はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

凍結

2006-12-07 13:59:59 | 出来事
その日は仕事で早出しなければいけなかった。いつもより起床時間を30分早めた午前4時半。事件は起きた。

その日は寒い日だった。早朝であることを差し引いても、いつもより一際震えるような気温だった。部屋からダイニングに出ると、素足が床に凍って張り付きそうになった。
生理現象、空腹、眠気、鳥肌。やらなければならないことと耐えなければならないことが山ほどあった。その中から選んだのが、風呂にお湯をためるという行為だった。バスタブに栓をし、蛇口をひねる。得られる代価のことを考えれば……なにより時間効率的にもっともよい。
風呂の戸を開けると、窓から寒風が吹き込んでいた。そういえば、昨晩眠気のあまり閉めるのを忘れていたのだった。後悔の念に襲われながら窓を閉め、蛇口をひねると、「シュルル」と遠くで何かがうねるような音が聞こえた。それは小さく、注意していなければ聞き逃してしまいそうなほどに微かな音で、でも、事の重大さを告げるに十分なものだった。
音が止むのと同時に風呂を飛び出し、洗面所の蛇口をひねった。台所の蛇口をひねった。トイレの給水タンクには昨日の名残の水が残っていて、わずかながら安堵した。
ポットに残っていたお湯と、冷蔵庫にあったペットボトルの水。ガスコンロとヒーター。出社までのわすかな時間に、やれるだけのことをやらねばならない。腕組みし、僕は考えた。僕と入れ違いに会社から帰宅してくる二人。その失望を想像した。
火をともしたガスコンロに薬缶をかけ、ペットボトルの水を注いだ。タオルを蛇口と、蛇口につながる管に巻く。ポットのお湯を洗面器に開け、ぬるまるのを待った。慌ててはいけない。凍結した水に熱湯をかければ化学変化で管が破裂する。それだけは避けねばならない。
万一に備えて二人のために書置きを残した。この事態への対処。間に合わなかったときの事を詫びた。
お湯の温度が下がると、それをゆっくりと管にかけた。タオルに染み込んだ温かいものが、じわじわと氷を溶かしていく。薬缶からの湯も同様にした。電気ヒーターを近づけ、最大温度で熱した。
時間切れが迫っていた。出社まで間もない6時ジャスト。着替えと準備を済ませてから蛇口をひねった。
「シュルルルル」長い音だった。はっきりと、力強いうねりの感触を手に感じた。遠くから、何かが迫ってくる。命の源。希望の象徴。努力が満たされていく感覚。

達成感を噛み締めながら僕は寮を出た。
出社し、多少得意げに、同僚のW氏に事の顛末を話して聞かせた。
冷め切った口調で彼はいった。
「今朝、あのへん6時まで断水でしょ」

最新の画像もっと見る

コメントを投稿