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Men's wear      plat du jour

今日の気分と予定に、何を合わせますか。 時間があれば何か聴きましょう。

毛織物産地   ―Huddersfield ・尾州―

2012-10-25 | Others
 日本の来し方行く末についての話で、ずっと方向性を誤ってきて戦前は軍事に、戦後は経済大国をめざして今日にいたり閉塞感に陥っている。今求められるべきは、文化や環境立国を目指して舵をきることではなかろうか。
と語っていた方がいました。

然るべき方々も、大局的なことは語りません。4月16日の話に引用させていただいた「便利さを放棄しても、安全と人間性を優先」という松下幸之助さんの言葉と、今の財界を代表する方々の意見ではタイキョクです。

山中教授の受賞で機運が盛り上がっている時期だからということを割り引いても、冒頭のようであったらと思います。
誰も、孫くらいの世代が祖父母の蓄えた金をかすめ取るような世の中が、良いとは思いますまい。



2000年、あるいは少し前だったかもしれません。谷さんのところへ行くと、
「さっきまで○○毛織の営業さんが来ていてさぁ、最近どこも安い生地を使ってるじゃない。
だから君のところも大きい取引先から、『質を落としてもいいから、もう少し安いものをやってくれない』って言われたらどうするって、ちょっと意地悪いこと聞いてみたんだよ。
そうしたら、『我慢してお断りしましす』って言うんだよね。エラいよね。営業さんがそう言うんだから」

そこの会社は比較的トラディショナルな色柄に定評のある会社で、最近一般的になりつつある尾州といわれる地域にありました。
この辺りは、物作り日本の一翼を担う地域として新しい活力を感じますが、数十年の間にはかなり景気の波をかぶった業種です。

ここ数十年、オーストラリアやニュージーランド産の極細繊維の生産競争で、カシミヤを凌ぐほどの細さ(今年度のコンテスト優勝は10.5ミクロン)にまでなった繊維の手触り・贅沢感は、行きつくところまで行った感があります。
それはそれとして輸入生地の他に、谷さんは英国の研究機関が自国産にこだわって改良をかさねた、質感のある羊毛も積極的に使いました。薄い生地にしても、それは適度な持ち重りと滑らかさを合わせ持つ風合を具えていました。
もちろんそれは尾州等のメーカーの力を借りて、オリジナルの生地になったものです。

一方、英国の毛織物産地といえば、
エディンバラ、ヴィルトシャー、ペターヘッド、ハダーズフィールド、ブラッドフォード、ランホルン、リーズ、ガラシール、ハウィック、ビングレー、エリス、デューズバリー、ピーブルス、ケイリー、レスター、セルカーク、グロスター、ストーノウェイ、ミラーデン、バートレイ
等がありました。

現在でも真っ先に名前の上がるハダーズフィールドを例にとって見てみますと、1960年代前半の資料では、

Arther E. Evans,Baumont, B.H.Moxon & Sons, Bower Roebuck
B.Vickerman & Son, C.&J. Hirst & Sons, Crowther & Vickerman, D.& R. England
G.H. Rycroft, George Mallinson & Sons, Gledhill Brothers, Graham & Pott
Jarsey Craft, J. Haywood & Sons, John Brooke, John Crowther & Son
John Taylor, John Edward Crowther, Jonas Kenyon & Sons, Joseph Sykes
Josiah Ellis & Sons, Josiah France, Kaye & Stewart, Learoyd Brothers
Liddel & Brierly, Long Wood, Middlemost Brothers, Moorhouse & Brook
Moorside Worsted, O. F. Maud, Ralf Wood, Richard James
Rowland Mitchell, Schofield & Smith, Shaw Brothers, Taylor & Lodge
Walter Sykes, Taylor & Littlewood, Sykes & Hebbelethwaite, Thornto Jones Worsted
William Oddey, William Tomson

