる案件でしかない。
また場合によっては上位組織である長野厚生連の理事会にも話を通す必要もある。

それらの手続きを正式に踏まずに、秘密裏に宮澤敏文県議のいうままに院長(と前事務長)は県に仮の計画を提出して地域医療再生基金の補助金を申請し、リニアックやHCUを導入するという大方針を既成事実化しようとした。

その結果としていまの混乱がある。

地域との約束、特に政治家とのからみなどもあり、いまさらあとには戻れないと思ったのだろうか・・。
院長は民主的に議論をしているポーズをとりつつ、院外にはリップサービスを振りまき、院内には意図的に加工された情報のみを公開し急性期で新しいことを始めなければ安曇総合病院はおしまいだというようなプロパガンダを流した。
医局会はもちろん、職員全体会議でもその話題をださず自由な議論や意見を封じ、地域的、全病院的な議論はあえて起こさないようにしてきたように私には見えた。(意見する文章は怪文書扱いされ院長に問題視された。)
であるので、このブログを見てくれているような人は除いて、地域住民や一般の職員は再構築をめぐる議論や、これまでのゴタゴタの全体像についてほとんど知らない人が多いだろう。

中川真一院長は「地域医療再生資金がもらえちゃったものだから・・・。もう、やることに決まったんです。」と主張する。

しかし急性期病院に本格的に舵を取り、リニアックやHCUを新規に導入するという案はニーズの側面からも実現性からも、財務の視点からも、説得力をもって院内の唯一の最終意思決定機関である職場代表者会議も、上部組織の厚生連の理事会も通すだけの力を持った案ではないということは院長もわかっているのだろう。
院長は正面切って職場運営委員会に議題を提出することなく、8つの部会からなる再構築検討委員会が新たに組織された。
しかし私にはにはそこでも院長は議論をしやすい土壌を作ろうとせず、ただ議論しているよというポーズとアリバイ作りの会議を延々とおこなってきただけの1年に思える。
「再構築」という思考停止ワードの影で、部会での議論は病棟を新しくしたい、放射線治療機器が欲しい、心カテをやりたい、外科を充実したい、老健が欲しい、病棟の広さは、トイレのデザインは・・などさまざまな案はでてくるものの、再構築の大方針がないため、あくまで現状の検討、ブレインストーミングにとどまった。
一方で院長周辺からは甘々の身内のデータを用いた都合のいい解釈ばかりを積み上げたシミュレーションばかりが出てきた。急性期にふった新しいことをやらないと安曇総合病院はおしまいであるというような喧伝をした。そして8つの部会の一つである「がん診療部会」でのリニアック設置というプランを病院の決定事項として話をすすめようとした。姑息である。
がんや救急など急性期医療によりシフトをすすめ、リニアックとHCU導入して、心カテ(待機)もおこない収益をあげるという院長案以外の案、例えば地域医療部会で話し合われたような得意な分野を活かして在宅医療やリハビリ、精神医療、健康増進などの支える力を入れ、急性期医療に関しては地域の他の医療機関との連携を図るという案に関しては、病院としてのシミュレーションやコンサルタントによる試算の協力は得られず、会議でも院長は聞くポーズだけで聞く耳をもとうとしなかった。

もちろん部会などでのこれまでの議論には、それなりに意義はあったとはおもう。

しかし、それぞれが、ばらばらに自分のやりたい医療とできる医療だけをやることを積み上げていってもいつまでたってもまとまらない。
いつかは病院全体の戦略を決め、それを集約していく作業が必要なのである。
診療のインフラ整備として、診療の範囲を明確にする、すなわち当院として地域に必要な医療全体のどの部分を担うのか、優先順位をどうつけるのか、すなわち何をやらないのかという、戦略レベルの話はどこでもできなかった。

そしてずっと膠着状態のまま今日の今日まで来たというわけである。

再構築検討委員会の議論をまとめた再構築マスタープラン素素案ではその混乱ぶりがよくあらわれている。
(院内には公表するようなのでよく見てもらいたい。今までの部会の議論をまとめてマスタープランを作れと言われた事務の苦労はいかほどのものか・・・。)

そもそも組織において戦略(どこへ向かうのか?)を決定するためにトップダウン、ボトムアップのパイプがしかれ、かつ意思決定には最終責任を負うべきリーダである病院長が関わる意思決定の仕組みが必要である
その一方で、「院長がご乱心」ということもありうるので、そういう時には、国で言えば憲法にあたる病院の理念だったり厚生連の理念だったり、伊関先生が紹介して下さった公的病院の9原則だったりといった原理原則(脚注参照)に立ち返って皆で議論する必要がある。

中川真一院長のこれまでの業績は前のエントリーで述べた。
戦術レベルのさまざまなこと、初期・後期研修医の育成。DPC病院への手あげ、電子カルテの導入などの取り組みでを成功させてきた。しかし戦略レベルにおいてはどこかで道をあやまったのかもしれない。

地道な医療をないがしろにして、政治や病院経営ゲームに熱中し、地域の実情を無視して。これまでやっていなかった高度医療の新しいことを始めたり、制度のなかから儲かりそうなものを後追いで追いかけるのではなく、地域のニーズはなにかを真剣に考え、限られたリソースを最適に使うべく努力をした上で、制度の方が追いついていなのなら制度の方へ働きかけをするべきなのだと思う。
身の丈にあった医療を丁寧におこない、その取組を発信することで人をあつめ、医療システム、地域の医療文化を変えていけばよいのだ。ある地域での良質な取り組みがモデル事業となり全国へと広まったケースなどはたくさんある。


(参考、大胆予想25年、診療報酬体系どう変わる?―厚生労働省保険局医療課の鈴木康裕課長、DPC2群の充実も選択肢に~)

中川真一院長は「うちには売りになるものが何もないんです。」といい(失礼なヽ(`Д´)ノプンプン)、他の医療機関とのさらなる連携の可能性をさぐるよりも巨大な急性期病院(ミニ大学病院?)を目指した。
今や貴重になった総合病院の精神科病棟を中心とした精神科部門があることは大学病院にもまけない安曇総合病院の売りである。(コア・コンピタンスである総合病院精神科病床。
しかし妬みでもあるのだろう。「うちは精神科があることが問題なんです。計算上毎年2億円の赤字を出しています。精神科病棟を縮小するのは時代の流れです。」といい、精神科病棟の縮小を計画にあげた。
7:1看護体制の導入などもあり職員の雇用は増えつづけた一方で、それに合わせた事業の拡大、患者の数の増大、収益の増大はなかった。そもそも当院の規模、陣容、立地条件で急性期に特化するかたちでのDPC病院、7:1看護体制というあり方に無理があったように私には思える。
(老健などの在宅支援施設や在宅医療のシステムが機能した上で、病床数を削減するならありえるかもしれないが)

挙句、院長は「当院はすでに急性期病院への舵をきった。630人の雇用をまもるためには今までやっていなかったこともやって患者を確保し収益を確保する必要があるんです。」と言う。

