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爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
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作品(4)-12

2006年07月15日 | 作品4
JFKへの道
12

 秋の高い空と乾いた空気が、博美の白いドレスを鮮やかに見せる。彼女は、輝いていた。そして、自分の妻になった。今日ばかりは、浴びるほどに酒を飲み、快活な少年の頃に戻った。たくさんの人に会い、おめでとうの言葉を言われた。
 いまは、空中の人になっている。窓から、白い雲が眼下に見える。昨日の酒で、重い身体とふさぎそうな目蓋を持っている。隣で、博美は眠っていた。その身体から、幸福感といつも使っている香水の混ざった匂いを発している。自分は、炭酸飲料を口にしている。もう自分個人の楽しみだけを最優先させる生活は、終わってしまったことに感傷を抱いていた。でも、誰もが通る道だろう? きっと。
 手荷物から手帳を取り出し、その内容を入念に調べた。長く滞在できるが、そこでも仕事をしなければならない。大事なプロジェクトのために会う人とも約束を取り付けている。直ぐにではないが数日楽しんだ後で、博美を一人にしなければならない時間が出来る。
 数時間して、目的の場所についた。ニュージーランドだ。いくつかの場所を抜け、荷物を取り、自由な人になる。すがすがしい空気。彼女は、旅行会社にいたので、コネをつかって旅慣れていた。面倒な仕組みも知っているので、いくらか手続き上も助かった。それと、頭の中に見るべき場所が、詰まっているらしく、着いてそうそう観光スポットを回った。自分は、ビールでも飲んで、のんびりしたかったが、それに付き合った。
 ランチを愉快に食べている彼女。食事の時間に人間の全存在が出てしまうような恐怖を持つ。たくさんのミーティングと称して、食事を共にする機会が多いが、しっくりいかない人とは、胃の奥がきゅっと縮こまるような感覚を持つことがあった。いまは、もちろんないが。
 一日を終え、ホテルに着いた。荷物を解き、ソファに寝そべった。夕食を食べる前にシャワーを浴びて、着替えようということになり、彼女が先に使った。はじめて、一人でものを考えられる時間ができた。何人かの女性の思い出。上手くいっている夫婦の姿。失敗した関係。だが、2人目の結婚相手と仲が良い友人の顔。60億の半分の存在。
 その時の自分の生きている範囲。そして、相応の年齢の異性。これらの中から選ばなければならない。たまたま与えられた自分の境遇。家族。これらに対して持つ責任。もっと、貧困が通常のことになっている国で生まれてきたかもしれない。政治上の動乱が、着慣れた服のように身にぴったりと張り付いている場所に、与えられたかもしれない自分の未来。変革に失敗してしまい、命を短いまま潰えてしまった、リーダーたち。どうしたのだろう? 普段は、こんなことを考えないのに。自分の身の回りの幸福に浸っている自分だったのに。博美のお祖父さんは政治を愛した。彼女が知っているお祖父さんのエピソードを聞くのが好きになっている最近の自分がいた。
 そして、彼女がシャワーを浴びて、紅潮した顔を覗かせる。下はバスローブをまとっていた。足の爪の色まで、きれいに見えた。
「終わったよ。どうぞ」
「うん。直ぐ入るよ」
「また、ビール飲んでる。わたしも一口いい?」
 彼女は、グラスに口をつける。自分は、考えている。どれぐらいの人間に、これまで会ってきたのか。またこれから、会うことができるのだろうか? もし仮にミラノやナポリに自分にぴったり合う異性がいないという保障がどこにあるのだろう。それらの地に育った人や、日本から移動している人かは別にしても。絶対的な証明はどこにも、ありはしない。ただ、可能性を打ち消してしまうだけ。さらに、自分は出会っていく人たちを幸福にできるのだろうか。父と同じように、持っている資産だけで尊敬を受ける人間になりたいと思っているのだろうか。いずれ答えを見つけられるといいが。
「お腹空いた。早く行こうよ」
「そうだね」と言って。バスルームに歩いていく。彼女の使った化粧品が並べられている。この小さな携帯用のビンの中に彼女の将来がつまっているのかな、とふと考えて、蛇口を回した。
(終)

作品(4)-11

2006年07月13日 | 作品4
JFKへの道
11

 博美の小さな良心が、大きな罪悪感を抱き始めている。胸の奥に隠されている正義のこころが、悲鳴を上げ始めていた。
 博美の部屋にいた。雨の季節になり、その日も来る前は、肌に湿気を感じていた。だが、部屋の中は、静かに空調が働き、不快感とは程遠かった。彼女の選択で、ゴダールの白黒映画を見た後だった。彼女は、紅茶を飲んでいた。ぼくは、ゆっくりできるので冷えたビールを口にしていた。何もしたくない気だるい空気が流れていたときだ。彼女は、自分の過去の恋愛の話を洗いざらい語り出した。その恋愛が現在、座礁に乗り上げていることも、正直に言った。自分は、そのような真面目な話を聞く準備は出来ていなかったが、こころのどこかでいずれ近いうちに当面することは知っていたかもしれない。そして、彼女は、その先が見えない関係を清算しようとしていた。ぼくにも異存はなかった。
 話して、彼女はちょっと安心したようだ。そして、ほっとしていた。その微笑を浮かべた表情は、とてもきれいだったと認めなければならない。誰にも請求はされていないが。だが、彼女は少し泣いた。ぼくは、ハンカチを出して、それから軽く抱いた。
 
