8日、雲一つない天候なので渡島半島東端近くの銚子岬で黄道光の撮影を試しました
小さい画像のほうがわかりやすいので
中央の斜めの白い光
右端には、オリオン座、上端の大きな星は、木星
黄道光とは
天球上で太陽近傍を中心に黄道面(地球軌道面)に沿って観測される淡い光の帯
よく晴れた春の夕方の西の空、あるいは秋の早朝の東の空で観測しやすい
黄道面付近には彗星からの放出や小惑星同士の衝突で生成されたダストがただよっており
それらによって太陽光が散乱されたものが黄道光
丑三つ時を過ぎた夜明けを迎える黎明の時
「くろい、くらい」闇の明ける時
空が少し光が射し、星が薄くなってゆき
星がみえなくなり
日の出を迎えます
自然の毎日の大きな変化
流転する変化を期待したくなります
山を崩し、家やを建てて土を掘り返す。
其処に棲む物云わぬ命に気づこうともしないで。
宇宙の周りは、静かに視下ろし瞑目する為り。
数多の星々、物を語りて神々の怒り鎮める。
なんという美しさだろう。
民の心には、清さ保たずと嘆く。
ありがとうございます。
見えなくなったことに気づかぬものが沢山あるような
そんな気持ちを持っていたいですね。
こんばんは!
綺麗な星空に
夕焼けですね😃😃
銚子海岸は、襟裳岬を向いた海岸なので対岸まで遠く
外光のない星降る夜空に合うことができます。
東向きなので、夕焼けではなく朝焼けです。
もっと濃い紅色になることもあります。
他の人がどのように感じるかは分かりませんが。
自分は癒されるとかではなく、理由もなしにいつもの画像が大好き。
人間では決して造り出す事の出来ない風景。
神が存在するなら神が造りたもうたものに相違ないと。
神が造りたもうたものが自然なのだからと。
理由なしに唯々、大好きな画像。
ありがとう。
変人かもしれませんが、精神異常者では無いと思っています。
でも、おかしいかな。
定年を迎え、ふと思い返すと学生の頃から、人から敬遠されたり、個性的な人と親しかったように思います。
本人は、わりと普通に暮らしてきたつもりですが。
ただ、遺跡などから見る風景に、今の時代には無い豊かな感性があったように、つい思ってしまいます。
今年、以前伊勢原に住んでいたので、丹沢の山越えで八ヶ岳方面へ、水煙土器を撮影に行きました。
その時に、いつも書かれている原村はここら辺にあったんだと思い通りました。
八ヶ岳山麓、星降る里良い所ですね。
土器をメインに訪ねたのですが、風景もじっくり撮影してみたいと思っていました。
こちらから、なかなか行けない場所や展示を原村さんのブログで楽しんで見てました。