Men's wear      plat du jour

今日の気分と予定に、何を合わせますか。 時間があれば何か聴きましょう。

旅に出るたび思い出す...

2022-06-30 |  その他
24年振りという円安のまま、数週間経ちました。
24年前といえばまだイタリアで見聞きするものが面白かった頃で、そろそろ通貨がリラからユーロに切り替わり始めていたかも知れません。

その直前のリラやフランは二度とないようなレートでしたから、日本のご婦人方が大挙して押し寄せ有名店に行列をつくる様子がニュースにもなりました。
これから来日する外国人観光客が享受するであろう円安のお得感を、大きく上回るメリットが当時はあったことでしょう。

例えば、しばらく続いた不況のためにコスト削減が進み、現在は東欧など周辺国に生産が移ったブランドもあります。
質の高さを維持するだけでも並大抵のことではありませんから、当時と同等の質を買おうと思ってもそもそも存在しないかも知れませんし、あっても巡り合うのが難しい比率であろうことは日本にいて同じメーカーの製品を買うと分かります。


(イメージ:画像と内容は無関係です)

当時、行く度に毎回訪れた店の方々が亡くなったという話を聞くことが増えてきました。

ある年、二度目くらいに訪れた店で手に取らせてもらった品を、店主が「良いでしょ?」言うので、「そうですね。でももう少しこういう風になっていたら、もっと良いと思う」とちょうどその時着ていたものを見せると、顔を近づけまじまじと見ていた店主は「なるほど、確かに」と一瞬目を輝かせました。

翌年訪れると、少しして顔を思い出したらしく、「どう?良くなったでしょ?」と製品を見せてくれます。
一眼で分かったので「とても良いですね!」と返しました。

その年から女性のものも少しあって、テーラードのジャケットくらいするロウゲージのセーターや、スーツや諸々一時間以上買物をしてお会計を頼むと、こちらが聞き間違ったようなので、もう一度尋ねましたが変わりません。
「計算、違いますよ」と言うと、何か口籠もった感じで、「いゃ、シーズンも終わりだから...」とテレたような表情でカードを受け取りました。

後から分かった事ですが、ご自分のところの製品が少しでも良くなったことが嬉しかったらしいことを知りました。
その礼のつもりだったのでしょうが、たった一言で半分以下ではこちらが困りました。

その翌日ホテルを出てしばらくすると、またその店主が向かいから歩いて来ます。
散歩の途中だそうですが、「一緒に店に来ます?それとも後で?」
と昨日のことはなかったように、普段の快活な声に戻っていました。

またある年には奥さんもいて「朝からネクタイをどっちにしようか悩んでたのよ、どっちでも変わらないのにね」
とやられてるので、
「何処も一緒ですね」と笑いましたが、当のご本人はけっこう真顔で萎れた感じの横顔だったのを、今となっては思い出します。

またある年、買ったものに合わせてネクタイを三本くらい即座に選ぶと、横からやはり三本くらい選んで合わせてくれるのですが、その日はバイオリズムの問題か上手く合わなくて「こりゃダメだ、その方がいいね」なんて言って大笑いしたこともありました。
その内の一本は「大丈夫、他のに合わせるから。旅の思い出ですよ」なんて言ってたのが、本当になってしまいました。

最後に会ったのはもう何年も前のことでしたが、いついつの何時に着くからと連絡をもらって、都内に会いに行ったのが結局最後になりました。
致し方ないことですが、善い人が亡くなるは寂しいことです。
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縮む

2022-06-18 |  その他
コロナ期間中にも定期的に出かけなければならなかったのが理髪店と、それより少しサボリ気味でしたが歯科定期検診です。
本当に髪だけはキチンキチンと伸びますね。
先日、一回サボってしまった歯科検診に行くと、「よく磨けてますね!」と言われた割に痛い目にあいながら、「オミカギリっ!」とか言われながらツネられるおじさんになったみたいな気分を味わいました。

コロナ以前はたまに都内の同業者にお邪魔して、他愛ない雑談のうちに「この間こんな素材を扱ったらこうだった」とか「あの生地は裁断前にこうしたら後で良かった」なんて話を交換して帰って来ると、後々参考になったりします。
単純に生地の話だけでも、雑誌などの内容とはだいぶ違います。

今はどうか分かりませんが、私たちの頃は男子が簡易的な椅子など作っている間に、女子は被服製作に取り組んでいました。
手始めに、使う生地が服になってから変化しないよう「地のし」とか「地詰め」という工程があったと思います。
建築物も基礎がくるっているとどんなに上をきれいに作っても後々歪みが出てくるように、服も同様です。

あるメーカーがまだそれほど有名でなかった20年以上前、パターンオーダーを始めたとかオーダーを始めたというたび面白がって付き合っていました。

私がどこそこの仕立屋へ行ったというと、翌年には出張のついでにそこへ行って既製服を発注して来たとか、その会社が登り調子で熱心な時期でした。

そこの既製品に良い色柄があったのですが、着ているうちに次第によれて、手を加えてもどうしようもない状態になり結局処分しました。
ざっくりしたヘリンボーンで組織が安定しにくい素材ではありましたが、おそらくキチンとした下拵えが足りなかったのだろうと思います。

もし今同じ生地を見つけたとしたら水に通して乾かしてというのを繰り返すか、よく見てもう少し手荒く扱ってみるかもしれません。

昔から仕立屋さんによる経験値でそれぞれのやり方があるようで、相当デリケートな生地もお構いなく浴槽にどっぷり浸すという海外の仕立屋さんもいるそうです。

こういう話は長く探究心をもってやってこられた方に聴くのが一番だと思いますが、お話を伺った頃すでに60年近いキャリアだった方は、今の生地はあまり変化しないのではという合理的なお考えでしたが、同時にわずかではあるが一定のところまで少しづつ縮むという話もされていました。
結局、他店よりも更に入念に詰めていらっしゃったようです。

ここで服が変化すると聞いて、「それで最近ウエストがきついのかな?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、おそらくこういう場合パンツのウエストより、そこに収める中身の方が変化して可能性が高いので測ってみて下さい。



という訳で、作る服も生地を出来るだけ安定した状態にしてスタートしてもらうようにしていますが、先日本当に生地が縮んで足りなくなったという一件がありました。

よく寝具などザックリした製品には洗濯で縦横何%縮む可能性がありますよと書かれてますが、確かめるとそのウール素材は約3%縮んでいました。
滅多にないことですが、そういう不慮に備える為にもきちんした仕事をしてもらっていることに安堵したと同時に、お取引き先の皆さんが揃ってきちんとした仕事で支えて頂いてることを実感した出来事でもあります。

服はいつも通り何事もなかったように納まりましたが、皆さんの誠実な仕事の詰まった一着となりました。
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