 部屋を出るときは、大雨に変わっていた。傘も役に立たないほどの量だった。急いで車に乗り、そこから逃げ出した。ワイパー越しに東京が見える。陳腐だが、光の洪水という感想を抱いた。そして、幻影のように、彼女の先刻の様子を思い出す。彼女は、ついに決心した。そして、前の彼氏に会いに出掛けて、きちんと話すそうだ。上手くいくのだろうか? その男性は、未練を感じるのだろうか。その天秤の一端を、自分が担っていることには抵抗があった。だが、そんなに女性の過去を考えることもなく、付き合うことなど不可能だ。大人の姿で急に生まれてくることも出来ない限り。
 家に着いた。こういう感情を持っているときは、深い音のするテナー・サックスがこころを落ち着けることが分かっている。そして、一人で飲みなおし、ベッドに横になった。だが、あっという間に朝を迎えた。土曜の昨日を終え、日曜の朝がやってきた。
 また、博美に会いに行く。彼女は、今日、その男性に会いに行く。自分は、どう言葉をかけてよいかも分からず、とにかく頑張れよ、と言って送り出した。彼女の車が遠去かる。その丸い車の輪郭が、小さくなっていくまで目で追った。
 その日は、学生時代からの友人に久し振りに遭い、夕方から飲みだした。その前にスポーツジムで多少身体を動かしたので、冷たい飲料がうまかった。この友人は、銀行にいる。まだ30前では、融通がきかない部分が多いので、自分の境遇を羨ましがった。しかし、自分も彼の実力だけで、世の中を渡っている姿を、羨望する。こつこつ力をつけて行き、妥当なプレッシャーとストレスを感じ、また、そこそこの達成感をつかめる彼の未来を、またともないほど美しくすら感じた。
 飲みながら、今夜はとても楽しく酔えたなと思っているが、こころのどこかに博美の一日を、同じように体験している自分が、宙ぶらりんの形でひっかかっていた。それを取り除くこともできなかった。
 もう少しだけ飲みたい気分だったが、電話がなった。深刻な顔になったのか、友人は明日も早いという理由で切り上げた。地下から、蒸す表に出て、彼女の声を真剣に聞いた。
「やっと、終わったよ」
「どうだった? 危ないことはなかった?」
「全然。とても優しかったし、紳士だった」
「そう。じゃあ安心だよ。ゆっくり帰っておいで」
 電話の声が、途切れた。それから、彼女の激しく泣く声が聞こえた。どうやっても、それを止めることなど無理に違いなかった。自分も、電話のこちら側で感情を共有した。だが、自分は手応えもなく彼女との関係を流れるままにしていたが、もうその流れを断ち切ることも、勢いを消すことも出来ないことは知っていた。もし可能ならば、昨日の彼女の話を聞く前の自分になり、まだ自由の感覚を持ち続けていたいような気もしたが、すべてがその暑い六月の夜の思い出に溶け込む。

作品(4)-10

2006年07月12日 | 作品4
JFKへの道
10

 逃げるように仕事の中に、のめり込む。また、それにも飽きてくると、博美のうちに没入する。彼女の仕事も、入社してからそろそろ一年を迎える。それをお祝いして、23歳にしては、高目のレストランに行く。
 目の前に座っている彼女を、性格に検査する技術者の目を持って、見続ける。彼女の大きな瞳。高い鼻。そして、適度な薄さの唇。そこから発せられるなめらかな声。彼女のこころは、以前の恋人から離れつつある。自分も、ずるいけれどそれに対して追及したことがない。だから、今のところは、責任も多くは、発生していない。ただ、時間が空いたときに、会う機会は、次第に増えて回数も多くなっているのは事実だが。
 その彼女の声を、また楽しい会話をしながらも、本当に望んでいる女性と出会っているのか、それともこれからその出会いを待つことが自然なのか、と相変わらず優柔不断さも失ってはいなかった。彼女は、この前聴いたマーラーという作曲家について話す。その音楽の美しさに魅了されていることが、ひしひしと伝わってきた。また、その音楽を使った、ヴィスコンティという映画監督のことも。今度、彼女の部屋で一緒に見る約束をさせられた。
 2時間ばかりの食事の時間があっという間に過ぎ、彼女を送る。段々と彼女の気持ちが、自分に傾いているのに気付くが、それを悟られないようにしている。なぜだろう? 自分は、なにを恐れているのだろう。一対一の融通の利かなさか。あるいは、女性の気持ちを、もう踏みにじることは出来ないという考えか。一人になって、車の中で思い巡らしている。彼女は、何らかの言葉や態度を待っている。行動を望んでいる。自分は、それに少し距離を置いている。まるで、主人公は、別の場所にいるとでもいうように。

 また、会社での朝を迎えている。加藤も、それなりの地位を必要としてきた。いままでの雑用から救済しなければならない。自分も新しい、働き者を見つけなければならなくなってきた。加藤以上に、出来る人間などいるのだろうか。だが、頭の片隅に考えを蓄えておくと、ある日、それに合致することが現実になるのも、不思議と事実だ。安らぎを必要としているときに、たまたま貰った音楽のCDに、その答えが見つかったり。仕事の発展には、こういうバイタリティのある人間が不可欠だと思ったときには、部下が連れてきたり。その何らかの助けの出所は、どこにあるのだろう。頭の中か。もっと大きな力か。
「考えごとですか?」加藤が入ってきた。
「いや、いいよ」
「この前の製品が出来上がりまして、その発表会にあのタレントが呼べましたので、お知らせしようと」
 ある女性タレント。自分は関心がないが、女子社員へのアンケートで、この人が向いているという答えが多かった。その意見をそのまま受け入れ、自分は口を挟まなかった。会社の動向に、そう多くの影響を与えることもない事業なので、加藤に任せきりになっていた。そして、見事に順調過ぎるほどマスコミ方面にたいして成果を上げていた。父もそれに対して関心を持っていた。加藤の存在も、父の耳に入り、愛情を受けつつある。彼は、何事も成功が好きなので。その匂いにとても敏感な嗅覚を持っている。このような才能を、見つけた自分にもいくらかおこぼれ的ではあるが、注意を向けた。だが、当然の如く、父は加藤を引き抜こうとする。自分の事業で上手く行っていない部門があるが、それに加藤を使おうとしている。もっと、新しい今後伸びそうなプロジェクトに使ったほうが有効だとも思ったが、口にはしなかった。こうして、加藤が去ることが決まっていく。加藤も、父のことを遠くから見て畏敬していた。この辺で、自分の後輩という立場からも離れて、成長した姿も、自分は見たくなってきた。彼なら、見事に役立つ成果を挙げるだろう。5月になり、加藤は去った。そこで空いた位置に、以前から目をつけていた部下をあてがった。まだ26歳で、たくさん覚えなければならないことがあるが、音をあげないといいがと思う。その彼が部屋に入ってくる。自分の評価が判断できない顔をしている。最初は、誰でもそうさと緊張を解く言葉をかけて肩に触れる。その気安さにも驚いた表情をした。こちらは彼の服の生地を確かめた。

