平塚にあるキリスト教会 平塚バプテスト教会 

神奈川県平塚市にあるプロテスタントのキリスト教会です。牧師によるキリスト教や湘南地域情報、世相のつれづれ日記です。

クリスマスのご案内

2018-12-14 15:02:43 | 教会案内

2018クリスマスのご案内

子どもクリスマス会
12月15日(土)10:30-12:00
親子でどうぞ!
紙芝居、工作、礼拝などなど。

クリスマス礼拝
12月23日(日)11:00-12:15
クリスマスのメッセージ
どなたでもOKです!

キャンドル礼拝
12月24日(月)19:30-20:30
クリスマス・イブの夜、ろうそくの明りの中で
聖歌隊の賛美とみんなで賛美を織り交ぜながら礼拝。
どなたでもOKです。

お待ちしています。

子育てサロン「こひつじひろば」

2018-05-31 16:21:30 | 教会案内

平塚市で
子育てサロン「こひつじひろば」始めました

「こひつじひろば」は0才~2才の赤ちゃん、未就学児のママが
のんびり過ごせるスペースです。
毎日子育てに頑張っているママたちに、
ホッとする時間、おしゃべりする場所を提供します。
ママ友を作ったり、情報交換したり、ボランティアさんとも仲良くなりましょう。

場所:平塚バプテスト教会 こひつじ館
日時:毎月第1,3木曜日 10:30-12:00

会費は無料、駐車場もあります。赤ちゃんの飲み物はご持参ください。

問合せ:平塚市豊原町4-5 平塚バプテスト教会 0463-33-2320
    メール:hiratsukabap@pro.odn.ne.jp

2018年6月7日、21日、7月5日、19日です。

平和集会 8月10日

2014-07-22 18:28:40 | 教会案内
神奈川バプテスト連合の「平和集会」のご案内

日時:8月10日(日)15時~17時
場所:藤沢バプテスト教会
講師:神田英輔先生
   (「声なき者の友:の輪代表、元日本国際飢餓対策機構総主事)
   世界80カ国で貧困な子どもたちの食料支援を長年された先生です。
   大変素晴らしい先生です。
   ぜひお出かけください。

特別伝道礼拝のご案内 8月10日

2014-07-22 18:21:41 | 教会案内
特別伝道礼拝のご案内

2014年8月10日(日)11時~12時15分
平塚バプテスト教会
講師:神田英輔先生
   (「声なき者の友」の輪・代表、元日本国際飢餓対策機構総主事)
   大変素晴らしい先生です。ぜひお出かけください。
   教会員以外、クリスチャンでない方もどうぞ来てください。
   入場無料(礼拝で自由献金あり)、駐車場有り

証し 「主、我を愛す」

2013-07-02 15:07:06 | 教会案内

2013年6月23日  証し  Y兄
 今日、私がイエス・キリストをどのようにして信じるようになったかをお話しさせていただきます。

 私は60歳の頃、体力の衰えを覚え、62歳で仕事を辞め、年金生活者となり、今に至っております。当初は好きな音楽を聞いたり、読書をしたり、時には旅行へと思い描いていた生活を送っていました。しかし、2~3年過ぎると、心の内に「スキマ」が出来、虚しいものが残るようになりました。

 そんな折、近所を散歩していると「ゴスペルを一緒に歌いませんか」というポスターがありました。その10年ほど前、私は仕事でアフリカのケニアに滞在していました。日曜日は最初はナショナル・パークに行き、動物を見ましたが、その後の日曜日は暇で、ドライバーに「どこか面白い所はないか?」と言うと、教会へ案内してくれました。

 現地の人があふれるほど多く集まっていました。牧師の歌うゴスペル(God Spel 神の言葉 福音)メッセージ。現地の言葉であり、意味は分かりませんが、迫力と聖歌隊とのハーモニーが素晴らしく、強い印象を持ちました。そのゴスペルが家の近くであるのだと思い、そのS教会のゴスペルに通うようになり、そして礼拝にも出席するようになりました。そしていつか心の内の空疎感がいつの間にか消え去りました。