というようなメーカーがあったそうです。
今も聞く名前もありますが、統合や閉鎖等、いつ姿を消してしまったのか聞いたことがないメーカーもあります。
マーティン・サンズも上がってないくらいで、これで全てではないと言いますから国中にいったい何社あったのか、またマーチャントを加えると産業としての規模は現在と比ぶべくもありません。
それでもやはり現存する各社のバンチをシーズン毎に眺めるだけで、色柄・発色・素材感など伝統の厚みを感じないわけにいきません。
一産業というにとどまらず、文化だからでしょう。




Bower Roebuckの小冊子から。   のどかな環境を伺わせます。

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近況

2012-10-21 | Others
 お蔭さまで、開設してからちょうど3年が経過しました。
先夜、岩元さんから「相変わらず、わけの解からない作文を」と、皆思ってても言わない一言を突き付けられ、八木さんをはじめ真綿で首をしめるように「Facebook」への外堀を埋められようとするのを感じながら、自分の中にマゾっ気が育っているんじゃないかと心配になる今日この頃です。



気温22℃で湿度44%、日射したっぷりの日で快適な陽気でした。
駅で待ち合わせると、
「ちょっと暑いね」
「だって、これカシミヤじゃないですか」
「うん、だけど薄い方なんだけどね。それは?」
「これはシルク100%です」
「じゃ、ちょうどいいか」
「でも暑いですね」
「この時期はむずかしいよね。紺のジャケットくらいしかないんだよ」
「白井さんがそんなこと仰ったら、みんな着たきり雀になっちゃいますよ」
「ないことないんだけど、気に入ったのがなかなかね」
「気分に合ったのが.......」
「そぅ、いっそ早く寒くなってくれるといいんだけどね」
「色々着られますもんね」
「そういえばこの間、ワカちゃんが来てさ。
 たまたま同じようなカッコしてたんだよ二人とも。
 せっかくだから写真撮っといた」
「元気でした?」
「忙しそうで、ちょっといただけ」

そうなんですよね。好きな方々のワードローブを覗いてみると、素材違いとかモデル違いで、他の人が見たら何だか同じような紺系のジャケットがいくつもあるなぁ、という状態かと思います。

ところで、もちろんワカちゃんは「井上」という姓ではありません。

というわけで今日の作文も、いい感じのところに着地いたしました。


浜離宮恩賜庭園のキバナコスモス。

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紅葉まではもう少し

2012-10-17 | Others
 今月に入って一週目にはかすかに金木犀が香っていましたが、翌週には布団を変える必要があるくらい、夜半に気温が下がり始めました。
近所の金木犀は、いま盛りをむかえようとしています。



都会のオアシス、浜離宮恩賜庭園に行きました。
当日は比較的人出の少なめな時間帯でしたが、海外からのお客さんの方が多かったくらいです。
紅葉には、もうしばらく時間がかかりそうです。



今回は三回とも同じような色遣い。源氏物語を描いた、昔の画にもありました。







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祝、受賞。

2012-10-12 | Others
 前々回取り上げた、塩野米松さんという方がまとめた西岡常一さんへの聞き書きの話で思い出したのですが、「聞き書き」と言われるタイプの本で思い出したものがあります。

かくまつとむさんという方が書いた「鍛冶屋の教え」という本も、やはり職人さんへの取材でした。

ある日、例によってDisk Unionで古くて新しいものを捜そうとしていると、店内に不思議な空気を醸す歌がながれていました。
つい聴き入ってしまいそうになるくらい存在感にあふれ、とてもBGMに向きません。
帰りにレジへ行くと、横にあったのは「勝新太郎」のCDでした。

それ以来どこかで気になっていたのか、「俺 勝新太郎」という怪しげなタイトルの一冊を見つけた時、思わず買ってしまいました。
話の大部分がご婦人の話と芸談なのは想像どおりですが、エピソードが面白く、どれも画がまぶたに浮かぶくらい映像的です。
聞き書きだろうと思いますが、まとめた方のクレジットはありません。