一理はあろう。

しかし院長のメンツをまもりたいのか、病院をまもりたいのか、それとも地域の医療をまもりたいのか・・・。
私にはすでに泥沼に足を踏み入れ、患者を確保(拉致)して、収益を得ることが、地域ニーズに応じた医療の提供よりも先に語られるようになってしまっているように聞こえる。
そもそも良い医療を地域に提供することが目的であったはずが、いつの間にか収益の確保、組織の維持が目的となってしまっており組織としておかしくな方向に向かっていることを危惧する。
もし過剰投資で経営がなりたたなくなり、収益性維持のために、不要なことをやって患者をあつめたり診療単価をあげるようなことになるならどう考えてもおかしい。
組織の末期症状である。

そういう時こそ、もういちど理念に立ち返って皆で議論する必要がある。
そもそもこれまで職員や地域住民の間でのディスカッションがあまりに少なすぎた。


雇用は可能な限り維持しつつも、地域ニーズに応じたことを無理なくやる方法を考えなくてはいけない。
人と人とのつながりを強化し地域ニーズに応じた「支える医療」を充実さすことで、それは実現可能であると思うのだが。
安曇総合病院マスタープラン(案)

本日の会議で出た意見の一部を紹介する。

「色々議論していっても、全くわからなくて不安がある。まずは医局の先生方が、腹を割って話していただきたい。」

「病棟の早期の建て替えは希望しているが。看護部でも幹部を除いて事情がわかっている人がほとんどいない。」

「これのどこがマスタープランですか、とても話にならない。もう一回更地に戻すような気分でやらなきゃいけない。」

「シミュレーションにはコンサルタントを入れて厳しい数字も出してもらうべき。支える医療に力を入れた場合のシミュレーションも・・・。」

「再構築で老健はつくってはいけないと本所にいわれたというが、リニアックも判子は絶対に押さないといわれたのでは?再構築とは別に老健を先につくるというような考え方もあるのでは?」

「いい老健のニーズはあるし、リニアックよりも多くの雇用を産む。老健を優先すべき。」

「病棟の新築の工事費用を40億ではなく30億に切り詰めてやったらシミュレーションはどうなるのか?」

「かつてCTをいれる、MRIをいれる。といったときに、赤字が怖くて買えないという議論になった。
その時は機材の導入は大町病院が先行していたが、安曇総合病院も時代の流れで入れざるを得なくなって、入れたら頑張った・・・。そのへんが大町との差になったのではないか。自分が40代だったら強引にでもひっぱって(リニアックを)導入するが、自分は年齢的にも引っ張れない。若い人達がどう考えるかだ・・。」

「病棟の建て替えがズルズル伸びてもいいのか?リニアックに反対するならちゃんと根拠を示せ。」

「リニアックは計画の一部にすぎない。このチャンスを逃して、病棟が建て替えられなくなってもいいのか」

「そのままなにもしないで赤字になるか、新しいことに挑戦して赤字になるかどっちがいいんだ!」

「機械を入れたが放射線治療医を招聘できなかったり、内科医が多数辞職したりといった可能性は考えていないのか?」

「舞鶴のような医師が大量離職したような病院は政治家や首長がだめだったんですよ・・。」(うちは違うのか!(-_-;))
「このマスタープランの素素案を各部会、各部署にもちかえって議論して下さい。」と院長は言う。どうしろと・・・。(-_-;)

院長のプロパガンダが奏功して、一部にリニアックの導入や、急性期医療病院への転換の待望論があることは分かったが、すでに臨床現場から離れた者たちの覚悟も感じられない意見ばかりである。とても相手にする気にはなれない。
地域のニーズに応じた、身の丈にあった医療を、まっとうにやって赤字になるのなら制度のほうがおかしいのだ。
そのときは地域住民や社会に問いかけていけば良い。

これまで独裁でおしすすめてきた中川真一院長は、本日の会議では「議論が巻き起こるのを待っていたんです。」と言っていたが、これは民主的に議論した結果、「皆が反対するからこうなっちゃったんです。ボクはやりたいんだけど・・。」とでも言いたいのであろうか?

当初の耐震基準に満たない病棟を新築するというシンプルな話であったはずの再構築の議論を混乱させたのは、ビジョンなきままプロセスを無視して強引に物事をおしすすめ、リニアックやICUを導入するという計画で県に地域医療再生基金を申請し、それを前提に市町村に経済的な支援を頼むなどしてきた院長の責任でもある。

先日の幹部の集まり(院長は欠席)で院長の問責についても議論されたようなことも聞く。
そこでは「世の物事の決め方には2種類しかない。独裁か多数決かだ。これまで独裁でやっておいて、突然民主的に決めるというような虫のいい話はゆるされない。」というような声もあったようだ。
独裁という自由の結果は重大な責任である。

中川真一院長のやり方に重大なプロセス違反があったことを潔く認め、責任をとって謝罪をしないと、院内はもちろん外部に対して示しがつかない。筋は通すべきであろう。
そして、けじめをつけないと、再構築はいつまでたっても次のステップへとすすめないだろう。

その上で情報公開を十分に行なって院内外でさんざん議論を尽くし、現実的な再構築案をつくり、地域医療再生基金をそれに関して転用できるのかを県に問い合わせ、なおかつそれでも公的資金に寄る援助をもらえるのかということを市町村(住民)にも根回し、財務計画を建て・・・というプロセスが必要となる。

しかし、このままでは、地域医療再生基金を利用しての再構築計画の期限に間に合いそうもないのではあるが・・。
まぁ、それも致し方なしと思う。
最初から棚ボタのお金だったのだ・・・。

残念ながらこの病院(地域)も、一度医療崩壊を経験し落ちるところまで落ちて「底付きを体験」をしないと変われないのかもしれない。

JA長野厚生連理念

JA長野厚生連は、JA綱領のもとに医療活動を通じ、組合員・地域住民のいのちと生きがいのある暮らしを守り、健康で豊かな地域づくりに貢献します


行動目標

一.私たちは、医療に携わる者として、常に人間性を磨くとともに知識と技術の習得につとめます。
二.私たちは、地域のニーズを尊重し、親切で良質な保健・医療・福祉サービスの提供につとめます。
三.私たちは、組合員・地域住民の主体的な参加のもとに、労働組合とともに民主的な運営と健全な経営につとめます。
四.私たちは、農村医学と農村医療の確立と発展につとめ、農業と農村を守ります。
五.私たちは、教育・文化・地域活動を積極的に推進し、地域の信頼を高め連携強化につとめます。


安曇総合病院理念
私たちは、地域の皆さまの健康を守るため、親切で安全な医療活動につとめ、ホスピタリティあふれる病院づくりをめざします。


基本方針
医の倫理を守り全ての患者さんの権利を尊重し、平等で安全な医療・福祉サービスを提供します。
地域のニーズに応じた救急医療体制の充実を図ります。
地域医療機関と連携し、在宅医療を支援します。
JA厚生事業を推進し、保健予防活動を通じて皆さまの健康増進に貢献します。
臨床研修に取り組み、信頼される医療人の教育育成につとめます。
文化・研究活動を積極的に展開し豊かな地域づくりに貢献します。


