
(7月21日付の続きです。写真は本文と直接関係ありません)
小説新潮に、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されている。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人がいたので、札幌の北海タイムスに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語@新聞記者編ともいえる同小説に注目——の第143回。
【小説「北海タイムス物語」時代設定と、主な登場人物】
1990(平成2)年4月中旬。北海タイムス札幌本社ビル。
▼僕=北海タイムス新入社員・野々村巡洋(ののむら・じゅんよう)。東京出身、早大卒23歳。整理部勤務
▼萬田恭介(まんだ・きょうすけ)=北海タイムス編集局次長兼整理部長。青学英文科卒45歳
▼秋馬(あきば)=眼鏡をかけたガニ股。空手を愛する北海タイムス整理部武闘派
▼松田駿太(まつだ・しゅんた)=野々村と同期入社の整理部勤務。バイトとして校閲部にいたため社内事情に詳しい。名古屋出身の北大教養部中退24歳
【 以下、小説新潮2016年2月号=連載⑤ 342ページから 】
早朝の札幌は凍えるほど寒かった。
玄関前に見たことがないような古い小型セダン❶が停まっている。
金巻さんがぐふふと笑いながら❷
「開幕ダッシュだ、五倍ゴチ。古豪復活、脇見出し。タイムス十四年ぶりの胴上げだ。急げよ急げ、六倍ゴチ❸」
とわけのわからないことを言いながら運転席に乗り込んだ。
パタンと安っぽい音でドアが閉められた。
続いて秋馬さんが助手席に乗り込み、パタンと貧しそうな音をたててドアを閉めた。
僕は溜息をつきながら後部ドアを引いた。しかし、びくとも動かない。
「どうした。また開かないか」
金巻さんが運転席を出て走ってきた。
「ゴムが劣化してるから一週間ぐらいで貼り付いちまうんだ」とドアをガンガン蹴ってから引くとキィ〜という音がして開いた。
「ほら、乗れ。急ぐのだ❷」
運転席へ走っていって乗り込んだ。
「優勝へ向けて出発なのだ❷」
金巻さんが拳を握って小さくガッツポーズし、キーを回した。
❶見たことがないような古い小型セダン
野々村くんが見たことがない乗用車は、22年前の型落ちカローラ。
「ガンガンと蹴ってから」などの、クルマの貧相さを示す記述から、札幌を舞台にした映画「探偵はバーにいる」(2011年・東映配給)の1シーンを想起させる。
❷ぐふふと笑いながら/急ぐのだ/出発なのだ
「ぐふふ」に、初期の椎名誠さん(72)文体の影響が見られる(1990年『むははは日記』)のは気のせいか。
「ナニナニなのだ」も椎名さん風(→きのう7月21日付参照)。
❸「開幕ダッシュ……六倍ゴチ
発言者の金巻さんは、北海タイムス整理部デスク。
6社対抗整理部朝野球がうれしいのか、言葉が「見出し」で出たうえに「サイズ指定」までしている。
5倍G「開幕ダッシュだ」
脇見出し「古豪復活」
「タイムス14年ぶりの胴上げだ」
6倍G「急げよ急げ」
——うーむ。アドリブとはいえ、よく分からない。
5倍と6倍がつかわれているから、3段見出し以上の大きさなのだろう。
5倍M「タイムスV奪回だ」
1.8Gかぶせ「6 社 対 抗(改行)整理部野球」
3.5M「開幕ダッシュ狙う!」
——では、どうですか。
さらに、金巻デスクのアドリブ見出しは全部ゴチック。
意気込みと興奮を表しているのだけど、ドキッとするほどゴテゴテしいのではないだろうか——あ、小説に入れ込みすぎた。
*全部ゴチック体見出し
整理ど新人のとき、小見出しから段見出しまで全部ゴチックにしたら、大ゲラを見たデスクがスッ飛んできて
「あのねぇ、読者に『読んでくれ!』って、キミが張り切っているのは分かるんだけどねぇ、3倍以上のゴチック見出しはキツいから明朝体にしてくれないか」
と言われた。
言い方がソフトなデスクで良かった。
*倍(ばい)とG(ジー)
倍は新聞編集でつかう単位。
1行15字組み時代の活字1文字の天地サイズ。
現在でも会社人事や異動欄でつかわれている(天地88,左右 110ミルス)。
▽1倍=88ミルス
1980年代以降のコンピューター編集(新聞CTS)では 11ミルスを1U(ユー=ユニットの略)としたから、
▽1倍=88ミルス=8U
「G」はゴチック。明朝体は「M」指定。
編集端末の初期設定で異なるけど、指定しないと自動的に明朝体。
————というわけで、続く。