奈良県立橿原考古学研究所が31日、明日香村川原の小山田(こやまだ)古墳(7世紀中ごろ)で墳丘西裾の盛り土が見つかったと発表した。
昨年12月から古墳の南西側を調査し、これまで1辺約70mの正方形の方墳と推測されていたが、墳丘裾の平面形は南に開いた台形状を呈し、南辺付近の東西幅は80mを超えることがわかった。北辺は約72mと推定している。 これまで飛鳥時代最大の方墳とされていた千葉県栄町の龍角寺岩屋古墳(1辺約78m)を上回る最大の方墳になる。
墳丘から流れた後世の堆積土からは、室生安山岩(榛原石)や結晶片岩の板石の破片が大量に出土した。平成26年度調査で確認された墳丘北辺の板石積みと同じ石材で、西辺も板石を積んで装飾していたと考えられる。
2015年1月15日の発表では、『北側斜面は40cm大の石英閃緑岩(せんりょくがん)を張り、底面は15~30cmの石材を敷き詰めていた。南側斜面は2段目まで緑色の緑泥片岩の板石を積み、その上に奈良県東部産の「榛原石(はいばらいし)」の板石を階段状に積み上げ・・・』としていた。
現地説明会は3日(日)午前10時から午後3時まで開かれる。
[参考:共同通信、産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、読売新聞、FNN関西テレビ、ABC関西ニュース]
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