作品(4)-9

2006年07月10日 | 作品4
JFKへの道


 となりの部屋の電源の不調で、オフィス内のパソコンのデータが一部消えてしまっていた。職場の全員が退き上がった後、何事もなかったようにコンピューターに向かっている。多少、焦っている気持ちはあるが。頭を抱えながらも、あれこれ考える。もし、失敗する要素がほんの少しでもあるなら、やはり、まぐれを求めずに颯爽と失敗したい、という気持ち。あきらめを含んでいるが、それが人生だとも思う。などと考えながらもキーボードを打ち込んでいる。
 父親が、経済誌で語っていること。それは、いつも先回りしろ、ということだった。彼の主張は、遅れて完全なものを見せるぐらいなら、いくらかでも早く見せ、そのインパクトで驚いている間に完成品に持ち込め、という主義だった。そうして、数々のヒットをものにした。今までは、そうでも良かったかもしれないが、現在でも、その主張が通用するかは分からない。

 10時から4時間ぐらいかけて、大事なデータを取り戻せた。加藤は、出張中だ。その所為か、仕事のはかどり具合も落ち込んでいる。当然のように前もって出来ることは、すべて片付けてくれてはいたが。ディスプレーを消し、ロッカーからコートを取り、地下の駐車場まで行った。そこは、めっぽう寒かった。警備員に軽く会釈し、こんなに遅くまで残ることも少ないので、向こうの驚く顔を確認し、車を出した。
 道は空いていた。思っていたより早く家に着いた。そして、シャワーを浴び、頭を乾かし、直ぐベッドの中の人になった。

 その次の日は、仕事を終えた後にある集まりに行った。今後のコネを見つけるためにも出ておこうと思ったものだ。そこへ、以前の恋人の安美の姿もあった。遠目で見ている時には、似ている人もいるな、と感じていただけだが、トイレに行き出てくるとばったり彼女が前にいた。
「ああ、びっくりした。久し振り、元気?」彼女の髪は、覚えている頃より、伸びていた。そのウエーブのかかった髪の奥から、可愛い目をこちらに向け、話しかけた。
「元気だよ。どうしている?」
 近況を語ったり、聞かされているうちに、彼女は、「わたし、結婚することになった」と言った。自分は、直ぐに返答ができなかった。でも、自然さを装って、
「おめでとう。よかったね。それで、どんなヤツ?」と聞いた。
「言っても、分からないと思うよ」
 その後も、少し会話したが、またそれぞれお客の一人になって、部屋の中でバラバラになった。自分は、少し酔ったかもしれなかった。彼女の存在が、やはり大きかったこと認めないわけにはいかない。そして、あの時の煮え切らない態度も、思い出した。
 その場をあとにする。外は寒い上に、雨も自分の登場を待っていたように、ちょうど良いタイミングで降ってきた。電話を見て、安美の番号が入っていることを確認して、かけてみようか悩んだ。だが、躊躇して、すぐにメモリーを消した。もうこれで、彼女の存在もなくなった、と思い込んで。だが、そう一緒にすごした月日を簡単に追いやることは出来ない。
 気がついたら、コートも濡れるのも構わず、かなり歩いていた。自分を責めるように。だが、これも自分の優しさの欠如を埋め合わすことの代償とは思えない。自分は、欠陥の多い人間なのだ。人の痛みなど気にせず生きている生物なのだ。後ろから、クラクションの音が鳴り、身体は除けたが、跳ねた水がプレスのきいたズボンにかかった。
 家の鍵を空けるのに手惑い、犬が小さく鳴いた。それで安心し、座り込んで靴を脱ぎ、コートを投げ出し、ベッドに倒れこんだ。人生は、生きるほどに完成に近づいていくのだろうか? 立派な人間と見られるよう努力をしているが、誰かの胸に幸せを押し込むことができているだろうか? 自分も経済的に繁栄はしているが、薄っぺらな人形ではないのか、と小さい声で言ってみたが、気がつくと深い眠りの住人になっていた。夜中に目を覚まし、冷えた水を飲んで、再び眠りに戻ろうと懸命な努力をしたが、安美との思い出が自分を苦しめた。それを、もう取り戻せないと考えると、大人になるってことは、そんなに楽しくないことだな、と心のうちで決め付けた。

作品(4)-8

2006年07月07日 | 作品4
JFKへの道


 冬の風が、ビルとビルの間を通り過ぎるたびに、冷たさを増して行く。ぼくは、コートの襟を掴んで、無理に賑わいを見せようとしている街の中を歩いている。今年の最後の仕事の日。無事に過ぎた一年。
 自分への記念として、デパートの中に入っている店の並べられた時計を見ている。気になっていたものがあった。また念入りに見て、感触を確かめ、時計の裏の音を聴いた。これにしようと決める。それと同時に女性用のも覗き込む。もしデザインが良いのがあれば購入しようと思う。去年は安美に買った。彼女の細い手首に、とても映えていた。いくつか気になったのを通り越し、一つのものに注意を向ける。なんだ、博美に合いそうなのは、こんな形と色ではないか、と簡単に答えが見つかる。店員に頼み、それは丁寧に包装してもらった。もし無駄になっても、妹にでもあげれば良いと、あきらめの気持ちを含んで。

 荷物が出来、また寒空に出る。今日で仕事が最後のためか、酔った足取りの男性二人組みが、横を通った。自分もあんな風に誰彼なく歩けたら、幸せだったかなとも思う。そこで空車のタクシーが見つかったので、思考も止め、車中の人になった。明日から南半球で太陽を感じられる。と別の思考に移行した。