JA綱領 ~わたしたちJAのめざすもの~

わたしたちJAの組合員・役職員は、協同組合運動の基本的な定義・価値・原則(自主、自立、参加、民主的運営、公正、連帯等)に基づき行動します。そして地球的視野に立って環境変化を見通し、組織・事業・経営の革新をはかります。さらに、地域・全国・世界の協同組合の仲間と連携し、より民主的で公正な社会の実現に努めます。
このため、わたしたちは次のことを通じ、農業と地域社会に根ざした組織としての社会的役割を誠実に果たします。


わたしたちは
1. 地域の農業を振興し、わが国の食と緑と水を守ろう。
1. 環境・文化・福祉への貢献を通じて、安心して暮らせる豊かな地域社会を築こう。
1. JAへの積極的な参加と連帯によって、協同の成果を実現しよう。
1. 自主・自立と民主的運営の基本に立ち、JAを健全に経営し信頼を高めよう。
1. 協同の理念を学び実践を通じて、共に生きがいを追求しよう。



公的病院の9原則。

1. 普遍的且つ平等に利用し得るものであること。
2. 常に適正な医療の実行が期待しうること。
3. 医療費負担の軽減を期待しうること。
4. その経営主体は当該医療機関の経営が経済的変動によって左右されないような財政的基礎を有し、且つ今後必要に応じ公的医療機関を整備しうる能力(特に財政的な能力)を有する者であること。
5. 当該医療機関の経営により生ずる利益をその医療機関の内容の改善のための用途以外に使用しないような経営主体であること。
6. 社会保険制度と密接に連携協力し得ること。
7. 医療と保健予防の一体的運営によって経営上、矛盾を来さないような経営主体であること
8. 人事行務等に関し、他の公的医療機関と連携、交流が可能であること。
9. 地方事情と遊離しないこと。
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地域の医療の未来を真剣に考えてみませんか?

2012年05月03日 | Weblog
現場で日々奮闘されている皆さん。安曇総合病院ユーザーの地域住民の皆さん。

「病院再構築?医療のありかた?」そんなのは現場の自分には関係ない、院長や病院経営陣の考えることでしょと思わず、地域で安曇総合病院が担うべき医療の将来像について真剣に考えてみませんか?

残念ながら安曇総合病院の医療における大方針や再構築のロードマップで表に出ている情報が少ないために、今ひとつ現場の職員や地域住民はリアリティをもって実感できていません。
しかし知らない間にとんでもないことになっているかもしれませんよ。
その第一歩として、まずは院長をはじめとする経営陣の考えや訴えに耳を傾けてみましょう。

先日の職員全体集会でも時間の制約からか病院の将来像についての話はありませんでした。
しかしこのことは、みなさんの今後の仕事内容や給料にも直結することです。

そこでその場で私は院長に質問をさせていただきましたが、5月7日に再構築検討委員会で、なんらかのアナウンスがあるようです。

その時の院長の声を、職員全体に、地域の皆さんにお伝え出来ればと思っています。
さらに院長や県議の考えを聞き、対話する集会などを開催したいものですね。

院長の考えとして表に出ているものとして安曇総合病院のホームページでの院長の挨拶、それから病院広報誌”きずな1月号”での院長の年頭の挨拶などがあります。
まずこれらを読んでみましょう。

私には病院ってそもそも「おもてなし」をするところでしたっけ?と思い、なんだか、すごい違和感を感じましたが・・・。

さておき、ここであらためて中川真一院長の業績を振り返りながら、地域の医療のあるべき姿に関して院長の真意をたどってみましょう。


中川先生は院長になって以来、我々の目指すべき道を、「安曇野ホスピタリティ」という簡潔かつ分かりやすい言葉に凝縮し、当院が地域で果たすべき役割を明確に打ち出しリーダーシップを発揮してきました。

これは、佐久総合病院の「農民とともに」、富士見高原病院の「遠くの親戚より近くの高原病院」、ユーモアあふれる一関市国保藤沢病院(旧藤沢町民病院)の「忘己利他(もう懲りた)」などと比べても遜色のない素晴らしい理念だと思う人もいるかもしれません。
組織は理念を共有するものの集まりです。もう一度理念に立ち返る必要があります。
そして、もし理念がおかしいと思うなら、いま一度、全職員、地域住民も含めて理念を考えなおすべきです。
私なら、「地域とがっぷり四つに組んだ逃げない医療」や「パートナーシップ」という言葉を使うでしょうね。みなさんはどう考えますか?

院長先生はここ数年は毎年、新人職員全員に、「サービスを超える瞬間」という本を配り、感想文を書かせています。院長は、この本を読んで感じるところがあったようです。
新入職員の方、読まれましたか?どのように感じられたでしょうか?

リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間
高野 登
かんき出版


中川真一院長はこの本をとおして医療本来の役割を超えた医療のあるべき姿、安曇総合病院のあるべき姿を示したいのだと思います。
実際に院長は何度もリッツ・カールトンホテルに視察の宿泊にも出向かれて、そのホスピタリティを感じてきていらっしゃいます。
これだけ競争が激化し医療のあふれる状況では、ただ真面目に目の前の患者さんに地域に必要な医療を行うだけではダメなのでしょう。
医療はサービスです。ノーといってはいけません。

安曇総合病院は雇用の少なくなった地方の農村部で、多数の新規職員を採用してきました。
そして「安曇野ホスピタリティ」というコンセプトのもと、今までやっていなかった分野にも手を広げ病院を拡大し、「収益性を確保」し「病院組織の維持」することに心を砕いてこられました。
職員一人ひとりが意識をして病床稼働率をあげ、入院単価、外来単価を上げることに組織一丸となってとりくまなければいけません。
その目的のためには、地域のニーズだけをみているのではなく、いち早く診療報酬や医療制度の改定にアンテナを張り巡らせ、前のめりで背伸びをするくらいでないと医療情勢の変化についていけずに大きくなり人も増えて巨大となりすぎた病院組織を維持することすら困難となるでしょう。
中川真一先生は公私病院連盟の理事でもあり毎月かかさず東京に出張されて全国の医療情勢などについても敏感に感じ勉強をつづけていらっしゃいます。
また大町病院の経営検討委員会にも出席して「うちならつぶれます」と助言をしています。

院長は日々忙しい臨床現場の声に偏ることなく、医療周辺産業であるプロのコンサルタントも入れて広い視野で病院経営をおこなってきました。
バランスドスコアカードや原価計算などビジネスの手法を病院経営に取り入れたのもそのひとつです。
バランスドスコアカードも、原価計算もかつて聖路加病院などの有名病院でもなされていたそうですが、今はもう行なわれていません。(何故でしょうか?。)
こういったことは病院の理念や方向性がしっかりしていないと「仕事もどき」になりがちなのですが、この様な取り組みを真に活かしている中小病院というのはそうそうないと思います。
さらに外部の病院機能評価を定期的にうけ、大きな病院に負けないようにフルセットのさまざまな委員会をつくり質の向上に努めてきました。
おかげで毎日雑多な会議で大忙しです。会議削減委員会が必要という笑い話もでるくらいです。
たとえ患者さんと向かい合う直接業務の比率がすくなくなっても、さまざまな会議をおこない、質の向上を図っていくことが必要なのです。
そんな活動の集大成が、さまざまな経営指標などを院長自ら語って下さった先日の職場全体集会でしょう。

