爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
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問題の在処(21)

2009年02月22日 | 問題の在処
問題の在処(21)

 たまみの存在の代役は決まったのだった。個人として不足のない生活を送っていたが、そこに明日香という名前の子が、当然のように出現し埋まった。もちろん、個性のある存在なので、自分の方法論も変わっていく。契約関係というような重い内容でもないが、しかし確かなる約束もそこにはあった。

 もちろん、嬉しいことがたくさんあった。

 彼女は仕事がたくさんある訳でもなかった。時間に調整のきくバイトもしていた。だが、彼女の所属をしていた会社は、彼女のことを先頭だって考えていることもなかった。もっと直ぐ、金銭になるような子も多かったのだろう。

 そういう人間が、きちんと自分の生活を管理し系統だって積み上げていくには、難しさもあるのだろう。だが、彼女はきちんと出来そうな人間だった。それでも、生活費を切り詰める関係上、ぼくの家に住むことになった。もともと、二人で住んでいたので、その部屋は一人ではかなり広かった。地方にいる彼女の両親も変わった人で、都会で女性が一人で住むより、あるきちんとした人間と生活した方が安全であると感じていたみたいだ。そもそも、自分を露出することより、早く結婚でもしてしまえば良いということも、電話で話したときなどに感じている、と彼女は言った。そうはいっても、ぼくは、彼女の人生の過程にあらわれる流れ星の一つぐらいだと、自分を評価していた。

 学生である時代も終わりを告げそうになっている。もともとの友人であったB君から、ある日電話があった。

「お前も、仕事決まったの?」という内容だった。

ぼくは、いつもの用意している答えを言うのみだ。「お世話になった人がいて、その人が探してくれた会社に入ることになった」と。当然のようにB君は、
「オレも知っているような会社なのか?」と言った。彼は、ある証券会社に内定が決まっていた。数字にそう強そうもない人間が、そういう場所を与えられ成果を上げられるのか、ちらっと心配もしたが、彼ならばどこにいてもなんとか渡ってもいくだろう。ぼくは、自分の状況をいくらか説明し、たまみは、もう田舎に帰って就職したことと、新しい子がいるということも語った。

「たまみちゃんは、オレのことを嫌っていたみたいだけど、明日香という子は、どうなるかな」
 と、もう会う予定があるように言った。「たまみは、そんな風には思っていなかったんじゃないかな」と、真実ではないことも言わなければならない必要を感じた。

 その後、すこしA君の近況を語り合い、電話は終わった。A君の誠実さとは別に、この地上での幸運を取り逃す予兆のようなものも芽生えていた。またもや、会社は傾き、別のところに移っていた。儲からない会社がつぶれるのは仕方のないことだし、そこに人間性の良さや悪さが判断のすべてではないかもしれないが、彼の生活を思いのほか心配する自分が、はっきりといた。

 ぼくは、まだ学生であったが、生活に困らない生活を送れていた。新しい職場に自分が入った時に、この自由のある生活がそのまま継続されるとも思ってはいないが、多少の苦労ぐらいなら背負い込む姿勢は出来ていた。

 料理や家庭的なことには無頓着であったたまみと3年も過ごしていたので、そういうことも求めることは知らなかったが、バイトなどから遅くに帰ってくると、明日香がいる家の中は暖かみと、それに似通った料理のにおいなどもよくした。

「もっと、自分が成長するように時間をとっていいよ」

 と、ぼくは何度も言った。自分の限界まで成長するという考えが、そのころのぼくには強迫観念のようにあった。なので、どの人間も犠牲などなしに、そのように振舞ってほしいという考えも同時にあった。彼女はいつも、
「大したことなどしてないよ」と言った。

 満腹になった身体で、ぼくは眠さに抵抗しながら、いくつかの文章を書いていた。しかし、幸福な人間の考えることは、とてものどかで精彩の欠けたものになった。
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問題の在処(20)

2009年02月15日 | 問題の在処
問題の在処(20)

