硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「巨神兵東京に現る」 終末を超えて。

2020-04-06 19:50:43 | 日記
露寒い早朝の体育館。静寂の中に、床を踏む音と、竹刀が空を切る音だけが響いていた。竹刀を振る格闘向きとは言えぬひょろりとした体格の男の身体からは湯気が立ち上がり、東の窓から差し込む陽の光に白く輝いていた。

彼の名は須佐之 澪。本大学の2年生で、部員数が五名という剣道同好会の部長を務める者であった。
そして、彼の姿を見た者は、彼の事を揶揄して「剣豪」と呼んだ。
なぜ、揶揄なのか。それは、剣道同好会は創設以来、勝利とは無縁で、部長になった者は、代々剣豪の称号を戴くのが決まりであり、一人きりの早朝練習も、体育館を間借りする為、同好会を維持してゆく為であったことが明白であったからであった。

澪にとって、まとまりのない同好会の部長に就任した事、勝てない試合をする為に稽古を続ける事が、どんな益をもたらすのか分からなかったが、それが本懐であるが如くに、稽古に励んでいた。
それは、どういう状況であっても稽古を怠らない事が、父でもあり師でもある須佐之伊佐木との固い約束で、師の技を受け継ぐには、師との約束には疑問を抱かないのが暗黙のルールであり、伝承を受ける者の初歩の所作であったからだ。
一見、理不と思える約束を守り続けていたのは、澪は父の剣術に憧れていたからである。成長するごとに、手合わせを受けると、その度に超えられない強さを感じ、父を超えるにはすべての技を受け取ること以外に方法がないと、身体的に理解していたからであった。