平塚にあるキリスト教会 平塚バプテスト教会 

神奈川県平塚市にあるプロテスタントのキリスト教会です。牧師によるキリスト教や湘南地域情報、世相のつれづれ日記です。

十字架の恵みを知れ

2013-11-25 15:52:00 | 説教要旨

(先週の説教要旨) 2013年11月24日 主日礼拝宣教 杉野省治牧師

 「十字架の恵みを知れ」 レビ記16章3-5節、20-22節

 主はモーセに告げて、祭司アロンが聖所に入る時にしなければならないことを次のように示された。すなわち、雄の子牛を贖罪の献げ物ために取り、雄羊を焼き尽くす献げ物のために取り、そして、聖なる亜麻布の長い服を着、亜麻布のズボンをその身にまとい、亜麻布の飾り帯をしめ、亜麻布のターバンをかぶらなければならない。これらは聖なる衣服である。彼は水に身をすすいで、これを着なければならない。

 旧約の時代において聖所に入るにはなんと厄介なことであろう。新約の時代に生きる私たちには異様にさえ思われるほどである。しかし、新約の時代とはいえ、神の御前に出るのに聖なる装いが必要でなくなったわけではない。神の要求が昔のように厳しくなくなったわけではない。

 しかし、ゼカリヤ書の3章1節~5節に次のような御言葉がある。「主は、主の御使いの前に立つ大祭司ヨシュアと、その右に立って彼を訴えようとしているサタンをわたしに示された。主の御使いはサタンに言った。『サタンよ、主はお前を責められる。エルサレムを選ばれた主はお前を責められる。ここにあるのは火の中から取り出された燃えさしではないか。』ヨシュアは汚れた衣を着て、御使いの前に立っていた。御使いは自分に仕えている者たちに向かって言った。『彼の汚れた衣を脱がせてやりなさい。』また、御使いはヨシュアに言った。『わたしはお前の罪を取り去った。晴れ着を着せてもらいなさい。』また、御使いは言った。『この人の頭に清いかぶり物をかぶせなさい。』彼らはヨシュアの頭に清いかぶり物をかぶせ、晴れ着を着せた。主の御使いは立ち続けていた。」

 大祭司ヨシュアの衣が汚れていたように、私の衣も汚れている。私は自分を見つめるとき、その罪とけがれのゆえに、神の御前に立つを得ない自分を悲しむよりほかない。しかし、そんな私のために清き祭服を用意し、清い帽子をかぶせてくださる方がおられるゆえに、私は今日御前に立つことを許されている。私の誇りは、ただこの贖い主のあることを知り立ち上がることができたことである。

 ヘブライ人への手紙に「大胆に恵みの座に近づこうではありませんか」(4:16)と勧めているが、私たちはこの恩寵のために、主イエス・キリストの尊い贖いのあったことを忘れてはならない。旧約のあの煩雑な規定を読むたびに、「規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました」(エフェソ2:15)と言われた主を仰ぐことを忘れてはならない。この方のゆえに私たちは今あるを得ているのである。
 
 イスラエルの民は、毎年第7月の10日を贖罪の日として守っていた(レビ記23:27)。この日は大祭司と祭司たちのため、また全国民の罪のために犠牲を捧げることになっていた。アロンは最初の大祭司だったが、彼はまた金の子牛を造るほどの罪の人であり(出エジプト32:4)、まず彼自身罪の贖いのために犠牲を捧げねばならなかった(32:6)。ついで彼は全国民のために雄山羊二頭を用意し、一頭は贖いの献げ物とし、もう一頭には民のすべての罪を負わせて荒れ野の魔神アザゼルもとに追いやることになっていた。レビ記16章はこの箇所も含めて、罪が贖われるとはいかに凄まじい出来事であるかを教えている。私たちにとって、キリストは贖いの献げ物であり、アザゼルの雄羊である(ヘブライ10:10以下)。「キリストの十字架の死によって私の罪は赦された」と告白する時には、これほどまでに凄まじい犠牲がすべての人のために捧げられていることを銘記すべきである。