私は感動しました。

中川真一先生は古くから神経内科医としての長く実践をされ、2月には長野県の名医のみが出演しているTSB「奥様はホームドクター」に「手・足のしびれについて」のテーマで出演されるなど、神経内科の名医です。
テレビにでるからと研修医の本棚からも本を借り、(研修医に貸していた私の「頭痛・めまい・しびれの臨床」も借りていったようです。この本はやや古い内容ですが名著です。)秘書をあいてに何度も練習をしてから撮影にのぞまれたようです。
精神科に入院中の患者さんで神経内科的な診立てが頂きたくて紹介させていただいた方の返書に残念な思いをしたこともありました。

そんな中川院長先生は院長になっても率先して、日々、患者さんを丁寧に診療され、外来も院長特別枠の1時間枠に数人、毎週見ていらっしゃいます。
それだけではなく率先して病院の玄関にたって来院される患者さんに挨拶されている院長の姿を目にされた職員も多いと思います。

昨年の東日本大震災においては大槌町にDMAT(医師会の医療チーム)の一員として率先して被災地の医療支援にも赴かれました。震災直後から複数のチームを送った精神科以外の当院の常勤医で被災地に赴かれたのは中川真一院長ただ一人です。

思えば若月俊一先生の本、「50をすぎてボケとたたかう」のなかで、若月俊一先生、盛岡先生(現長野厚生連理事長)や大西先生(佐久総合病院美里分院長)、対談をされているように認知症のことについても早くから取り組まれています。
院長が、そのころから認知症をテーマにとりくまれていることが現在の安曇総合病院の認知症疾患医療センターの取り組みの奥深いところで反映しているといえるでしょう。

奇跡の医療・福祉の町ベーテル―心の豊かさを求めて
橋本 孝
西村書店


中川真一先生は「奇跡の医療・福祉の町ベーテル」という本を読み感じるところがあったようです。
平成22年には病院がもっとも忙しい時期である12月にもかかわらず、病院旅行の一環として、障害者雇用、福祉と一体となってキリスト教の理念のもと病院を核として街づくりをおこなっているドイツのベーテル市に1週間、視察研修に行かれ、その研修の様子を忘年会にもスライドで職員に見せてくださるなどしました。
そして、この病院や地域の目指すべき方向性のひとつとして「福祉のまちづくり」を主張してきました。
その講演を聞いた佐久病院のケースワーカーなどにも「厚生連の大会などで中川先生の話を聞いて感動した。ああいう考えの先生がトップでいるというのは、いいね。」と羨ましがられたものでした。
私は、そんな病院で働けることを誇りに思ったものです。

中川真一院長は病院に勤務する医師全員と毎年2回、ヒアリングをおこなってくださいます。

私が以前にいた病院でも、再構築の計画があり、なかなかすすまず混乱が続いていた様子を見ていて安曇総合病院に来た当初、中川院長は「うちの病院は独裁だから」という言葉に、頼もしさをかんじました。
今その言葉の意味をかみしめています。
(橋下市長を待望していた大阪市の職員も同じ気持ちでしょう。)
そもそも以前の病院では院長など経営陣と率直な話をする機会もあまりありませんでしたし、院長が定期的に直接時間をとってヒアリングをしてくださるということに私は感動しました。

院長とディスカッションして、そのなかから病院内の仕事をつかった院内の就労支援事業が立ち上がり就労支援室が誕生しました。
院長は強いリーダーシップでこの事業の実現に向けて活躍してくださいました。
トップダウンだとことは早い、さすがにちがうなと思ったものです。
今、病院の仕事の中で食器洗浄業務やユニフォームのクリーニングの仕事が、精神障害をかかえて生きている方が、支援をうけつつ働きながらリカバリーを果たしていく場として生まれています。
障がい者をあえて自立させないパラドックスへの挑戦です。
ただ障害者を支援の対象者におしやるのではなく、障がい者支援者ともに仕事を得てハッピーになれる広い意味でのワークシェアリングです。
是非、今後もこの路線を拡大していって欲しいと思います。

院長の業績として他の病院に率先して成果主義を医療の世界に導入したことがあるでしょう。
厚生連全体ではMBO(目標マネジメント制度)というのを管理職の研修までして取り入れています。こういったことは組織としての理念や目標があいまいだとあまり意味がないのでしょうが、当院には「安曇野ホスピタリティあふれる病院」という明確な理念があります。
一方医師には貢献度手当という制度を導入しています。年棒制や、さまざまな給与体系が混在することは民間の病院ではよくありますが厚生連病院では珍しいと思います。
医療はチームおこなうものであり個人の成果を競うことはそぐわないと成果主義に反対し、貢献度手当をつきかえした医師もいました。せっかくのヒアリングも拒否している医師もいますが、もったいないことです。
医療収益やサマリーや診断書などの早期作成、学術活動などに比例したポイント(事務職員が多大な労力をはらって作成しています。)に院長裁量をくわえ、貢献度手当が公表されています。

収益の多い順に棒がならぶ表をみせられ「君はコレ」といわれるたびに、なんとも言えない嫌な思いを味わいます。
私はヒアリングのたびに、貢献度手当はモチベーションを下げるだから止めたほうがいいといってきましたが、院長の考えはもっと深い別なところにあるようです。
地位と金はだれにとってもモチベーションの源泉であり人を動かす鍵であるとの信じていらしゃるようです。
一部にはモチベーションを下げるだけだと批判する医師もいますが、多くの医師には自分の頑張りに比例して収入があがることはモチベーションの源となっているはずです。
成果を公平に数字化することは非常に困難なことですが、中川先生は公平な目で評価してくださり、院長裁量ももちいて頑張っている人には有り難いことです。
その他にも「院長補佐」という名の管理職を何人も増やしてモチベーションをあげています。
管理職が増えいまや管理者会議は院長室に入りきらないくらいになっているそうです。



そんな中川真一院長の最大の業績としてあげられることとして卒後臨床研修が必修化にあわせて、いち早く臨床研修病院としての体制を整え地域の病院で育ててきましたことがあげられるでしょう。
安曇総合病院のような小さな病院で、これまでに初期8人、後期14人の研修医を受け入れて育ててきました。
現在も初期研修医が4人(1年目1人、2年目2人、信大プログラムのたすきがけ1人)が活躍しています。
病院が一体となって研修医の受け入れ態勢をつくり、研修医の存在が病院の活気の源となってきたのはみなさんも感じていらっしゃることと思います。
そのために院長自らレジナビなどへも出向き研修医の獲得を図ってきました。
当院で初期・後期研修を受けた医師は立派な医師となり一部は当院の整形外科の中核を担う医師へと成長しまた。当院で地域の医療現場のニーズを感じ、基本的な知識技術態度を身につけた医師は、今や小谷村の診療所での地域医療や、大学病院や長野県内外の病院で医療の中心として活躍しています。
当院の精神科や整形外科にも残り当院の医療の屋台骨を支えています。