 そして、ビーチで日差しを感じている。眩しすぎる光線にまだ目が慣れていない。そこで目をつぶり、さまざまなことを思い浮かべては消す。だが、一つのところに落ち着く。あれは、まだ15歳ぐらいのことだろうか。もし、29歳と半分ほど経ったときに、一番気になっている人がいたら、その人と一生暮らそうという考え。その自分個人の約束事に、年を経るごとに段々縛られて行き、束縛されても来た。もう少しで、自分はそこにたどり着く。仮に、長い月日を費やした女性がいたとしても、自分がそう決めたことの方が大事に思えてくる。その馬鹿げた考えに焦点を合わせていたが、自然と眠ってしまい、気がついたら、足元まで波が近寄ってきていた。日焼けしすぎに注意を払い、起き上がってそのビーチの横の日陰で、冷たいカクテルを頼んだ。
 夜は、すべてが遊びではなかった。地元の会社の経営者と食事をする。プロジェクトの打ち合わせも兼ねた会合。今日は、こちら側は一人だが、遅れて、我が社からもやって来る。その前に、親しい関係を作っておいて、話がスムーズに進展するよう、気をつかった。それもかなりの力を入れて。その甲斐があってか、和やかな時が流れた。ホテルまで、送ってくれるのを断り、一人で見知らぬ土地を歩いた。外国に来ると、とても危険でない限り、よくそうする。自分の価値を、高めも低めもできない土地を利用して、自分の存在をリセットしたくなる。

 そして、年が明け、また以前の服装に戻る。ちょっとだけ黒くなった顔に変わったが。一月も半月ほど過ぎ、そして自分が決めた29歳半になってしまった。会いたい人を考えてみる。以前の自分は、当然安美とその瞬間を迎えると思っていた。なぜ、ああも自分は冷たくなれるのか。答えが出るわけもなく、見つけたいとも思っていない。そして、博美のことを考える。考えた後は、電話をかけた。
 待ち合わせ場所に早めに着いた。思いがけなく目の前に着物姿の博美が現れた。会社で、とても大事な催しがあり、そこへ出た帰りだという。自分は、パンツ姿の女性が好きだが、このように突然、違う服装で出会うと、新鮮であると同時に嬉しい気持ちも自然と浮かび上がる。自分は、コートのポケットから、去年買った時計を渡す。似合うと良いけど、という言葉を付け加え。
 ある店に入る。彼女はトイレに行く。戻って来た時は、新しい時計をつけていた。
「着物だと、しっくりするか分からないけど。嬉しい。ありがとう」
「喜んでもらえれば、充分だよ」
 彼女の測りは、どれほど離れた彼に傾いているかは分からない。だが、困ったときに直ぐに視線を感じ、話を聞いてくれる人間に、心というものは馴染んでいくのではないのか。でも、今なら自分も傷を受けずに、あきらめられるよな、と安心している。

作品(4)-7

2006年07月06日 | 作品4
JFKへの道


 そして何度か会ううちに、博美から電話がかかってくるようになる。それが自然の成り行きとでもいうように。自分も時間を見つけては、食事をするぐらいまではした。だが、心底仕事が忙しいときでもあったので、断ることも多かった。もう一つの理由としては、誰か一人と真剣につきあうこととは、ちょっと距離を置こうと考えていたときでもある。しかし、そう深い決意でもなかった。
 彼女には、少しばかり離れた場所に交際相手がいたらしい。こちらから聞いた訳でもないのに、自分から話してきた。そして、そのことが淋しいとも言った。もちろん理解できることだが、どう満足いく答えが出来るかもわからないし、実際に正確な解答が欲しいばかりでもないらしいので、そのまま聞いていた。時には、眉間にしわを寄せ、また、さり気なく微笑みながら。
「すいません。つまらない話ばかりして」
「全然。ためになるし、誰かに打ち明けることは、とても重要だよね」
 半分は本当でもあり、また半分は、脚色されているかもしれない。

 ちょうど秋を迎えていた。彼女を誘い、都会から遠く離れ森の中にドライブに行く。樹木は色づき、残りの人生を燃焼させようとしているように、いさぎよく映る。冬になるまえに燃え尽きてしまうよ、と宣言しているかの如く。
 太い木で作られているレストランに入る。彼女は、こういう場所に夢中になっている。話しを聞くと、小さな頃に父親をなくしたためなのか、男性と偉大な自然の中に溶け込むのが、好きなのだそうだ。そう話しながらも、食欲もかなりあった。空気がおいしいためか、すべてが新鮮な感じで喉を通る。そこで、思いがけないことを知る。その幼いときに失くした父のまた父、彼女の祖父は、政治家であった。もう既にその祖父もいないが、自分はその関係に強く興味をひかれた。何か役立つことがあるかもしれない。才能がある人も知っているが、どう転んでも金銭に転化、変換できない部類の人たちがいる。それは、とても不幸で仕様がないことかもしれないが、どうしても自分はそうはなりたくなかった。その状態になってもいないが、今後も決然と別れを告げたい。

 森の中を歩く。足の裏に感じる冬の気配。地面に葉っぱが敷き詰められ、視野の中には暖色でいっぱいだった。彼女はふざける。大きな樹の陰に隠れて、自分からは見えなくなる。その一瞬、彼女を失うことが恐ろしくなっていた。彼女ではないのかもしれない。なにか愛の対象を消すことへの深い悲しみがあった。その数秒の出来事で、自分の心の中の何かが揺らいでしまった。そこへ、彼女が、樹から首だけ出す。
「どうしたの?」全身を現した博美が言った。
「急にいなくなったんで、心配したよ」
「ここからいなくなれる訳、ないじゃない」
 そして、また歩く。聴きなれない鳥の鳴き声がする。それをきっかけに耳を澄ますと、さまざまな音が一辺に耳に飛び込んで来る気がした。涼しさを通り越して、寒い空気が服の隙間から、忍び込もうとしている。彼女の顔の皮膚も、その冷たさで紅潮している。その鼻がとても可愛かった。
「そろそろ、戻ろうか?」彼女の軽くうなずいた返事を待ち、東京に戻っていく。博美は一人暮らしをしていた。到着して、彼女はドアを開けて、出て行く。でも、直ぐに首だけ車内に入れ、今日はありがとう、と自然な口調で言った。また、電話をしてもいいですかとも。それを断る理由がどこにあるだろうか。
 車内には、彼女の匂いがある。博美もぼくのことを考えているだろうか。場所が離れているが、恋人がいる。そのことを触れもしない自分。出来れば、そのままでいてほしいとも思っている。要求が恐かった。だが、自分も父と同じように、経済の分野での成功に価値を置いているのかと考える。もっと、有用な力が欲しいとも考えている。その時に、彼女の存在が大きく化けるなにかを秘めているかもしれない。週末も終わってしまう。また、月曜の朝だ。その日の会議で話すことに焦点を移し、むりやり、彼女のイメージを押し退けた。そこで、車内の音楽が終わってしまい、そのまま無音で家まで帰った。

