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file007 Dave PARKER 【デイブ・パーカー】

2005-07-12 | PQR
【クレメンテの後継者】
Dave PARKER

73年に、パイレーツで颯爽とデビューしたパーカー。
巧長打に優れ、スピードもあり、おまけに強肩。
2年連続の首位打者や、強肩を見せつけ
MVPを獲得したオールスター出場など、
スーパースター・パーカーの70年代は華々しいものであった。
奇しくもピッツバーグは、72年末に
至宝ロベルト・クレメンテを失っていたので
ファンのパーカーに対する期待は過度に膨らんでいく...。
75年、打率.308、25本塁打、101打点の活躍で
外野のレギュラーの座を獲得したパーカーは、
勝負強い打者として安定した働きを見せた。
79年まで5年連続の打率.300以上、
77年に.338の高打率をマークすると
翌78年も.334の高打率に加え30本塁打、117打点
パーカー時代の到来を感じさせた。

80年に入ると膝の故障もあってか、長期にわたるスランプに陥る。
80年から84年まで5年間、打率.300に到達せず、
長打力にも翳りを見せた。
故障自体は、うまくいけば1~2年で治ったかもしれない。
しかしスランプのパーカーを悩ませたのは
実はファンのブーイングや脅迫であった。
球場で射殺する....などという脅しもあり、
そのため球場には警備体制がひかれた。
パーカーの集中力は持続せず、
そのスターとしての地位は完全に失墜した。

失意のパーカーを救ったのは環境の変化であった。
84年にレッズへ移籍すると打棒が復活、
移籍一年目に94打点をあげる活躍を見せ、復活の狼煙を上げると
85年には打率.312、34本塁打、125打点と大爆発、打点王に輝いた。
その後、アスレチックス、ブリュワーズ、
エンゼルス、ブルージェイズと渡り歩き、
84年から、91年までの11年間で打点90以上を6度マークするなど
クラッチ・ヒッターぶりは変わらず、91年、40歳で現役引退したが
ピッツバーグへ戻る事はなかった。

http://mlb.mlb.com/NASApp/mlb/stats/historical/individual_stats_player.jsp?c_id=mlb&playerID=120225

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