精神科の後期研修医プログラムには人があつまり、県内の他の厚生連病院、こころのケアセンター駒ヶ根病院など多くの病院から派遣依頼があります。
医師を要請できるだけの規模と実力をそなえた組織は少なく全県から垂涎のまとです。
ただ、中川真一院長は精神科に妬みや恨みでもあるのか、収益を挙げない精神科はお荷物だと思っているようで、「安曇病院の問題は精神科があることです。」といい精神科病床を削減していく意向のようです。
どんな計算だか知りませんが原価計算によると精神科病棟は「毎年2億円の赤字を出している。」そうです。
安曇総合病院と地域の医療の将来を考えると、そんな部門はないほうがいいでしょうね。
この地域では精神障害への理解は行き渡り、差別はなくなり、支援を上手にうけつつ医療につながることができない人も減りました。増えている認知症やうつ病などはかかりつけ医でも十分に見ることができるようになりました。これまで総合病院精神科病棟としてのさまざまなニーズにこたえてきましたが、一般の病棟もじっとしていられない人や行動のまとまらない人もみることができるようになって来ました。
その役割も終え、コンサルテーション・リエゾンで十分やっていけるということでしょうかね。
それで困難な精神障害と身体疾患の合併症などで困ったケースはあらゆる科がそろい医師も医療スタッフも充実した大学病院に、それ以外のさまざまな精神科疾患の方は多額の予算を投じて新築した県立こころのケアセンター駒ヶ根病院などにお願いすれば見てくれるでしょう。
当院の精神医療は歴史的役割を終えたということでしょうかね。
院長の真意を聞いてみたいところです。

それ以外にも院長は電子カルテを導入したり、この規模の病院としてはいちはやくDPC病院へと手あげし、看護師を募集し7:1看護体制をしくなどのことをリーダーシップをとって全職員の協力の下遂行してきました。

一度決めたことは何があっても負けることなく力強くおし進めていく院長の姿には実に頼りになるものでした。
高齢化が進み社会自体が衰退(いや成熟)しているこの先の読めない変化が激しい困難な時代、理念や方向性さえ間違わなければ、これほど素晴らしいリーダーはそうそういないでしょう。

安曇総合病院には急がなければいけないことがあります。
これまで外来棟、南病棟(精神科病棟)と立て替えてきましたが、昭和44年に建設された中病棟は老朽化し、耐震基準をみたさなず、地震などの大規模災害時には大きな被害を受ける恐れがあります。
早急な建て替えや補修が必要です。

今回の病院再構築に対しては、院長と前事務長が我々一般職員の知らないところで、池田松川選出の宮澤敏文県議らとともに大町市、安曇野市、池田町、松川村、生坂村、白馬村、小谷村とお願いに回り、地域住民の代表である首長にも頭を下げて回り、地域ニーズを聞いて回るなど苦労を重ねてこられました。
政治家が聞いて回ってきたことや、住民代表の首長の言うことは診察室や在宅などでは聞くことのできない住民の真のニーズです。
再構築を平成25年度からスタートするということ、国・県から7億円をもらうという条件の元に市町村(地域住民)からも支援をいただくという一応の合意をいただいたのですが、再構築のかかる50億円を超える出資は、大変な額で、地元市町村はがん治療、緊急医療の確立を望む完結医療の実現のために出資することと院長に明確に訴えています。

そのお金は一円たりとも無駄につかうことは許されません。

このたびの地域医療再生基金も厚生連の本所は、佐久、篠ノ井、北信、そして小諸の再構築が優先される中、安曇総合病院にはその情報すらしらされませんでした。

しかし宮澤県議と院長はその話をすばやく聞きつけ、大急ぎでとりあえずの計画をまとめ申請しました。
人口6万人を超える大北医療圏にがん診療連携拠点病院が一つもないというのは大変なことです。
そして有識者で十分に検討され、やれるならやってみろということでリニアックとICUに関して予算をいただける可能性がでてきたわけです。

このまま、ICUやリニアックが導入できないということになってしまうと、せっかくの棚ボタのお金をいただけることができなくなり、40~50億かかる再構築の計画予算自体がなくなってしまいます。それでは本末転倒です。
リニアックやICU導入のついでに、老朽化した中病棟を建て替えることもできません。
次にいつチャンスが来るかもわからず、これは病院自体の存続に関わることです。

そして高齢者がふえるということは「がん」がふえるということです。
「がん」の3大治療のひとつである放射線治療機器がない医療圏などというのはあってはならないのです。
車などで松本や長野の病院まで通うことが困難な高齢者が治療の可能性のあるがんのために1~2ヶ月も都市部の病院に入院して放射線治療をうけるなどということは悲劇です。3大治療法の一つの放射線治療ができないなどということがあってはなりません。
緩和ケアや外来化学療法などよりも優先して整備を行わなければいけません。
声がないからといって、気づかず型、がまん型の潜在ニーズを無視してはいけないのです。

変化の激しい時代、いまや悠長にボトムアップで医療をつくっている時ではありません。
院長は困難を承知であえて今までやっていなかったことにも拡大していく決断をくだそうとしているのです。
センスと志のあるものが舵をとり、時代の波に乗り、変化に対応しなければならないのです。

大町総合病院再生プランをみても、これ以上高度な、医療、特にがん診療に関してはやるつもりもないようです。
だから宮澤敏文県議が主張するように、がん医療に関しても、救急医療に関しても大北地区のもう一つの病院である安曇総合病院が、どんなに苦労をしても赤字をおってもやらざるをえないのです。
これが住民の願いなのです。地元選出で「がん征圧」をテーマに長年取り組んでこられた宮澤敏文県議も「北アルプスいやしがん医療構想」という壮大な夢を訴えられてきておられます。
このような巨大医療クラスター構想は神戸のような交通や研究拠点のあつまる拠点ではなく自然にあふれ信州のような雄大な土地にこそふさわしいものです。
もはや役割を終えた精神医療を縮小して閉じ、がん診療、とくに放射線治療、それからICUをつくっての血管系の救急にも手を広げる。
人口の少なさなどは問題ではありません。

