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爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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「考えることをやめられない頭」(17)

2006年10月30日 | 作品5
「考えることをやめられない頭」(17)

 同じ時間を共有し、適度な暇な時間さえあれば、同性の友人など春の蕾のように簡単に生まれるのかもしれない。そこで、ぼくにもそのような人が出来た。
 彼は、主にそのホテルの営業を担当していたようだ。東京にある営業所か、本社に出掛け、新しいお客を開拓したりしていたのだと思う。月の半分ぐらい出張し、そのような業務がないときには、そこのホテルに戻り、裏方として働いていた。
 東京にしょっちゅう行くこともあり、また会話の技術にも長けているので、好きになっていったのだと思う。でも、実際はただ一緒にいれば楽しかったのだろう。また、ちょっとした生活観の軽味みたいなものも持っていた。
 仕事が終わって、その人の部屋(同じ階の奥にあった)で多くの時間を過ごしていった。テレビやビデオを見て、他愛もないことも話し合った。ビデオの中の女性が、知り合いにそっくりだと熱中して話したこともあったっけ。仕事の手があいた昼間も、多分その人は車を2台持っていたように思うが、それに乗せてもらい自然の中も探索した。
 夜は、ちょっと離れた宇都宮まで車を飛ばし、夜のドライブも楽しんだ。途中の坂道には、車にお金と情熱をかけた連中が集まり、その腕を見せ合っていた。小さな社会の名声。自分の名をあげる方法がその土地によってかわる。ぼくの育った小さな町も多少の腕力さえあれば、受け入れられるようなところだった。そして、女性の視線もそのような方法で掴むのかもしれない。
 彼が、言ったこと。東京に一軒家を持っているなんて、凄いことだよ。と感嘆の声をあげる。自分の父はそうだった。その時、はっきりと自分の父を客観視してみた。自分はそこにずっと住んでいたので、あって当然だと思っていたのかもしれない。
 休みになると、彼は交際していた女性とどこかに出掛けていく。ある時、ふいに受話器を渡されその女性と電話で話したような気もするが、一体そのような状態で電話をかわり、突然、会話など弾むだろうか? 適当な言葉でお茶を濁し、その会話は終わったはずだ。
 そのような小さな関係を暖めていき、でも、そこから何も産まれないのが、もしかしたら友情なのかもしれない。その時間が快適に過ぎるならば、それ以上期待することはいけないのかもしれない。多くの、きしんだ関係を過ごして、ある時は逃げたり打ち切ったりしたこともたくさんしたのだから。
 たくさんの守らない約束。その場限りの固い握手。彼は、その女性と真剣に付き合っていたらしく、もし、結婚するようなことになったら、ぼくにも出てくれと言った。でも、実際のところ、二人ともどれほど確信があって、そのような言葉を呟くのだろう。彼が、その女性とどうなったかは一切知らない。だが、それで良いのかもしれない。その時は、嘘になるとも、守らないはずもないと、まじめに考えていた。
 その当時、たくさんの回数でCDプレーヤーに挟まった山下達郎の「職人」というアルバム。自分の部屋で聴くより、彼の音質の良い車で聴いたほうが心地よいので、その車に入れっぱなしになっていた。彼は、デートのときにもよくかけたそうだ。そして、ぼくがその地を離れるときは、その似合いの場所に置いておこうと思った。そして、実際にそうした。あと、もう一枚もぼくの手から離れた。
 ふと、現在に彼の車の中で聴いた音楽を耳にすると、その情景がすぐに思い浮かぶ。すがすがしい森林の空気。夜の道中。楽しかった会話。
 人生で何人か友人ができたけど、どこかで身体の成長にともない洋服を買い換える子供のように、取り替えてしまったことも否めない。でも、それぞれ、その時はとても大切で、信頼し、なにか心の奥の一端をみせたような気もする。
 みな、それぞれの立場で幸せになってくれてたらよいのにと思う。それを、確認する手立てもなく、思いの中でそう願うだけだが。 
 熱い関係を作ってこなかった。意図したのか、しないのかは分からない。でも、いま振り返ってみると、彼とは、どこかでまた会っても、とても楽しく会話ができるだろうな、と感じている。こころや記憶って不思議なものだ。さまざまなものが浄化され、一片のにごりもない透き通った水や空気のように、痛々しいほど美しいものが飛び出したりする。

「考えることをやめられない頭」(16)

