仮の包装(3)
釣り人がいる。いま自分には何がかかるのか想像する。アジはいつでもいそうであったが、手応えでは劣るような気もする。ヒットの感触。世の中がすべて、その一点にかかっている錯覚もあった。
相手に引っ張られてはじめて動く。能動的と受動的の無言の対決。ぼくはここに釣りを見に来たわけでもなかった。すると、いつの間にか、さっきの猫が横にいた。しかし、ぼくにはまったく興味がない様子である。ぼんやりと身体を掻いている。なにかいるのだろうか?
ぼくは腰を上げ、あてどもなく歩き出す。雲は雲であり、かもめはかもめであった。名前があるから指定できる。また呼ばれることによって、存在が明確化される。ぼくは誰にも会わない。港からどこかに出発するトラックとすれ違うだけだ。いったい、見知らぬ町でなにをしているのだろう。
また座る。船乗りだったら、どこかにいけるだろう。固定化は罪である。貿易をする。荷物を積み、荷物を別の場所で解く。どこかに上陸して現地の強烈な度数の酒を飲む。次の日には波に顔を出して、大量に昨夜からの沈殿した胃袋のなかのものを一気に吐き出す。数時間後にようやくいつもの船乗りにもどる。すこし寡黙な。
ぼくが考える自由というものに映像を与えると、そういうものになった。しかし、現在の自分に不満があるわけでもない。たまたま朝まで飲んでしまい、勢いでここにいるだけだ。今夜、またあの家で良枝といっしょにいるはずだ。
はず、というのは可能性の抹殺にはいたらない。歩いていると学校らしき建物がある。港町にも子どもがいて、なにかを学ぶ。となりには文房具屋があった。休みなのに、半分だけシャッターが開いている。子ども用の月刊誌ののぼりも揺られている。本も置いてあるのだろうか。この午後を太陽の下で本を読み耽る現実というのも、そう悪い選択ではなかった。
薄暗い店内をのぞくと大っぴらに営業しているようでもなく、用件があるひとは買いにくればいいという曖昧なスタンスでいるようだった。ぼくは一声かけて店に入る。文庫はある時点から古びる運命に甘んじているようで、海底の貝のように本棚のなかで閉じながらも、来るべきチャンスをじっとうかがっているのかもしれない。
ぼくは一冊の本を選び(もう流通が終わったレアな本があった)、ついでにボールペンと意味もなく履歴書を買った。それだけが新しかった。自由というのは、新しい履歴書が形作るようなものだ。未来へのステップ。ぼくは財布をポケットにしまって、手に荷物があることをよろこぶ。
やはり、一日ぐらいの行方不明ではなく、もう一日ここにいることをなぜだか望んだ。今日、良枝に電話して、明日、職場に休暇を申し出よう。仮病の案を考える。それはお題として頭を悩ますほどむずかしいものでもなかった。
釣り人がいる。いま自分には何がかかるのか想像する。アジはいつでもいそうであったが、手応えでは劣るような気もする。ヒットの感触。世の中がすべて、その一点にかかっている錯覚もあった。
相手に引っ張られてはじめて動く。能動的と受動的の無言の対決。ぼくはここに釣りを見に来たわけでもなかった。すると、いつの間にか、さっきの猫が横にいた。しかし、ぼくにはまったく興味がない様子である。ぼんやりと身体を掻いている。なにかいるのだろうか?
ぼくは腰を上げ、あてどもなく歩き出す。雲は雲であり、かもめはかもめであった。名前があるから指定できる。また呼ばれることによって、存在が明確化される。ぼくは誰にも会わない。港からどこかに出発するトラックとすれ違うだけだ。いったい、見知らぬ町でなにをしているのだろう。
また座る。船乗りだったら、どこかにいけるだろう。固定化は罪である。貿易をする。荷物を積み、荷物を別の場所で解く。どこかに上陸して現地の強烈な度数の酒を飲む。次の日には波に顔を出して、大量に昨夜からの沈殿した胃袋のなかのものを一気に吐き出す。数時間後にようやくいつもの船乗りにもどる。すこし寡黙な。
ぼくが考える自由というものに映像を与えると、そういうものになった。しかし、現在の自分に不満があるわけでもない。たまたま朝まで飲んでしまい、勢いでここにいるだけだ。今夜、またあの家で良枝といっしょにいるはずだ。
はず、というのは可能性の抹殺にはいたらない。歩いていると学校らしき建物がある。港町にも子どもがいて、なにかを学ぶ。となりには文房具屋があった。休みなのに、半分だけシャッターが開いている。子ども用の月刊誌ののぼりも揺られている。本も置いてあるのだろうか。この午後を太陽の下で本を読み耽る現実というのも、そう悪い選択ではなかった。
薄暗い店内をのぞくと大っぴらに営業しているようでもなく、用件があるひとは買いにくればいいという曖昧なスタンスでいるようだった。ぼくは一声かけて店に入る。文庫はある時点から古びる運命に甘んじているようで、海底の貝のように本棚のなかで閉じながらも、来るべきチャンスをじっとうかがっているのかもしれない。
ぼくは一冊の本を選び(もう流通が終わったレアな本があった)、ついでにボールペンと意味もなく履歴書を買った。それだけが新しかった。自由というのは、新しい履歴書が形作るようなものだ。未来へのステップ。ぼくは財布をポケットにしまって、手に荷物があることをよろこぶ。
やはり、一日ぐらいの行方不明ではなく、もう一日ここにいることをなぜだか望んだ。今日、良枝に電話して、明日、職場に休暇を申し出よう。仮病の案を考える。それはお題として頭を悩ますほどむずかしいものでもなかった。