詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

詩集「改行」へ向けての、推敲(2)

2016-07-16 23:22:28 | 詩集『改行』草稿/推敲
詩集「改行」へ向けての、推敲(2)

(6)そんなはずはない、

くちびる--ということばに出会ったとき、くちびるは指でなぞられていた。窓の外には雨の音がしていた。くちびるの端から中央へ、ガラスをつたう雨のように、指はくちびるを離れまいとしていた。机の上には読みかけの本があった。コーヒーカップがあった。雨に濡れた窓のまだらな光と影がページに落ちていた。そのページをめくるように、指の腹がくちびるを押しながら動くと、声にならない息がもれた。体温に染まった湿り気が、ことばに見られているのを意識しながら、指に絡みついた。指も、見られていると気づいたのか、少しもどろうとする。くちびるの奥からは舌先があらわれて指紋に触れる。
 本のページが、はやく、と指を誘う。
 そんなはずはない。
 指はくちびるの上をすべる。あふれてくる唾液。
 そんなはずがない。
 コーヒーカップの縁を指でなぞりながら、ことばは目をそらす。窓の桟にたまった雨がカーテンを重くしている。まだ五時だ。











(7)窓の下を通りながら、

窓の下を通りながら思い出す部屋にはガラスの花瓶があった。
テーブルの上に半透明な灰色の影があった。
影は明るくなる光とや沈んでいく陰影との諧調をつくるので
私たちはそれを鉛筆でスケッチして過ごした。
(私はやわらかな鉛筆で、あなたは硬い鉛筆で、
あるときは器に水が注がれ
曲面にとおい編み籠の模様が規則正しく映っている、
と言ったのはあなただったか私だったか、
私のなかのあなただったか、あなたのなかの私の知らない誰かだったか。











(8)あの

あのときのあの場所と、あのときのあの場所。
いっしょに書いてしまおう。
あの花をあそこに咲かせ、あのテーブルはなくして。
あの部屋はテーブルを取り除くと
一辺の長さが正確になる。
あの板張りの床に伸びたあの影のかわりに
コップのふちにきらめいたあの光に
あのことを語らせる。
あれは不似合いだし、象徴や比喩にはならないが、
だからこそ事実が濃密になる。
あの手紙の引用の順序もかえてしまおう。
三日前のあの気持ちと二年前のあの気持ちはまじり、
あの私にたどりつける。











(9)ことばは夏の公園を、

ことばは夏の公園を持ち去ってしまった。
きみにあてた手紙のなかでは小さな砂場が白く焼けていた、あの公園を。
図書館の本を盗むような手早さで。
残された場所に沈黙が降った。

ことばはたばこを吸ってみた(と書いてみた。
肺のなかに広がってくる不定形の熱い感触は孤独が泣いているようだ(と書くために。
遠い本棚にある虚構という文字にはすべて傍線が引いてある、
と消しゴムで書き直すために。

ことばは隣の部屋でなっている電話の音をどう描写すべきか考えた。
きみはけたたましさと静寂が戦うのを受話器越しに見ている。
この三連目は詩集に組み込まれるとき消される(消さなければならない、
そう分かっていたけれど。




(9-2)こことばはたばこを、

ことばはたばこを吸ってみた(と書いてみた。
肺のなかに広がってくる不定形の熱い感触は孤独が泣いているようだ(と書くために。
遠い本棚にある虚構という文字にはすべて傍線が引いてある、
と消しゴムで書き直すために。











(10)屈辱を投げつけてやりたいと、

屈辱を投げつけてやりたい、
何時間かかってもいい、
屈辱におとしいれてやりたいと、

棒で打ちのめされる犬を見ているもう一匹の犬。
逃げるところを失ない金網に尻を押しつけて
すべての時間をついやしている。

男は夢中になる。
夢中になる必要がある。
この知らない感情のために。



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