2006年10月23日 | 作品5
「考えることをやめられない頭」(16)

 優しさや、暖かさに包まれること。年上の女性。
 徐々に生活や環境になれてくると、思ったより自分の時間が見つけやすくなる。朝の食事をして、すこし午後までの空いている間に、おいしいコーヒーを飲みたくなると、ある女性の部屋でくつろいだ。そこで、ラジオや少ないカセットなどの音楽をかけ、会話を楽しむ。それぞれの生い立ち。過ごした時間。それを理解し合おうと、話すときぐらい楽しいことがあるだろうか。
 拒絶されない安心感。無防備なこころ。その部屋のなかでは、自分はそのような状態になれた。思ってもみないことだった。
 時間があると、そこにいくのが習慣化し、あたりまえのようになっていく。時には晴れた日で、カーテンをしめない窓からここちよく陽射しが侵入したり、また時には、小さな雨粒が窓の模様のようにくっついたりもした。
 コーヒーを、そう何杯もおかわりできる訳でもないが、そのくつろいだ時間を伸ばすため、わざとゆっくり飲んだ。
 逆に、職場内では夏休みの多忙のため、若い女の子を接客のために雇ったりもした。仕事をしているという感覚ももっていないらしく、彼女らは楽しそうに数人で話しながら、適当な気持ちで働いていた。そのことを、多くの男性たちは大らかに許していた。自分へしわ寄せが来るからだけではないが、自分はあまりいい気持ちがしなかった。
 そんなある日、仕事を終えて大きな風呂に浸かり、さっぱりした後、偶然に年上の彼女と一緒になった。いつもは、いつ入っているのだろうと思うぐらい遅い時間に利用していたらしいが、今日は、みんなと同じような時間に入っていた。だから、彼女のまだあまり乾いていない髪や、そこからただようシャンプーのにおいに吸い寄せられるような気がした。
 それから、どちらから誘うわけでもなく、ぼくも自動販売機のビールを買い、なくなってからは彼女の部屋の冷蔵庫に入っている数少ないビールを飲みつくし、遅くまで話した。
 人生が、安全さを探す過程なら、本来の自分にたどり着く途中の道筋なら、その瞬間だけは、限りなくそんな欲求にもっとも近づいていたような気もする。彼女もそんな気持ちを持ってくれていたのならいいが。
 誰にも傷つけられないこと。疎んじられないこと。はっきり自分だと認めること。やっぱり、いま振り返っても、そんなに多くはなかったような気がする。
 年上の女性。彼女が言ってほしいと思っていることを頭の中で絶えず探した。それは、見つかったり、空中に逃げ出したりもした。彼女が、若いときのことを思い出させること。こころの中に眠っている初恋の男性のように、自分がなったり振舞ったりする姿勢。
 ぼくも、そのような多少の演技で大人になったような気もするし、彼女にもいくらかの満足感を与えられていたらいいが。フレッシュでもなかったが。
 だが、彼女はそれから半月ぐらいで、ずっと交際をしていた男性のもとに行くため、そこから離れていった。うわさでは一緒に働いていた女性のもとに二人の写真が届いたと聞いたが、なぜか見そびれてしまった。
 美味しいコーヒーを飲んだり、多くはその匂いを感じるだけで、あの人のことを思い出して幸せな気持ちを抱いたりもするし、もっと数倍もその匂いとともに喪失感も浮かんできたりする。でも、誰かにあんなに優しくなれた自分がいたという記念で、たまにコーヒーを飲んだりもする。
 心の中で言ってもらいたいと願っていること。ぼくはそれが言えただろうか。そして、自分に圧倒的に自信をつけてくれた彼女の言葉と、小さなささいな仕草。
 これからも、そのような言葉を口から出したいと思っている。冷たい要素なんかもういいじゃないか、と決意を固めたいところだが、やはり人間。ときには後悔するような、ぞっとする発言もする。しかし、あの時自分はあんなに優しくなれたのだ。もう数回ぐらい出来ないはずがない。
 いままで言わなかったが、本当にあんな人がいたのだろうか、と記憶というのはとてもやっかいで心配になってくる。記憶の集大成。濡れた窓。コーヒーの湯気のたつ感じ。彼女の濡れた髪。そして、自分の口からでた優しげな言葉。
 だが、結局見ることのできなかった彼女と、ある男性の写真に、ぼくのこころは動揺したりする。