その道ははるかに遠いですがチャレンジする価値のあることです。
リーダーシップのある院長と、力のある政治家の後押しは力強いかぎりです。

安曇総合病院を日頃から応援して下さっている池田松川選出の地域住民の代表の宮澤敏文県議がいうように、「皆でもっと真剣になるべき」だと思うのです。
宮澤県議は選挙では他に立候補がいないということで、最近の選挙では無選挙での当選でしたが紛うことなく我々の代表です。住民と対話集会をかさね、「アルプス山麓からガンをなくす会」の皆さんと静岡がんセンターも視察してこられました。
「医療は医療者だけのものではありません。もっと地域住民の願いに耳を傾けるべきです。」と県議は言います。我々は地域住民の想いに答える義務があります。
日本国憲法憲法25条(生存権)で「国民は健康で文化的な最低限度の生活をおくる権利がある。」とうたわれています。
医療は社会共通資本でありインフラですから、水道や安全な食品の供給同様、どんな過疎地であっても都市部と同じ十分な医療供給体制が必要なのです。
地域にどんな医療が必要かということに関しては、地域で実践している医療者がきめるものではなく、住民の声を聴くべき事柄です。声なき人の声を拾う義務があります。

市立大町総合病院には内科医が不足し診療制限しているような状況です。
そのあおりもあって安曇総合病院でも一般診療を丁寧にやるだけでも大変になってきている状況です。
2つの病院で協力して地域に必要な医療を供給していかなくてはなりません。

しかし、健康管理、健康づくりから終末期まで日常的に丁寧に診察して寄り添い、生活を支え、健康意識をたかめ、福祉とも一体化して協業し、都市部の高度医療機関とも連携の体制をつくり必要ならば素早く高次医療機関に紹介し、急性期医療が終わればまた地域で見ていくだけでは不十分なのです。

そのような医療の存在は当然であり、あってアタリマエのことです。

宮澤敏文県議が住民の声を聞いてまわったところ、地域住民の喫緊の願いは、なんといっても救急医療体制の充実であり、がん診療体制の充実なのです。

僻地に住んでいるから医療において不利益を受けるということはわずかでもあってはなりません。
そのためにはいくら公費をつぎ込んでも仕方がないという考え方もあります。
(今回の補助金はまさに国民がそういう考えに同意をしているということでしょう。政治が機能している証拠です。)

現在日本の医療政策の基本は行政的には「第2次医療圏完結体制の整備」であり、「いつでもどこでも義務を果たす国民に一定レベルの医療サービスの提供」することは国政の基本である。」あります。
それはどれだけ小さい医療圏であってもかわることはありません。

県は県内10の医療圏に1つずつの、がん診療連携拠点病院の設置を求めている。当然、2次医療圏の1つである大北医療圏(人口66000人と木曽医療圏の3万2000人についで2番目に小さい。長野県の人口の3%)にも、大きな医療圏に負けない立派ながん診療連携拠点病院や高度救急医療を提供を完結する必要であるのです。

そして、制度上、がん診療連携拠点病院には放射線療法提供体制の整備が必要なのです。
高価な医療機器や高度な技術や知識を持つ専門医も、都市部からはなれた僻地であり患者が少ないからといって地域の病院には不要ということにはならないのです。
恥ずかしいことに大北保健医療圏(人口6万6千人)から21.9%の患者が松本保健医療圏(人口42万人)で受療しています。(救急車は3割が松本保健医療圏に行っています。)
これは大北地域の中核病院である、当院と市立大町総合病院の医療提供内容が住民の期待に答えられていないことの現れであり実に恥ずべきことです。
地域住民の利便性をそこなうことのないような、医療機能を真剣に考えていく必要があります。



救急医療に関しても白馬・小谷など松本や長野などの都市部から離れた地域では恩恵になかなかあずかることができません。これはとんでもないことです。
信州で2台目のドクターヘリも信大に配備されました。
多発外傷や、脳卒中や心筋梗塞が疑われる患者は救急隊の判断で大北地区の病院を素通りしていきます。脳梗塞においてもtPA治療の適応できる可能性が遠方であれば遠ざかります。
さらに大町総合病院にはベッドは開いていても医師がおらず、安曇総合病院は本当に満床などのことで、ふだん当地域の医療機関にかかりつけている普段から寝たきりで徐々に衰弱し食べられなくなった高齢者など松本医療圏の病院に搬送されることがあるなどのこともあり、救急車の平均搬送時間は他の医療圏よりも余分にかかっています。

松糸高規格道路なども計画されていますが、それもかなり将来の話です。

「県は、2012年度の第6次保健医療計画(2013~2017年度)策定で4医療圏(北信、大北、木曽、上伊那)の範囲の見直しを検討している。」といいます。
二次医療圏とがん診療

これは人口が少なく土地が広いということに甘えて高度救急医療体制の整備を怠ってきた我々の努力が足りなかったということです。実に、恥ずべきことではありませんか。
同じ長野県でも南佐久では佐久総合病院が過疎地でありながら高度なフルセットの医療機関を備えることができたというのに・・・。
情けないことです。

宮澤敏文県議のように現場の我々の言うことにもしっかり耳を傾けてコミュニケーションをとろうとしてくださり率直なパートナーシップを組める政治家は貴重な存在です。
政治家が住民の声を代表して医療者を叱咤激励するのは、ただ職務に忠実なだけです。
どこかから予算を分捕ってきて医療者を叱咤激励することでいい地域医療が実現できると信じています。
我々医療者は甘んじて聞き入れなければいけません。

これまでに十分な実績と碧眼がある中川真一院長先生と、地域住民の声を代表し、がん征圧をライフワークとして取り組んでこられた宮澤敏文県議が、地域の医療と安曇総合病院の将来を考えに考え抜いた結果、安曇総合病院がこの地域で必要な役割を果たし、生き延びていくためには、より急性期を担う病院編へと発展する必要があり、ICUやリニアック、ERが必要だと訴えているのです。

そしてその整備を地域医療再生基金を使うことで、我々のふところをあまり傷めず(補助率は三分の1です)に行うことのできる最大のチャンスが巡ってきているのです。再構築という形で一気にすすめば、ついでに老朽化した病棟の建て替えもできるかもしれません。

ICUやリニアックさえ導入すれば大学医局も優先して放射線科医や外科医などの医師を派遣してくれるようになります。
地域に必要な高度医療を担う病院として認められ、そこで働く職員のモチベーションもうなぎのぼりです。
当病院に来た医師は地域のために高度専門的知識を遺憾なく発揮して張り切って働くでしょう。
ICUさえあれば、多発外傷や、重症感染症、高度に侵襲的な術後の全身管理なども可能となります。脳卒中や心筋梗塞の急性期の介入もタイミングを逃さず地元で行えるようになり多くの人の命が救われ、また後遺症も少なくすることができるでしょう。

過剰投資となって将来にわたって赤字が続いても気にすることはありません。
職員だって地域医療の充実ためには、ボーナスなんていりませんよね。
院長や県議は乏しい私財を投げ打つでしょうし、地域住民も県議だってきっと助けてくれます。

しばらく我慢して頑張っていれば、評判を呼び患者は遠く診療圏をこえた地域からも集まるでしょう。
リニアックの波及効果で入院する人も増えます。外科医、院長の目論見では外科医も集まるでしょう。
いい建物をたてて機械を入れても赤字になるならそれは医者のせいです。
院長によると松本地区での放射線治療機器の供給は不足気味で、松本地区の患者も当院に来るようになるとのことです。より広い地域の人のお役に立てるのは嬉しいことです。
松本から高齢者が通うのは大変ですから当院に入院して放射線治療をうけてもらうことになるのでしょう。

