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TAOコンサル『市民派アートコレクターズクラブ』

「注目の現代作家と画廊散歩」
「我がルオー・サロン」
「心に響いた名画・名品」
「アート市民たち(コレクター他)」

野田裕示展 @ギャルリー東京ユマニテ

2014年09月22日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩


 作者が何を思ってとか、何を伝えようとしてとか、どんな意図を持ってとか、何を描こうとしているとか、そんなことを一切考える前に、見た瞬間、圧倒的な存在感と親和性を以て迫ってくるものを受け止めた気がします。理屈も嗜好も概念もぴゅんと飛び越えて、左脳を置いてきぼりにして、握手したくなる。私にとってはそんな作品でした。(山本理絵)

伊藤彰規展 @ギャラリーゴトウ

2014年09月22日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩


 故郷の北海道・北見で目にしたブルーと留学先のフランスで目にしたブルー。2つの国で刷り込まれたブルーという色彩の記憶をベースに作品が産み出されているそうです。濃かったり淡かったり、青みがかっていたり赤みがかっていたり、鮮やかだったりくすんでいたり。さまざまに違うブルーたちが、画廊の壁を彩っていました。伊藤さんの記憶の中に蓄積された視覚的風景のブルーだけではなく、描く瞬間に心象風景として作用するブルー。2つが掛け合わされて描かれるのではないかと想像します。(山本理絵)

高橋克之展 @東邦画廊

2014年09月16日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩


 キリンの顔の中を人がくぐり抜けていたり、建造物に人が佇んでいたり、ヘビみたいな人みたいな生き物が並んでいたり。一見、私にはさっぱり分かりません。でも、分からないと突き放すのではなくて、分からないけど何か「含み」を語りかけてくる気配。不気味な印象が否めないものの、どこかに相反する温もりが潜んでいるのです。後日再び目にした時、それは線にあるのではと思いました。間近に見るとよく分かります。カオスのようでフラクタルなようで、どこか有機的なにおいが漂っている。分野が違うのかもしれませんが、シャールズ・シュルツが病気による腕への影響で偶然生まれた線、ディック・ブルーナがゆっくりペンを進め描いた何百本から選んだ線に、勝手ながら共通点を感じるのです。直線に神は宿らずというフンデルト・ヴァッサーの言葉も浮かんできます。(山本理絵)

ヴェルサイユ宮殿で開催中の李禹煥(リ・ウーファン)展のこと

2014年09月07日 | モダンアート
パリ・ヴェルサイユ宮殿で李禹煥の特別展が開催されている。
李禹煥は今年78歳。若い頃、韓国から移住して以来哲学を学び、その後もの派の中心的存在として活躍して来たアーティスト、今回はヴェルサイユ宮殿で立体を中心とした展覧会である。(以下は本日のNHK日曜美術館で放送された画像である)




展示作品は自然の象徴としての石と人工物としての鉄を配置したものが中心であるが、李さんは「自然の未知なるものが無限性・宇宙の大きな力、いろんな要素を引き出してくれるのが芸術の面白さ」と語っていた。




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私は20年以上前から李禹煥に関心を持ち、作品を見続けて来た。2003年にソウルで開催された回顧展にもシロタ画廊主催の旅に参加、李さんを囲んで会食するなど楽しい思い出であった。下記写真は回顧展及びブログに作家の紹介文を書いた折のものである。

2000年頃、李さんと歓談

 作品 初期Correspondance作品

 2003年ソウル回顧展の旅

❝銀座の夫婦善哉❞の悲喜こもごも人生にエール

2014年09月03日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
このところ、東邦画廊を訪ねる機会が何度かあった。山口長男や難波田龍起などの名品を見ることができる楽しみがあるからであるが、ご夫妻との会話も楽しい。以前ブログにご夫妻のことを❝銀座の夫婦善哉❞と書いたが、まさにその通りの人生である。
私は勿論絵が好きであるが、人間も好きだ。絵を商っている画廊主やコレクターの生き様を見て感動することもあれば学ぶこともあるが、特にご夫妻の人生には共感できることが多い。こういう出会いがあるのもコレクター人生の醍醐味かもしれない。いい絵を見ながら人生を語り合う、贅沢な時間に感謝!