原発被災地視察ツアー報告② 

2013-11-25 15:15:46 | 牧師室だより

牧師室だより 2013年11月24日 原発被災地視察ツアー報告② Y・K姉

 さて、いよいよ、福島第一原発20キロ圏内(避難指示解除準備地区)に入る。その途中で、昨年再開した相馬馬追の祭技場を案内していただいた。大変勇壮な行事で、ぜひ見物に来てくださいとお誘いがあった。7月下旬とのこと。

 避難指示解除準備地区にある小高駅前商店街の商店だったSさん宅を見せていただく。現在は昼間は出入りできるが、泊まることはできない。電気のみ使用できるが水道は止まったままでトイレは使用できない。辺りはまさにゴーストタウン。ネズミとイノブタの異常繁殖。老後にと改築して一年で被災されたSさんご夫婦。2~3日で帰れると着の身着のまま避難した時の状態で、時さえも止まったかの様子。

 すぐ近くにある娘さんの新しい家、福島第一聖書バプテスト教会の小高チャペル(Wさんが賛美歌に引かれて最初に行った教会)、さらに津波被害のあった海岸周辺の惨状を見ながら小高区役所へ。

 車中からの農村風景は、瓦礫は片付けられていて一見のどかではあるが、幾台もの車が鉄の塊となって転がり、二階建ての家の一階は柱だけ、地震で壊れた家、作物が何も植えられていない田畑、真新しい家もカーテンが閉められ人影はない。「地震、津波、原発」の三重被災であることを知った。

 小高区役所ではSさんから紹介された佐藤さん(南相馬市社会福祉協議会災害復旧復興ボランテイアセンター長)に活動状況を説明していただき、ご苦労を通じて学ばれた多くのことを教えていただきました。多くの人々の苦悩と忍耐と悲しみが2年半にも及んでいる現在。しかし、被災地が何も変わっていない……としか思えないような現状なのです。この状態がいつまで続くのか本当の苦しみはこれからかもしれない。でも、いただいた資料に「復興」は地元住民の手で!!と大きく赤い字で書かれています。復興を祈りながら、また訪ねて行きたいと思います。

人生の断絶を埋める十字架

2013-11-20 07:58:34 | 説教要旨

(先週の説教要旨) 2013年11月17日 主日礼拝宣教 杉野省治牧師

 「人生の断絶を埋める十字架」 ヨブ記1章13-22節
 
 ヨブ記の1章13節以下は、ヨブのもとに悲報が届くという内容。悲報は突然であり、しかもその日一日のうちに、4回立て続けに届いたというのである。この内容を通してヨブ記のテーマが鮮やかに示される。正しい人がなぜ苦しまなければならないのか、という疑問。ヨブは神を畏れる「無垢な人」であった。しかし、ヨブは財産、使用人、愛する子どもたちを失う。聖書は、「このような時にも、ヨブは神を非難することなく、罪を犯さなかった」(1:22)と伝える。ヨブは試練の中で神を信じようとしている。
 
 そのヨブの信仰を言い表した、「主は与え、主は奪う」という一行と「主の御名はほめたたえられよ」という一行、この二行の行間に「無限の断絶」があると言われた旧約聖書の神学者がおられる。「ヨブに託して語ったヨブ記詩人の呻き、言葉にならない無限の断絶に気づかされた」と書かれている。
 
 ヨブ記はこの後、3章から詩の部分になり、そこでヨブの嘆き、呻き、神への問いかけなどが記されている。友人たちのたしなめの声や忠告も彼の耳には入らない。そして38章になって全能の神が創造の主であることに直面する。そして神が神であるという厳粛な事実に打たれて、神に対して「あなたは全能の神」(42:2)、つまり、「すべてをなし得る方」と告白する。ヨブが告白する神は契約の神であり、私たちを選び、知ってくださり、そして憐れんでくださる神である。
 