 ぼくの財布の中には、先ほどの原稿料が入っていた。目の前には、ぼくの頭の中でこしらえた女性の姿の原型を、この地上で表してくれるであろう女優の卵がいた。

 二人とも多少の時間があった。ぼくは、夜にはまだ飲食店で働いており、それでもその時間にも早い時間だった。彼女も、話していると東京に出てきたばかりであまり友人が居ないらしく、当然の帰結として話し相手を求めていた。ぼくも、会話が好きなたまみの抜けた穴を誰かで埋める必要も感じていた。

 それで、ある喫茶店に入った。

 彼女の生い立ちのいくつかをきき、ぼくは人の生活を文章にして、今後も生計をたてるのだろうか、とぼんやりと考え始めた矢先でもあったので、熱心に聞いていた。

「それで、どんなお仕事をしているのですか?」
 と、彼女は自分のことを話し終え、儀礼として突然に思い立ったのだろうか、ぼくに尋ねた。

「ぼくは、まだ大学生ですよ」と本当のことを言った。その合間に夜はバイトをして、中途半端な筋書きを書いては、それを売っているとも言った。しかし、ある女性の伝記がぼくのいままでの最大の仕事とだけは言わない約束になっていた。
「将来の進みたい道は?」

「ある出版社に行くことに大体、決まっています。有名人の私生活を覗くような威張れる仕事じゃないと思うけど、なんかの足がかりにはなると思って・・・」と答えた。本当にそれを望んでいたかはともかくとして、そう口から出た瞬間に、ある種の預言のようにも自分には感じた。

 二人で店を出た。歩いていると自然にぼくのバイトをしている店の前になっていた。

「ここで夜中までバイトしているんです」
 開いていない扉を指差し、ぼくは彼女に告げた。なまえは明日香と彼女は教えてくれた。

「こんど、来ても良いですか?」と、彼女は、にこやかに言った。
「当然、歓迎します。」と念のため、定休日を知らせ、そのままそこで別れた。
 3年間、まじめに働いていたので、給料もそこそこ上がり、居心地も良かった。その当時の年齢として、適度な肉体的な疲労もあり、精神的にはまったくの充足とまではいかないが、やりがいもあって好きだった。

 明日香は、何日か経って店に来た。この前の仕事が決まり、そのことをぼくに告げたかった、と言った。その店はきれいな女性が、きれいに見られるように設計されていた。そのために店長は、投資をしていて間もなく回収も終えようとしていた。

 彼女は、ぼくが店をあとにするまで待ってくれた。喜びを共有してくれる人を求めていたのだろう、と過大な評価を自分に与えるのを拒否するかのようにぼくは彼女に接した。

 しかし、彼女はぼくの家まで着いてくることになっていた。ぼくの家は、もともとはたまみが借りていたものなので、家具もどこかに女性が選んだ形跡が残っていた。彼女は、そのことを目ざとく感じ、

「誰かと暮らしていたんですね」と質問のような口調ではなく、かといって同意をしてもらいたい素振りも見せずにいった。

「そうだったんだ。隠しても仕方ないけど、大学の一年先輩の人から譲り受けたものが多くて」と返答した。

 そこでキッチンに移動し、バイト先から貰ったコーヒーを丁寧にいれた。
 彼女は猫舌であるらしく、ゆっくりと飲んだ。きれいな女性のゴールは東京なのだろうかと、感慨をもちながらぼくはその横顔や華奢な指を眺めた。

 深夜になり、彼女が今度、出るドラマの何回か前のものが放送された。彼女は熱心に見ていた。その回も、それはぼくが原型を書いたものだった。たまみとの出会いをモチーフに、大学生の淡い恋らしきものが表現されている内容だった。なかなかだし、悪くない出来だった。彼女は、それを見て泣いていた。
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問題の在処(19)

2009年02月11日 | 問題の在処
問題の在処(19)