沈滞気味の日本にも、明るいニュースが光を灯します。
ユーモアに乏しいと言われる日本人が、イグノーベル賞を連続受賞していたこと。
立証されるまでにまだまだ時間がかかるといわれる、ABC予想の一件。
そして山中教授が、ついにノーベル賞受賞です。

最近の傾向として、良心的な日本の研究者の方々が、多くの人々に恩恵が行き渡るよう特許を取らないという選択肢があります。
しかし今回は、研究が経済に及ぼす影響の大きさから、独占されないように敢えて特許取得を目指したというのも納得させられます。

西岡棟梁や山中教授と勝新さん、振幅のあり過ぎる話でした。
ところでTVブロスによりますと、ルー大柴氏にとって勝新さんは恩師だそうですが、ある時「ヴィクトリーNew太郎」と呼んでいたそうです。ちょっと可笑しい。

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Less stuff, more happiness.

2012-10-07 | Others
 以前使った気もしますが、「Less is more」、「The more you know,the less you need」という言葉があります。
気になって調べてみると、2010年9月16日の話で使っていました。
短い言葉ですが、というかだからこそ奥行きある意味を連想させます。



TVでグレアム・ヒルという人が、表題のような言葉を提唱している番組がありました。
最低限の持ち物でより幸せにと語るだけでなく、以前からアメリカで顕在化していたカードの濫用に支払いが追いつかない人々に、無駄な買い物をしないでと貯畜を勧めています。


出しといて何ですが、間の悪いことにタイトルが「More Stuff」っていうんですよね.........

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千早振る..........落語じゃないんですが.......

2012-10-05 | Others
 読書の秋なので西岡常一氏の「木に学べ 法隆寺・薬師寺の美」(小学館ライブラリー)を読み返しました。
2010年1月7日の回で書いた、新潮文庫「木のいのち木のこころ」という本の端緒ともいうべき本で、その棟梁の話しの聞き書きです。



「そこへいくと飛鳥の大工はえらかった。なにせやね、仕事が早い。
今の人は便利な工具持ってるくせに時間かかるわな。
薬師寺でもそうですわ。飛鳥の時代に、七堂伽藍全部とほかに14棟の建て物つくったんですが、それが14年でっせ。
わたしらは19年かかってやっと金堂と西塔と中門しただけですわ。
昔は工具かて今のようなもんやなくて、全部人の手でやったんでしょう。
優秀な人がたくさんいたんですな」

「千三百年前の飛鳥時代の大工は賢いな。
大陸から木造の建築法が入ってきた。中国の山西省應県に佛宮寺という六百年前の八角五重塔があるんですが、これは直径29mもあるのに軒先が2mしかない。
ところが同じ八角でも夢殿は径が11mなのに、軒の先は3mも出てる。ちゅうことはや、大陸は雨が少ないのや思いますよ。
ところが大陸の雨の少ない建築を学んだけれど、飛鳥の工人は日本の風土というものをほんとうに理解して新しい工法に変えたちゅうことです。
基壇も高くなっています。こういうのを賢いゆうんですわ。
今みたいに、なんでもそのまま真似したりせんのや。軒が浅くてはあかんぞと考えたんですな。
除々にやったんやなくて、そのとき一遍でなおしてるんです。
こういうのを文化いうのとちゃいますか。
(中略)人間が知恵だしてこういうものを作った。それがいいんです。それが文化です」

ちょっとカビラ・Jが入って来ました。

「さっき、わたしがマイケルさん(カナダからきている大工さん)のカンナくず見て、刃物が0.01ミリぐらいカーブしとると言いましたやろ。
それで研ぎ直しなさいと言いましたが、あれぐらいの細かいことがわからんと、すぐカンナくずに表れるんですわ。
あれを研ぎ直すのはたいへんや。
なぜかちゅうたら、0.01ミリやけど、その欠点に自分がきづいとらんのだから、それを直すのはたいへんですな。(中略)
刃がどんなに研げても台が悪ければあかんよ。さっきの人は、カンナかける前に台を削っとったでしょ。そこからやらなあきませんわ。
マイケルさんは、そんなこと知らんさかい、昨日も一昨日も、そのままでやっとるわ。
そういうことにも気づかずに、そのまま終わってしまう人が多いな」