作品(4)-6

2006年07月05日 | 作品4
JFKへの道


 妹が留学先から帰ってきた。語学と、芸術の勉強を兼ねてフランスに行っている。一緒に育ってきたので分かるが、彼女に創作の才能があるとは思っていない。父はまた別の考えもあるらしいが。芸術を生み出す能力を持っている人間なんか、ほんの一握りである。その手の才能を持っている人物を発見するのは、大きな空き地に手がかりもなく失くしたコンタクトレンズを探すようなものである。しかし、妹の知り合いにでも、また知り合いの知り合いぐらいの中にでも、それらの光り輝くものを持っている人間がいたら、それは成功だと思っている。
 こういう具合なので自分は、妹に芸術の歴史をきちんと勉強してもらいたいと願っていた。彼女も、一定期間が過ぎ、自分の力の限界をわきまえてもらい、はやくそうした道に進んでもらいたい。でも、面と向かって話せば、もちろんそれらの結論は話しづらいこともあり、また自分できちんとけじめをつけないと、人からどうアドバイスを受けても、変わらない頑固さも彼女は備えていた。

 久々に家で会った。子供のときからよく泣く子だったので照れ臭いものである。いまも妹の目の中には涙の気配がある。空けてある自分の部屋に戻って、荷物を整理しおえて一段落すると、妹がぼくの部屋に入ってきた。
「どう、仕事? お父さんとは相変わらず」
「ああ、今はもう職場では会わないよ。親父とは違うところにいるので」
「そうだったよね。これ見て、ルームメートの元彼氏。日本人なんだけど、絵を描いているの。上手いと思わない」
 彼女の手のひらにのっているルームメートを描いたスケッチ。とてもしっかりしていた。
「そうだね。まだ若いのかな?」
「あまり良く分からない。30前後だと思うよ。日本にいるらしいから気になったら探してみて、電話番号はこれ。まだ支援する人、発掘中なんでしょう?」
 うちは、芸術の援助に力を入れている。父もそうなので、自分もこれといった人間を探す努力はしている。分野は問わないが、なかなか見当がつかないのも事実だった。

 妹が短い滞在を満喫するため、いろいろな場所で買い物をしたり、食事をしたりするのに時間が許す限りつきあった。いつも手には大きな荷物を抱え、車の後部座席に無造作にねじこんだ。とくに妹は両親からも溺愛され、逆にそのことが理由で高校生のときなどは、いささか反抗的になったりもした。自分は、とても同じことが出来るとは思ってもいなかった。だが、結局現在でもそうした期間がなかった所為なのか、両親ともいくらか距離を置く生活を送ってきた。
 まだ一週間ぐらい残っているので、きちんとした会話を、今後の自分の仕事のことや、妹の近い未来や遠い目標なども聞かないままだったが、突然、フランスで同居している友人が病気になってしまい、妹も心配のため、急遽戻ることになった。帰りのチケットもあったが、直ぐに手配しなければならなくなった。だが、夏休みの真っ最中で、上手く進展せず、なかなか予約が取れなかった。自分はあれこれと考え、以前会った画家の娘のことを思い出した。そうだ、旅行関係の会社に勤めているとのことだった。まだ新入社員で、どれほどの裁量を有しているのかは知らないが、一応電話をかけてみた。用件を話し、20分ほど経って、折り返し連絡があった。なんとかなるそうだ。今夜、二人の都合の良い時間に受け取りに行くことになった。
 女性は、と考える。なぜ、ちょっとぐらい無理な要求をされても飲んでしまうのだろう。自分はそれを知っていたのではないか? 後輩の加藤に頼めば、寸時に完璧な答えを持ってくるだろう。だが、自分はそうはしなかった。なにか、きっかけを必要としていた。それには、一番よい方法だったかもしれない。
 そして、妹にも感謝された。博美という名前の旅行会社の彼女にも、借りが出来たといって、次回に会う必要が作れた。妹は、旅立った。残してくれた絵を見る。もう少し判断を先に延ばした方が良い、という心の声がして、それを結論にする。もう一度ぐらい妹に催促されたら、あらためて考えても良いと思った。慌ただしい3週間が過ぎた。

作品(4)-5

2006年07月03日 | 作品4
JFKへの道


 気分が重いまま、月曜の朝を迎えている。オフィスの中は快適な温度が保たれてはいたが。デスクの前の時計は、8時52分と表示されている。コーヒーの湯気と匂いを感じながら、自分のあごに手をあてると、すこしだけざらざらした感触があった。そこへ、加藤が入ってきた。
「どうしたんですか? 気分が悪そうですね」彼には、分からないことなどあるのだろうか? 優秀な部下。手の上には必要最低限の資料が乗っている。ぼくが目を通す分だ。それから、必要最大限の書類や、資料を両手に抱える。彼の今日の仕事。それも一部だろうが。
「そう見える?」
「まあ、いくらかですが」
「そう、でもコーヒーでも飲めば、いつも通りに戻るだろう」自己暗示気味に言った。
「今日でしたら、特別に出席するものも無いはずですので、あまり悪いようでしたら」
 スケジュールを管理してくれる女性もいるのだが、もちろん彼も把握している。一度、その女性からの苦情が出た。加藤が事前に何事も勧めてしまうので、自分の必要性を感じないとのことで。自分はそれとなく注意しなければならない羽目になった。
「そうだ、今日良かったら付き合ってくれないか」本来は、大学の後輩なので、仕事を離れれば、直ぐに垣根は取り払われる。「最近、行ってなかったよね」
「ええ、3ヶ月半ほど」
「そんなにか、予定ある?」
「大丈夫です。7時すぎには、片付くと思いますので、その頃、ロビーでお待ちしております」
 と言って、部屋から出て行った。身だしなみもきちっとしているし、穏やかそうな顔つきも備わっている。女性社員の視線を浴びているのにも関わらず、彼が女性を口説いたということを耳にしたことがない。

