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従業員の慰安と士気のアップのために食事会の準備をしている。ケータリングの会社を複数選び、予算内でできるメニューを見積もりとしてもらっている。電話やファックスを駆使して、ありがちなもの(揚げ物とポテト・フライ。さらに肉)にならないよう気をつけながら、最終的に上司が女性社員の評価などを訊き、検討した結果そのうちのひとつに決定した。
ぼくはまた電話をして、配達時間や出たゴミの搬出方法、支払いは請求書払いができるかどうかなど、細かいチェックをすませて、ゴー・サインの肩代わりをする。
結局、評判も良く、その会もうまくいったと記憶しているが味はまったく覚えていない。そのころの流行りだった氷をプラスチックの容器にいれて、無節操に日本酒を注ぎ、飲んだことは記憶している。二次会で羽目をはずしたことも、なんとなく覚えている。
だが、これがあの会社でした「仕事」としていちばん記憶にあるぐらいだから、性分として好きなのだろう。満足感もそれ相応にあった。もちろん、みなは飲み食いできればいいだけだから準備のどうこうなど知った話じゃない。問題点をあげ、ひとつひとつの困難をつぶし、最後は安堵する。勝利のガッツ・ポーズをする。これは、ゲームをする若者と同じではないかと思い出す。敵の突然の襲来を予測して、攻撃し全滅させる。コンプリート。
二次会ではそのなかでいちばんの美人を選び、横の席に陣取る。だいたいはみな結婚している。子どもがたくさんいながら生活感も疲れも一切、感じさせないひともいる。もちろん、仕事帰りなのだから、いくらか戦闘モード、臨戦態勢が抜けきらない。まったくの近所を散策するだけの格好でもなく、ゴミ捨てにいくのみの油断もない。ひとは意識しなくても当然のようにガードをしているのだ。制服もそのひとつで、着崩すことも、その範囲内の自由であった。
翌日になれば、また会社員の顔である。いつもいつも宴会では人生はない。雨がふれば傘をさし、通勤電車の運行の遅延に左右される名もなきひとりである。
春には裏の公園は大量の桜を咲かせた。
昼休みにそこを歩く。ベンチに座ろうとすると毛虫がいる。誰がデザインしたのか考える。ああいう歩行ですすむには、どこに力点があるのだろう。謎は謎のままである。
夜には駅前の安い酒場をめぐる。別の機会にとなり駅の店で意気投合した女性ふたりと合計四人で、そのうちのひとつに入った。飲み過ぎたそのひとりは長い髪を無視してバケツに顔を突っ込んでいる。興ざめの最たる場面だ。ぼくはもうひとりの大柄の友人らしい女性のアパートの前まで送る。それっきりである。ただ、人見知りであった自分の克服の途中経過を知りたかっただけであった。
自分も毛虫のように這い、高低差を乗り越えてベッドに横たわる。注文したいものを食べ、飲みたかった量をいくらか度を越してしまったことを反省する。水分量の分水嶺という、どうでもよいことを考えながら寝る。
裏には野球のグラウンドもあった。若さを越えた年代のうごきも体型も、どこかで滑稽さが帯びるようになってしまう。ぱりっとしたお揃いのユニフォームに身を包んでも、戦闘という地点にはなかなか近づかない。ゴロを捕球する際もあぶなげで、しかし、走者も一塁が思いのほか遠いようであった。結果として試合のバランスが取れている。本人たちが楽しければ、まったく問題はない。太陽のしたでの草野球。幸福のひとつの標本であった。
月にいちど、請求書に印を押すために本社に行く。そこから、支払ってもらう会社に向かう。井の頭線という乗り慣れない電車にわざわざ遠回りを覚悟で乗っている。ぼくは無駄な仕事としりつつ、指揮命令がうまくいかなかったために、余分な作業に従事した代わりに、担当者に酒をおごってもらったことがあった。面と向かって酒を飲み、子どもがいない彼は姪だか甥を可愛がっているという話を聞く。最後にラーメンを横に並んでふたりでがっついた。これも、人見知りの克服のひとつである。会社員というのは、それを全面に出すことなど許してはくれない。人見知りなど、デフォルトではない方が無難なのだ。子どもだけに許される通行手形でもある。お辞儀という形の見本もこのひとは思いがけなく教えてくれた。偉くなれば頭をさげにくくなることが常なのに。立場も格段にぼくのほうが低かった。
いくつか乗り換えて、請求書という紙の一枚分だけ軽くなったバッグをひざに乗せ、職場の一室に向かっている。夏でも燗酒をたしなむ上司がいる。安酒場にいることを常に望んでいた。くさやとの隔たりも彼が取り除いてくれたのかもしれない。そして、仕事を去れば役職をつけて呼ばれることを毛嫌いした。ぼくは、ふと再会したらなんと呼ぶだろうかと考える。褒め言葉として宴会時に、「彼がいるお陰で左団扇でいられる」とぼくのことを喧伝したこともあったひとを。しかし、おそらくそのような機会はない。桜も散ってしまうものだ。思い出も空中でつかまえにくくなる。そんな話。