「考えることをやめられない頭」(15)

2006年10月16日 | 作品5
「考えることをやめられない頭」(15)

 ある観念や理屈が先行しないと、先に進めなかったりする。年上の男性との付き合い方。友人たちは学生時代に簡単に先輩の懐に飛び込んでいったが、自分には恐い存在の兄がいたので、それが邪魔して、他の人のようには振舞えなかった。
 知らない場所に来て、尊敬できそうな男性に会う。そこのホテルの料理長をしている人。彼は、ぼくに優しく接してくれ、いろいろ思い出すことも多い。ぼくが来る前は、どうだったか知らないがお客さんが食事をしている間に、寮に戻り簡単に食事をとることもあったが、その姿を見ていたのか、見ていないのかは知らないが、その料理長がわざわざみんなのためにまかないを作ってくれ、ぼくらにも食べさせてくれた。それは、お客のためにきちんと用意されたメニューとは違い、とてもシンプルで美味しかった。思いがけないものが出てくるという喜びも大きかったかもしれない。
 このようなこともあった。ある日、ホテルの車が鹿をはねた。その車はあっけなく廃車になったが、その鹿を仕事の合間を縫って、ワゴン車に乗せて持ち帰った。それを、やはり調理に長けている人たちが捌き、鍋を作ってくれた。その大量に入った肉をおそるおそる食べてみた。驚いたことに、そんなに堅くもなく、寒い身体を真底から暖めてくれる食べ物だった。あのように食事をして体内が暖まるような経験をしたことがない。身体の中が妬けるようだった。でも、連れてくる最中、車の中で風が逆流し、死んでしまった動物のにおいも強烈だった。
 ほかにも、庭に無造作に生えている舞茸の味噌汁も作ってくれた。彼の手にかかるとすべてが美味しくなった。
 夜は、ホテルの地下にあるバーを経営していて、具体的にどういう形態だったか分からないが、そこでぼくも仕事が終わった後、お酒を飲ませてもらった。時には、ウイスキーの飲みすぎのため、二日酔いで次の日が辛かったこともあったりしたが。
 ある日、彼が車を出してくれ、(とても乗りやすかった外車)いろいろと近辺を回ってくれた。ランチや夕食のテーブルのサービスを担当している女性たちも混じり、買い物をしたり、気に入ったものをつまみ食いしたり、とても面白い一日だった。その帰り、日が落ち始めたいろは坂を、車から流れる井上陽水さんの音楽をBGMにすべるように走る車中で聞いたことを、いまでも忘れられずにいる。
 彼が言ったこと。ぼくを見ると、自分の若い頃を思い出す、とぼそっと語ったのが耳に入った。頑張っている姿。そして、年上の男性に接するときは、その人の若い頃を思い出させるように、反省点や、失敗や助けたいといういろいろな気持ちもあるかもしれないが、そういう思い出をふたたび浮かばすようなことが必要なのではないかと、その時のぼくは思った。そして、いまも変わらず念頭にあるのかもしれない。
 あの時のぼくには、ああいう理想ともいえる存在が必要だったのかもしれない。もっとたくさんのことをしてくれたはずなのに、少しの食べ物と楽しい経験でしか語れない自分。こころの奥の深い部分に刻み付けられるように、たくさんのことを学んだと思っていたが、この場に出すのは早いのかもしれない。でも、ああした男性になってもいいよな、と今でも考える。人から頼られるような存在。
 一度だけ、強く怒られたような記憶もあったはずだが、さっぱり思い出せずにいる。あれは、なにをしたときだろう。まあ、いいや。いつか、長い時が解決してくれるかもしれない。もちろん、解決しないかもしれない。
 ときに父で、兄でもあり、理想でもあった人を見つけた。そういう存在に飛び込めた自分。あれ以来、もう表れなかったかもしれない。
 本や、映画などの手本ではなく、目の前にいて、貴重なことを教えてくれる人たちなんて、そうはいないだろう。ぼくは20代の前半にそのような模範を見つけた。忘れられない人々。記憶の逆転勝利。
 そのような人に似てきているのだろうか。結論はまだ早い。だが、あの時の食事がぼくの一部を作っているとしたら、そこであった人たちのもろもろの過程も、自分の一部に確かになっているのだろう。今のところ、表面に出て来なくても。
 若い人に影響を与えられる存在を見つけたことを、幸福だとも気付かないぐらい自分は若かった。