 窓に視線を向ける。向かいのビルに光が当たって、中が見えなくなっていた。もっと遠くには窓の清掃の人のシルエットが曲芸のように見えた。
 なんとか一日を持ちこたえ、安美のことも考えたが、きちんと仕事にも頭の活動は戻って働いた。それから、加藤が隣に座り酒を飲んでいる。
「最近、まわりとはどう? うまくやっている」
「また、何かあったんですか? それで時間を」
「違うよ。ただ話したかっただけだよ」彼は常に先回りして考えている。学生時代に一緒にスポーツを行っていても、必ず加藤がうまい作戦を考え付き、采配を振るった。ほとんど、それは効果をあげることになる。「安美と別れようと思ってね。なんか長い時間が過ぎたと思って」
「安美さんと。別れるのは勿体ない気がしますけど」
「そう、そうだよな。あの関係をまた一から作り直すことを考えるとな」
「そうですよ。みんなの憧れでしたもん」
「加藤もそうだったの?」ちょっと驚き、彼の目を見た。
「もちろんですよ。後輩で安美さんのことを、一度でも考えないヤツなんかいないはずですよ」
 テーブルのきれいな木目の上に水滴がついている。グラスが空になっていることも知った。だが、直ぐ次に飲むものが思い浮かばなかった。
「加藤のことを憧れている子も、会社内にいるんじゃないのかな」
「そうですか?」本当に唖然とした顔をした。自分の価値をわきまえていないのだろうか? 
「仕事を片付ける機械じゃあるまいし。もっと周りをみた方が良いと思うけど」
 彼は、何やら考え出した。その会話がない空白を利用して、自分も昨日の一連の出来事を思い出している。彼女は泣いた。感情を、あまり表に出さない安美が泣いた。それと、その後の数時間、自分にとってとても重たい出来事だった。時計を見る。11時20分だった。反射的にひげを触った。朝よりさらに手の平に不快を与えた。加藤は、まだ考えている。静かに席を立ち、勘定を済ませ、店の外にでた。道路がすこし濡れていた。そして、酔った学生が自分の肩にすこしぶつかった。

作品(4)-4

2006年07月02日 | 作品4
JFKへの道


 安美のもとに戻る。彼女といることの安心さ。そして絶対的な怠惰。金曜の仕事を終えてから会いに行った。こうすることが多い。
 彼女は、子供の時から学生時代にかけて、熱心にチェロという楽器に親しんでいた。それを家で現在になっても、練習したり、たまに演奏もしたりする。その音楽をソファに横になって聴きながら、なにもしない安楽な時間が、もしかして一番有益な時間の過ごし方と考えたりもする。
 土曜の午前中は、その気休めの時間になっていた。
「また演奏会、迫っていたんだっけ?」
「この前も言った気がするけどな。2ヶ月ぐらい経ってからあるよ」
 普段、仕事をしている合間に熱心に練習したり、またさまざまな周りのものも秩序だって片付ける能力を、彼女は持っていた。構築することの美しさを信じているような。
「見に来てくれる?」
「いいよ。もちろん。多分時間もつくれると思うよ」
 そもそものスタートは、学生時代に母校の演奏会を友人に誘われ、仕方なく付いていったのがきっかけになっていた。その後の打ち上げのときに、横になった彼女と話した。その天然の朗らかさを必要としていた自分に気付いてしまった。また、孤独というものが、しっかりと自分に根付き宿していた事実にも、遅かったが再提出を受けてしまった。いろいろな女性が、自分のまわりにいたとしても。

 午後になり、彼女がみつけた、シーフードのパスタがおいしいお店に一緒に行った。店に入ると最高のウエイターはいないものかと、いつも考えてしまう。もちろん文句を目ざとく見つけて、注意するということではない。ただ、もし圧倒的にサービスについての洗練された考えをもつ人間がいるなら、会社で探している人材として雇わなければならないと思うからだ。いまの自分に与えられている仕事の多くは、その優秀な人々のピックアップにかかっている。だが、今日もいなかった。しかし、頭の片隅には、たくさんの人間のストックが用意されている。そのようなことは会話には上らなかったが、彼女の話を熱心に聴き、食事も楽しみ店を出た。そこは横浜の海にも近く、食後は車を置いて、潮風を感じながら、海の前のベンチで彼女と話した。

 春と夏の中間のような日で、ここちよい風も感じることが出来たが、突然に雲行きが怪しくなってきた。風にも、いままでと変わって弱気な心がいくらか混じっていた。
「寒くなってきたね」ぼくは彼女の薄手の服装を心配し、横を向く。
「車に置いてきちゃったから、戻ろうか」
 ゆっくり15分ほど、歩いたり店を覗いたりして、駐車場まで戻ってきた。車に乗り込み、彼女のセレクトした、ピアノとフルートの曲を聴いた。運転にも、またシンプルな音楽にも飽きてきたなと思い始めた頃、今日の泊まる伊豆のホテルに着いた。
 少し、きれいな景色の中で新鮮な空気を心中に入れ、散歩を楽しんだ後で、彼女は服を着替え夕食のテーブルに着く。大学の4年からの6年間近くの彼女の貴重な時間を引き受けてしまったな、と、酔い始めた自分の頭は考える。いつか、核心に触れる話をしなければいけないよな。
「チェロって、練習すればするほど上手くなると思う?」
「うん。そういうものだと思っているけど」自分は、持続してなにかに打ち込んだ記憶を、直ぐに思い浮かべることができなかった。
「多分、違うと思う。同じところをグルグル回っているような気がする。」彼女は、伏し目がちになっていた。そして、ワインのグラスを口にして、そっとグラスについた跡を指でさすった。いつもは、あまり意識して見ない素振りだった。
「そろそろ、わたしのこと、もう少しだけ真剣に考えてくれてもいいと思うけどな」
 少しだけ、空気が止まった気がした。彼女の指を見て、爪を見て、首を見て、瞳を通り越し、髪の色を見た。それと同時に最初に横に座ったときの、22歳の彼女もそこにいる気がした。