従業員の慰安と士気のアップのために食事会の準備をしている。ケータリングの会社を複数選び、予算内でできるメニューを見積もりとしてもらっている。電話やファックスを駆使して、ありがちなもの(揚げ物とポテト・フライ。さらに肉)にならないよう気をつけながら、最終的に上司が女性社員の評価などを訊き、検討した結果そのうちのひとつに決定した。
ぼくはまた電話をして、配達時間や出たゴミの搬出方法、支払いは請求書払いができるかどうかなど、細かいチェックをすませて、ゴー・サインの肩代わりをする。
結局、評判も良く、その会もうまくいったと記憶しているが味はまったく覚えていない。そのころの流行りだった氷をプラスチックの容器にいれて、無節操に日本酒を注ぎ、飲んだことは記憶している。二次会で羽目をはずしたことも、なんとなく覚えている。
だが、これがあの会社でした「仕事」としていちばん記憶にあるぐらいだから、性分として好きなのだろう。満足感もそれ相応にあった。もちろん、みなは飲み食いできればいいだけだから準備のどうこうなど知った話じゃない。問題点をあげ、ひとつひとつの困難をつぶし、最後は安堵する。勝利のガッツ・ポーズをする。これは、ゲームをする若者と同じではないかと思い出す。敵の突然の襲来を予測して、攻撃し全滅させる。コンプリート。
二次会ではそのなかでいちばんの美人を選び、横の席に陣取る。だいたいはみな結婚している。子どもがたくさんいながら生活感も疲れも一切、感じさせないひともいる。もちろん、仕事帰りなのだから、いくらか戦闘モード、臨戦態勢が抜けきらない。まったくの近所を散策するだけの格好でもなく、ゴミ捨てにいくのみの油断もない。ひとは意識しなくても当然のようにガードをしているのだ。制服もそのひとつで、着崩すことも、その範囲内の自由であった。
翌日になれば、また会社員の顔である。いつもいつも宴会では人生はない。雨がふれば傘をさし、通勤電車の運行の遅延に左右される名もなきひとりである。
春には裏の公園は大量の桜を咲かせた。
昼休みにそこを歩く。ベンチに座ろうとすると毛虫がいる。誰がデザインしたのか考える。ああいう歩行ですすむには、どこに力点があるのだろう。謎は謎のままである。
夜には駅前の安い酒場をめぐる。別の機会にとなり駅の店で意気投合した女性ふたりと合計四人で、そのうちのひとつに入った。飲み過ぎたそのひとりは長い髪を無視してバケツに顔を突っ込んでいる。興ざめの最たる場面だ。ぼくはもうひとりの大柄の友人らしい女性のアパートの前まで送る。それっきりである。ただ、人見知りであった自分の克服の途中経過を知りたかっただけであった。
自分も毛虫のように這い、高低差を乗り越えてベッドに横たわる。注文したいものを食べ、飲みたかった量をいくらか度を越してしまったことを反省する。水分量の分水嶺という、どうでもよいことを考えながら寝る。
裏には野球のグラウンドもあった。若さを越えた年代のうごきも体型も、どこかで滑稽さが帯びるようになってしまう。ぱりっとしたお揃いのユニフォームに身を包んでも、戦闘という地点にはなかなか近づかない。ゴロを捕球する際もあぶなげで、しかし、走者も一塁が思いのほか遠いようであった。結果として試合のバランスが取れている。本人たちが楽しければ、まったく問題はない。太陽のしたでの草野球。幸福のひとつの標本であった。
月にいちど、請求書に印を押すために本社に行く。そこから、支払ってもらう会社に向かう。井の頭線という乗り慣れない電車にわざわざ遠回りを覚悟で乗っている。ぼくは無駄な仕事としりつつ、指揮命令がうまくいかなかったために、余分な作業に従事した代わりに、担当者に酒をおごってもらったことがあった。面と向かって酒を飲み、子どもがいない彼は姪だか甥を可愛がっているという話を聞く。最後にラーメンを横に並んでふたりでがっついた。これも、人見知りの克服のひとつである。会社員というのは、それを全面に出すことなど許してはくれない。人見知りなど、デフォルトではない方が無難なのだ。子どもだけに許される通行手形でもある。お辞儀という形の見本もこのひとは思いがけなく教えてくれた。偉くなれば頭をさげにくくなることが常なのに。立場も格段にぼくのほうが低かった。
いくつか乗り換えて、請求書という紙の一枚分だけ軽くなったバッグをひざに乗せ、職場の一室に向かっている。夏でも燗酒をたしなむ上司がいる。安酒場にいることを常に望んでいた。くさやとの隔たりも彼が取り除いてくれたのかもしれない。そして、仕事を去れば役職をつけて呼ばれることを毛嫌いした。ぼくは、ふと再会したらなんと呼ぶだろうかと考える。褒め言葉として宴会時に、「彼がいるお陰で左団扇でいられる」とぼくのことを喧伝したこともあったひとを。しかし、おそらくそのような機会はない。桜も散ってしまうものだ。思い出も空中でつかまえにくくなる。そんな話。