「四とそれ以上の国」いしいしんじ著(文藝春秋)を読みました。
いしいしんじさん待望の新刊!
ネタバレありますので、未読の方はご注意ください。
すべて四国が舞台になっている短編集です。
収録されている短編の数も表題と同じ4+1の5篇。短編の題名はすべて漢字一文字になっています。
「塩」
この本で私が一番印象的だった作品はこれです。
語り手は12人の異母兄弟の末っ子ユキ。
この12人の兄弟たちの名前がまたすごい。「三女イノシシ」とか、「シオマツリ」という同じ名前をもつ五女と次男とか。なくなった兄弟の名前はついぞわからず。
舞台は香川県の小さな町、仁尾そして高松の箱屋へ。
ここの女主人がこわいです。
「女主人は人間を見るのが好きなのだった。正確には人間がだんだんどうしようもなくなっていうのを見る、そのことをしたいと思っているのだった。
女主人は、世間的に、一見どうしようもないと思われる人間にも、さらに一層どうしようもなくなる可能性がある、ということをわかっていた。」
薄笑いを浮かべながら知能障害のあるウキと人形浄瑠璃を見に行くようになる女主人。浄瑠璃で繰り広げられる暴力、殺人。
そこで受けた衝撃を逃がすすべも知らず奇声をあげ、のたうちまわるウキ。
あおりたてる女主人。この場面の描写は壮絶です。
それから常人には見えないけれどユキには見える「筋」も不思議です。
地面をはっていったり、女主人の腕にうきあがったり。
これは血の筋なのでしょうか?地のエネルギーなのか、死者の指し示す道なのか・・・。
不思議といえば瓶に入った四女、(塩で鎮まったり暴れたり)
スティーマー(登場人物の中では唯一物をわきまえた人らしいのですが誰なのか)
など、この作品には不思議な要素だらけです。
そして物語は塩祭りの日へ向かいます。
家々の屋根や橋の欄干に積もる塩の結晶のきらめき、思い描くだけで美しい。
そして祭りのクライマックスで起きた大地震。
みそっかすだったユキの最後の変化にはびっくりしました。
「峠」
祖母の病気を見舞っていた高校教師。祖母の病が峠を越したので、自分も峠を越そうと、愛媛・松山から電車で高知へ。
夏目漱石と小泉八雲。
外国と日本、教師としての仕事などの思考が進むうち、彼は鰍沢(かじかざわ)という卒業生に会います。
紅のてぬぐいをさした乗客たち、鰍沢の売るウグイ丼。
現実と幻想のなか列車は進みます。
「道」
四国をめぐる男の巡礼の旅。
考えてみると、四国は霊場をめぐる道にぐるりと囲まれていて、とても呪術的な土地なんですね。
男の歩む道と交差する記憶の道筋。男は遍路宿へ、海沿いの巡礼路へ。
「捕鯨の漁師たちは昼間のぼさぼさ髪を日暮れまでに刈り揃え、白いシャツや赤いチーフで着飾っていた。半数以上が平たいきのこのような丸帽をかぶり、パイプから煙をあげているものもいた。角を曲がると鯨の絵の描かれた酒の瓶を縁台に置き麻布を巻いただけの老人がふたり茶碗で飲んでいた」
もっといい場面があるだろう!といわないでくださいね・・・。
いしいさんはこういう何気ない力の抜けた場面の情景の描写がとても上手だと思います。しみじみ情景を思い浮かべてしまいます。
「渦」
病院に入院している弟と、見舞いにきた男。
南半球で野球が発明されていたらダイヤモンドは右回りになっていた?
馬に利き足はあるのか?などの考察が面白いです。
正岡子規が書いた野球のルール書で一塁手・二塁手を「番人」と表現しているのは初めて知りました。
ほかの作品ではちょっと理が優っているかなという描写もあったのですが、この作品では知識と物語が有機的にかみあっている印象を受けました。
鳴門の渦潮、野球のダイヤモンド、空気の渦、記憶の渦。
まわっているだけではない、なにかが注ぎ込んでくる、それで渦を巻く。
遠くに飛んでいく男の意識。
「藍」
舞台は徳島。
発酵が進む染料・藍になる一歩手前の「すくも」。人間でいえば十六、七。
その「藍」が逃げ出します。それを追う男、五郎。
こういうおとぎ話のような話、大好き!
