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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

広田修「桃の実」

2007-10-02 09:33:08 | 詩(雑誌・同人誌)
 広田修「桃の実」(「現代詩手帖」2007年10月号)
 「新人作品」欄に載っている。蜂飼耳が選んでいる。蜂飼の選ぶ作品はいつもとてもおもしろい。今回の広田の作品もおもしろい。蜂飼の感想と重なるが、次の部分がとてもおもしろい。

お前本当は桃の実じゃないだろう
ぼくはそいつをもぎ取り
皮をむいてみた
白くて柔らかい果肉があった
食べてみたら甘かった
そこまで徹底して僕をだまそうというのか

桃の実の置かれた地点で
いくつもの曲線が交わっている
この曲線はあの日の僕の痛み
この曲線は誰かの失恋
この曲線は自動車の発明
僕は悲しくなって泣いた
だって無関係なものが
たくさん交わりすぎているじゃないか

 引用した最後の2行が特におもしろい。
 広田のことばは、私の知っているかぎりでは「論理的」に動いてゆく。「論理」が好きなのだと思う。「論理」とカギ括弧をつけてしまうのは、それが本当の論理ではないからだ。論理と呼ぶには原理が定義されていない。たとえば、この詩では「曲線」というものが定義されていない。定義されないまま、そのことばを繰り返すことで、そこにあたかも論理的な何かがあるかのように装われている。
 そこにあるのは「僕の痛み」「失恋」ということばが象徴的だが、何か「抒情的な」ものである。
 「痛み」というものは実は不思議なものである。たとえば人が腹を抱えうずくまり、脂汗を流している。うめいている。そうすると、私たちは「あ、この人は腹が痛いのだ」と感じる。自分の肉体ではないのに、その「痛み」がわかる。「僕の痛み」あるいは「失恋」の痛み、というのは、肉体の痛みのようには伝わってはこない。「そんなことで、痛いの?」と思うこともある。「僕の痛み」「失恋」の痛みが共有されるには、肉体ではなく感情が共有されなければならない。これは、なかなかむずかしいけれど、むずかしいだけにいったん共有されると「肉体の痛み」よりも強烈に働く。共感を呼ぶ。「肉体の痛みは手術でどうにかなる。こころの痛みは外科手術がきかない」という「論理(?)」を引き寄せる。
 広田がここで書いている「曲線」は、そうした何か「共感」を前提とすることばである。
 こうしたことばが「詩」として働くのは、そこに一種の「共感覚」があるからだ。たとえば私はその「曲線」に「曲線」以外のものを感じる。それはほかのことばに置き換えられないが、「曲線」ということばを読みながら、私はどんな「曲線」も思い浮かべていない。一種の「音楽」を聴いている。音を聴いていて、その「音」が美しいなあ、と感じる。「音」の抒情に誘われてしまう。きらきら輝いて見える。「曲線」という「音」がこんなに美しい輝きを持っているとは思わなかった。そして、それがモーツァルトの繰り返しのように繰り返されるとき、その「音」に酔ってしまう。きらきら疾走するものを感じて、うっとりしてしまう。
 私の感じているものと「曲線」とは、何の関係もない。論理的には無関係である。論理的には無関係であるけれど、それが、ふいに、なぜか結びついてしまう。
 詩の好き嫌いは、たぶんに、そういう論理とは無関係なもの、「共感覚」とどこかでつながっている。
 広田が、そういう問題をどれくらい切実に感じているかはわからないが、「だって無関係なものが/たくさん交わりすぎているじゃないか」という行からは、何かを感じているらしいということが窺える。「共感覚」をどこかで探り当てていることが窺える。
 この「共感覚」を「共感覚」のまま、ずーっと維持し続ければ、たとえば蜂飼のようなとてもすばらしい作品になるのだと思う。広田は、しかし、そういう世界へは入ってゆかない。どこかで「論理」ではなく、ほんとうの論理にあこがれがあるのかもしれない。論理を哲学と言い換えれば、広田の引き返す場がわかりやすいかもしれない。
 今、広田は、詩と論理(哲学)のあいだで引き裂かれ、宙ぶらりんの状態なのかもしれない。宙ぶらりんは宙ぶらりんでおもしろいのだが、それが論理へ引き換えそうとする意思が強いと、ちょっとつまらない。蜂飼も指摘しているが、たとえば次の2行は、それまでの「共感覚」からほど遠く、とても味気ない。

すると重さはあくまで重く
赤さはあくまで赤くなってしまい

 論理のことばをどう捨てるか。これは広田にとっては難問だ。広田の頭は論理を指向しているからである。「交わりすぎている」ものをまじわったままかかえこむ、抱き締めるのではなく、交わりを解きほぐし、重さは重さに、赤い色は赤い色に分類して整理してしまう方向を指向するのが広田の頭だからである。

コメント (1)
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