「千早振る瑞穂の国は神代より、女ならでは世の明けぬ国」ということがありますのや。
男というものは現世に生きるために、また社会人としての責任を果たすために、一所懸命ですわな。
そやから少々間違ったこともあるわね。行き過ぎも、至らんこともありますわな。
それを家庭でじっと見ていて、自分の子供に、そういう悪いところだけは取り除いて、良識を植えつけていく。
そうせんと次の世代は今よりも悪くなります。
女の人の役割りというのは、現世的なもんやないんです。

この本は1988年に出たものが、1991年に文庫本になってかなり増刷を重ねたようです。
バブルの真っ盛りに、よくこういう本が出されたと思います。
人はやはり何処かしら不安なので、地に足のついた人の話を読むことによって、バランスを保とうとする心理がはたらいたのでしょうか。

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Autunno

2012-10-03 | Others
 フラフラしておりましたら、暦は10月に入って、めっきり秋らしくなってまいりました。
例年なら、「この間正月だったのに、もう10月」なんて言っていましたが、冬はことのほか寒く、夏は夏で9月も何十年か振りの暑さだったというくらいだったので、今年はそれなりの月日の実感があります。

かねて懸案だった仕事もうまく納まり、台風以外穏やかな日々がおとずれました。



三週前はまだまだ暑く、待ち合わせの日は気温が32℃でした。
それでも頑張ったつもりで中間的な厚さのジャケットを着ていくと、白井さんはさらに上をいくフランネルです。
その前の週に会われた鈴木さんは、もっと厚いの着てたよ、とのことで目上の方々にはかないません。

その日は、白井さんが仙田さんから伺ったという洋食屋が定休日だったので、初めての京橋の店に行きました。
料理を待っていると、横を通りかかったマネージャー風の男性が「カッコいいですねー」「きまってマスネー」「何かあるんですか」と、最近の人には珍しくかまってくれるのがおかしいです。
味は真っ当で、ひっきりなしにお客さんが入ってました。
帰りに振り返ると、フロアの造作が昔の日活映画に出てきそうなダンスフロアに見えました。

そこからAttoliniの受注会にお邪魔したあと、私が学生の頃アルバイトに行った先の元上司が、50になったというので職場に寄ってみます。
その後いつもどおり、岩元さんのマシンガントークを小一時間ほど軽く浴び、夜のイベントに向かったのでした。


白井さんと、裾がふくらはぎまでのパンツを穿いたイタリアーノ。
おそらく、一度屈むとパンツの裾がホーズに張り付いたままになってしまうほど細かったのでしょう。

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文化催し

2012-09-11 | Others
 何年か前のことですが神楽坂でお昼にした後、約束にはまだ時間があったので、ゆっくり歩いて皇居をぬけ有楽町に出ようとしました。
ただ時間をつぶそうと入ったのが、国立近代美術館の工芸館というところです。
タイトルは忘れましたが、ちょっと興味のわくような特集だったのでしょう。

一通り見ると中に二つ欲しい感じの物があって、買って帰ったら喜ばれるんじゃないかと思いました。
もちろん即売会ではありませんし、売り物でないどころか、後日分かったのはその二つを作った同じ作者は人間国宝だったのです。
単純に、その器にお菓子を盛ったらいい感じかなと思いました。無知は怖いです。



8月に倉敷の大原美術館を訪ねると、絵画にとどまらず、古代オリエントの出土品や東洋のの品々にもかなりのスペースを割いていました。

他に工芸品として、バーナード・リーチ、富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司、芹沢介といった人たちの作品も相当数集められています。

