てつまろの気儘な日常

日常生活での出来事や趣味のことなど気儘に書いております。
09年に開設、22年6月にこちらへ引っ越しました。

ぶらり鶴見線&南武支線-後編-

2024-01-17 21:29:01 | 鐵道部

浅野駅で扇町方面の列車を待ちます。

ふと、安善駅方向を見ると、ホームが見えました。

ごちゃごちゃした架線柱が、いかにも工業地帯!って感じです。

線路は意外とヘロヘロですね。

やってきた列車は浜川崎行き。

扇町行きを待っている間に転線してから折り返して行きました。

やっと扇町行きが来て、二駅乗車。

無機質な扇町駅に到着。

ココも折り返し時間が3分しかなく、ササッと出場&入場処理をします。

ホームに冬日が差し込んでいて、ニャンコ駅員が日向ぼっこ中。

巡視で回ってきました。

そうこうするうちに出発時刻。浜川崎に戻り、南武支線経由で帰途につきます。

浜川崎手前の電留線に205系の2Mcが停まっていて、浜川崎では向かいのホームに回送表示の205系が停車中。乗ってきた131系から降りたところで電留線へ向かって行きました。

ここの乗り換え待ち時間は20分ほど。

205系はどこへ行くのか?と、待っていたらにわかにホーンが鳴りました。

弁天橋方向へ走っていきました。

残った205系3連は?と思ったら、にわかに警報機が鳴り始めて・・・

尻手方面へ走っていきました。

中原区で検車した車両の入れ替えだったのかな?

うまいこと205系先頭改造車が撮れたので満足です。

尻手までは127系に乗車。

この車両、車内広告の類いが皆無でした。

首都圏ではとても珍しく、ひょっとしたら今年度末で引退?かと邪推してしまいます。

233系で南武線、京浜東北線、根岸線と乗車して、根岸で下車。

タンク車を入れ替えるENEOSの動車を撮影しておしまい。

青色の動車を撮りたかったのですが、残念ながらハズレ。

日曜午前中のお出かけ、十分すぎる収穫でした。


ぶらり鶴見線&南武支線-前編-

2024-01-15 21:43:32 | 鐵道部

都内や横浜で初雪が舞った翌日14日、鶴見線と南武支線へ行ってみました。

始発バスから京浜東北線に乗り継いで鶴見駅へ。

降りたら目の前を甲種回送が通過。

横浜市交通局の車両みたいです。どこでOn Railするのかな?

鶴見線のホームに上って見ると、居ました!205系

冷え込んだ早朝だけあって、撮り鉄はごくわずか。ゆったり撮影です。

海芝浦行きを見送ってから、大川行きに乗車。流石にこちらは131系でした。

本山駅跡を通過し、弁天橋で205系がもう1本居ることを見ながら大川へ。

そういやぁ、分岐は武蔵白石から安善に変わったんやった。

鄙びた大川駅に到着。

枯れた風景にピカピカの新車の組み合わせ。ちょっとシュールですな。

折返しの鶴見行きに乗車し、浅野駅で乗り換えます。

朝8時前、工場からクラシック音楽が流れてきてびっくり。

やってきた列車は、205系!

あっという間に海芝浦。折返しが3分しかないので、改札までダッシュ!

出場&入場処理をします。

直ぐに発車時刻になり、再び車中の人に。

左手に平面クロスが見えました。

浅野駅に戻って来ました。

扇町に向かうため、浜川崎行きの列車を待ちました。

 


2024年新春乗り鉄は明知鉄道へ

2024-01-14 20:20:27 | 鐵道部

2024年は元旦から大変なことに。

2日の朝方ではまだ情報も少なかった。

青春18切符も余るので、鐵印を頂きに明知鉄道に乗ってみることにした。

恵那駅で1日券を購入。この1日券はなんとD形硬券でいい感じでした。

岩村駅や明智駅でも鐵印がいただけたのですが、確認せずに恵那駅で鐵印を頂いてしまった。

寒空の下、10人ほど乗せて出発。

20〜30‰の連続勾配と、R200〜300の急曲線が続く軌道をノンビリ辿って12時前に終点に到着。

駅前の商店はすべて正月休業中。なので、折返し乗車して岩村へ向かいます。

空はいつの間にか晴れてきました。

岩村駅で急行と交換。

この駅は平成の時代まで腕木式信号機が残ってました。なので・・・

こんな体験ができるようです。

ちょうどお昼時、「正月三箇日に開いている食事処はないだろうなぁ。」と駅から街に向かおうとしたら、

駅前の食堂、なんと暖簾が掛かっています。ラッキー!

お昼は味噌かつ定食にしました。

お腹を満たしたら、いざ、街へ。

昔ながらの町並みが残っています。

数件のカフェや菓子処が営業していました。

正月休み観光協会とは違い、街の方は観光地としての自覚があるようです。

風呂の琺瑯看板は初めて見ました。

岩村城址まで行くのは止め、菓子処でカステラを買ってから駅まで戻ります。

明智から岩村まで乗った車両が恵那で折り返して来ました。

車両以外は国鉄時代のまま、といった風景です。

程よく暖房が効いた車内から、のどかな風景を眺めて帰途につきました。

昭和初期の恐慌時に鉄路を敷いたためか、急曲線と急勾配だらけでした。

明知鉄道になってから、設備の更新が最低限だったのか、開業当時の雰囲気が各所に残っている気がします。

無機質なJR線よりも旅情を感じる、ちょっとした乗り鉄旅でした。