高峰秀子の夫としても知られた監督、脚本家の松山善三が亡くなった。自分にとってのリアルタイム作品では『人間の証明』(77)の脚本、監督作の『典子は、今』(81)がある。
以前、代表作『名もなく貧しく美しく(61)について書いたものを転載。
脚本家・松山善三の監督デビュー作。主人公のろうあの夫婦に扮した高峰秀子と小林桂樹が絶妙な演技を見せる。
最初に見た時は、何と簡潔で美しいタイトルなのだろうと思う一方、ここまで不幸や悲劇のつるべ打ちをしなくても…とやるせない気持ちにさせられた。
今回は、ろうあ、貧しさ、差別、そして主人公たちを襲う悲劇の連続を描きながら、どこか明るくしゃれたタッチを感じさせる画や俳優たち、いわゆる“東宝カラー”に救われるところが多分にあると感じた。
そして、ヒロインに訪れる唐突な死という点では、同じく松山が脚本を書いた成瀬巳喜男の『乱れる』(64)にも通じるやるせなさや不条理を感じさせられる。(『名もなく~』と『乱れる』とでは高峰と加山雄三の立場が逆だが…)
ところが、この『名もなく~』では、落ち込む父に比して、健気でたくましい息子が母の死をきちんと受けとめる姿が描かれる。ここに松山の主張があるのだと思う。未見だが『続・名もなく貧しく美しく』(67)では、残された父と子のその後の姿が描かれているという。
池袋の「新文芸坐」を取材した際、劇場スタッフの方が「『名もなく貧しく美しく』を見た年配のご夫婦が、『いい映画だったね』と泣きながら帰っていくのを見た時、『この人の人生にちょっとした印象を刻むことができた』と感じてうれしくなりました」と語ってくれたことを思い出す。