「考えることをやめられない頭」(14)

2006年10月10日 | 作品5
「考えることをやめられない頭」(14)

 ホテルのとなりに従業員の宿泊施設があり、そこに案内される。ひとりひとりに個室が与えられ、部屋の広さは、6畳ぐらいだろうか。狭すぎもせず、広すぎもしない、その部屋に入り、ドアを閉めた。その片隅に荷物を置き、ベッドに腰を下ろす。窓の外には、美しい緑が見える。まわりの自然が音を掻き消すのだろうか、あたりは静かだった。その風景と心が一致し、やっと、ほっとする。だが、これからどうなるのだろう。
 少し休んでから、3時くらいになり、皆に紹介されるのをかねて、ホテルの厨房に案内される。そこで、お客さんのテーブルをセットしたり、夕食の時間になる前に、さまざまなことを準備したりした。
 食事が終わると大量の皿が運び込まれ、大型の洗浄機と、細かい部分は手で簡単に洗ってから、そこに突っ込んだ。それが終わると自由になり、ホテルの奥にある温泉を使った。はじめての日に鏡に自分の全身を映すといくらか贅肉が目立った。
 温まった身体を外に出し、すこし廊下を歩くとロビーでお客が読み終えて、ほぼ一日の仕事を終えたハンガー状のものにぶら下がっている新聞を手にした。ささいな記事も活字が好きな人間にとってはご褒美になる。
 何回か、そのような一日の行程をすごして、その夜のロビーで暗い中庭に目を凝らすと、自然の鹿が跳び回っていた。ほんとうの躍動感というのは、こういうものだったのか、と都会暮らしの人間はいたく感動する。
 朝は、7時半ぐらいに起き、簡単に洗顔を済まし、やはり朝食の後片付けをする。それが終わると食事になり、なかなか美味しい料理が出され、ご飯も労働の後はたくさん食べられ、でも直ぐに腹はこなれていった。
 食事が終わると、3時ぐらいまで暇になり、近くのキャンプファイヤーが出来そうな場所で本を読んだり、近くの牧場でアイスや新鮮な牛乳を飲んだり、部屋で音楽を聴いたりした。小さいCDプレイヤーを買い、好きになり始めていたジャズも聴いた。
 外の日差しは強いが、標高が高いせいなのかまったく汗もかかず、ただ身体だけは黒くなっていった。環境に順応し、本と向き合ったり、自分のこころを覗き込んだりする生活が戻ってきた。馴れ合いだった友達もいなくなり、自分の存在のつまらなさや、小ささも感じることも多かったが、それは、今の自分なのだから仕様がないし、見せ掛けの自分ではない、本来の自己を取り戻せそうな気もした。それより何より、自分のことを自分が好きにならないでどうなのだろう、と当たり前の考えに到達する。でも、大半は、身体を動かして作業をしている間は、もろもろのことを忘れていた。
 休憩時に飲むコーヒーがうまかった。水のせいなのだろう、こんなに美味しいコーヒーが飲めるなんて、といたく感動する。
 時間がある時は、ちかくの小さな池がある場所に足を向ける。ほんとにきれいな透き通る水で、そのまま口に持っていけそうな、新鮮そうな色や、手触りだった。そこを、ぼんやり足の向くまま、小さな坂や、見たこともない木の実をみつけながら歩くのが段々と好きになってくる。天気の良いときは、週に3、4回もそっちの方面に足が向いた。
 爪が伸びると、爪切りを持って行き、外で切った。耳障りな音もなく、都会のノイズもほとんど耳に入らない。数週間で、その環境に安らぎを覚えていく。
 働き始めて、夜の風呂場で鏡に身体を写すと、徐々に肉体労働の成果が出て来ている。ある作家の言葉を思い出す。哲学者の顔に、肉体労働者の身体。自分も、そのようになりたいと、少しだけ思ったりした。
 もちろん、自然もよかったが、気になるのは、人間のこと。良い人たちとも今後会っていく。その影響を受けたことを、残してもみたい。ある関係を断ち切ったが、でも絶対的に人間を信頼しようとしているのだろうか。年上の男性。年上の女性。友人。同年輩の女性。ここで形作られたことも多かったかもしれない。
 人間と触れて、その摩擦やぬくもりが、まあとにかく生きているってことになるのだろうね。本や音楽を、すこしだけ横に置いて。