「考えることをやめられない頭」(17)
同じ時間を共有し、適度な暇な時間さえあれば、同性の友人など春の蕾のように簡単に生まれるのかもしれない。そこで、ぼくにもそのような人が出来た。
彼は、主にそのホテルの営業を担当していたようだ。東京にある営業所か、本社に出掛け、新しいお客を開拓したりしていたのだと思う。月の半分ぐらい出張し、そのような業務がないときには、そこのホテルに戻り、裏方として働いていた。
東京にしょっちゅう行くこともあり、また会話の技術にも長けているので、好きになっていったのだと思う。でも、実際はただ一緒にいれば楽しかったのだろう。また、ちょっとした生活観の軽味みたいなものも持っていた。
仕事が終わって、その人の部屋(同じ階の奥にあった)で多くの時間を過ごしていった。テレビやビデオを見て、他愛もないことも話し合った。ビデオの中の女性が、知り合いにそっくりだと熱中して話したこともあったっけ。仕事の手があいた昼間も、多分その人は車を2台持っていたように思うが、それに乗せてもらい自然の中も探索した。
夜は、ちょっと離れた宇都宮まで車を飛ばし、夜のドライブも楽しんだ。途中の坂道には、車にお金と情熱をかけた連中が集まり、その腕を見せ合っていた。小さな社会の名声。自分の名をあげる方法がその土地によってかわる。ぼくの育った小さな町も多少の腕力さえあれば、受け入れられるようなところだった。そして、女性の視線もそのような方法で掴むのかもしれない。
彼が、言ったこと。東京に一軒家を持っているなんて、凄いことだよ。と感嘆の声をあげる。自分の父はそうだった。その時、はっきりと自分の父を客観視してみた。自分はそこにずっと住んでいたので、あって当然だと思っていたのかもしれない。
休みになると、彼は交際していた女性とどこかに出掛けていく。ある時、ふいに受話器を渡されその女性と電話で話したような気もするが、一体そのような状態で電話をかわり、突然、会話など弾むだろうか? 適当な言葉でお茶を濁し、その会話は終わったはずだ。
そのような小さな関係を暖めていき、でも、そこから何も産まれないのが、もしかしたら友情なのかもしれない。その時間が快適に過ぎるならば、それ以上期待することはいけないのかもしれない。多くの、きしんだ関係を過ごして、ある時は逃げたり打ち切ったりしたこともたくさんしたのだから。
たくさんの守らない約束。その場限りの固い握手。彼は、その女性と真剣に付き合っていたらしく、もし、結婚するようなことになったら、ぼくにも出てくれと言った。でも、実際のところ、二人ともどれほど確信があって、そのような言葉を呟くのだろう。彼が、その女性とどうなったかは一切知らない。だが、それで良いのかもしれない。その時は、嘘になるとも、守らないはずもないと、まじめに考えていた。
その当時、たくさんの回数でCDプレーヤーに挟まった山下達郎の「職人」というアルバム。自分の部屋で聴くより、彼の音質の良い車で聴いたほうが心地よいので、その車に入れっぱなしになっていた。彼は、デートのときにもよくかけたそうだ。そして、ぼくがその地を離れるときは、その似合いの場所に置いておこうと思った。そして、実際にそうした。あと、もう一枚もぼくの手から離れた。
ふと、現在に彼の車の中で聴いた音楽を耳にすると、その情景がすぐに思い浮かぶ。すがすがしい森林の空気。夜の道中。楽しかった会話。
人生で何人か友人ができたけど、どこかで身体の成長にともない洋服を買い換える子供のように、取り替えてしまったことも否めない。でも、それぞれ、その時はとても大切で、信頼し、なにか心の奥の一端をみせたような気もする。
みな、それぞれの立場で幸せになってくれてたらよいのにと思う。それを、確認する手立てもなく、思いの中でそう願うだけだが。
熱い関係を作ってこなかった。意図したのか、しないのかは分からない。でも、いま振り返ってみると、彼とは、どこかでまた会っても、とても楽しく会話ができるだろうな、と感じている。こころや記憶って不思議なものだ。さまざまなものが浄化され、一片のにごりもない透き通った水や空気のように、痛々しいほど美しいものが飛び出したりする。