その後京都に戻って、近代美術館で催されていた「カタガミ・スタイル展」を偶然観ると、やはり芹沢介の名がありました。

それを見て来たばかりだからというのでもありませんが、日本橋タカシマヤで「バーナード・リーチ展」というのを覗きました。
さぁ出ようかという辺りで、目が合った初老の男性から「やぁ、久しぶりに良い物を見ましたね」「物が人を呼ぶというか、なかなか見られない内容でした」と声をかけられます。
最初、人違いかと思いましたし、何でアフロ・ヘアーの私に焼物の事をと思いました。

ただ見てきたというだけで、その方面に不調法な私は返す言葉もありません。
折角良い心持ちでいらっしゃる方の気分を、台無しにしてはいけませんから、少しお話しして別れました。


たまたま入った「カタガミ・スタイル展」。よく集めましたね、と労いたくなるような力の入った催しだったので、京都の人に勧めました。

その次、現在の催し。日本で「一番有名な鮭」というのが○です。






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ウィンザー・スタイル

2012-09-07 | Others
 フリーマン・ブラウン+ジェシ・ボイス、ジェイムズ・ジャマーソン+ベニー・ベンジャミン、オーギュスト・エスコフィエ+セザール・リッツ、アストン・バレット+カールトン・バレット、ヘドバ+ダビデ、さくら+一郎..........

最後の方は、私もよく分からないんですが、相性が良いと言われる組み合わせです。



これをご覧いただいてる方々に、スノッブな婦人雑誌はあまり縁がないかも知れません。
もちろん私には、まったく縁がありません。

しかし何の切っ掛けだったか、昨年「婦人画報」で安井かずみさんについての連載を見つけて、加藤さんへの興味から数回読みました。
既に連載は終わったはずですが、この話は昨年常盤さんにお話ししただけで、あと今年になって松山さんにちょっと伺ってみただけでした。

様々な関係者の話を紹介していたのですが、特に二人に近い関係の方々の証言はかなり生々しく、イマジネーション豊かな人ならちょっと重い感じがしそうです。

そんな中でたまたま読んで笑えたのが、安井さんと親しかったという加賀まりこさんの話です。
迎えに行った加賀さんの目の前で完成させたのが「わたしの城下町」で、

「20分で書き上げたのがあの詞だった。私は『格子戸はくぐり抜けないわよ』とさんざん言ったが却下され、歌はその日の締め切りをクリアして大ヒットした」
「でもよく考えたら殿様じゃあるまいし、『わたしの城下町』なんて普通つけないって。それから♪四季の草花が咲き乱れってとこも、凄いでしょ(笑)」

加賀さんは、かなり面白い人みたいです。

夫婦の問題で思い出すのは、以前も書いたウィンザー公夫妻の話です。
「世紀の恋」も最後までは賞味期限がもたなかったのか、晩年は罵り合う声が遠くまで聞こえるほどだったなんて有名な逸話があります。
という訳で夫婦喧嘩なんか見ると、思わず「おぉ、ウィンザー・スタイルだね」なんて讃嘆の声をもらしてしまいます。

そういえば、海老沢泰久著「美味礼讃」では、「ニューヨーカー」の副編集長という人に「ウィンザー公が、シンプソン夫人と一緒にポワンの料理を求めてしょっちゅうピラミッドに行っていることは、われわれ西洋人なら誰でも知っていることだ」と語らせています。
ピラミッドは言うまでもなく、エジプトじゃなくリヨン郊外ヴィエンヌのレストランのことです。

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綿花

2012-09-07 | Others
 さすがに9月に入り、朝晩は少しづつ凌ぎやすくなってきました。
でも日中はまだまだ強い日射しが容赦なく照りつけて、取水制限など渇水による弊害が知らぬ間に進行していました。
撮っていた夏の装いが使いきってなかったので、ご容赦を。



私が聴くような音楽を演奏する人たちの中には、かつて綿花を摘んでいたという人も少なくありませんが..........

