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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

サラ・ガブロン監督「未来を花束にして」(★★★)

2017-01-30 11:12:42 | 映画
サラ・ガブロン監督「未来を花束にして」(★★★)

監督 サラ・ガブロン 出演 キャリー・マリガン、ヘレナ・ボナム・カーター、ブレンダン・グリーソン 

  100年という単位は不思議だ。 100年前は女性に参政権がなかった。そして、私が生まれる前はまだ江戸時代だった。当然のことが、当然ではない時代があった。時代の変化はとてつもなく速い。
 そうだとすると。
 2017年01月30日読売新聞朝刊(西部版・14版)に「米、難民ら 109人入国拒否/大統領令 世界で空港混乱」という見出しのニュースが載っている。たったひとりの権力者(トランプ)の思いつきが時代を逆行させている。人間の権利を制限し始めている。この動きは、あっと言う間に世界を変えてしまう恐れがある。入国拒否だけではなく、外国の航空会社では「登場拒否」という形でアメリカへの渡航に制限をくわえている。そういう動きが始まっている。どこまで、どんなスピードで拡大するだろうか。
 トランプの「米国第一主義経済政策」で株価が暴騰している。しかし、これがほんとうに「景気拡大」なのかどうかは、あやしい。他人(他国)を犠牲にしての成長というのはありえない。景気も激変するだろう。「難民の入国拒否」と同じように加速度的に世界の隅々にまで広がるだろう。暴力の広がるスピードは果てしない。

 逆のことも言える。 100年の「期間」でみると、社会の変化は速い。しかし、「個人」の時間に限ってみてみると、 100年は長い。 100年とはいわず、「一日」も、とてつもなく長い 100年の激変を「一日」の側に立って見つめなおしてみる必要がある。。
 「未来を花束にして」に描かれる「時間」のは、はっきりとはわからないが1年間くらいのものだろうか。そのなかで、女性が疑問を持ち、自覚し、行動していく。それが少しずつ社会に広がっていく。トランプのように「権力」を持っているわけではないので、だれもそのことばに耳を傾けない。けれど、闘い続ける。彼女たちに「一日」の「長さ」を耐えさせているのは何か。
 キャリー・マリガンが聴聞会で証言をする。傍聴にいったのだが、証言するはずの女性が顔に怪我をしている。たぶん、夫に殴られたのだろう。かわりに証言することになる。書かれた原稿を読む予定だったのだが、議長(委員長?)から質問されて自分の体験を語り始める。このシーンが美しい。
 洗濯工場で生まれ、洗濯工場で育ち、いまも洗濯をしている。アイロンかけをしている。母のことを語り、自分のことも語る。そのなかで、突然「女の一生」に気がつく。洗濯工場で生まれた女は洗濯工場のなかで一生を終わる。洗濯工場で働く女の一生は短い。環境がよくない。男は配達に出て外の空気を吸えるが、女は工場の中にいる。薬品の匂い。蒸気。男と女の置かれている状況の違いにも気づく。
 もちろん、そういうことは「知っていた」のだが、ことばにすることではっきりする。自分の「ことば」の発見。そして、その「ことば」を聞く人がいる。そういうことを知る。ここからキャリー・マリガンが変わり始める。
 この「対話」はすぐには実らない。しかし、「対話」がはじまるところが、とてもおもしろい。さすが、イギリス。シェークスピアの国。どんなことも「ことば」にしないかぎり存在しない。そのひとが「自分のことば」でいわないかぎり、その人の「思っていること」(思想)は存在しない。しかし、ことばにすれば、それはどんな小さなことばでも「思想」そのものになる。そしてそのとき、人は自立した「人間」になる。女でも男でもない。「区別」を越えた「いのち」になる。
 対話は夫との間で、工場長とのあいだで、そしてキャリー・マリガンを取り調べる刑事とのあいだでも繰り広げられが、刑事との対話がハイライトである。刑事は「どうせおまえは組織の末端にすぎない。利用されているだけだ。情報を密告しろ。助けてやる」というようなことをささやく。これに対してキャリー・マリガンは「あなただって組織の末端で働いているだけだ」と手紙に書いて送る。このシーンも、とてもいい。面と向かってことばで主張してもいいのだが、手紙(書く)ことによって、ことばが残る。紙のうえに残るだけではなく、繰り返し読むのでこころに残るのである。それが刑事を少しずつ変えていく。ことばが人を変える。この「じわり」とした変化がいい。
 ひとりひとりは、少しずつ変わる。
 声高には語られていないが、「女性参政権」は女性の問題ではなく、男の問題でもある。それを刑事は体現している。

 「変化」には二種類ある。「変化の速さ」にも二種類ある。
 あらゆる問題には二面性がある。アメリカの経済不振は「自由貿易」だけが原因ではない。「難民」だけが原因ではない。アメリカの「ことば」が問われている。アメリカの政策に対して何が言えるか、私たちの「ことば」が問われている。
                       (KBCシネマ2、2017年01月29日)

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