同じ時間を共有し、適度な暇な時間さえあれば、同性の友人など春の蕾のように簡単に生まれるのかもしれない。そこで、ぼくにもそのような人が出来た。
彼は、主にそのホテルの営業を担当していたようだ。東京にある営業所か、本社に出掛け、新しいお客を開拓したりしていたのだと思う。月の半分ぐらい出張し、そのような業務がないときには、そこのホテルに戻り、裏方として働いていた。
東京にしょっちゅう行くこともあり、また会話の技術にも長けているので、好きになっていったのだと思う。でも、実際はただ一緒にいれば楽しかったのだろう。また、ちょっとした生活観の軽味みたいなものも持っていた。
仕事が終わって、その人の部屋(同じ階の奥にあった)で多くの時間を過ごしていった。テレビやビデオを見て、他愛もないことも話し合った。ビデオの中の女性が、知り合いにそっくりだと熱中して話したこともあったっけ。仕事の手があいた昼間も、多分その人は車を2台持っていたように思うが、それに乗せてもらい自然の中も探索した。
夜は、ちょっと離れた宇都宮まで車を飛ばし、夜のドライブも楽しんだ。途中の坂道には、車にお金と情熱をかけた連中が集まり、その腕を見せ合っていた。小さな社会の名声。自分の名をあげる方法がその土地によってかわる。ぼくの育った小さな町も多少の腕力さえあれば、受け入れられるようなところだった。そして、女性の視線もそのような方法で掴むのかもしれない。
彼が、言ったこと。東京に一軒家を持っているなんて、凄いことだよ。と感嘆の声をあげる。自分の父はそうだった。その時、はっきりと自分の父を客観視してみた。自分はそこにずっと住んでいたので、あって当然だと思っていたのかもしれない。
休みになると、彼は交際していた女性とどこかに出掛けていく。ある時、ふいに受話器を渡されその女性と電話で話したような気もするが、一体そのような状態で電話をかわり、突然、会話など弾むだろうか? 適当な言葉でお茶を濁し、その会話は終わったはずだ。
そのような小さな関係を暖めていき、でも、そこから何も産まれないのが、もしかしたら友情なのかもしれない。その時間が快適に過ぎるならば、それ以上期待することはいけないのかもしれない。多くの、きしんだ関係を過ごして、ある時は逃げたり打ち切ったりしたこともたくさんしたのだから。
たくさんの守らない約束。その場限りの固い握手。彼は、その女性と真剣に付き合っていたらしく、もし、結婚するようなことになったら、ぼくにも出てくれと言った。でも、実際のところ、二人ともどれほど確信があって、そのような言葉を呟くのだろう。彼が、その女性とどうなったかは一切知らない。だが、それで良いのかもしれない。その時は、嘘になるとも、守らないはずもないと、まじめに考えていた。
その当時、たくさんの回数でCDプレーヤーに挟まった山下達郎の「職人」というアルバム。自分の部屋で聴くより、彼の音質の良い車で聴いたほうが心地よいので、その車に入れっぱなしになっていた。彼は、デートのときにもよくかけたそうだ。そして、ぼくがその地を離れるときは、その似合いの場所に置いておこうと思った。そして、実際にそうした。あと、もう一枚もぼくの手から離れた。
ふと、現在に彼の車の中で聴いた音楽を耳にすると、その情景がすぐに思い浮かぶ。すがすがしい森林の空気。夜の道中。楽しかった会話。
人生で何人か友人ができたけど、どこかで身体の成長にともない洋服を買い換える子供のように、取り替えてしまったことも否めない。でも、それぞれ、その時はとても大切で、信頼し、なにか心の奥の一端をみせたような気もする。
みな、それぞれの立場で幸せになってくれてたらよいのにと思う。それを、確認する手立てもなく、思いの中でそう願うだけだが。
熱い関係を作ってこなかった。意図したのか、しないのかは分からない。でも、いま振り返ってみると、彼とは、どこかでまた会っても、とても楽しく会話ができるだろうな、と感じている。こころや記憶って不思議なものだ。さまざまなものが浄化され、一片のにごりもない透き通った水や空気のように、痛々しいほど美しいものが飛び出したりする。