所在地 広兼邸 岡山県高梁市成羽町中野2710
享和、文化の頃(1800年ごろ)小泉銅山とローハ(硫酸鉄)の製造を営み、巨大な富を築いた大野呂の庄屋・広兼氏の邸宅です。江戸末期に建てられた、楼門づくりで城郭にも劣らない堂々たる石垣は、今もそのままに当時の富豪ぶりをたたえています。
坂道になった門前に見覚えのあるかな~。『八つ墓村』では、田治見家の跡取りであることを知らされた主人公を出迎えるシーンがここで撮影されたようです。
正門に当たる楼門。二層からなる構造で、二階部分には不寝番部屋と呼ばれる見張り部屋まで設けられていました。見張り役が人の出入りを常に監視していたとは、家屋というよりも城塞のイメージが、
広兼邸は歴史的な建造物として、桜門をくぐると、ここで入館料を¥400を払い入ります。見所は多くあります。水琴窟がある落ち着いた庭や、使用人部屋、土蔵、不寝番部屋など、まさにお城の縮小版といったところです。
こちらの方の部屋は、畳が引かれ家族・ご主人・お客様の部屋が続くのかな?。畳が新しいので趣がちょっと違うようで、畳は古い方が感じが出るのにね~。
家族・使用人など多くの人が出入りするので土間に台所が広いです。
台所の奥は調理場で昔は、規模は小さいけれど裕福な家庭は間取りの配置はこのようなものでしょうか?。
庭から見ると高いところに「広兼邸」が、もとは高さ30mもの石垣をめぐらせた大豪邸で要塞のようです。
次回をお楽しみに では またね