一枚の葉っぱをとりだして ちいさな箱
の中に入れる 猫をとりだしては バナ
ナをとりだしては ちいさな箱の中に入
れる 葉っぱはアッパのまま 猫はニャ
ーニャのまま バナナはバのまま入れて
こどもは大事そうに箱を抱えながらせっ
せせっせせっせ だっこだっこという詩
を書き散らす まあるい野原のまん中で
(「幼な児は詩人」より『学校』)
詩の言葉とはどこから来たのか?わたしとあなたのそれはいつのまにか日常を越えてからみあい、そう、ダンスするように呼応するのである。夕陽のこちらとあちらに立ちながら、幼な児のように詩の言葉を探しては互いに世界を抱擁し…詩を読んでいると、そのような気持ちになる。
たかとう匡子は1939年神戸生まれの詩人である。詩集『学校』で第8回小野十三郎賞を受賞している。
私がたかとう匡子の詩に惹かれるのは、豊かなイメージによって世界が構築されているからである。上記の「幼な児は詩人」は、子どもの言語獲得を目撃した体験がイメージに昇華され、「だっこだっこという詩を書き散らす」という詩行へ生成されている。吉本隆明は、「言語表現のひろがりとは一体なにかといいますと、ある人間にとっての<受け入れの仕方のひろがり>だと云えるでしょう」と述べている(※1)。そのような言及をふまえると、体験がどのように受け止められ、詩の言葉となり、世界が構築されているかについて興味が湧き起こる。詩を書き続け、しなやかに時代を越えてきた詩人の豊かな視線を感じることが読む楽しみにつながる。
あの日崖っぷちには
岩々を包みこむ液状化した透明ガラスがあった
はげしい雨に耐える海棠の紅色がすぐそばにあるというのに
触れることすらできない
往来不能の境界線だと思った
あまりにも回路は閉ざされていた
そのとき聞こえていた断末魔の悲鳴は
ほんとうは見慣れたビルの瓦礫の下からだったろうか
闇のなかに光る透明ガラスに抑圧されたものたちの目が
わたしの内部へ内部へと入りこんできて
わたしはどこまでもさらわれてしまいそうだ
(「花盗人」より『水よ一緒に暮らしましょう』)
たかとう匡子の詩には、阪神大震災の記憶、空襲で妹を亡くしたこと、教員生活という体験が様々な形で表われている。そこには、体験の大きさだけがあるのではない。日常と地続きでありながら、まなざしは身体や日常の背後にあるものへ向けられる。日常と非日常の裂け目を詩人の目は逃さない。詩には熟成された時間が流れ、読者はそれを受け取ることで世界をより深く知ることになる。
もちろん、詩に書かれた世界と作者の体験は別である。そうなのだ。詩を真ん中に据えて眺めていると、<作者のわたし・作品のわたし・詩を書こうとするわたし>の三者が存在し、詩の世界が立ち上がってくる。私がこの詩人を好きなのは、「詩を書こうとするわたし」の強さに惹かれているからでもある。対象へのまなざしの強さがそこにはある。
これを読むあなたも、感性の喜びのひとつとして、この豊かな世界を受け取ってみてはどうか。
何かがひそんでいるような
さっきの声は
どこへいったのだろう
気配はあるのに
その炎のなかにいるのは わたしです
その炎のなかにいるのは わたしです
遠い
八月の風の中で
今も震えている
妹よ
(「八月の妹」より『ヨシコが燃えた』)
参考:
たかとう匡子『学校』(思潮社2005)、『水よ一緒に暮らしましょう』(思潮社2003)、『ヨシコが燃えた』(澪標2007)
※1 吉本隆明「言葉の根源について」p120(『詩とはなにか』思潮社2006に収録)
野田かおり 未来短歌会、アララギ派短歌会会員。第一詩集『宇宙の箱』(澪標 2016)。
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