落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(23)かまど炊き

2020-08-25 15:23:20 | 現代小説
上州の「寅」(23)


 「なんだぁ・・・ここは!」


 翌朝。表へ出た寅が目を丸くする。
目の前に、大量の枯れたアジサイの木がひろがっている。
ところどころ桜や椿、木蓮の木が立っている。
しかしどう見ても、手入れが放棄されたままの巨大な日本庭園。


 女たちが住んでいるのは藁ぶきの古民家。
農家ではない。商いをしていたような雰囲気が漂っている。


 「起きたかい。ご飯だよ」


 古民家からチャコが呼ぶ。


 「なんだ。此処は?」


 「説明はあと。ご飯にしょう。食べたらすぐ仕事だ」


 「なんの仕事?」


 「ついてくればわかる。さぁ食べよう」


 「はい」と白米の茶碗が目の目に出る。
「ありがとう」と受け取り、ぱくりと炊きたてを口の中へほうりこむ。
旨い。いままで口にしてきたコメとあきらかに味が違う。


 「なんだ・・・これ」


 「はじめチョロチョロ、中パッパ。
 ここにはかまどが有る。慣れれば誰でも美味しいご飯が炊ける」


 「かまど?」


 「昔はかまどで炊くのがあたりまえだった。
 チョロチョロの弱火は釜全体をゆっくり温め、お米の甘みと旨みをひきだす。
 中パッパでいっきに火力を強める。
 強火で沸騰することでお米に熱がいきわたる。
 ひとつぶひとつぶ、ふっくらした食感にしあがる」


 「なるほど・・・」


 「まだある。ぶつぶつ言うころ火をひいて。
 火を弱めて沸騰を維持する。
 そうするとお米が釜の中の水分を吸収して、甘みともちもち感をさらに増す。
 つづいて一握りのわら燃やし。
 もういちど強火にすることで釜内の水分を飛ばす。
 そうするとハリを残しつつ、大きな米粒にしあがる。
 最後は赤子泣いてもふたとるな。
 これは知ってるでしょ。
 お米に旨みをとじこめるための蒸らし。
 かまどで手間かけて炊き上げると、びっくりするほど美味しいお米ができあがる」


 「君が炊いたの?」


 「わたしが覚えてユキに教えた」


 「ユキちゃんが炊いたのか。こんなおいしいご飯を!」


 「感心している場合じゃないよ。
 かまど炊きは明日からあなたの仕事だからね」


 「え・・・俺が飯を炊くのか!」


 「あたりまえです。働かざる者食うべからず。
 おいしいご飯を食べたかったら、ユキからしっかり教えてもらうんだね。
 ここへきて最初に覚える仕事、それがかまど炊きさ。
 頼んだよ。明日の朝からは5時におきてご飯をたいてくださいね」


 「あちゃぁ・・・」


(24)へつづく