寡聞にして、春まで「東北コットン・プロジェクト」について知りませんでした。
震災によって塩害にあった田畑を綿花畑として再生させて、雇用を創出し、家族の絆・また新しい作物をつくることによって地域の絆を育み、日本の耕作放棄地をこれ以上増やさないよう、地域の再生を目指すプロジェクトだそうです。

綿花は塩につよく、根が水と一緒に塩を吸い上げるため干拓地の塩をぬくのに活用されてきました。
過去の例では、2~3年でほぼ塩が抜けるとのこと。
綿花畑は、多くのボランティアの力も借りて作られたそうです。

ところが昨年の台風シーズンに水害に遭い、収穫量は予想をはるかに下回ってしまいました。
そこで、少量づつブレンドして製品化し、より多くの方々に趣旨を知っていただけるよう努めたそうです。
支援に参加する団体は、すでに50社を超えています。
将来的には綿花を地域の特産品にと計画し、作付け面積も拡大中とのこと。
また今年は、オーガニック・コットンも作付けされたそうです。

超長綿にも、代名詞のような海島綿、歴史あるエジプト綿、スーピマ、トルファン、スビンなどありますし、最近ではマスターシードコットンも出まわっています。

何に使うかにもよりますが、長繊維でないサンフォーキンやジンバブエクラスならすでに凌駕しているかも知れませんし、マスターシードコットンのように、日本人が知恵を出し合えば望むようなレベルが開発できるに違いありません。
世界に誇る特産品に、ぜひ育て上げていただきたいものです。

ところで、世界に七つ星ホテルというのが本当にあるかどうか知りませんが、家で使っているタオルには「ドバイの七つ星ホテルも使ってる」というのがあります。
眉つばですが、風呂からあがって使うので調度いいかも知れません。
素材は、インドのマイクロコットンとあります。

 
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大人のくせにはじけてる。

2012-08-31 | Others
 電車に乗ると、一日一食で大丈夫みたいな内容の健康本の宣伝があります。
いつも「食べて、飲んで、ほんでもってマテ茶」、みたいなことを言っている身としては、旗色が良くありません。
 
辻静雄さんの本に、美味しく食べる条件というような話があります。
①多少の敬意をはらえるような、楽しい良き相手と
②健康で、心配事のあまりないこと
③適度に忙しいこと
だそうです。
③だけ?という感じかも知れませんが、辻さん曰く、忙しい中にぽっかり解放された食事時間が逆に集中して味わえる、とのこと。

幸いにして①・②はクリアですが、だいたい暇なので、仮に比率が均等だとすると、辻さんの説に従えば三分の二程度しか味わえていないかも知れません。



昼から一本以上飲んで、あることないこと言って、周りのテーブルに気を遣いつつ大笑いしながら食事を終え、帰ろうとしたら「いつも楽しそうですね!」と、女性の店主が言うのでした。

出てから.......
「いつもって、俺は二回目だよ」と言うと、
「完全に○○と間違われてますね、僕は男同士で3回目だから」
「うわー、そっちかー」

先日も、ふだんお世話になっている皆様の会食に加えていただき、イタリア人に悪い日本語を教える人の話など、放送禁止用語がじゃんじゃん飛び交うのを聞きながら子供に戻りました。

じゃ、早速セミでも捕りに行くか.........
そういえば、最近何だかセミのことばかり書いている気がします。

先日書き忘れましたが、フランスでセミといえば南仏プロヴァンスだそうで......
フランスでセミは、幸運を呼ぶとされているそうです。
陶器などで出来たセミの置物を、玄関に飾るとのこと。

この時期関西へ行ったら、シャーシャー、シャーシャー幸運だらけですねぇ。

CMで遠藤憲一さんや鑑識の米沢さんが童心にかえって、3人でJake & Elwoodみたいなカッコしてコーヒーカップ乗ったり、射的したり楽しそうにしています。


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I didn't know what time it was.

