つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(44) 南朝へ行く

「勇作はん。話を聞いてから断ろうなどと、ウチを見くびってはあきまへんえ。
話を聞いたら、断ることはでけまへん。
そういう覚悟で、ウチの話を聞いておくれやす。
100万は大金どす。
チャラにするからには、それ相当の覚悟が必要どすなぁ。お互いに」
勇作の腹を見透かしたように、恵子が怖い目でじろりと睨む。
10人の従業員たちを連れてお茶屋の座敷へあがれば、ひとり3万円前後の
費用がかかるだろうと、最初から覚悟していた。
舞妓と芸妓を呼べば、当然のことながら追加の別勘定になる。
おそらく最終的には、50万くらいはいくだろうと、勇作も腹を決めていた。
キャンピングカーの改造にかかった費用に比べれば、それでもずいぶん安くつく。
従ってお茶屋でかかった費用は全額を、自分で払うと決めていた。
だが昨夜の宴会は、勇作の予測と思惑をはるかに超えた。
祇園のあちこちから、流通関係の男たちが集まってきたからだ。
一夜明けてから、昨夜の関係者たちが勇作のために、分厚い祝儀袋を届けてきた。
それでも最終的に、100万前後の赤字が出た。
それをお茶屋の多恵と置屋の恵子が、赤字分をチャラにすると突然言い出した。
(何か途方もないことを、絶対に、この女2人は企んでいる・・・
そのうえ、一度聞いてしまったら、絶対に断れませんと条件まで付けてきた。
どうする、聞くか、このまま退くか。選択は、ふたつにひとつだ・・・)
「迷っとるようどすが、選択の余地などはありまへん。
福井のすずさんへ電話をしたら、1も2もなう、すぐに賛同してくれはりました。
女3人は、すでに大同団結の、共同戦線を結成しております。
残っているのは、ハンドルを握るあなただけ。
女は愛嬌。男は度胸。
覚悟を決めて首を縦に、せえだい男らしく振っておくれやす」
恵子が涼しい瞳のまま、勇作の顔を見つめる。
(すずの奴もすでに承諾しているだって?。いったい何だ、女どもの共同のたくらみとは)
勇作の当惑が、一方的に深まっていく。
女たちの数がいつの間にか一人増えて、福井のすずまでが関わっているという。
女たちが何を企んでいるのか、勇作にはさっぱり見当がつかない。
「あなたがぐっすりと寝込んでいた午前中のこと。
多恵と2人で、キャンピングカーに乗って旅がしたいねぇ、という話が出どおす。
たまたま駐車場に停めてあったキャンピングカーを見たのが、きっかけどす。
車を見た多恵が、一目で惚れこんだそうどす。
あんな車で旅をしたら、楽しいでしょうねぇと、朝からすっかり有頂天どす。
どなたのものどすかと聞かれたので、あなたのものと答えました。
それをしった多恵が、100万をチャラにしてもいいから、
ぜひ、キャンピングカーに乗ってみんなで、旅に出ようという話になりました」
「ということは女3人を乗せて旅に出れば、不足額はすべてチャラになるという事か?」
「大正解。さすがに話が早い。
祇園の女が2人も乗り込んで、キャンピングカーの処女航海に出たのでは、
福井のすずさんに叱られてしまいます。
私どもと同乗して、南朝の旅はどうどすかとたずねたら、2つの返事での快諾どす。
ということで、3泊4日の南朝への旅は既に決まっております」
「南朝の旅?。後醍醐天皇が南朝を置いた奈良の吉野へ行くということか」
「そのために、新しいキャンピングカーを作ったんでしゃろ。
新田義貞の足跡を追って、旅を続けるのなら、次の目的地は南朝が置かれた吉野どす。
権力を手にした後醍醐天皇が、建武の新政に手をつけますが、
2年あまりで目論見が崩れ、朝廷による統治が崩壊をしてしまいます。
武家のもう一方のトップ、足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻したからどす。
きっかけは、鎌倉幕府滅亡から2年後におこった中先代の乱(なかせんだいのらん)。
後醍醐天皇に忠誠を誓う新田義貞と、武家政権の復権を目指す足利尊氏の
2人による、激しい戦いが幕をあげます。
源氏の棟梁2人による戦いは第2ラウンドの、南北朝の内乱に舞台を移します。
お分かりいただいたら、手始めに、南朝となった後醍醐天皇の吉野へ参りましょう。
美女3人を道ずれに。うふふ」