 ヨブが直面し告白した創造の神は、新約聖書では、救済の神であることをイエス・キリストを通して伝える。「主は奪う」という経験を言えば、誰よりも父なる神から奪われたのは、主イエスご自身である。主イエスは十字架においてすべてを失った。この世の人はもちろん、弟子たちも皆主を捨て、さらに主イエスは「神から捨てられた」(マタイ27:46)。それは喪失の極みに身を置いたということである。しかし主イエスはその最中も父なる神への純粋な信頼と服従を貫かれた。
 
 私たちの人生にあの行間の断絶があるとしても、つまり「大切なものが奪われ失われる経験」と「主の御名はほめたたえられよという信仰」を生きることとの間に越え難い断絶があるとしても、主イエスの十字架による身代わり、主による贖罪によって埋められていない断絶はない。人生の現実が神への信仰をどんなに生きにくくしようとも、どんなに越え難い断絶があっても、すべての溝は主イエスの十字架と復活の間に収まる。主イエスによって支えられて越えられない溝はない。
 
 主イエスが「主の祈り」を教えられたとき、真っ先に「主の御名が崇められるように」と祈ることを教えられた。どんな時にも無条件で「主の御名が崇められるように」と祈る、それはヨブの純粋な信仰の表現と同じである。主イエス・キリストがいて下さり、主の十字架による救いがあるから、「主の御名が崇められるように」と祈ることができる。
 
 「主は与え、主は奪う」、その私たちの人生の経験の中に、十字架の主イエスご自身がいてくださる。そして「主の御名は崇められよ」と言い表わす純粋な信仰へと導き、支えてくださる。私たちの信仰生活、この世の現実を生きる信仰生活のどんな行間の裂け目も主イエスが共にいて下さり、その溝を埋めてくださる。それ故に、主の御名はほむべきかな。

放射能測定器

2013-11-19 10:26:02 | 風景
放射能測定器 住民が持たされている。
0.18マイクロシーベルト。
家があるのに戻れない、もう故郷には住めない。
原発被災地の怒りと悲しみ、あきらめ、くじける気持ち……
でも、前へ進まなければ……複雑な心境……
忘れないで、と言われた。

原発被災地視察ツアー報告①  Y・K姉

2013-11-18 16:13:05 | 牧師室だより

牧師室だより 2013年11月17日 原発被災地視察ツアー報告① Y・K姉

 2013年11月4日(月)~5日(火)、杉野牧師と会員4名で、福島第一原発被災地視察ツアーに出かけました。4日朝8時平塚駅集合。東北新幹線で福島駅へ。駅前でレンタカーを借りて宿泊先の相馬市松川浦へ。途中、Wさんに紹介された福島飯坂IC近くの果樹園に寄り、園主のOさんご家族のご好意で、りんご狩りを楽しみました。大変おいしいリンゴをたくさんいただきました。

 宿泊した「岬荘」(Wさんの紹介)は相馬市の松川浦に面した小高い所にあり、建物は津波被害を免れました。2年前、Wさんから見せていただいた、「岬荘」の2階から撮影された津波来襲時の映像が思い出されました。港は灯台をはじめ造船所、市場、加工場、旅館、土産物屋等々多くのものが25mもの津波に飲まれました。松川浦は防波堤のように遠くに見える海岸線の松林や中洲の小島は県指定の名勝で、大勢のお客でにぎわった観光地であり、日本有数の水揚げ高を誇る漁港でもありました。今はその面影は失われ、静かな海辺となっていました。毎日ゴミの片付けをしているおじさんに出会い、しばらくの間、被災当時の話をしてくれました。「手弁当で来てくれたボランテイアさん方は本当に有難かった。こうして遠くから見に来てくれるだけでも嬉しい」と言っていただいた。