人口の少ない土地ですが自動車社会です。
24時間オープンでどんな疾患でも、とりあえずは診療してトリアージをおこない、必要なら高度医療をおこなうER(救急救命室)が機能すれば、安曇総合病院の周辺だけではなく松本や長野からも他の医療機関が診療機能を縮小する深夜にいたるまで患者さんが押しかけてくるでしょう。
南に11kmはなれたところの安曇野赤十字病院も救急部をつくりER方式の救急外来をやっていますからこの地域の方は安心ですね。

高度専門医療からトリクルダウンすれば、その中に日常の健康管理や在宅医療やリハビリ、精神医療などの支える医療の必要性を感じる医師もたまにはでてきて地域で必要なプライマリケアも行き渡るようになります。
あきらめずに頑張りましょう。

中川真一先生はやると決めたことはこれまで必ずやり遂げてきました。
方向性さえ間違っていなければ、これほど頼りになるリーダーはいません。
しかしそんな素晴らしい中川院長も、病院の赤字が続かなければあと2年で定年です。
事業を多方面に拡大する、すばらしい計画をたてて、リニアックとICUを残して華々しく退職です。
中川先生の定年後、毎年赤字になろうともその路線をわれわれが引き継いで行かないといけないのです。
中川院長のあとを引き継いで院長をやれる人がいるのでしょうか?

我々は中川真一院長に甘えすぎてきたのかもしれませんね。

私は院長や職員全員に次の本を薦めます。
仕事をしたつもり (星海社新書)
海老原 嗣生
講談社



こうして振り返ってみると研修医育成、電子カルテなど中川院長の業績も明らかです。
しかし、福祉のまちづくり、リニアック、ICU・・と私にも院長の考えや目指すところがわからなくなっています。なんだかどんどんズレていっているような気がします。
今回ばかりはちょっと秘密裏に性急すぎです。福祉のまちづくりはどうなったのでしょう。
病院職員のみなさん、地域住民の皆さん、まずは院長のいうことに注目して耳を傾けましょう。

私は前回のヒアリングの時に、急性期病院にむけてやることを増やしていく計画の意義や実現性について院長に質問したら、「そんなことを言うなら先生(私)が院長をやればいいじゃないですか!ボクが院長なんだから従ってもらいます。」と言われてしまい議論になりませんでした。
そしてこれまで、長野厚生連本所の盛岡専務理事長、大町保健福祉事務所長や県の職員、城西大学の伊関友伸先生など外部の人にも入ってもらい、さまざまな着地点を探ってきましたが上手くいきませんでした。
地域の方や職員の世論に訴えようとする掲示などは怪文書扱いされました。

宮澤敏文県議は「ここにいたるまでさまざまなドラマがあった。いまさらやめられるものではない。」といいます。
宮澤敏文県議は最近、動きが見えなくなってしまいましたが(以前、このブログのコメント欄にもコメントを頂きましたが・・→このエントリーの下部を参照)
地域医療再生基金を獲得するのに奔走していただいた張本人ですのでその想いもいま一度きいてみたいところです。

みなさん、確かに日常臨床の医療実践は大変です。
次々といろんなことが起こりますし、日々アップデートされる医学の知識技術に追いつくことも必要です。

しかし地域の医療のあるべき姿や将来像に関しても院長などの経営陣や地域の政治家にまかせるのではなく、現場の最前線ででニーズを感じている職員一人ひとりが地域医療に本当に必要なことは何か、地域でおこっていることは何かを知り共有してともに考えることも大切でしょう。
600人を超えて増えた仲間とともに地域でどんな医療を展開するのか。組織としてどこを目指しているのかを今一度確認し行動していきましょう。

そのためには病院職員や地域住民が中川真一院長と宮澤敏文県議の考えをじっくりと聞く一方で、現場の思いや地域住民の声を伝えてとことん議論する場を設定する必要があると思います。


「経営をやる人間と医療をやる人間は別だが、その人達がいつも喧嘩している姿を世間に見せることで、地域の人達に安心をあたえるべきだということです。」

「ディスカッション、ディベートがないと人間ってだめですね。対立はあったけども、結果的には良いものができて、最終的には住民が良いサービスを受けられればいいんです。」


という村上智彦先生の「ささえる医療へ」のなかの言葉をかみしめています。

5月7日の会議がどのような展開になるのか注目して見守っていて下さい。
お恥ずかしい内輪もめの話ですが、せめて明るところで議論しましょうよ・・・。ということが私の伝えたいことです。

(さらに当地域の医療情勢をフォローして下さっている他地域、他病院の野次馬のみなさん。他人事だとおもってニヤニヤして見ていないで率直なご意見をいただけるとありがたいです。)

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安曇総合病院再構築マスタープラン(素素案)公表。

2012年05月01日 | Weblog
平成21年6月から安曇総合病院の将来計画会議病院再構築作業部会が立ち上がり、平成23年8月に再構築検討委員会ができ、その下部組織として8つの部会を置き各部会ごとのテーマに沿った議論をかさねられてきた。

しかし何をやるのかやらないのか、というような大方針がきまらないので、どんな部屋にするのかとか、ドアの形とか、節電はどうするとか枝葉末節に関わることしか議論ができなかった。
まさにパーキンソンの凡俗法則(自転車置き場の色の議論)だ。

各部会で検討された事項を発表した3月6日の委員会。
コンサルタントの試算を無視し、独自の試算をだしリニアックの導入を主張したがん診療部会の発表もあった。

慎重派の

「コンサルタントの試算とどうして違うんですか、もう少し検討をしたほうがいいんじゃないですか?」
「再構築でやること、やらないことというのは、誰が、いつ、どうやって決めるんですか!」
「例えばリニアックをやるのかということに関して賛成か反対か、ここで参考意見として聞いてみたらどうなですか・・。」


というような意見に対して、中川真一院長は、

「それは意味ないんじゃないですかね?言いづらいんじゃないかと思いますけど。」
「現実的なところに立脚してこの案をつくっているんですから。なんでもやりたいという総華的な案ではないと思うんですが。」
「コンサルタントが全てじゃないですから、コンサルタントの考えはやっぱり十分な検討がなされていないんじゃないかと思いましたけど。」
「がん診療部会でリニアックを導入することに結論がでてきたんですから。やるっていう方向でやっていくということでしょう。」
「とにかくリミットを限ってまとめていなかいとまとまらないですよ。いろいろこれからディスカッションをして行きましょうといってもまとまらないですよ。ずいぶん1年も議論してきているんですから。何か土台になるものがないと。場合によっては、がんとか救急をやらないという素案(そんな事は言っていないが)、そういうのを中心にしながら作っていくのもひとつの方法だと思いますけどね。」
「当院がどういう方向性に行くのかというのがないと、リニアックだけにこだわっていてもボクは意味ないんじゃないかと思うですよね。それはホンの一部じゃないかと思うですよね。リニアックも入れるとしたら、今回の再生基金の中で2億というお金がもらえなかったらリニアック諦めるしかないです。ところがそれがあるお陰でなんとかそれほど大きな赤字を出さずにやれるという見通しがあるからやったらどうかという提案になってくる。根本的にリニアックという問題じゃないと思います。今後の安曇病院の機能をどう考えていくのかという、長期的な見通しにたってどうするかという問題ですよね。」
「僕も入っていて、いろんな職種が入っている機能財務部会でまとめてそういう結論になったわけなので・・・。」
「赤字がこんなに出る案は認めてもらえないです。マスタープランをつくっても理事会は通らないです。」
「場合によっては僕の一つの考えなんですが、今ある建物を耐震化して使っていくということもひとつの案かなと。」