 幸太が仲良くしてもらっている友達が、父の転勤で引っ越すそうだ。そのことで、転勤という理由も分からない彼は、とても悲しんでいた。その悲しみを軽減する術も分からずにいた。妻は、
「お手紙を書いて、返事をもらって今まで通り、交際しましょうね」と、言った。実現するかは、自分にも分らないが、そうなってくれれば良いという期待だけはもった。

 たまみと同棲していたが、彼女はぼくより一学年上でもあったので、先に卒業した。地元に就職先を決め、二人で住んでいた家も、ぼくの名義に知らない間に変え、ぼくはあと一年住み続けることが出来るようになった。

 最後の日に感傷的なものは、ふたりともなかったように思う。

「また、ちょくちょく来るね」という言葉もなければ、はっきりとした別れの言葉のやりとりも、そこにはなかった。ただ、朝にあった収集されるべきゴミが、気づくといつの間にか消えていたように、二人の関係もそこで終わった。彼女が、ぼくに残したものはいったい何だったのだろうか、とも考えた。ぼくの書いたものは、狭いながらも公にされ、それでいくらかの収入が保てていた。大学生として、生活する分には充分すぎるほどにあった。そこで、自分でなにかを始めるとしたら、それはとても少ない額だった。

 彼女には、不思議なルートがあり、ぼくの書いたものは、どうでもいいドラマになったりした。深夜の低俗なコマーシャルにまぎれた20分ほどの、誰のこころにも残らないものとして化けた。相手として、どんな存在がいたのかは知らないが、最近、たまみが持ってこないと電話がかかってきた。それから、ぼくは、不満の残るような代物を手に、あるビルに向かった。

「君が本人だったのか?」
 と、風采のあがらない男性が、ぼくに声をかけた。彼がぼくの書いたものを作りかえ、その代金の一部がたまみの手に入るらしかった。そこから、たまみは自分の労働に見合うお金を減らしていることもなかったらしい。それは、ぼくが手にした金額からも想像ができた。

「ついでだから、これをある所に持って行ってよ」彼は、またぼくにこの関係の継続を求めてきた。ぼくは、ある伝記でかなりの額のお金を手にしていたので、回数は減ってしまうでしょうと答えていた。「それは、困るな。考え直してよ」というのが彼の答えだった。自らのアイデアが枯渇してしまい、人の原案に化粧を施すような形で彼は生命を維持している人のようだった。ぼくは、自分もそうなることはないだろう、と無邪気に考え、直ぐには返事もしなかった。その返事のないことにも無頓着で、荷物を渡し、ある簡単な地図も手渡された。

 ぼくは、受取り扉を閉めようとした。彼の様子をうかがうと、ぼくの書いたものを封筒から出し、熱心な目つきにかわって、読み進めようとした。それには期待が籠められていた。ぼくの、最初の読者は彼だったのか、と不思議な気持ちになった。彼は、最初はたまみに興味があって始めたはずだが、いまは、ぼくのことも少しは認めていたのだろう。

 ぼくは、そのまま渡された地図の場所に向かって、歩いていた。ぼくの家とちょうど、真ん中ぐらいに位置していた。

 そこは、テレビ関係者が働く会社のようだった。次の深夜に放映される台本を彼らは待っていて、ぼくの数ヶ月前に書いたものが変身されていた。そこには、女優の卵みたいな子が面接を受けていた。ぼくは、それが終わるのを待たされ、面接している方に、台本を手渡した。

「彼は、仕事が遅くて困るな」とぼくをアシスタントとでも思ったのだろうか、吐き捨てるようにものを言った。

 面接された子と、一緒に部屋をでた。自分の魅力は、完全に理解している、という態度がその子にはあった。緊張感から解き放たれ、彼女はぼくに声をかけた。
「なんか書いている人なんですか? 凄いな」と溜め息に似たものが出た。ぼくは、その横顔を眺めた。

 幸太は、手紙を書いている。言葉のいくつかが、誰かに伝わることになっている。それは、受け手によってはダイレクトにも伝わるし、誤解も介入されるようになっている。もちろん、当人は知らないだろうが。
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