藍玉を追ううちに舞台はまわりまわって仁尾へ。
塩田、浄瑠璃、うどん、札所、カリエス。
前四作に登場したキーワードがあちらこちらに登場します。
いしいさんの描くラストは暖かくてよかったですが、もし私だったらもっと民話のような荒唐無稽なラストにするかも?たとえば藍をお嫁さんにするとか?
前作「みずうみ」第三部で特に固有名詞にこだわって描写していたいしいさんですが、今回の作品でも、土地と物語が密接に関係している印象を受けました。
四の国、そして「それ以上」。
記憶、死者、自分の中に流れている血とその時間。
なんだか四国を歩いてみたくなったなー。
面白かったのですが、わずかに消化不良なのはいしいさんの真骨頂は長編小説だと思うから。
(ちなみにMy Bestは「麦ふみクーツェ」です。ねこ。)
前作の「みずうみ」もどちらかといえば連作短編よりの長編でしたし、次作こそ長編小説が読みたい!・・・と早くも願ってしまう欲張りな私・・・。
いしいしんじさん待望の新刊!
ネタバレありますので、未読の方はご注意ください。
すべて四国が舞台になっている短編集です。
収録されている短編の数も表題と同じ4+1の5篇。短編の題名はすべて漢字一文字になっています。
「塩」
この本で私が一番印象的だった作品はこれです。
語り手は12人の異母兄弟の末っ子ユキ。
この12人の兄弟たちの名前がまたすごい。「三女イノシシ」とか、「シオマツリ」という同じ名前をもつ五女と次男とか。なくなった兄弟の名前はついぞわからず。
舞台は香川県の小さな町、仁尾そして高松の箱屋へ。
ここの女主人がこわいです。
「女主人は人間を見るのが好きなのだった。正確には人間がだんだんどうしようもなくなっていうのを見る、そのことをしたいと思っているのだった。
女主人は、世間的に、一見どうしようもないと思われる人間にも、さらに一層どうしようもなくなる可能性がある、ということをわかっていた。」
薄笑いを浮かべながら知能障害のあるウキと人形浄瑠璃を見に行くようになる女主人。浄瑠璃で繰り広げられる暴力、殺人。
そこで受けた衝撃を逃がすすべも知らず奇声をあげ、のたうちまわるウキ。
あおりたてる女主人。この場面の描写は壮絶です。
それから常人には見えないけれどユキには見える「筋」も不思議です。
地面をはっていったり、女主人の腕にうきあがったり。
これは血の筋なのでしょうか?地のエネルギーなのか、死者の指し示す道なのか・・・。
不思議といえば瓶に入った四女、(塩で鎮まったり暴れたり)
スティーマー(登場人物の中では唯一物をわきまえた人らしいのですが誰なのか)
など、この作品には不思議な要素だらけです。
そして物語は塩祭りの日へ向かいます。
家々の屋根や橋の欄干に積もる塩の結晶のきらめき、思い描くだけで美しい。
そして祭りのクライマックスで起きた大地震。
みそっかすだったユキの最後の変化にはびっくりしました。
「峠」
祖母の病気を見舞っていた高校教師。祖母の病が峠を越したので、自分も峠を越そうと、愛媛・松山から電車で高知へ。
夏目漱石と小泉八雲。
外国と日本、教師としての仕事などの思考が進むうち、彼は鰍沢(かじかざわ)という卒業生に会います。
紅のてぬぐいをさした乗客たち、鰍沢の売るウグイ丼。
現実と幻想のなか列車は進みます。
「道」
四国をめぐる男の巡礼の旅。
考えてみると、四国は霊場をめぐる道にぐるりと囲まれていて、とても呪術的な土地なんですね。
男の歩む道と交差する記憶の道筋。男は遍路宿へ、海沿いの巡礼路へ。
「捕鯨の漁師たちは昼間のぼさぼさ髪を日暮れまでに刈り揃え、白いシャツや赤いチーフで着飾っていた。半数以上が平たいきのこのような丸帽をかぶり、パイプから煙をあげているものもいた。角を曲がると鯨の絵の描かれた酒の瓶を縁台に置き麻布を巻いただけの老人がふたり茶碗で飲んでいた」
もっといい場面があるだろう!といわないでくださいね・・・。
いしいさんはこういう何気ない力の抜けた場面の情景の描写がとても上手だと思います。しみじみ情景を思い浮かべてしまいます。
「渦」
病院に入院している弟と、見舞いにきた男。
南半球で野球が発明されていたらダイヤモンドは右回りになっていた?
