牧師室だより 2011年5月29日 「喜びゲーム」をしよう
聖書の中には「喜び」という言葉が800回も出てきます。世の中でよく「うそ八百」と言いますが、聖書の中に「喜び」という言葉がそんなにたくさんあるとは、うそみたいな話ですが……。
『少女パレアナ』という小説があります(エレナ・ポーター著、村岡花子訳、角川文庫)。テレビでも「愛少女ポリアンナ」という題のアニメが放映されました。
その中で、牧師をしているお父さんの発案で、彼女は「喜びゲーム」というのをやります。いろいろな悲しいことや辛いことがあると、それを喜びに変えていくのです。事の始まりは、まだ幼かった頃、クリスマスプレゼントにお人形が欲しいというのに、送られてきた慰問箱の中に松葉杖が入っていたのです。ワーッと泣いたポリアンナにお父さんが、「良かったこと探し、喜びゲームをしよう。松葉杖でうれしいなあということは何かない?」と聞きます。幼い彼女はしばらく考えて、「私ね、今この松葉杖を使わなくてもいい丈夫な足があるわ。うれしいわ」と言って喜ぶのです。
やがて、彼女は両親が亡くなり、親戚のおばさんに引き取られていきます。そのおばさんは金持ちでしたが心の冷たい人でした。しかしポリアンナは、暮らし始めた町全体を喜びゲームで満たします。そして、ついにはそのおばさんまで喜びゲームで幸福にするというストーリーなのです。逆境の中でも喜んでしまうことで、活路を見いだしていくというわけです。
聖書は私たちに「いつも喜んでいなさい」と勧めています。どこかの壺を買えとか、お百度参りをしろとか、難行苦行をしろとか、ぜいたくはするなということではなく、ただ「喜べ」という、非常に肯定的、前向き、そして楽観的なことを神は命じているのです。それもタダです。いつでもどこでも出来ます。「笑いの門に福来る」ということわざがあるように、神の祝福があることまちがいなし。喜びゲームを始めましょう。