この日も作品鑑賞の後、お誘いいただき京橋の美々卯で会食したが、お二人の思い出話にしみじみ感動、笑い転げてしまった。中岡氏は若い頃、故郷愛媛を出て苦労しながら上京、紆余曲折の末画商となるのであるが、当初は店を持たない風呂敷画商。見かねた某大手商社の役員が貴賓室を提供してくれ、暫らくここを倉庫代わりに営業していたとのこと、これは中岡氏の人徳によるものであろう。その後日本橋に画廊を開設、初日に来てくれた東郷青児に「あんまり狭いので倉庫かと思った」と言われました、と楽しそうに語る。
奥様は某銀行のOLであったが、思うところあり、東邦画廊に応募したのだが、画廊で最初に見た山口長男の絵にいたく感動したというから、元々絵心のある女性であったに違いない。ご親戚に日本画家速水御舟、兄上が画家であったことを伺って、納得。


 イタリア赤ワインで乾杯

思うに、中岡氏は自分の信念を貫くが故に群れない人、孤立無援の人生をを楽しんでおられる人とお見受けしたが、それを支えているのが奥様である。毎朝早く、奥様が茶をたて、中岡さんが庭の花を摘んで生けるなど粋な人生を送っておられる。素晴らしいではないか。お二人の夫唱婦随人生にエールをお送りしたい!
 



山田純嗣展「絵画をめぐって 反復・反転・反映」@不忍画廊

2014年09月02日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩


 古今東西のいわゆる名画をモチーフに、まずは描かれた対象をそっくりそのまま石膏で立体化。そして、それを撮影。一面雪景色のような白い陰影だけの写真に銅版画を重ね、さらに色を塗ったり、レースのような細密な絵を白でびっしりと描き込む。簡単に書くなら、こんな工程による作品を山田さんは生み出しているそうです。
 あえて立体に戻してから再び平面化するという工程の意味するものはなんでしょうか。名画の作者の視点や思考を、手と身体と頭を動かして辿り直すことで、絵画の通常の鑑賞法では感知困難な何かを抽出しようとしているのではないかと想像します。感知困難な何かとは、時代と国境を超えて、見る側を感動させたり素晴らしいと思わせたり共鳴させるという、名画たちが絶対的に内包している要素。それはもちろん、平面に表現された名画からも感じられるはずですが、はっきりと感じられないものも存在している。それを貪欲に探究した成果が、山田さんの作品なのではないかと思うのです。ですから、視覚的には元の名画よりも色が淡く輪郭がぼんやりしていても、逆に、内包されている要素は増感されているのかもしれません。山田さんのオリジナリティが融合されながらも。
 たとえるなら、この作品は、複雑な数字や数式を因数分解してゆくことで初めてポッと表れる因数や素数を追い求めた末に、美しく整えられた解答式。山田さんはもしかしたら理数系頭脳の持ち主ではないかと推測してしまうのです。(山本理絵)

不忍画廊の山田純嗣展・・絵画とは何かへの新たな挑戦

2014年09月01日 | 注目の現代美術作家と画廊散歩
この展覧会、作品にも惹かれるところがあったが、その制作プロセスに興味が湧き、二日続けて出かけてしまった。
展示されているのは、モネの睡蓮や雪舟の「秋冬山水図」ジャクソンポロックの「ONE・Number31」等、東西の名画を独自の手法で作りあげた作品である。制作技法はいささか難しい。・・まず名画の中の風景や静物などモチーフの立体を作り、これを撮影した写真に銅版画を重ね、樹脂を塗って作り上げるというものだが、その制作プロセスが難解で、アーティストトークも真剣に聞いてしまった。


つまり作家の言によれば、これらの作品は‶絵画の実体に触れることなく、写真から版へと反映・反転させて制作する”訳で、これはいったい絵画なのだろうかと考えてしまう。しかし、実は山田純嗣の狙いはそこにあり、これは「絵画とは何か」を探る挑戦なのだと思う。ポロックなどアメリカンアートの旗手たちが、かつて、印象派の絵画を乗り越え新たなアートに挑戦したように、作家は日本の現代美術に一石を投じようとしているのに違いない。


作品も魅力的だ。「睡蓮」はパールの絵具を使った蓮が光沢を放って立体的に浮き上がり、一味違う雰囲気を醸し出している。ポロックの「ONE」はニューヨークに行く度に見る好きな作品だが、山田作品は原画とは違うオリジナルな世界を実現しており、その独特のオールオーバーの表現が美しい。




なお、二日目は美術ジャーナリスト藤原えりみ氏との対談であったが、藤原氏の見識あるインタビューが山田氏の作品制作の姿勢や理念をうまく引き出し、レベルの高いアーティストトークであった。