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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

山本楡美子訳ヨシフ・ブロツキイ「その後」ほか

2013-02-14 23:59:59 | 詩(雑誌・同人誌)
山本楡美子訳ヨシフ・ブロツキイ「その後」ほか(「長帽子」74、2012年11月20日発行)

 きのうにつづいてヨシフ・ブロツキイの詩--という言い方でいいのかどうか、わからないのだが、山本楡美子訳ヨシフ・ブロツキイ「その後」の1連目。

歳月は過ぎていく。石づくりの宮殿の門に
罅が入る。目の弱い縫い子がやっと
針に糸を通す。聖なる家族、描かれた姿は
エジプトへ、辛くも、半ミリ近づく。

 「その後」とは何かの事件のその後、だろう。「歳月」ということばが、「その後」が「直後」ではなく、時間が経っていることを暗示する。で、その「時間」とは、どういうものなのか。例えば、10年、20年というような年月か。私は違うと思う。
 その「根拠(?)」は、……。

     目の弱い縫い子がやっと
針に糸を通す。

 この行の中にある「やっと」ということばと「目の弱い」、さらには「針に糸を通す」ということば。
 近眼。針に糸をとおすのに時間がかかる。それは「何十秒」か「何分か」、はかることもできるけれど、はかってもしようがない。「やっと」。その「やっと」は「肉体」が感じる時間である。肉体でしかつかめない時間。それも、「目の弱い」という肉体がつかむ時間。「やっと」だけれど、何かそこには到達感がある。それを含んだ時間だ。
 その「やっと」を経て、(これから先は私の想像だが)、縫い子は「聖なる家族」の刺繍を縫っていく。一針ごとに刺繍は完成に近づく。それを「エジプトへ、辛くも、半ミリ近づく。」と言う。
 このとき、「やっと」と「辛くも」は、どう違うのだろう。
 ロシア語の原文を私は知らないのだが、「やっと」と「辛くも」は、ロシア語ではやはり違うのだろうか。訳しわけているから違うのかもしれないが、同じことばでも違うふうに訳したのかもしれない。
 私の「肉体」の感想を言えば、「やっと」には縫い子の思いが、「肉体」の苦労がこもっている。けれど「辛くも」には何か「肉体」の印象がない--というと少し違うか……。うーん、「辛くも」は何か、私には「肉体」というよりも「客観的」な印象がある。傍観的な、と言い換えることができるかもしれない。外から見ていて「辛くも」と言っている感じがする。「やっと」は「肉体」の内部をいっしょにくぐることで「やっと」になる。
 「やっと」ということばが動いているのは「縫い子」という人間を主語とする文であり、「辛くも」の文では人間を主語とせず「描かれた絵」という「もの」だからかもしれない。「やっと」の方が、私には「親身」になれる。
 で、私がいいたいのは、同じ時間であっても、ある時間には「親身」になれるが、別の時間には「親身」になれないものがある。あるいは「親身」とは無関係に存在するものがある、ということ。
 そして、ブロツキイの「その後」という時間には、その「親身の時間(肉体の時間)」と「客観的時間(10年、20年という期間)」の「ずれ」があって、その「ずれ」ゆえに、ことばが詩になるというか、こころが動いて、そこに「ひとりの人間」が浮かび上がるという感じがする。

 ふつう、こういう「やっと」と「辛くも」の区別は感じずにやりすごすものだが、それが「意味」ではなく「肉体」に迫ってくるのは、そこにブロツキイの「肉体感覚」というものがあるからかもしれない。

私に触れれば--干からびたごぼうの茎に触れる。
遅い三月の夕暮れ、本能的な湿り気、
町の石切り場、広い大草原、
生きてはいないけれども私が覚えているものに触れる。

 ここはとても微妙だ。
 「覚えている」とは、どういうことだろうか。「生きてはいない」けれどとはどういうことだろうか。
 「干からびたごぼう」は「生きていない」のか。「石切り場」という無生物(鉱物?)も、「生きている」ともいえる。「大草原」は「生きている」のではないか。--「生きていない」は、たぶん、いまのブロツキイの「肉体」からは切り離されているものを指しているのだろう。それはいまはブロツキイには「触れる」ことはできない。けれど、それをブロツキイの「肉体」は「覚えている」。だから、「私(の肉体)に触れれば」、そのいま/ここにはない(生きていない)ものに触れることになる。
 ブロツキイの「肉体」のなかには、いま/ここには存在しないものが「ある」。その「ある」は「辛くも」あるのではない。そして「やっと」あるのでもないのだけれど、うーん、「やっと」では言い表せないけれど、「やっと」に近い何かの感じである。目の弱い縫い子が懸命に針に糸をとおすときの「力」に通じるもの、これをするんだという「力」のようなものとして「肉体の内部」から外へ向けて動きだす「力」として「ある」。
 だからこそ、ブロツキイは書く。

私に触れれば--私を無視するもの、
私を、私のコートを、
私の顔を信じないような人を困らせる。
その人の本では私はいつも遺失物。

 「事件」の後、つまり「その後」、親身な人もいれば、そうではない人もいる。そして、親身ではない人がもしブロツキイの「肉体」に触れたら、それがただ単に「肉体」であるだけではなく、そのなかに、いま/ここにはない「干からびたごぼう」「石切り場」「大草原」があるのを知って困惑する。ブロツキイの「肉体の内部」から、そういうものがいまも「生きているもの」としてあふれだしてくるのがわかるから、困惑する。ブロツキイを信じない人(親身ではない人)は、ブロツキイの内部に生きているものを「殺して」しまった。けれど、ブロツキイに触れると、それが自分たちの「肉体」のなかでも「辛くも」生きているということがわかる。それがわかるからこそ、ブロツキイを「紛失物」にして切り離したいのかもしれない。--客観的な時間(10年、20年という期間)のむこうへ押しやりたいのかもしれない。
 けれど、「肉体のなかの時間」は、押しやることができない。「肉体」のなかでは「 1秒前」と「10年前」は区別がないから。そして、その「肉体のなかの時間」は客観的な時間とは共存できない。そのことが、「その後」ブロツキイにははっきりわかった、ということなのだ。

 というようなことを考えながら、山本楡美子「日の遺跡」を読み返す。

その日
二、三十羽の子スズメが飛び立った
辺りの野原には
草でできた籠が並んでいた
今にもころがっていきそうだった
はちみつ色の聚落
踏みつけそうだった
古くは発掘された遺跡
新しくは草を素材にして造った家々
相似形の
寒い風
子スズメがいっせいに羽ばたく
外敵(人間 ネコ とかげ 影 大声
わたし)がいなくなるまで戻ってこない
透けている聚落
さあ
わたしたちを置いて
もう行きなさいという

 子スズメの「時間」、「わたしの時間」がすれ違う。そのとき、山本のなかで、人間の「いまの時間」と「遺跡の時間(過去の暮らしの時間)」がすれ違う。「時間」は、それぞれの「肉体」のなかで違った具合に動いている。そして、違いながら、また「同じ」ふうにも動いている。どこが「同じ」かといえば、「違う」ということが「わかる」ところが「同じ」なのだ。--この「わかる」は、まあ、私がいつも書いていることばで書けば「肉体が覚えていること」なのだけれど。








森へ行く道
山本 楡美子
書肆山田
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