 5日、目醒めてまもなく、朝焼けの雲間に赤々と昇る太陽の光の中で朝の祈りをした。朝食後、W姉実弟のSさんご夫妻と道の駅で待ち合わせて、南相馬市鹿島区、原町区の仮設住宅4箇所を巡って案内していただく。どの地区でも戸が閉まってカーテンが引かれ、人影はほとんど見えない。一人だと4畳半一間の仮設。Sさんの奥さんに「若い人は生計を立てるため出て行ったから、高齢者が多い。白いカーテン越しにこっちを見ているから長くは居られない」と教えていただいた。買い物、通院など、車がないとどこにも出かけられない。先の見えない原発被災の避難生活を思うと心が痛みます。(次週に続く)

主イエスのいのちを生きる

2013-11-14 11:19:22 | 説教要旨

(先週の説教要旨) 2013年11月10日 主日礼拝宣教 杉野省治牧師

「主イエスのいのちを生きる」 コリントの信徒への手紙Ⅱ5章16-21節

 救いとは何か?という問いよりも、救いを自分との関係で考えるような問いをしてみたい。そうするとその問いは、次のようになるのではないか。「神さまを信頼しない私たちがどのようにして救われるのだろうか」。その答えとしては、「神さまが、私たちに与えてくださった、御子イエス・キリストによって救われる」ということになる。ヨハネによる福音書3章16-17節を思い起こす。
 
 さらに、問うてみよう。先ほど「御子イエス・キリストによって救われる」と答えたが、「惨めな私たちが、救われるとはどのようなことだろうか」。さらに「私たちに与えてくださった、御子イエス・キリスト」と答えたが、「イエス・キリストを私たち与えてくださったとはどういうことだろうか」。
 
 私たちがどれほど神さまから遠く離れていても、あるいはアダムとエバのように、木の間にうまく身を隠していても、神さまは、ご自分の方から私たちに近づいて、私たちを見つけ出し、救ってくださる。だから、私たち救われた者は、神さまから見出された者、引き上げられた者、さらに言うならば選ばれた者ということができるだろう。あのモーセが赤ん坊の時、エジプトの王女から助け出された時、王女は彼をモーセと名付けた。なぜなら「水の中から私が引き上げた(マーシャー)のですから」(出エジプト2:10)とあるが、そのことである。
 
 神さまのこのような徹底した愛は、神さまが一番大切にしていた御子イエス・キリストを、私たちの世界にプレゼントとしてくださったことに最もよく表れている。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3:16)という御言葉にあるとおりである。
 
 神さまから遠く離れ、惨めな状態にある私たちが救われるのは、御子イエス・キリストが、私たちの罪に満ちた世界に来られたからである。そして、私たちは、イエスさまの誕生とご生涯、死と復活によって、神さまが私たちを本当に愛しておられることを知ることになり、神さまが惨めな状態から救い出し、神さまから遠く離れてしまった罪を赦してくださることを信じることができるようになった。神さまから罪を赦していただいた私たちは、神さまが与えてくださった和解のうちに生きることができる。
 
 神さまの愛を信じて救われるとは、私たちがもはや罪の奴隷にならず、死の恐れに支配されることなく、神さまの恵みの下で神さまの時を生きるということである。それは、神さまのまなざしの中に生きると言い換えることもできる。神さまのまなざしと恵みのうちに生きる人間は、喜びと感謝の生活を送る。神さまの時を生きる人間は、いつも信仰と希望に満ちている。
 
 しかし、惨めな人間が救いへと導かれた時、罪赦された感謝と神の憐れみに応える私たちの側の応答と責任が生まれる。私たちが救いへと選ばれ、再びイエスさまとしっかり手を握り合うことができたなら、私たちは新しく生まれ変わったも同然。なぜなら、神さまから離れ、背いていた私たちの罪が赦され、神さまと結ばれて、私たちは義とされ、イエスさまのいのちをいただくからである。さあ、ここでもう一度、今朝与えられた御言葉を読んでみよう。第2コリント5章16‐21節。