硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「スロー・バラード」

2020-10-16 17:04:04 | 日記
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「ついてしもたな」

浩二が言う。俺も、なんとなく、

「なんか、今までの人生を、急ぎ足で振り返ったみたいだったな」

「俺も、久しぶりにようじと話せておもろかったわ」

 ロータリーを左から入り、駅の前で車を停めると、俺たちは、しばらく沈黙した。二人とも、何か言葉を探していたけど、うまい言葉が見つからなかった。その時、カーラジオからRCサクセションの「スローバラード」が流れ、

「忌野清志郎や。よう聴いたな」

と、浩二が嬉しそうに言うと、俺もほっとして、皆がバンドに憧れていた時の事を思い出した。

「そういえば、RCのコピーバンドやろうって言ってたな」

「おおっ! そんな時あったなぁ。もう、すっかり忘れとったわ」

「楽器も持ってないのに、バンド組んだ時、誰が何をやるかでもめてさ」

「そうやったなぁ・・・。一番早ようにエレキ買うたんは、キヨヒコやったな」

「少年ジャンプに載ってる、通販のエレキセット! 」

「現金書留で買うたやつな。あれって、フェンダーもどきやったけど、エレキもシャリーンて音も初めてやって、めっちゃしびれたわ」

「確かにな。バンドやってるってだけで、女子にモテたしな・・・・・・。そういえば、キヨヒコって、高校でバンド組んでたって聞いてたけど? 」

「そうらしいな。けど、もうやめたらしいで」

「すごく練習してたのに、なぜなんだろうな」

「そやったなぁ・・・・・・。なんか噂によると、高校の同級生に、バンドやっている奴がいて、そいつが、何とかって言う、プロのバンドの前座に出ることになってなぁ」

「マジで! そんな奴がいたのか ! 」

「そうなんさ。それで、キヨヒコ、そのコンサートを観にいったんやけど、同級生のめちゃめちゃ巧いギター見て、やめてしもたらしいで」

「そうなのか・・・・・・。」

同じ年だというのに、飛びぬけた奴が、まだまだいる。俺は、自分の世界の狭さに、ため息を吐いた。

「・・・・・・俺たちの世界って、狭すぎたのかもな」

「う~ん。おれは、今のままで十分やわ」

「そうかぁ・・・・・・。浩二さ、今でも聴いてる? RC」

「・・・・・・。いや、聴かんようになったな」

「そうか。」

「・・・・・・。」

 その時、俺達は、なにかを失ったのかもしれない。それは、小さい頃に買ってもらって、親から大事にしなさいっていわれた、大事していたおもちゃを、親の手によって棄てられた時のように。

「今日は、無理言って悪かったな」

「きにすんな。今度返ってくるとき、電話くれたら、また駅まで迎えにきたるわ」

「・・・・・・。じゃあ、また頼む」

「おおっ」

「じゃあな」

「・・・・・・。がんばれよ」

「おまえもな・・・・・・」

カーラジオから忌野清志郎が「悪い予感のかけらもないさ~。」と、シャウトしていた。その時、何度も聞いていた歌なのに、初めて、「いい歌だな」と、思った。

 カローラのドアを開けると、電車の到着を知らせる駅員のアナウンスと、踏切の警笛音が響いていた。
俺が 車から降りてドアを閉めると、浩二はクラクションを軽く鳴らして、スッと車を走らせた。
 駅前では、バスから降りたコート姿のサラリーマンは、煙草に火をつけながら、足早に改札へ入ってゆく。
ロータリーの端にある電話ボックスには、女子高生が3人も入っていて、変わり交代に、楽しそうに受話器に話しかけていた。

彼らが、それぞれの社会で身を置くように、俺たちの間にも、それぞれの時間が始まろうとしている。

 それは、つい先日、青森と北海道を結ぶ青函トンネルが開通したと同時に、青函連絡船が引退したように、始まるものもあれば、役目を終えてゆくものある、というのと同じだろう。
 中には、役目を終える事を認めたがらない人もいるけれど、相対する意見を排除しようとしてまで、古いものに拘らなければならない理由は解らないし、「温故知新」って言う四文字熟語の、その世界観も、俺にはまだ理解できない。
けれど、ためらいながらでも手離さなければならないものを手放さなければ、世界が広がらない事は、僅か19年の人生でも何となくわかってきた。だから、今は、自分を信じて、前進するしかない。

「想い出に浸るのは、ちょっと。早すぎたかな」

少しだけ後悔した俺は、浩二のカローラがロータリーの左端にある喫茶店の向こう側に消えるまで見送ってから、駅の階段を一気に駆け上った。

                       終わり。