上州の「寅」(13)
元旦の午前10時。参道に初もうで客の姿がふえてきた。
昨夜と違いみんな着飾っている。
そんな中。派手なスーツを着た男が屋台へ挨拶に来た。
「ご商売中すいません。
わたくし地元の〇△組の者です。これから親分が初もうでにまいります。
これは些少ですが新年の名刺代わりに」
ペコペコ頭を下げながら、1万円札の入った封筒を置いていく。
「おい。〇△組の親分が初詣に来るってよ・・・」
「なんだって。おい、えらいこっちゃ。
のんびりしている場合じゃねぇ。
おまえらぐずぐずするな。焼き鳥、イカ、タコを、どんどん焼け!。
シケネタ(古い素材)なんか使うな。マブネタ(新しい素材)を使えよ」
にわかに屋体が騒々しくなってきた。
あわてて鉄板を磨きだす者。
車のアイスボックスへ入れておいたマブネタを取りに行く者。
あちこちで歓迎の献上品つくりがはじまった。
「おい。来たぞ」
歩行者専用の参道へ、黒塗りのベンツがあらわれた。
車の前に2人。後方に2人。映画「ターミネーター」へ出てくるような
屈強の黒メガネがボデイガードについている。
「車で乗り入れてきたぞ。交通指導員たちを買収したかな?」
「しっ。滅多なことを言うんじゃねぇ。
お寺さんだって見て見ぬふりだ」
「山門の前で停まったぞ。ということはチャコのテントが本陣だ」
テーブルを置いたチャコの屋台だけが、ほかよりすこし大きい。
車を降りた親分が山門をくぐり、寺へむかう。
「おい。いまのうちだ。いそいで献上品を本陣へ運べ!」
「誰が行く?」
「おれは嫌だ。おまえ行け」
「おれだって嫌だ」
「おれだっていやだ。本物とかかわりあうのは」
「俺もほんまもん(やくざ)はちょっとなぁ・・・」
「何だよ。しょうがねぇなぁ。どいつもこいつも腰抜けで」
そこへフライドポテトを持った角刈り男があらわれた。
「おっ、ちょうどいいや。
おい新入り。そこのフライドポテトの角刈り。おまえ、ちょっと手伝え」
しかし。目の前には山のような献上品。1人や2人では運べない。
「これだけの献上品、どうやって運ぶよ。
俺たちだけじゃ、運びきれないぜ」
「そこに置いてある乳母車を使え」
「そいつは名案だ」
誰かが使っているはずの乳母車。しかし、許可など取っている暇はない。
親分が戻ってくる前に、急いで献上品を運ぶ必要がある。
乳母車へつぎつぎ献上品が積み込まれていく。
赤ん坊の乗るスペースが、献上品プレートの山になる。
「早くしろ。いそいで運べ。親分が戻って来るぞ。
新年早々しくじったら、あとあとが面倒なことになるからな」
(14)へつづく