以前、NHKで『総合診療医 ドクターG』という番組をやっていた。これは毎回、現役の医師が実際に手がけた症例を持って登場し、ゲスト回答者として集められた3人の研修医がそれを診断する、という公開カンファレンス(症例検討会)に見立てたバラエティ番組だったが、与えられたさまざまなデータを元に最終診断を下すまでのそのプロセスは、ミステリにおける謎解きと全く同じであることを見事に示していた。この本の著者である千葉大学病院総合診療部教授の生坂政臣も『ドクターG』に登場した医師の1人で、彼が主催するカンファレンス(あるいは勉強会)を再録したと思われる『めざせ!外来診療の達人』は、まさに「読む『ドクターG』」である。
この『めざせ!外来診療の達人』は、そのタイトルから明らかなように、普通の人が楽しみで読む類の本ではない。想定する読者は医学生、研修医から、主に外来診療を担当する現役バリバリの医師まで。だから当然のことながら、この本を読むには一定レベル以上の解剖学、生理学、病理学、薬学から各種検査法までの知識が要求される。けれども、ある程度そうした知識があると、この本は並みの作家が書くそれとは比べものにならないほどの、非常に優れた謎解きミステリ+ホラーに変わる。
この本を読むと、優れた総合診療医は患者の何にどう注目し、どのように推論を働かせ、どんな検査を行い、そこからどのように最終診断に持っていくか、という一連のプロセスが非常によく分かる。ありふれた症状から意外な疾患が明らかになるまでの流れは、まるで一級の謎解きミステリを読むような意外性と爽快感がある。と同時に、読めば読むほどジワジワ怖くなってくる。
例えば、カルテ03「右肩と首が痛い、あと頭痛も」と訴える63歳女性のケース。
2カ月くらい前に右肩と首が痛み始めた。両手首も少し痛んでいたが、現在は軽快している。近医を受診したところ整形外科の受診を勧められ、整形外科では「筋肉の痛み」ということで注射を受け、鎮痛剤も処方されていたが、痛みがひどくなってきたため当院を受診。
こんな人は町の接骨院/整骨院や整体院などでも普通に見かけるし、カルテ06「テニスの最中にめまい、その後に嘔吐も…」という63歳男性のケース。
前日にテニスをしている最中にめまいが起き、その直後に何度か嘔吐あり。家で安静にして、夜は少し改善したが、翌朝になってもめまいが残っているため独歩で受診。
という症状も、これを読んでいるあなたやあなたの周囲にも、こういう経験がある(か、今そうなっている)人がいるかもしれない。もちろん、ここから医療面接(問診)で詳しい病歴を聞き、更に身体診察、各種検査を行って…ということになるが、そこから導かれた結論には(似たような症状を持つなら特に)背筋が寒くなるような感覚に襲われるだろう。巷に溢れるホラーは、小説家が怖がらせのテクニックを使って書いた、本当らしく見せかけただけの「作り話」だが、この本に出てくるのは「本当の話」なのだから。そして次にこうした症状に見舞われるのは、あなたかもしれない!
私は医師ではないが、治療家というものを生業としている人間であり、勉強のためにこれを読んでいる。正直、医師ほどの医学的知識があるわけではない私が読むにはかなりハードルが高いが、それでも結構面白く読める。と同時に、自分の不勉強を痛感させられる。手技療法や自然療法の治療家やセラピストの中には「西洋医学的な医療は人間を部分でしか見ないが、自分(たち)は人間を丸ごと全体として見ている。だから西洋医より自分(たち)の方が上だ」などと主張している人たちがいるが、そういう人こそこういう本を読んで、頭をガツンと一発ぶん殴られるような体験をしておくべきだと思う。
※「本が好き」に投稿したレビューを加筆修正したもの。
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