2012-08-27 | Others
 意識して集めていたわけではないのに、何となく気になって、気がつくと色々集まっていたという場合があります。
先日ふれたAntonio Carlos Jobimは、その代表みたいな人です。
ソロはもちろん、様々のコンピレーションやトリビュートの編集物、楽しいデュエット等、結構な数が出回っています。
最近も、買いそびれていたVerveからの3枚組がありました。
重複がほとんどですが、側にいた人のインタビューがあったり、気になるオマケがついています。




青年ジョビン


でも一番よく聴くのは、やはりエリス・レジーナとのデュエット盤でしょうか。
一曲目の「三月の雨」が何といっても快調で、1974年に吹き込んだとは思えないくらい一音一音がキラキラ輝くようです。
その後'80年代に氾濫する打ち込みの音とは対極の、自然な寛ぎに溢れた透明感のある音をいつまでも聴いていたくなります。
'87年のアメリカ盤には、最初アメリカのリスナーは想定されてなかったのに、次第に知られるところとなり発売に至った、とありました。

マイケル・ケインじゃないです。

日本の裏側のことなので、その「三月の雨」とは晩夏~初秋の情景を歌ったものだそうです。
「棒きれ、石ころ、道はずれ」とか「小川、泉、一切れのパン」「空の鳥、地上の鳥」とか「ガラスのかけら、人生と太陽」と、本人の脳裡にうかんだ景色は余人には見えませんが、詩人は思いつくイメージを積みかさねて行きます。



ミシュランと創業5年目のてんぷら屋、利き酒大会で優勝したお母さんの話をきいた後に、利きコーヒーみたいになったこと、インド人もびっくりの辛いカレー、思い出すと頬が緩むような楽しい話。
時間を忘れて遊んでいましたが、健康に気をつけて、また会える日を楽しみにしています。

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美術館巡り

2012-08-24 | Others
 京都に泊りながら、今までで一番遠く脚を伸ばしたのは金沢でした。
ほかには奈良の奥地も、日帰りにしてはかなり強行軍でした。
京都に戻って、8時過ぎには、目指す料理店に座る為です。

奈良もかなり行ったので、今回は我が家にとって最も西方にあたる倉敷に行きました。
そう言われれば、洲之内徹さんのエッセイを読んで、一度行ってみたかったのを思い出します。




KOJIMA Torajirou “Sensui Island” 1917


KOJIMA Torajirou “Belgian Girl in Kimono(My Little Neighbor)”


OKADA Saburousuke “Italian girl” 1901
家内はこの画をぜひ観たかったそうですが、ルノワールやセザンヌとおなじくこの時期の展示からは外れていました。
児島虎次郎と大原孫三郎の話は、サイトでご覧になれます。


「今日はずいぶん白っぽいね」
「白っぽいっていうとメリーさんを思い出すね」
「でも海外の人はもちろん、横浜でも一部の人しか知らないでしょ」
「最後に名前きいたのは、サチコさんがメリーさんの映画観てきて、観て来なよって言った時だった」
「昼間見たことは何度もあるけど、むかし一時夜行性だった頃、伊勢佐木町の裏を車にのってたら暗がりから出て来た時はコワかった」
「夜中は怖そうだね」

そういえばオリンピックも佳境に入った頃、50代半ばの佐藤さんというおじさんが、「夜中に怖い話をやるんで、録画セットしてきた」と言います。
「あの稲川ジュンジの話みたいなやつですか」
「そうそう、それそれ」とすごい嬉しそうな顔して言うので、いつもだったらからかうんですけど、
「好きなんだよねー」と断言されては返す言葉がございませんでした。
残暑のせいか、話が美術館から怖い話になってしまいました。
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蝉しぐれ

2012-08-18 | Others
 「蝉しぐれ」といえば、藤沢周平さんですが.........
日本人には風情あるように聴こえる秋の虫の音も、大方の外国人には騒音に聴こえるらしい、という話を以前書きました。
脳波によって、心地良いと捉えているか、否と認識するかという実験です。

