リマインドと想起の不一致(32)
ひじりが誰とも交際しておらず、ぼくの求めに応じた幸運やチャンスを、どれほど理解し、評価していたかは不明で、あるいはまったく、当時は考えてもみなかった。例えば、付き合っている人がいるとか、好きな人がいて、頭の中から離れないという返答も、もしかしたらあったかもしれないのだ。ぼくはその架空の人物に嫉妬して、ある場合は羨望したかもしれない。自分をその立場に置けないという事実にも失望して。
しかし、無償に近く得たものは体力にしろ、頭脳にしろ、あって当然と考えてしまう。裸で生まれても、自分には服を着せてくれる親もいて、夜に会ってくれる恋人がいた。預金残高もなく、自分名義の財産がなくても、ぼくは幸福だった。そして、普通のこととして認められない幸運こそ、手放しに素晴らしい贈り物なのだろう。
ぼくには賛美する対象がありながらも、きちんと面前でそれらに相応しい一言も発したことがない。誰もそういう機微を教えてくれることはなかった。生まれながらに宿している性質として有しているもものいるのだろうが、ぼくはそっち側にいなかった。そして、後年、文字でその代替を不名誉なまま行っている。牢屋で幸せだった家庭をなつかしむ手紙を記して、一方的に送りつけるように。
ぼくらの交際は一年を越える。それが恒久的な感覚を芽生えさせ、安心感も与える。終わりという予感はどこにもなく、このドラマは最終回をむかえないのだという誇らしさもあった。しかし、テレビや映画は結論を通過して判断を下すものなのだ。終わりがはじまりでもある。
君はぼくの横にいる。ぼくの下にいる。斜めにもいる。当たり前だという認識は新鮮さを奪うものだが、いつまでもフレッシュな気持ちを失わせない場所にぼくらは奇跡的にいた。
ぼくはその特別な部屋にひじり以外の者を住まわせることをしなかった。ぼくにとっての王宮でもあり、孤独な空間だった。相部屋でもない、たったひとりの予約された部屋。ぼくは、彼女を追い出すことをせまられていない。永久に連泊するのだ。
ぼくらは写真を撮った。ひじりはカメラを手渡して、名前も知らない人にボタンを押してもらうように頼んだ。その数秒で、とある無名の女性は、ぼくがひじりについて思っていることを推測できただろうか? 当然のこと無理だ。その女性はあのぼくらの町にいない。ぼくとひじりの日常や、非日常を知っていない。
ぼくは何日か後に、その写真の焼き増しをもらう。ここにあの日の彼女がいる。封じ込められた中世の王女のように彼女はここにいる。
ぼくは壁に飾る場所をあれこれ考えながらも、それを先延ばしにして、一先ず引き出しにしまう。彼女がくれたもの。無形のものや、有形のもの。永続するものや断片的なもの。そのすべてが受粉を待つ花のように、神秘的で神々しかった。
ひじりが誰とも交際しておらず、ぼくの求めに応じた幸運やチャンスを、どれほど理解し、評価していたかは不明で、あるいはまったく、当時は考えてもみなかった。例えば、付き合っている人がいるとか、好きな人がいて、頭の中から離れないという返答も、もしかしたらあったかもしれないのだ。ぼくはその架空の人物に嫉妬して、ある場合は羨望したかもしれない。自分をその立場に置けないという事実にも失望して。
しかし、無償に近く得たものは体力にしろ、頭脳にしろ、あって当然と考えてしまう。裸で生まれても、自分には服を着せてくれる親もいて、夜に会ってくれる恋人がいた。預金残高もなく、自分名義の財産がなくても、ぼくは幸福だった。そして、普通のこととして認められない幸運こそ、手放しに素晴らしい贈り物なのだろう。
ぼくには賛美する対象がありながらも、きちんと面前でそれらに相応しい一言も発したことがない。誰もそういう機微を教えてくれることはなかった。生まれながらに宿している性質として有しているもものいるのだろうが、ぼくはそっち側にいなかった。そして、後年、文字でその代替を不名誉なまま行っている。牢屋で幸せだった家庭をなつかしむ手紙を記して、一方的に送りつけるように。
ぼくらの交際は一年を越える。それが恒久的な感覚を芽生えさせ、安心感も与える。終わりという予感はどこにもなく、このドラマは最終回をむかえないのだという誇らしさもあった。しかし、テレビや映画は結論を通過して判断を下すものなのだ。終わりがはじまりでもある。
君はぼくの横にいる。ぼくの下にいる。斜めにもいる。当たり前だという認識は新鮮さを奪うものだが、いつまでもフレッシュな気持ちを失わせない場所にぼくらは奇跡的にいた。
ぼくはその特別な部屋にひじり以外の者を住まわせることをしなかった。ぼくにとっての王宮でもあり、孤独な空間だった。相部屋でもない、たったひとりの予約された部屋。ぼくは、彼女を追い出すことをせまられていない。永久に連泊するのだ。
ぼくらは写真を撮った。ひじりはカメラを手渡して、名前も知らない人にボタンを押してもらうように頼んだ。その数秒で、とある無名の女性は、ぼくがひじりについて思っていることを推測できただろうか? 当然のこと無理だ。その女性はあのぼくらの町にいない。ぼくとひじりの日常や、非日常を知っていない。
ぼくは何日か後に、その写真の焼き増しをもらう。ここにあの日の彼女がいる。封じ込められた中世の王女のように彼女はここにいる。
ぼくは壁に飾る場所をあれこれ考えながらも、それを先延ばしにして、一先ず引き出しにしまう。彼女がくれたもの。無形のものや、有形のもの。永続するものや断片的なもの。そのすべてが受粉を待つ花のように、神秘的で神々しかった。