 ある時、何人かの方が、私のために祈ってくださいました。それは孫娘が「おじいちゃん、タバコくさい」と言ったことを思い出し、「タバコをやめられますように」と願い、祈っていただきました。私は19歳の時から40数余年、タバコを吸い続け、多い時には1日に100本以上も吸うチェーンスモーカーでした。

 その翌朝から禁煙生活に入りました。1日目は別段苦痛も感じませんでした。2日目、道を歩いていると、前方の人がタバコを吸っているのを見た時から、胸が痛くなり、無性にタバコを吸いたくなり、ポケットを探ると、タバコとライターを取り出し、口にくわえようとした時、私は讃美歌を口ずさんでいました。それは「主、我を愛す」という曲でした。「我、弱くとも恐れはあらじ……」。この讃美歌を口ずさんでいたのです。そうすると今の今まで、「タバコを吸いたい」の気持ちが、どこかに霧散していました。その後、2度と「タバコを吸う」という気はなくなりました。こうやって禁煙が出来ました。

 なお、この「主、我を愛す」の讃美歌は、私の通っていた教会では歌うこともなく、今もってなんで歌えたのか、私は分かりません。神様が私に歌わせてくださったと思います。ヨハネの福音書15章に「あなたが選んだのではなく、わたしがあなたがたを選んだ……」とあります。神様は選んで下さり、愛と恵みを与えて下さいました。そして11年前にバプテスマを受けることが出来ました。

証し「暖かい光を感じ……」

2013-06-20 17:51:13 | 教会案内

2013年6月19日  伝道礼拝  証し   Iさん

 今日、この伝道礼拝でお証をさせていただくことができ、感謝いたします。今日は、私がイエス様を信じてバプテスマを受けた時のお話をしたいと思っています。

 私が教会で聖書のみ言葉に最初に触れたのは、小学生の時です。すでにクリスチャンでありました母に連れられて教会に行った時でした。何度か教会の小羊会に参加したりもしましたが、中学生になってからはすっかり教会には行かなくなっていました。ただ、その時に教えていただいたお祈りは、困った時には思い出したように祈るという、今思うと自分の都合で祈っていたのだと思います。

 そのような私が、20歳で結婚をし、娘が生まれて1歳の頃、住んでいた家を立ち退かなければならないことが起こり、それからは夫婦共稼ぎの生活をし、30歳の時、主人の夢でもあった小さなオートバイ店を友人と開業しました。資金はまったくなかったので、本当に狭い店でした。1年ほどで友人と経営方針が異なり、そこを離れ、昔からの知り合いのところの駐車場の一角で店を出させてもらいました。ただ1年後に立ち退きに会い、店を開けるところもない半年の間、収入が途絶えたりもしましたが、紹介で店舗兼住宅を借り、また一から商売をすることができ、仕事に励みました。

 はじめの何年かは定休日もなくて、朝から、時には日をまたぐこともしばしばでしたが、店を転々とすることなく、仕事も出来て安堵しておりました。8年後、2店舗目は借り物ではない自分の土地と店を持ちたいという思いがかない、店舗付き住宅を購入しました。しかし、1年たたずして主人が仕事先で倒れた際に、くも膜下出血で救急搬送され、しばらく仕事ができない状態になりました。その時は借りている店舗、購入したばかりの店舗とかなりの返済があり、娘の高校受験も重なり、4人の従業員をかかえ、これからどうしたらと、かなり精神的にも辛かったですが、半年ぐらいで、主人の状態はよくなりました。でも、なかには仕事をさせすぎだと私に言う方もいました。今までは主人と一緒に店の経営と従業員の面倒を見ること、娘の成長が私のすべてで、生きがいでもあったはずなのに、高校生になり、だんだん自分から離れていくように見える娘に寂しさを感じ、自分の時間がなく、店に縛られ、何を頑張っても評価されないような虚しさが加わり、友人も少なく、まして店から出ていく時間も限られ、このままこれから先ずっとこの状態が続くのかと考えているうちに、どんどん落ち込んでいってしまいました。
 
