フー・ノウズ フー・ケアーズ
Chapter 6
季節は、確実にかわり、月日は、秋の日差しのように人々を置いてきぼりにし、束の間である人生を、もっと早めようと躍起になっている。
その中で優二は、まだ無名のままでいる。つまり、彼の創作した絵画に、視線を集められない状態でいる。その不安定な足場を満潮時の海水のように、失意が彼の膝元まで登ってきている。
生涯で一枚しか絵が売れなかった画家がいる。その絵画には、人をひきつける魅力がなかったのだろうか? それとも、そもそも値打ちや価値がなかったのだろうか? 現在の優二は知っている。そんなことは、ないと。
彼も、すでに36歳になっていた。間もなく37歳を目前に控えている。あの人の月日。麦畑で費えてしまうある画家の人生。
こころの交流を最低限にして、その自らの芸術と向かい合うような日々は、いずれ破局をむかえるのは、目に見える事実ではないだろうか。しかし、そうするしか方法論がないのだ。そこまで、自分を伸ばすことに誠実なのだ。
彼は、日記を手にする。あの画家の。最良とはいえない文章かもしれないが、どうしてこれほどまでに人の心にダイレクトに伝わるのだろうか、と別の面から納得できない優二がいる。
彼の心も崩壊に向かっているのかもしれない。以前の友人を断ち切ってしまった。家にも戻れないでいる。彼の弟が、その家族を新たに作り、幸福な一枚の写真を送ってくる。彼には、芸術を突き詰めるしか、残された道はなかった。
彼は、壊れそうな頭脳と神経を抱えたまま、外出する。爽やかな日差しを浴びるのも久し振りのような気がしている。それでも、ある画廊に足は、向かっている。
なぜか、彼の家のポストに入っていた招待券。それは、いま脚光を浴び始めている画家の作品を発表するためのものであるらしい。詳しくは分からないが、なぜ自分のところに届いたのだろう、と彼は、いくらかいぶかしげだ。
その前に広々とした公園で休憩していた。ペットボトルの水を飲み、疲れをいやそうとしている優二。背中や、手の平が汗ばんでいる、すこし目をつぶった後に、彼は、また歩き出した。
画廊に入って、絵に集中する。どんな絵画からでも学ぶことは出来るのだ。彼は、一人の少女の肖像に目が奪われる。その、可憐な、赤みを帯びた頬。
そこへ、少し話しながら一組の男女が、彼の横に現れる。その絵にそっくりの、いや十年ぐらい経ったらこうなるはずだ、というそのままの時間軸を感じることのできる女性。そして、恋人らしき男性。かすかに横目で追いかけると、次の絵にむかってしまった。
優二に、希望が生まれる。いまの二人のような、美しい男女を自分の絵に取り組むのは、どうだろう。彼の中から、活力が生まれる。もう一度、その二人を見て、脳裏に焼きつけ画廊をあとにする優二。さあ、今から、今日から取り掛かるのだ。
こうして、ある芸術家の救済をするような終わり方で、幕を閉じる。手を文字通り絵の具で汚した分だけ、成長する絵描き。そして、日常と芸術の狭間の悶え。さらに人生マイナス困難のエピローグ。
Chapter 6
季節は、確実にかわり、月日は、秋の日差しのように人々を置いてきぼりにし、束の間である人生を、もっと早めようと躍起になっている。
その中で優二は、まだ無名のままでいる。つまり、彼の創作した絵画に、視線を集められない状態でいる。その不安定な足場を満潮時の海水のように、失意が彼の膝元まで登ってきている。
生涯で一枚しか絵が売れなかった画家がいる。その絵画には、人をひきつける魅力がなかったのだろうか? それとも、そもそも値打ちや価値がなかったのだろうか? 現在の優二は知っている。そんなことは、ないと。
彼も、すでに36歳になっていた。間もなく37歳を目前に控えている。あの人の月日。麦畑で費えてしまうある画家の人生。
こころの交流を最低限にして、その自らの芸術と向かい合うような日々は、いずれ破局をむかえるのは、目に見える事実ではないだろうか。しかし、そうするしか方法論がないのだ。そこまで、自分を伸ばすことに誠実なのだ。
彼は、日記を手にする。あの画家の。最良とはいえない文章かもしれないが、どうしてこれほどまでに人の心にダイレクトに伝わるのだろうか、と別の面から納得できない優二がいる。
彼の心も崩壊に向かっているのかもしれない。以前の友人を断ち切ってしまった。家にも戻れないでいる。彼の弟が、その家族を新たに作り、幸福な一枚の写真を送ってくる。彼には、芸術を突き詰めるしか、残された道はなかった。
彼は、壊れそうな頭脳と神経を抱えたまま、外出する。爽やかな日差しを浴びるのも久し振りのような気がしている。それでも、ある画廊に足は、向かっている。
なぜか、彼の家のポストに入っていた招待券。それは、いま脚光を浴び始めている画家の作品を発表するためのものであるらしい。詳しくは分からないが、なぜ自分のところに届いたのだろう、と彼は、いくらかいぶかしげだ。
その前に広々とした公園で休憩していた。ペットボトルの水を飲み、疲れをいやそうとしている優二。背中や、手の平が汗ばんでいる、すこし目をつぶった後に、彼は、また歩き出した。
画廊に入って、絵に集中する。どんな絵画からでも学ぶことは出来るのだ。彼は、一人の少女の肖像に目が奪われる。その、可憐な、赤みを帯びた頬。
そこへ、少し話しながら一組の男女が、彼の横に現れる。その絵にそっくりの、いや十年ぐらい経ったらこうなるはずだ、というそのままの時間軸を感じることのできる女性。そして、恋人らしき男性。かすかに横目で追いかけると、次の絵にむかってしまった。
優二に、希望が生まれる。いまの二人のような、美しい男女を自分の絵に取り組むのは、どうだろう。彼の中から、活力が生まれる。もう一度、その二人を見て、脳裏に焼きつけ画廊をあとにする優二。さあ、今から、今日から取り掛かるのだ。
こうして、ある芸術家の救済をするような終わり方で、幕を閉じる。手を文字通り絵の具で汚した分だけ、成長する絵描き。そして、日常と芸術の狭間の悶え。さらに人生マイナス困難のエピローグ。