作品(4)-3

2006年07月01日 | 作品4
JFKへの道


 自宅で朝を迎えた。髭を剃りながら、今日の予定を頭の中で復習してみる。いつもの日課だ。いまのぼくは、父の持っている幾つかの会社の中の一つで、恵まれた立場を有している。仕事は、好きでもないが、充分にこなしている。真面目ではない持論だが、仕事の好きな人は失敗も許されるが、そうではない人は、完璧さを要求される。熱意のなさの代償としての、完成品。

 今日の午前は、電話の対応に追われる。きちんと利益に反映される行為ではなかったが、あとで大きくはねかえってくるので、頭の回転の早さと同時に、ゆとりを持った対応で望んだ。怒りを決して見せないこと。その兆候すら消し去ること。それから、昼の時間になったので、ランチを楽しんだ。ある若い経営者との会合もかねて。有能な人と会うことも多いが、今日の相手は、ベンチャーで勢いに乗った一人。その哲学を熱く語っていくことに魅力がある。自分は、そうした土台作りに時間をかけることがなかったので、彼のある面でのサクセスに刺激をされたりもした。そのまま午後は時間が空いたので、父が好んで着ているスーツを仕立てる店に行った。自分もこの前、気になった服を父が着ていたのを見たので、久し振りにこの店に寄った。彼と同じような型で作られたのが出来上がり、いくらか若目に直されているが、それを取りにいく。
「あら、こんにちは」懇意な女性の店員が、軽い微笑を浮かべ、自分を迎える。
「出来上がっていると聞いたんで、来ました」
「そうそう、ちょっと待っててください」そして、奥に行き服を持ってきた。
 それを一旦試してから、また着替えなおして、そこで少し話した。彼女は40前後だろうか。15年ぐらい前から自分を知っている。そして、身体のサイズの変異も頭の中に入っているようだ。その少年時代から素敵な人だと思っていた。心持ち自分を子供扱いする印象が見えたりもする。でも、それも自分にとっては減点の対象にならなかった。
「また、ちょくちょく来てくださいね」と、足が遠退いていた自分を、また連れ戻すのには必要な完全な微笑を浮かべて。

 また会社に戻り、いくつかの机の資料に目を通した。今日は、優秀すぎる部下が、すべての仕事を終えてくれていた。この人間は、自分が大学のときの後輩であり、無理をいって会社に入れた。彼がいることによって、やるべき仕事など残っていないのではないかと思うほど、きれいに目の前が掃除されていく。その日の夜は昨日の画家の慰安の意味もこめ、家に招待し、また父の友人たちにも会わなければならなかった。
 そして家に帰り、テーブルに着いた。まだ完全には揃っていなかった。父の友人たちは、食前酒を飲んでいた。自分もその一行に加わり、話に耳を傾ける。ある人からは、自分の仕事ぶりを誉められたりもした。冗談交じりに、うちの会社に来ないか、と誘われたりもして、ちょっと気分がよくなったりもした。
 そこへ、女性の画家が入ってきた。今日は娘も連れてきていた。まだ、大学を出たばかりで初々しさが残っている。席は自分の隣になった。年齢が近いということで。幾らか緊張しているようにも見えた。自分は、もう著名な人の真の姿に動揺することもなかったが。
「昨日は、疲れませんでしたか?」
「はい。わたし、人がいっぱいいるところ、駄目なんです。苦手なんです」
「今日は?」
「母が、あまり体調がよくないみたいなので、お付き合いで」
「そう、優しいんですね」
 父の友人が持ってきたワインを飲んでいる。彼は、よく雑誌などでもその方面のエキスパートとして知られていた。自分は、その旨さに脱帽せざるを得ない。ちょっと酔いがまわった頭脳と、そのための舌の快活さで、彼女の緊張を和らげようと努力した。でも、自分が本気で誰かを好きになることなど、到底不可能だなと、酔っていながらもそこだけは、その問題の中心だけは揺らぐことなく冴えわたっていた。

作品(4)-2

2006年06月27日 | 作品4
JFKへの道


 しばらく経って部屋に入り、音楽をかけた。フランス人の女性歌手が歌う懐かしいポップスが、その日の気持ちには会っていた。そして、ベッドに寝そべりながら、今夜の予定について考えてみた。自分の父親が、芸術の援助にも力を入れていて、ある集いに出席しなければならなかった。いくらか気が重かった。うんちくや思い込みの多い会話が飛び交う席に同席するのに、自分自身が向いていないと何度も思ったりもした。だが、今日は父が欠席するため、自分がある客たちをもてなす役目に廻らなければならなかった。

 勢いをつけて跳び上がり、ベッドを後にしシャワーを浴びた。そして、その会合にあった服装に着替えた。服自体がかすかに自己主張をするような色やデザイン。あまり奇抜すぎもせず、また壁に消えてしまうこともない衣装。育ってきた環境にも依存するが、服装のことを考えるのが好きだった。その身につける服によっても、気分が多少、変わることもあった。ちょっと女性的かなと思うこともあったが、直ぐに打ち消す。

 また車に乗り、あるホテルに着いた。ある女性の画家。父が注目をしていた。彼女と、簡単だが丁寧な挨拶をすます。会うのは何度目かだが、今日は一緒にその娘もついてきていた。よく似ていた。そして、彼女の周りには、光が放っているような印象を受けた。でも、こうした場に、来るのに馴れていないのか、それとも彼女のもっている朗らかな様子が堅苦しい挨拶やら人間関係にしっくりいかないだけなのか分からなかった。

