問題の在処(21)
たまみの存在の代役は決まったのだった。個人として不足のない生活を送っていたが、そこに明日香という名前の子が、当然のように出現し埋まった。もちろん、個性のある存在なので、自分の方法論も変わっていく。契約関係というような重い内容でもないが、しかし確かなる約束もそこにはあった。
もちろん、嬉しいことがたくさんあった。
彼女は仕事がたくさんある訳でもなかった。時間に調整のきくバイトもしていた。だが、彼女の所属をしていた会社は、彼女のことを先頭だって考えていることもなかった。もっと直ぐ、金銭になるような子も多かったのだろう。
そういう人間が、きちんと自分の生活を管理し系統だって積み上げていくには、難しさもあるのだろう。だが、彼女はきちんと出来そうな人間だった。それでも、生活費を切り詰める関係上、ぼくの家に住むことになった。もともと、二人で住んでいたので、その部屋は一人ではかなり広かった。地方にいる彼女の両親も変わった人で、都会で女性が一人で住むより、あるきちんとした人間と生活した方が安全であると感じていたみたいだ。そもそも、自分を露出することより、早く結婚でもしてしまえば良いということも、電話で話したときなどに感じている、と彼女は言った。そうはいっても、ぼくは、彼女の人生の過程にあらわれる流れ星の一つぐらいだと、自分を評価していた。
学生である時代も終わりを告げそうになっている。もともとの友人であったB君から、ある日電話があった。
「お前も、仕事決まったの?」という内容だった。
ぼくは、いつもの用意している答えを言うのみだ。「お世話になった人がいて、その人が探してくれた会社に入ることになった」と。当然のようにB君は、
「オレも知っているような会社なのか?」と言った。彼は、ある証券会社に内定が決まっていた。数字にそう強そうもない人間が、そういう場所を与えられ成果を上げられるのか、ちらっと心配もしたが、彼ならばどこにいてもなんとか渡ってもいくだろう。ぼくは、自分の状況をいくらか説明し、たまみは、もう田舎に帰って就職したことと、新しい子がいるということも語った。
「たまみちゃんは、オレのことを嫌っていたみたいだけど、明日香という子は、どうなるかな」
と、もう会う予定があるように言った。「たまみは、そんな風には思っていなかったんじゃないかな」と、真実ではないことも言わなければならない必要を感じた。
その後、すこしA君の近況を語り合い、電話は終わった。A君の誠実さとは別に、この地上での幸運を取り逃す予兆のようなものも芽生えていた。またもや、会社は傾き、別のところに移っていた。儲からない会社がつぶれるのは仕方のないことだし、そこに人間性の良さや悪さが判断のすべてではないかもしれないが、彼の生活を思いのほか心配する自分が、はっきりといた。
ぼくは、まだ学生であったが、生活に困らない生活を送れていた。新しい職場に自分が入った時に、この自由のある生活がそのまま継続されるとも思ってはいないが、多少の苦労ぐらいなら背負い込む姿勢は出来ていた。
料理や家庭的なことには無頓着であったたまみと3年も過ごしていたので、そういうことも求めることは知らなかったが、バイトなどから遅くに帰ってくると、明日香がいる家の中は暖かみと、それに似通った料理のにおいなどもよくした。
「もっと、自分が成長するように時間をとっていいよ」
と、ぼくは何度も言った。自分の限界まで成長するという考えが、そのころのぼくには強迫観念のようにあった。なので、どの人間も犠牲などなしに、そのように振舞ってほしいという考えも同時にあった。彼女はいつも、
「大したことなどしてないよ」と言った。
満腹になった身体で、ぼくは眠さに抵抗しながら、いくつかの文章を書いていた。しかし、幸福な人間の考えることは、とてものどかで精彩の欠けたものになった。
たまみの存在の代役は決まったのだった。個人として不足のない生活を送っていたが、そこに明日香という名前の子が、当然のように出現し埋まった。もちろん、個性のある存在なので、自分の方法論も変わっていく。契約関係というような重い内容でもないが、しかし確かなる約束もそこにはあった。
もちろん、嬉しいことがたくさんあった。
彼女は仕事がたくさんある訳でもなかった。時間に調整のきくバイトもしていた。だが、彼女の所属をしていた会社は、彼女のことを先頭だって考えていることもなかった。もっと直ぐ、金銭になるような子も多かったのだろう。
そういう人間が、きちんと自分の生活を管理し系統だって積み上げていくには、難しさもあるのだろう。だが、彼女はきちんと出来そうな人間だった。それでも、生活費を切り詰める関係上、ぼくの家に住むことになった。もともと、二人で住んでいたので、その部屋は一人ではかなり広かった。地方にいる彼女の両親も変わった人で、都会で女性が一人で住むより、あるきちんとした人間と生活した方が安全であると感じていたみたいだ。そもそも、自分を露出することより、早く結婚でもしてしまえば良いということも、電話で話したときなどに感じている、と彼女は言った。そうはいっても、ぼくは、彼女の人生の過程にあらわれる流れ星の一つぐらいだと、自分を評価していた。
学生である時代も終わりを告げそうになっている。もともとの友人であったB君から、ある日電話があった。
「お前も、仕事決まったの?」という内容だった。
ぼくは、いつもの用意している答えを言うのみだ。「お世話になった人がいて、その人が探してくれた会社に入ることになった」と。当然のようにB君は、
「オレも知っているような会社なのか?」と言った。彼は、ある証券会社に内定が決まっていた。数字にそう強そうもない人間が、そういう場所を与えられ成果を上げられるのか、ちらっと心配もしたが、彼ならばどこにいてもなんとか渡ってもいくだろう。ぼくは、自分の状況をいくらか説明し、たまみは、もう田舎に帰って就職したことと、新しい子がいるということも語った。
「たまみちゃんは、オレのことを嫌っていたみたいだけど、明日香という子は、どうなるかな」
と、もう会う予定があるように言った。「たまみは、そんな風には思っていなかったんじゃないかな」と、真実ではないことも言わなければならない必要を感じた。
その後、すこしA君の近況を語り合い、電話は終わった。A君の誠実さとは別に、この地上での幸運を取り逃す予兆のようなものも芽生えていた。またもや、会社は傾き、別のところに移っていた。儲からない会社がつぶれるのは仕方のないことだし、そこに人間性の良さや悪さが判断のすべてではないかもしれないが、彼の生活を思いのほか心配する自分が、はっきりといた。
ぼくは、まだ学生であったが、生活に困らない生活を送れていた。新しい職場に自分が入った時に、この自由のある生活がそのまま継続されるとも思ってはいないが、多少の苦労ぐらいなら背負い込む姿勢は出来ていた。
料理や家庭的なことには無頓着であったたまみと3年も過ごしていたので、そういうことも求めることは知らなかったが、バイトなどから遅くに帰ってくると、明日香がいる家の中は暖かみと、それに似通った料理のにおいなどもよくした。
「もっと、自分が成長するように時間をとっていいよ」
と、ぼくは何度も言った。自分の限界まで成長するという考えが、そのころのぼくには強迫観念のようにあった。なので、どの人間も犠牲などなしに、そのように振舞ってほしいという考えも同時にあった。彼女はいつも、
「大したことなどしてないよ」と言った。
満腹になった身体で、ぼくは眠さに抵抗しながら、いくつかの文章を書いていた。しかし、幸福な人間の考えることは、とてものどかで精彩の欠けたものになった。