(45)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(44) 南朝へ行く

「勇作はん。話を聞いてから断ろうなどと、ウチを見くびってはあきまへんえ。
話を聞いたら、断ることはでけまへん。
そういう覚悟で、ウチの話を聞いておくれやす。
100万は大金どす。
チャラにするからには、それ相当の覚悟が必要どすなぁ。お互いに」
勇作の腹を見透かしたように、恵子が怖い目でじろりと睨む。
10人の従業員たちを連れてお茶屋の座敷へあがれば、ひとり3万円前後の
費用がかかるだろうと、最初から覚悟していた。
舞妓と芸妓を呼べば、当然のことながら追加の別勘定になる。
おそらく最終的には、50万くらいはいくだろうと、勇作も腹を決めていた。
キャンピングカーの改造にかかった費用に比べれば、それでもずいぶん安くつく。
従ってお茶屋でかかった費用は全額を、自分で払うと決めていた。
だが昨夜の宴会は、勇作の予測と思惑をはるかに超えた。
祇園のあちこちから、流通関係の男たちが集まってきたからだ。
一夜明けてから、昨夜の関係者たちが勇作のために、分厚い祝儀袋を届けてきた。
それでも最終的に、100万前後の赤字が出た。
それをお茶屋の多恵と置屋の恵子が、赤字分をチャラにすると突然言い出した。
(何か途方もないことを、絶対に、この女2人は企んでいる・・・
そのうえ、一度聞いてしまったら、絶対に断れませんと条件まで付けてきた。
どうする、聞くか、このまま退くか。選択は、ふたつにひとつだ・・・)
「迷っとるようどすが、選択の余地などはありまへん。
福井のすずさんへ電話をしたら、1も2もなう、すぐに賛同してくれはりました。
女3人は、すでに大同団結の、共同戦線を結成しております。
残っているのは、ハンドルを握るあなただけ。
女は愛嬌。男は度胸。
覚悟を決めて首を縦に、せえだい男らしく振っておくれやす」
恵子が涼しい瞳のまま、勇作の顔を見つめる。
(すずの奴もすでに承諾しているだって?。いったい何だ、女どもの共同のたくらみとは)
勇作の当惑が、一方的に深まっていく。
女たちの数がいつの間にか一人増えて、福井のすずまでが関わっているという。
女たちが何を企んでいるのか、勇作にはさっぱり見当がつかない。
「あなたがぐっすりと寝込んでいた午前中のこと。
多恵と2人で、キャンピングカーに乗って旅がしたいねぇ、という話が出どおす。
たまたま駐車場に停めてあったキャンピングカーを見たのが、きっかけどす。
車を見た多恵が、一目で惚れこんだそうどす。
あんな車で旅をしたら、楽しいでしょうねぇと、朝からすっかり有頂天どす。
どなたのものどすかと聞かれたので、あなたのものと答えました。
それをしった多恵が、100万をチャラにしてもいいから、
ぜひ、キャンピングカーに乗ってみんなで、旅に出ようという話になりました」
「ということは女3人を乗せて旅に出れば、不足額はすべてチャラになるという事か?」
「大正解。さすがに話が早い。
祇園の女が2人も乗り込んで、キャンピングカーの処女航海に出たのでは、
福井のすずさんに叱られてしまいます。
私どもと同乗して、南朝の旅はどうどすかとたずねたら、2つの返事での快諾どす。
ということで、3泊4日の南朝への旅は既に決まっております」
「南朝の旅?。後醍醐天皇が南朝を置いた奈良の吉野へ行くということか」
「そのために、新しいキャンピングカーを作ったんでしゃろ。
新田義貞の足跡を追って、旅を続けるのなら、次の目的地は南朝が置かれた吉野どす。
権力を手にした後醍醐天皇が、建武の新政に手をつけますが、
2年あまりで目論見が崩れ、朝廷による統治が崩壊をしてしまいます。
武家のもう一方のトップ、足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻したからどす。
きっかけは、鎌倉幕府滅亡から2年後におこった中先代の乱(なかせんだいのらん)。
後醍醐天皇に忠誠を誓う新田義貞と、武家政権の復権を目指す足利尊氏の
2人による、激しい戦いが幕をあげます。
源氏の棟梁2人による戦いは第2ラウンドの、南北朝の内乱に舞台を移します。
お分かりいただいたら、手始めに、南朝となった後醍醐天皇の吉野へ参りましょう。
美女3人を道ずれに。うふふ」
(45)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら