壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

奇特

2010年04月03日 23時25分31秒 | Weblog
          桜
        桜狩り奇特や日々に五里六里     芭 蕉

 桜にひかれて遠い道を歩きまわっている自分の姿を、ある時ふとかえりみて、自ら求めてのことではあるが、我ながらご苦労なことだと興じているのである。「奇特や」にやや苦笑を交えながら興じている姿が思いうかべられる。
 『笈の小文』にのみ見える句で、貞享五年の作。
 「奇特」は、「キトク」と読むが、古くは濁音で「キドク」と読んだ。したがって、掲句の場合は「キドク」と読む。この上もなく珍しいこと、非常にすぐれていること、不思議なしるしの意。ここでは、日に五里、六里と花を尋ねて歩く自分の行動をかえりみて、ご苦労なことだと興じて笑う気持ちである。
 「桜狩り」が季語で春。

    「自分はこうして桜を求めて、日々に五里も六里も歩きまわっているが、さても我ながら
     奇特なことだわい」


 荒川区・尾久の原公園で「シダレザクラ祭り」が行なわれ、観光ボランティアガイドとして手伝った。植えられて間もない枝垂桜は、満開の状態であっても、日光の手前である。

 桜の種類はいくつあるか知らないが、山桜がもっとも美しいと思う。自生しているものでは山桜が一番多いということだ。公園や校庭にけんらんと咲き満ちているのはソメイヨシノで、東京・染井の植木屋に幕末に出て、全国に広まったものだが、ルーツ不詳。雑種なので実生(みしょう)ができない。
 桜餅の葉っぱにするのは、香りの高い大島桜、八重系のものでは、紅味(あかみ)の強い南殿(なでん)・黄色いうこん桜・御衣黄(ぎょいこう)・めしべが二本で、象牙のような緑の葉に変わった普賢象(ふげんぞう)などが、わかりやすい品種であろう。

      川ふたつめぐりてしだれ桜かな     季 己