落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(13)親分が来る 

2020-08-03 16:40:04 | 現代小説
上州の「寅」(13) 

 
 元旦の午前10時。参道に初もうで客の姿がふえてきた。
昨夜と違いみんな着飾っている。
そんな中。派手なスーツを着た男が屋台へ挨拶に来た。


 「ご商売中すいません。
 わたくし地元の〇△組の者です。これから親分が初もうでにまいります。
 これは些少ですが新年の名刺代わりに」


 ペコペコ頭を下げながら、1万円札の入った封筒を置いていく。


 「おい。〇△組の親分が初詣に来るってよ・・・」


 「なんだって。おい、えらいこっちゃ。
 のんびりしている場合じゃねぇ。
 おまえらぐずぐずするな。焼き鳥、イカ、タコを、どんどん焼け!。
 シケネタ(古い素材)なんか使うな。マブネタ(新しい素材)を使えよ」


 にわかに屋体が騒々しくなってきた。
あわてて鉄板を磨きだす者。
車のアイスボックスへ入れておいたマブネタを取りに行く者。
あちこちで歓迎の献上品つくりがはじまった。


 「おい。来たぞ」


 歩行者専用の参道へ、黒塗りのベンツがあらわれた。
車の前に2人。後方に2人。映画「ターミネーター」へ出てくるような
屈強の黒メガネがボデイガードについている。


 「車で乗り入れてきたぞ。交通指導員たちを買収したかな?」


 「しっ。滅多なことを言うんじゃねぇ。
 お寺さんだって見て見ぬふりだ」


 「山門の前で停まったぞ。ということはチャコのテントが本陣だ」


 テーブルを置いたチャコの屋台だけが、ほかよりすこし大きい。
車を降りた親分が山門をくぐり、寺へむかう。


 「おい。いまのうちだ。いそいで献上品を本陣へ運べ!」


 「誰が行く?」


 「おれは嫌だ。おまえ行け」


 「おれだって嫌だ」


 「おれだっていやだ。本物とかかわりあうのは」


 「俺もほんまもん(やくざ)はちょっとなぁ・・・」


 「何だよ。しょうがねぇなぁ。どいつもこいつも腰抜けで」


 そこへフライドポテトを持った角刈り男があらわれた。


 「おっ、ちょうどいいや。
 おい新入り。そこのフライドポテトの角刈り。おまえ、ちょっと手伝え」


 しかし。目の前には山のような献上品。1人や2人では運べない。


 「これだけの献上品、どうやって運ぶよ。
 俺たちだけじゃ、運びきれないぜ」


 「そこに置いてある乳母車を使え」


 「そいつは名案だ」


 誰かが使っているはずの乳母車。しかし、許可など取っている暇はない。
親分が戻ってくる前に、急いで献上品を運ぶ必要がある。
乳母車へつぎつぎ献上品が積み込まれていく。
赤ん坊の乗るスペースが、献上品プレートの山になる。


 「早くしろ。いそいで運べ。親分が戻って来るぞ。
 新年早々しくじったら、あとあとが面倒なことになるからな」
 
(14)へつづく