???、何をいっているのかサッパリ意味が分からない。
結局、ディスカッションにはならず、決め方もおかしいじゃないかという意見も聞き入れず、大方針も定まらないまま8つの部会のこれまでの検討内容をまとめたラフなマスタープラン素素案を事務局でつくって全体で検討していくということになった。(;´д`)トホホ…

その後のタイムスケジュールも明確に示されず、院長の出したいくつかの案を、全職員の投票で決める。いや、幹部の投票で決めるなどという噂が流れていた。

4月25日の職員全体集会でも、院長からは、ほとんど再構築については触れられず(院長補佐の一人が少し述べただけ)、相変わらず秘密裏にいろいろなことがすすんでいるようであった。
遅々として進まない議論に長野厚生連の本所では安曇総合病院の再構築は無理だというような声も聞こえてくる。

そんな前回の委員会からはや2ヶ月。
5月7日に再構築検討委員会を開催するという連絡があった。
連休明けのどう考えても現場が忙しいと予想される日に突然、再構築検討委員会を開催をするというのは現場にとっては迷惑きわまりないが・・・。しかも5日前の予告。

そして、そこで検討されるであろう「再構築マスタープラン(素素案)」が公表配布された。(それなら先日の職員全体集会で配ればよかったのにと思ってしまう。)
大方針も定まらないまま、マスタープランをまとめる業務を担った事務局の苦心がしのばれる。
市立大町総合病院改革プランと比べてもまだまだ完成度は低く相当無理のある内容だが素素案ならば仕方がないのだろうか・・・。

ただ反対だけしていても仕方がないので独自に(安曇総合病院マスタープラン(案))を作り地域医療部会でも検討をしたということは以前述べた。
採算性、急増した現在の職員の雇用の確保という点での検討は必要であるが・・。

今回、機能財務部会と院長周辺からだされたマスタープラン(素素案)の中身に関して少し見ておく。

「県は、2012年度の第6次保健医療計画(2013~2017年度)策定で4医療圏(北信、大北、木曽、上伊那)の範囲の見直しを検討している。(2012年2月11日信濃毎日新聞)
大北保健医療圏から21.9%の患者が松本保健医療圏で受療しており、大北地域の中核病院である、当院と大町総合病院の医療提供内容が住民の期待に答えられていないことの現れである。地域住民の利便性をそこなうことのないような、医療機能を考えていく必要がある。」


 →どうしてそういう結論になるかなぁ。

4-2-2 新たな機能:循環器病診断・治療、放射線診断・治療

(1)循環器病診断・治療センター
大北保健医療圏は心疾患による死亡者数は二次医療圏の中で木曽についで、二番目に多い。心カテ室を整備し、当院の心疾患に対する診療レベルの向上を目指す。



私としては心カテ室を整備するより以前に、糖尿病や高血圧、CKD、心房細動などの地域疾病管理を徹底することが先だと思う。
高血圧や糖尿病などの生活習慣病の多くは病院・診療所で治療内容がシームレスに継続し、同レベルまたは平準化した治療を継続して行う。そのためには技術移転が不可欠である。
その仕掛けとして電子化地域連携パスとミニマムデータセットを登録できる簡易型地域EHR(地域電子カルテ)を活用すべし。
例えばDM患者にはIMTでスクリーニングをして、引っかかった方に64列冠動脈CT造影をおこない、なおかつ必要な方に心カテを行う。待機カテしかできないのであれば、なおさら当院でやる意義は薄い。
地域ぐるみで人工透析にさせない、心筋梗塞にさせない、脳梗塞にさせないという目標をかかげリスクをミニマイズするべし。


(2)救急診療機能の充実
 ER医を招聘し、救急診療機能の向上と将来における救急診療部の創設を目指す。



当院に専従のERチームを配置できるほどの患者数も余裕もない。ER医一人いたところでどうにかなるものでもない。ただそれなりの救急患者がある日もあるから、救急外来業務を余分な業務とおもわずに行えるように、当直をした分、休みが取れるような体制をつくる必要はあるだろう。
また、質を担保するためには全医師の診療態度や能力などをチェックして、救急医療を担えると判断した医師だけを当直に入れ、それ以外の医師は救急当直から外すことも考える必要もあるだろう。
それほど大きな病院でもないのだから、できれば医局で朝会を毎朝開き、前日の入院患者をプレゼンして、だれが入院主治医となるかをきめる体制にするのがよいだろう。
救急外来にでている医師、看護スタッフの質向上のためにさまざまな勉強会を開催すべし。
「原則、本日は◯◯科の医師が当直ですから・・・。」と断らず「心配なら、まず、来て下さい。」と言えるようにする。どの医師も救急外来に最低限の知識をもって救急外来にでられるように院内の勉強会を開催する。(ICLSやJPTEC/JATECなどのコースの受講を推奨。また倶知安厚生病院のように研修医当直ご法度などをテキストに当直に出る医師全体で勉強会するのが良いと思う)
救急外来で、問題となったケースなどを、きちんとM&Mカンファレンスやグループウェアなどで共有して質向上を図るべし。(研修医と一部で細々と行なわれているのみ。)
救急外来は、かかりつけの患者の2次救急と、3次救急のトリアージ機能に徹し、そのレベルを向上すべし。


(3)放射線診断・治療センター
 大北保健医療圏は悪性新生物による死亡者数は、木曽、北信に次いで3番目に多い。放射線診断機能を高めることにより、地域での放射線診断に貢献し、診断機能の向上と、治療機器の導入により地域の健康増進に貢献する。


意図的にかさらっとしか述べられていないが、放射線治療機器をいれるかどうかは再構築マスタープランの天王山である。
必要がないとまではいわないが、個人的意見をいわせてもらえば優先順位はかなり下になると思う。ただ機械をかって建物を建てて導入するだけなら一番簡単だけれどニーズ的にも財務的にも???。
がん診療に関して言えば在宅医療部門と連携した緩和ケア病棟の方が先だと思う。(がん相談支援センターの専従ナースも欲しいのは緩和ケア病棟であると述べていた。)

さて、5月7日が楽しみだ。。
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