落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(61)おくりオオカミ

2018-03-08 05:12:23 | 現代小説
オヤジ達の白球(61)おくりオオカミ



 午後6時。薄墨色の空から舞い降りてくる雪が、激しさを増してきた。
闇が濃くなってきた。雪の粒がさらにおおきくなる。
居酒屋から駆けだした男たちがたちまちの雪だるまになりながら、八方へ散っていく。

 「祐介。みんな帰っちまったよ。
 臆病風に吹かれて全員、急いでわが家へ戻って行っちまったねぇ」

 戸口に立った陽子が、祐介を振り返る。

 「しかたねぇさ。この雪の、この降り様だ。
 そういう俺たちもいまのうちに帰らないと、家にたどり着けなくなる。
 だいいち。おまえの家の前には急な坂があるだろう。
 登れるのか、あの坂道を」

 あと片づけは明日にして、俺たちも早く帰ろうぜと問いかけた時、
陽子が「問題はそれだ」と溜息をつく。

 「それがさ。どうやらもう、後の祭りみたい」

 「後の祭り?。なんでだ、いまならまだ登れるだろう。帰れるだろう」

 「交換しそびれたの。あたしの車はまだ、夏タイヤを履いたままなの。
 ノーマルタイヤじゃあの坂は昇れないと思うな。たぶん・・・」

 「夏タイヤのままか。なんてこったい。それじゃ登れないな、あの急坂は・・・」

 「そう思うでしょ、あんたも。
 いいわよ私のことは。このまま、お店に泊まるから」

 「泊る?。ずいぶん無茶なことを平然と言うねぇ。
 布団は置いてないぜ。
 しょうがねぇなぁ。しかたねぇ、俺が送って行ってやる」

 「あら。あんたが送ってくれるの。嬉しいわ。
 でもさ。あんたの車は大丈夫なの。ちゃんと、雪用のタイヤを履いているの?」

 「大金をはらって新品のスノータイヤを装着したばかりだ。
 この日のためにな」

 「あら。わたしのためになんとも用意周到なこと。
 ついでに送りオオカミにならないでね」

 「この野郎。素直じゃないなぁ、お前さんも。
 人の親切は素直に受け取るもんだ。
 坂道を登ったらとっととお前を降ろして、そのまま速攻で帰宅するからな」

 「なんだい、つまらない。
 寄っていきなさいよ。お茶かコーヒーくらいなら、入れてあげるから」

 「バカやろう。送りオオカミをわざわざ家に招き入れてどうするつもりだ。
 ありがとうと言って頬にチューして、それで男を送り返すのが
 淑女のふるまいというもんだ」

 「あら。ごめんなさいね。淑女じゃなくって。
 どうせわたしは、えげつないことばかり考えているはしたない女です」
 
 ふんと横を向き、陽子が赤い舌をチョロと出す。

 陽子の家は丘陵地の上にある。
といってもたかだか50メートルほどの高台だ。
それでも眺めはすこぶるよい。
500mほど離れた祐介の家が、手に取るようによく見える。
朝起きるたび、「おはよう」と祐介の家へつぶやくのが陽子の日課だ。

 頂上へ向かってゆるやかに登りはじめた道が、終点ちかくで急坂にかわる。
近所の年寄りたちはこの短い急な登りを、心臓破りの坂と呼ぶ。

 おろしたばかりのスタットレスタイヤの食いつきは、すこぶる良い。
坂道をぐいぐい小気味よく登っていく。
右へゆるく旋回したあと、お年寄りたちが目の敵にする急坂路が迫って来た。
ここをのぼれば高台の頂へ出る。

 (もうひといきだ。ここをのぼり切れば、陽子の家だ)


 (62)へつづく

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2 コメント

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ワイコマさん。こんばんは (落合順平)
2018-03-16 17:36:47
昨日は22℃。
本日は一転して12℃。
春のきまぐれな天候は、身体にこたえます。
こまめに着る物を調節して、体調管理につとめます。
群馬では梅が満開になりましたが、サクラはまだ
かたいつぼみのままです。
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タイヤだけではしるものでは・・ (屋根裏人のワイコマです)
2018-03-08 21:46:13
信州、雪国の人間からしますとタイヤが
新しくても、駆動方式が前か後ろか??
私らのように四駆か?? 雪道の坂は
登りは何とか登っても・・問題は
下りです
まさしく行きはよいよい、帰りは怖い
私なら、屋根付車庫で一番明かす
ナスの生育順調のようですね
こんど群馬産のナスを探して見ますね
信州の我が町今朝は雪昼間は雨そして
夜になって霙に・・明日の朝が・・
心配です
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