* (未来とは)
と始まるこの詩の三連目。
一連目の「だれの空でもなくだれの陸地でもない」は「知っている」。そう考えている。けれども三連目で、
が出てくる。
「人々と手をつないでみごとな輪をつくる」ことは知っている。けれど、その輪なのかに何があるのか「知らない」。
これはほんとうに「知らない」なのか。
だいたい「未来とは/だれの空でもなくだれの陸地でもない」とはほんとうに知っていることなのか。
そうではなく、ここには書かれない「動詞」があるのだ。
「考える」「考えたい」がある。「想像する」でもいい。そのとき、ひとはことばを動かす。考えは、ことばといっしょに動く。嵯峨は、ことばといっしょになって考える。
それが嵯峨にとっての詩である。
*
詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
オンデマンドで販売しています。100ページ。1500円(送料250円)
『誤読』販売のページ
定価の下の「注文して製本する」のボタンを押すと購入の手続きが始まります。
私あてにメールでも受け付けています。(その場合は多少時間がかかります)
未来とは
だれの空でもなくだれの陸地でもない
と始まるこの詩の三連目。
ぼくらは人々と手をつないでみごとな輪をつくる
その輪のなかになにかを囲んでいるのかだれも知らない
一連目の「だれの空でもなくだれの陸地でもない」は「知っている」。そう考えている。けれども三連目で、
知らない
が出てくる。
「人々と手をつないでみごとな輪をつくる」ことは知っている。けれど、その輪なのかに何があるのか「知らない」。
これはほんとうに「知らない」なのか。
だいたい「未来とは/だれの空でもなくだれの陸地でもない」とはほんとうに知っていることなのか。
そうではなく、ここには書かれない「動詞」があるのだ。
「考える」「考えたい」がある。「想像する」でもいい。そのとき、ひとはことばを動かす。考えは、ことばといっしょに動く。嵯峨は、ことばといっしょになって考える。
それが嵯峨にとっての詩である。
*
詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
オンデマンドで販売しています。100ページ。1500円(送料250円)
『誤読』販売のページ
定価の下の「注文して製本する」のボタンを押すと購入の手続きが始まります。
私あてにメールでも受け付けています。(その場合は多少時間がかかります)