浅草のてんぷら処「葵丸進」で会食。人のいいおしゃべりな仲居さんがいて、同じく浅草が舞台となった大林宣彦監督の『異人たちとの夏』(88)のラスト近くで 主人公(風間杜夫)が両親の幽霊(片岡鶴太郎、秋吉久美子)と別れの食事をするシーンを思い出した。確か仲居役は角替和枝で、店はすき焼きの「今半」だった。
妻の実家がある広島へ行くついでに尾道を再訪した。
今回は高速艇で生口島に渡り、レンタル自転車でしまなみ海道を行き、多々羅大橋を渡って愛媛県に突入。帰路、平山郁夫美術館を訪れた。
生口島は大林宣彦監督の『転校生』(82)のロケ地としても知られる。乗船中は、新藤兼人監督の『裸の島』(60)の舞台となった宿禰島も見えた。また、山田洋次監督の『東京家族』(13)は、近くの大崎上島でロケされている。
翌日は、林芙美子記念館とおのみち映画資料館を再訪した。
『めし』(51)『稲妻』(52)『晩菊』(54)『浮雲』(55)『放浪記』(62)など、林の原作を最も多く映画化したのはかの成瀬巳喜男。林は「貧乏を売り物にしている」と揶揄されたらしいが、貧乏を描くことが好きな成瀬にとっては格好の題材だったのだろう。
映画資料館は、尾道でロケをした小津安二郎の『東京物語』(53)と、広島出身の新藤兼人に関する展示が主。いろいろと確執があるようだが、最も尾道と縁が深い大林宣彦の映画に関する展示が全くないのは寂しい限りだ。
尾道『さびしんぼう』『時をかける少女』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/0256bd4c40ab2868e945d9a09a0bdc37
近隣の熱海や箱根に比べると落ち着いてひなびた感じがする温泉地・湯河原を再訪した。
西村雄一郎氏の『映画の名湯ベスト57 湯けむりシネマ紀行』によると、阿部豊監督の『運河』(58)がこの地でロケされたらしい。また、木下惠介監督の『日本の悲劇』(53)には湯河原駅が映り、伊丹十三の『お葬式』(84)は吉浜にある自宅でロケされ、北野武の『あの夏、いちばん静かな海』(91)は同地の海水浴場でロケされたという。
もっとも、湯河原は映画のロケ地としてよりも、文人墨客ゆかりの地としての方が有名だ。夏目漱石の『明暗』、映画化された水上勉の『飢餓海峡』と『越前竹人形』はこの地の旅館で執筆され、芥川龍之介は『トロッコ』の想を得(09年に台湾ロケで映画化された)、小津安二郎は『東京物語』(53)の構想を練り、『彼岸花』(58)のシナリオを、この地で書いたという。
小津安二郎作品の中でも一際暗さが目立つ『東京暮色』(57)。最近になって、この映画が実は『エデンの東』(55)を翻案したものだと知った。
すると、主人公キャル(ジェームズ・ディーン)の役割は次女・明子(有馬稲子)、兄のアーロン(リチャード・ダバロス)は長女・孝子(原節子)、父アダム(レイモンド・マッセイ)は周吉(笠智衆)、母ケート(ジョー・バン・フリート)は喜久子(山田五十鈴)となる。
『エデンの東』では、かつて男と出奔したケートは、今はいかがわしい酒場を経営していて、キャルがそこを訪ねていくところから始まるのだが、『東京暮色』でも、五反田で雀荘をやっている喜久子を明子が訪ねるシーンがある。
ここは池上線のガード下にある目黒川沿いの新開地という飲み屋街。山田洋次が『東京暮色』を意識したかは謎だが、『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』(73)でも、浅丘ルリ子演じるリリーが折り合いの悪い母(利根はる恵)を訪ねる場所として登場する。
五反田の産院で生まれ、池上線の荏原中延で育ち、戸越銀座近くの中学校に通い、学生時代は目黒川沿いの東洋現像所でアルバイトをし、結婚後は、しばらく大崎広小路に住んだ者としては、こうして映画の中に五反田周辺が映ると無性に懐かしい思いがする。今は目黒川沿いもすっかり整備され、東洋現像所はイマジカになり、新開地も姿を消したので、当時の風景は、もう映画や写真でしか見られないのだ。
『エデンの東』
国立映画アーカイブで開催中の「映画イラストレーター宮崎祐治の仕事」展を見る。
宮崎氏のイラストは、和田誠氏のものなどと比べると、癖やデフォルメが強過ぎて、何の映画の誰なのか判別できないいこともある。という訳で、好みは分かれるところがあるが、こうして、集められたキネマ旬報誌上や書籍のイラストを改めて見ると、その多くを目にしていたことに驚いた。
中でも、キネ旬に連載され本にもなった、映画のロケ地になった東京各地をイラストを駆使して紹介する『東京映画地図』はとてもためになる。実にいい仕事だと思う。思わず、受付で販売されていた姉妹編の小冊子『鎌倉映画地図』を購入してしまった。
こうして、映画についてうだうだと愚にもつかないことを書いている物書きの端くれとしては、その映画や人物を一目で表現できる絵が描ける人はうらやましい限りだ。
神保町のジャズ・オリンパスで月に一度開催される「ジャズ・コレクターズ・クラブ」のコンサートで、キャピトル・レコードの設立者の一人としても知られるジョニー・マーサーが作詞した曲の特集を聴いた。マーサーは映画音楽の世界でも有名で、アカデミー賞も4度受賞しているが、日本未公開の映画も多い。
代表曲は、フランク・キャプラ監督の『花婿来たる』(51)でビング・クロスビーとジェーン・ワイマンが歌った「In the Cool, Cool, Cool of the Evening=冷たき宵に」(作曲ホーギー・カーマイケル) 、ブレーク・エドワーズ監督の『ティファニーで朝食を』(61)の「ムーン・リバー」、同じく『酒とバラの日々』(62)、スターンリー・ドーネン監督の『シャレード』(63)の作曲はいずれもヘンリー・マンシーニだ。マルセル・カルネ監督『夜の門』(49)の挿入歌「枯葉」(作曲ジョセフ・コズマ)の英詞でも知られる。
クリント・イーストウッドが監督し、マーサーの故郷サバナを舞台にした『真夜中のサバナ』(97)ではマーサーの墓や邸宅が映り、彼が関わった曲も流れる。さらにイーストウッドはドキュメンタリー映画『Johnny Mercer: The Dream's On Me』(09)の製作総指揮もしている。ジャズ通でも知られるイーストウッドは、マーサーに対する強い思い入れがあるのだろう。