 その場を離れて、彼女と話しても良いかな、と考えてもみたが、今日はそう自由に行動できそうにもなかった。2時間ぐらい、あちらこちらを回り、挨拶をしてお世辞を使い、父親の普段の世話のために頭を下げ、などと行動していたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。それから、ロビーで画家の娘にも、今度会えることを楽しみにしていると雰囲気にも、また実際の言葉でも告げ、お別れをした。

 車に戻り、ネクタイを緩め、それから安美の家に向かった。学生時代からの因縁。かれこれ6年ぐらいの交際期間が過ぎていた。仕事を終え、一人で簡単に済まそうと食事を作っているところだった。もう、言葉のやりとりも必要ないほどの関係。それが良いことだとも思ってはいないが。ずるずるとそうした関係に終止符を打てずにいる。
「服装、決まってるね」
「そう。いつもの父の趣味の会合でね」
「誰か、面白そうな人に会った?」
「ああした現場、知ってるだろう? 金をもっているおじさん達ばかりだよ」
「そう? お腹空いていない?」
「ちょっとね」
「だったら、ビールでも飲んでて、もう一品だけ作るから」
 缶を開けて、最初の泡を口にする。女性の嗅覚。ソファに身体を預け、音楽を小さくかけた。彼女は小さなときから音楽に親しみ、その趣味がとても良かった。高尚すぎて、自分にも分からないことが多いが、彼女が、それについて説明し、自分の足りない部分を補った。ヴァイオリンの音色が好きなときもあるが、安らかに聴けないときもある。しかし、今日は心にしっくり来た。誰の作曲かもわからない演奏だが、幾十年も前から、今日聴くことが約束されていたように隅々まで理解できた。そこへ、彼女が料理を持って入ってくる。良い匂いがして、急に空腹感を感じ始めた。
「疲れたでしょう」
「そうだね」
「なんか顔にそう書いてあるよ。もう二度とごめんだって」
「役が取れない俳優もいるし、それに比べたら演じる内容があるんだから。ありがたいよ」

作品(4)-1

2006年06月26日 | 作品4
JFKへの道


 誰かに自分の気持ちを打ち明けることが出来なかった。黙り込むか、または、ユーモアという防御をはるか。行き着く道は、同じこと。他の人を笑わせれば、自分のこころに付け入る隙を与えない。上手くカーテンを作れる。

 子供のころから、すべてのものを手に入れることが出来ていた。広い家。田舎にある夏休みや長い休暇を楽しむ二番目の家。きれいに刈られた芝生。その為に雇われている人々。
 たくさんの車も乗り回したよ。多くの時計を腕にはめたよ。でも心からの大笑いをしたことがあるだろうか。車の中で、一人になることしか考えていなかったのか。

 ぼくの父親は仕事上の成功者だった。経済誌にも時々のる。それは読者の尊敬を受けるに値する男性として。しかし彼が、本当の成功者だろうか。人生で一番良いものたちを手に入れているのか。また、周りの人間の長所を引き出せているのだろうか。
 僕の人生を語る上で、どうしても避けることが出来ない問題。プロット。もちろん恩恵も多いに受けている。
 ニュースで知る無残さ。明日はどんな悲劇が待っているのだろう。多くの人々が蒙る痛手も、われわれの家族は、その父親と彼が生み出す金銭で、きちんと塞がれていた。決壊することがないダムや河川のように。

学生の時も先生たちに怒られることが少なかった。特別、周りの生徒と比べて出来がよかったわけでもないから、優遇されていたのだろう。それが嬉しいかというとそうでもないというのが実感だった。敵にするとメリットがないからだろう。しかし、友人たちが、その幾らか恐れられている先生たちの胸の中に、するりと入っていけるのが羨ましかったのも事実だ。ぼくは、そんなことを習っていない。父の作り出す雰囲気や、その多忙な生活のため、対等に渡り合える男性、親身にぶつかってくれる男性がいなかった。

母も自分で作り出している計画に、またその遂行に忙しかった。それに変わる役割の人間は大勢いた。でも、いびつで普通とは違っていることを、ある程度、年を経てから知った。最優先にする順番が、ほかの家族にはあるらしかった。しかし、自分の家には、父親の名声と、その人生に対する姿勢と見栄と、そうしたことで、具体的な目の前にいるものの同情などでは成り立っていなかった。いろいろなものを選んでいる振りをしてきたが、実際には、選択してきたものなど、たかが知れていた。

スポーツにも打ち込んだときがあった。これこそが、生活の実感として、また生きがいとして捉え、かなりの時間を費やした。だが、本当の努力をしてきただろうか。最初から、そこそこ出来、あるレベルに達すると興味を失ってしまうのが、いつものパターンなのではないか。もちろん、日本全体が、恵まれない地域などではない。ボール一つで夢を叶えてみせるというような場所ではない。それにしても、自分の心の入れ込み方は、いつも手緩かった気がしてしまう。自分の気持ちより、他にどう映るか。劇的であるか。印象的であるか、などが最重要事になっている。そして、自分にとっては、それがとても大切なことだった。なによりも動機の先頭に来るものだった。拍手と微笑みを待ち焦がれての生活。美しい女性の軽い微笑み以上に重要なことがあるだろうか。しかし、それを手に入れてみたいと思うのは、ほんの時々だったが。彼女らは、そうすることが当然のようにも見受けられるし、また、天然の演技者でもあるし、また最高度にそれを出来る女性を見つけられないのかもしれない。ハンカチと笑顔。なびく髪と伏せた眼。今日は、母親の帰りを車で迎えに行った。同じ方面の女性も一緒に乗る。静かに抑えた声だった。その人が降りてから、家まで母が話していたが、あまり聞こえてこなかった。車の中に、軽い香水の匂いが残る。家に着き、母が降りた後も、しばらく残り、音楽が終わるまで、座席の背もたれに寄りかかっていた。