 そして夜眠れなくなり、でも昼間は仕事をしていくうちに、手が震えて事務ができなくなったり、経理一切を行っていたのに得意先に言われるまで誤りに気づかないミスをしたり、毎日作っていた娘のお弁当も作れず、心も体も弱り果てて、寝込んでしまいました。食事も食べる気がせず、このまま私は社会復帰ができないのではないか、とまで思いこんでしまった時、このような状況から私を助けてくださいと、起き上がることもないまま、祈っていました。いつもお願いばかりでごめんなさいと、心で謝りながらですが、今でもはっきり覚えているのです。どのくらい祈ったかは覚えていません。そんな時、何か暖かい光を感じ、体全体が包まれ、何か安心感で涙があふれ、「あっ、イエス様だ」と思える時間がありました。私は今まで霊的なことを感じたことは一切なかったのですが、その時のことは今でも覚えています。
 
 その後、体調の悪い私を気遣って、主人が気分転換にと外に誘い出してくれた時、賛美歌のCDに目が留まり、毎晩賛美歌を聴きながら、涙したこともありました。そんな時、ポストに手紙を取りに行き、この教会からのクリスチャン新聞を見つけ、「教会はあなたのお越しをお待ちしています」の言葉に神様の導きをはっきりと感じ、主人に日曜日に教会に行かせてほしいと言い、およそ30年ぶりともいえる礼拝に出席しました。幼いころに手にした聖書と賛美歌を渡され、か細い声で歌った賛美でしたが、心にしみました。何回かの礼拝で、聖書のみ言葉が語られ、一つひとつ心の中に沁み込んできました。長い間出血が止まらない女がイエスさまのみ衣に触れた時、癒された話。放蕩のかぎりを尽くし、父のもとに立ち返った息子を責めることなく抱き寄せ、祝宴をあげた父の話。「重荷を負うものは私のもとに来なさい。休ませてあげよう」と招くみ言葉。私はただ助けてほしいと祈っただけ。信仰といえるものではないのですが、バプテスマを受けて、イエスさまを求めていきたいと思いました。教会に行き始めてから、およそ2カ月後にバプテスマを受けました。よく思い起こしてみれば、主人が倒れた時も、母が教会の皆さんが祈ってくれているからね、と言ってくれたこと、私のために長い間たくさんの方々の祈りがあったこと、そして神様に支えられているからこそ、ここまで来られたのだと、悔い改めることばかりでした。

 何カ月かたち、主人も私の状態を相当心配していたのでしょう。二つの店舗とも従業員に任せて、私の負担を取り除いてくれ、礼拝に行くことができるようにしてくれました。今は片方の店舗を任せた子が事故で亡くなってしまいまして、一つの店を車の整備工場として経営しておりますが、日曜日の礼拝を主に招かれ、ささげることが出来、たくさんの方々と、主にある交わりが出来まして、本当に感謝です。

 またその頃から気になっていた甲状腺の手術を5年前に受け、術後の経過観察を定期的に受けておりましたが、来月でちょうど5年になり、主治医からは再発の心配はないと言われているので、神様のお守りを本当に感謝しています。お願いばかりのこんな私の祈りに応えてくださった神様の愛を心から感謝したいと思います。

 今は日曜日にはバプテスマを一番喜んでくれた母と主人のお母さんと、今日は孫ともどもこの教会で礼拝の恵みにあずかることが出来、本当に感謝です。

 欠けだらけの私が教会の働きに用いられていることも感謝です。たとい小さな祈りでも見放すことのない神様の愛に祈りつつ応えていきたいと願っています。今日はありがとうございました。