馬に利き足はあるのか?などの考察が面白いです。
正岡子規が書いた野球のルール書で一塁手・二塁手を「番人」と表現しているのは初めて知りました。
ほかの作品ではちょっと理が優っているかなという描写もあったのですが、この作品では知識と物語が有機的にかみあっている印象を受けました。
鳴門の渦潮、野球のダイヤモンド、空気の渦、記憶の渦。
まわっているだけではない、なにかが注ぎ込んでくる、それで渦を巻く。
遠くに飛んでいく男の意識。
「藍」
舞台は徳島。
発酵が進む染料・藍になる一歩手前の「すくも」。人間でいえば十六、七。
その「藍」が逃げ出します。それを追う男、五郎。
こういうおとぎ話のような話、大好き!
藍玉を追ううちに舞台はまわりまわって仁尾へ。
塩田、浄瑠璃、うどん、札所、カリエス。
前四作に登場したキーワードがあちらこちらに登場します。
いしいさんの描くラストは暖かくてよかったですが、もし私だったらもっと民話のような荒唐無稽なラストにするかも?たとえば藍をお嫁さんにするとか?
前作「みずうみ」第三部で特に固有名詞にこだわって描写していたいしいさんですが、今回の作品でも、土地と物語が密接に関係している印象を受けました。
四の国、そして「それ以上」。
記憶、死者、自分の中に流れている血とその時間。
なんだか四国を歩いてみたくなったなー。
面白かったのですが、わずかに消化不良なのはいしいさんの真骨頂は長編小説だと思うから。
(ちなみにMy Bestは「麦ふみクーツェ」です。ねこ。)
前作の「みずうみ」もどちらかといえば連作短編よりの長編でしたし、次作こそ長編小説が読みたい!・・・と早くも願ってしまう欲張りな私・・・。
だから、スルーしました。
読後にお邪魔しますね。
今日、仕事の帰りにちょっと立ち読みをと書店に寄ったところ、もうありませんでした。
ショック。
2、3日前には積んであったのに。
図書館からの連絡を大人しく待ってます。
でもあれこれ想像して待つ時間も楽しいかも??
リクエストが早くくるのを私も願ってます!
期待度が大きすぎたのかもしれません。
荒唐無稽な物語は好きなのですが、部分的に微妙にリアルなのは苦手ですね。
特に「渦」がダメでした。
一番好きなのは「道」かな。
「塩」も濃い物語ですね。
「藍」発想はステキなのですが、説明文が多すぎて・・・。
全体的に見ても、小道具がディスカバー・四国って感じで、まるでJR四国のコマーシャルみたいでした。
私も、TBお返ししますね。
ありがとうございました。
確かに「聞き書き」「調べ書き」みたいな表現が多かったですよね。いしいさんの今のテーマは、「知らない土地をどれだけ描けるか」なのかな??
確かにその部分はちょっと作品の中でこなれていない感じがしました。
私もいしいさんの作品のラインでは「麦ふみクーツェ」などが好きなので、できれば次作は少年(か少女)主人公のが読みたいです。
いしい版「たんぽぽのお酒」みたいな作品だったらサイコウ。
余談ですが、いしいさんは「たんぽぽのお酒」に憧れて高校時代アメリカに短期留学したって知ってましたか?もうご存知かな?
情報ありがとうございます。
「たんぽぽのお酒」私も大好きです。
確か、続編がでましたよね。
読まなきゃと思っていたのに忘れていました。
図書館予約者の多さにびっくりして、もう少し空いてからと思っていたのですが失念していました。
思い出させてくれてありがとうございます。
でも、その前に「たんぽぽのお酒」を再読したほうがいいですよね。
確か本棚の奥に眠っているはずなので、さっそく探さなきゃ。