@「甲斐性」とは辞書では「やる気溢れた気質・根性」、と男根性を指す意味である。だが現代では女性に対しても「甲斐性」を使うが、どちらかと言うと「スマートにこなせる人」と言う感じになるのか。「男女平等」などで逆に女性にも「甲斐性」が求められる時代になったのだろう。それとネット上のやり取りが増え、相手の感情が読み取れないのか「他人への思いやり」も案外少なくなっている感がする。
『我が家のヒミツ』奥田英朗 6短編小説
1、『虫歯とピアニスト』 結婚して数年、子供ができないことで夫の実家から医者に診察に行くようにと言われ悩む。悩みを抱えたまま妻は歯医者の受付で仕事をする。そこで出会った患者の一人がファンのピアニスト。そのピアニストからの言葉「プランAしかない人生は苦しいと思う。常にプランB、プランCを用意し、不足の事態に備えている。つまり理想の展開なんてものを端から信じていない。理想を言い訳にして甘えてもいない。逆に言えばそれが一流の条件だ。だから人生にもそれを応用すればいい。あなたも・・」「人生を大袈裟に考えなければ、ほとんどのことは諦めがつくのだ。それを悲劇と捉える人と、運命と思って受け入れる人の差は、心の中のスイッチ一つでしかない」
2、『正雄の秋』同期との昇進レースに敗れ、53歳にして気分は隠居。その昇格した同期にもお祝いの言葉させかけられない惨めさを感じたまま久しぶりの旅に出る。旅の中ほどで同期の親が亡くなり急遽旅を変更、葬儀に参加することに。そこで漸く同僚に心を開い思いを伝えることができた。それは同期の親元の故郷に着き同期の育った和やかで素朴な環境を見て心の癒しになったのだ。
3、『アンナの十二月』16歳になったのを機に、初めて実(血の繋がった)父親に会いにいく。今の家庭の父は血縁関係のない育ての父親で、血縁のある父は独身、著名な演出家だった。夢憧れる仕事に魅せられ、心も身も揺さぶられる。だが同級生からのアドバイスもあり、今の育ての父親の立場を考えさせられ、自分は2股をかけた夢を追いかけていたことを恥じる。実の父親が「もしかしたら離婚して、アンナを苦しめたかもしれないね。大人の都合で振り回しておいて、その後フォローもしてなかったし、申し訳ないと思っている」女の子は「運命」「将来性」「ブランド」に弱い。男は甲斐性、経済力とか、権力とか社会的ステイタス、女は愛嬌で誤魔化せる。
4、『手紙に乗せて』母が急逝。憔悴した父のため実家暮らしを再開するが食欲をなくし、睡眠も十分でなく痩せ細ってきた。娘は「残された家族三人の悲しみが10としたら、そのうちの7ぐらいはお父さんが引き受けてくれているのよ。だからお兄ちゃんと私は残りの3で済んでいる」。心配した息子の上司、同年齢で前年に妻を亡くし、辛い思いをした経験者、から1通の手紙を預かり、父に渡す。父もその上司にお礼の返事をしたため渡す。上司は「この歳になって伴侶を失うと言うのは、自分の人生の半分を失うと一緒なんだ」年配者などは縁者が亡くなったときの感情、辛さが読めるから労りの気持ちがあるが、若い世代はそうでもないと身をもって感じる。歳をとると経験から自然に他人の気持ちを思いやることができる、若者の人生経験が乏しいと言うことは、それはそれで貴重な時期だと言う。
5、『妊婦と隣人』産休中なのに、隣の謎めいた夫婦が気になって仕方がない。マンションの隣部屋に引っ越してきた1組の男女。ほとんど外に出ず、ポストにもドアにも表札がない・・「人間は普段慣れていない環境に置かれると、知らずのうちに神経が圧迫され、自覚症状のないままに幻覚や幻聴と行った超以上体験をすることがある」夫は精神的に不安定になり始める妻に忠告するが、妻は一旦疑問を持つと不安で夜も寝れなくなる。ある深夜に隣が外出すると跡をつける。と警官に止められる。隣は実は中国からのスパイで警察が監視をしていた。時間があると身近で何でもないことが気になることが起こる。
6、『妻と選挙』妻が今度は市議会議員選挙に立候補すると言い出す。夫はN賞受賞者の作家、だが今は下り坂で売れ行きも芳しくない。そんな時期出版からは書き下ろしを依頼され時間的なゆとりができる。妻の選挙活動が思うように人が集まらなく、夫も家族全員で協力すると人々の脚光を浴び、遂に当選する。