だとすると、蝉しぐれなんか気が狂っちゃうでしょうね。
普段は大丈夫ですが、子供の頃取り過ぎたバチか、家の網戸にとまって早朝から鳴くヤツには困ります。
早くどっか行ってくれないかなーとか思いつつ、うつらうつらしていることが先日もありました。

今年京都に行った頃は、大繁殖の年に比べればクマゼミはおとなし目です。
唯一、大阪の淀屋橋脇の植え込みに集中しているのを聴きました。
関東ではアブラゼミやミンミンゼミが中心ですが、気候の変化に伴ってクマゼミは東へ東へと進んでいるようです。

京都を歩きながら、
「日本にはアブラゼミがたくさんいるけど、世界的に見ると色のついた羽根の方が希少らしいよ」と妻が言います。
「へーぇ、じゃもっとアブラゼミ有難がらないといけないね。やったアブラだーみたいに。で何で見たの?」
「○○さんが言ってた、調べたって」
「変ったこと調べる人がいるね。でも世界っていっても、イタリアで鳴いてるの聴かなかったね」
「カプリにもいなかったね」
「トカゲばっかりで」
「世界ってどこだろう」
「きっとそれ以外ってことだね」.......世界が狭いもので。



ある日、恵さんの目の前をトンボが通り過ぎました。
「あっ、ムギワラトンボ!」というので、
「何で知ってるの」と都会の真ん中で育ったはずなので尋ねました。
「親戚の子たちと、夏に田舎の方にいって虫取って遊んでたから」
「へーぇ」
「セミの羽根とって、ごきぶりとか言ってた」
「それで、大人になってからは男の羽根をムシっちゃったり」
「ふふふ」

コワイですね、コワイですね、コワイですね。
でも、とても無邪気なかんじで言うので、コワクないどころかチャーミングなのがまた面白いところです。


知恩院参道のクマゼミ。
こんなこと言ったら叱られそうですが、こちらの朝の御回向でとても声の良い方がいらっしゃいます。
輪番で全国から来られる方にも素晴らしい音声をもつ方がいらっしゃいますが、久しぶりにレギュラーのその方に当たって聴き惚れていました。
帰りに振り返ってみると他に残ったのは全部外国人で、眩暈にやられて放心したように聴き入っています。
読経に緩急がつき始め、鉦が連打されテンポが最高潮をむかえる頃、ちょっと蝉しぐれみたいに聴こえます。

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テレビより二題

2012-08-10 | Others
 小学生の真ん中あたりまで、一番多い時で、家に犬4匹猫2匹がいました。
そこへ子供が4人に下宿の人もいた時期があったので、かなり賑やかだったと思います。
犬は雑種でしたが全部真っ白で、賢いとは言えないまでも気のいい性質でした。
他に生まれてきた子犬たちは、あちらこちらにもらわれていきました。

朝の楽しみ、サモエドのZippei兄弟が死んでしまったそうです。
愛くるしい顔立ちや仕草を見ると、よーし今日もがんばるぞー.......ってのは大袈裟ですが、なごむものがありました。

一頃より事故の話は減った印象ですが、子供も動物も、車内に放置してはいけませんね。



 突然佐藤君が「今晩3時半からですよ、どうします?」と言ってきました。
「えっ、何が?」
「なでしこですよ」
「無理だよ、夜よわいから」
というわけで銀メダルでしたが、数日前にインタビューに答えたイギリス人が言ったように、意図が明快で、見る者に伝わり易いので、見た子供たちの中から数年後にはさらにバージョン・アップしたチームが現われることでしょう。

他の種目を観ても、女性の頑張りはすごいです。
震災以降、何かにつけてそう思う場面がありました。
ワールド・カップを制したのも彼女たちで、その頃は暗いニュースが多い中、気分的に救われる思いがしたものです。

最近何かを評していた人が、「今更はじまった事じゃない、日本はずっと女性に支えられてきた」と語っていました。
別に魂胆があって言うんじゃないんですけど、確かにそう思います。

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