goo blog サービス終了のお知らせ 

落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(33) 第三話 ベトナム基準⑬

2019-08-06 11:23:19 | 現代小説
北へふたり旅(33)




 妻の骨折から3ヶ月が過ぎた。
週2回のリハビリの結果、「本日でリハビリは終わりです」
ついに終了の日がやってきた。


 手首に、5㌢のうすい傷跡がのこっている。
切開時のメスの跡だ。
冬にむかい日ごと気温が下がる中、「すこし冷える」と、
チタンプレートの入った手首を気にしている。


 3ヶ月間を完走できたのには理由がある。
リハビリが中盤にさしかかった頃、熱意がすこし冷めてきた。
成果が中だるみのせいもある。


 「手首に負担がかかるから、重いものを持ってはいけないんですって。
 すすんでいるのかしら。わたしのリハビリは?」


 
 手術した翌日から、手首のリハビリははじまった。
週2回が3ヶ月つづく。
さいしょのうちは、張り切って出かけて行った。
しかし。日にちがすすむにつれ、熱意が沈んでいく。


 ゴムボールを握りしめることもなくなった。
調理や洗濯、右手をかばいながらの掃除にそれほど不具合は見えない。
2ヶ月が過ぎた頃。「すすまないリハビリに意味があるのかしら?」と妻がつぶやく。
農家の仕事は休業中。
2人分の家事がおわると、あとは退屈だけが待っている。


 キュウリがつづいているうちは出勤できない。
10キロを超えるコンテナの持ち運びは、右手に負担とストレスを溜める。
キュウリの期間中は、ぜんぶ休めとSさんから許可が出た。
これが裏目に出た。


 「・・・だって退屈なんだもん」


 仕事から帰るたび、妻が不満を口にする。
「じゃ、出かけようか」というと、妻の顔が明るくなる。
もともと家にいることが、大嫌いな人だ。

 「テレビの番人はあきました。
 歳をとって動けなくなればそのうち、いやでもたっぷり見られます」

(60を過ぎればじゅうぶん、歳をとっていると思うが・・・)
と小声で言えば、


 「病人じゃないの。あたしは。
 右手がすこし不自由なだけです。
 あとは何処も悪くない、いたって健康な大人です」


 「見りゃわかるさ。ストレスが溜まってんだろ。
 いいよ。出かけよう」


 行く先を告げず、車へ乗り込む。
妻は無類の車好き。
20代の頃は、スポーツタイプの車を乗り回していた。
その習性はいまも残っている。
高速道路でアクセルを、べたに踏み込む。
2車線の道路にすき間があれば、前へ出ようと車線をかえる。


 「ママ。いい加減にしてくださいな。
 いい歳なんだから、どしっとかまえて優雅に運転してください」


 助手席へすわる娘が、ハンドルを切りまわす妻をたしなめる。


 そういう娘にも妻の血が流れている。
スポーツタイプの車に乗らないが新車を買うたび、なぜか派手な音をたてる
マフラに取り変える。


 「あなたこそ、静かに帰ってきてください。
 家のちかく50mまできたらエンジンを切り、しずかに入ってください。
 みんな寝ているのよ。ご近所さんも。パパも」


 「午後の8時に寝るのは早すぎます。
 パパに言ってください。
 人生の半分を、寝て過ごすつもりですかって」


 「寝る子は育つそうです」


 「70がちかいのよ。育つわけないじゃない。
 なに考えてんのさ。パパも、ママも」
 
 (34)へつづく