ブログを書こうとして画面を見ると、前日ご覧いただいた記事というのが出ます。
自分で書いてもタイトルだけで内容を思い出すのは難しく、その日一番だったという「Window shopping」というタイトルを見てもやはりすぐには出てきません。
何の話かのぞいてみると、ミラノのM. Bardelliでの思い出でした。
自分で読んで懐かしがってりゃ世話ありませんが、何でその話が一番だったのかまったく分かりません。
TincatiやGemelliと違ってM.Bardelliは今もマジェンタ街にありそうですが、中身はもちろんだいぶ変わったことでしょう。
カストロ似のオーナーが意気軒昂だった頃、英国好きのミラネーゼの趣味を反映して、中では最もその品揃えが充実していました。
チャーチやE・グリーンはもちろん、ロックの帽子、インバーティア等のコート、イタリア製でも英国ブランドの数々、プラス今日日本ではそれらより知られたイタリア製品といった内容でした。
また正面のウィンドウは何てこともないのに、向かって左の通路にあったいくつかのVPが当時とても上手で、眺める人の購買意欲を刺激したことでしょう。
ドゥオモから少し離れているにもかかわらず、机の上のアパレル・アーツの世界を離れたR・ローレンがこの店を見つけて通ったというのも頷けます。
自分で書いてもタイトルだけで内容を思い出すのは難しく、その日一番だったという「Window shopping」というタイトルを見てもやはりすぐには出てきません。
何の話かのぞいてみると、ミラノのM. Bardelliでの思い出でした。
自分で読んで懐かしがってりゃ世話ありませんが、何でその話が一番だったのかまったく分かりません。
TincatiやGemelliと違ってM.Bardelliは今もマジェンタ街にありそうですが、中身はもちろんだいぶ変わったことでしょう。
カストロ似のオーナーが意気軒昂だった頃、英国好きのミラネーゼの趣味を反映して、中では最もその品揃えが充実していました。
チャーチやE・グリーンはもちろん、ロックの帽子、インバーティア等のコート、イタリア製でも英国ブランドの数々、プラス今日日本ではそれらより知られたイタリア製品といった内容でした。
また正面のウィンドウは何てこともないのに、向かって左の通路にあったいくつかのVPが当時とても上手で、眺める人の購買意欲を刺激したことでしょう。
ドゥオモから少し離れているにもかかわらず、机の上のアパレル・アーツの世界を離れたR・ローレンがこの店を見つけて通ったというのも頷けます。