落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(15) 第二話 チタン合金 ⑤

2019-03-24 14:10:15 | 現代小説
北へふたり旅(15) 



 
 鈍い音がひびいたあと。
12歳年下美女のボールが、左の斜面に向かって飛びだしていく。

 「あっ・・・ひっかけちゃった」

 ミスしたことは、本人がいちばん分かっている。
ミスショットの代表格、それがひっかけ。
狙いを定めた方向でなく、最初から左へ飛びだしてしまうことをいう。

 飛び過ぎれば、雑木林へ落ちる。手前なら、朝露の斜面。
木立ギリギリ、美女のボールが落ちていく。
固いものに当たったのだろうか、ポンとおおきく跳ねあがる。

 「木の根にあたったかな?」

 全員の目が、跳ねたボールを追う。
2度、おおきく弾んだ後、美女のボールが斜面の向こうへ消えていく。
OBは免れたようだ。

 4人を乗せたカートが、第2打地点へ急ぐ。
フェアウェイのど真ん中に、ライバル美女のボールが見える。
妻のボールはライバル美女の後方、10ヤードの地点に落ちている。
しかし。12歳年下美女のボールはどこにも見当たらない。

 斜面で2度はねたあと、草の中へ消えたようだ。
全員の足が斜面へ向かう。
ボール探しの時間は、5分。(2019年の新ルールでは、3分)
漫然と探してもボールは見つからない。
探しかたに、コツがある。


 同伴競技者が打つとき、落下点まで見届けることが大切だ。
出来ているようで実はこれが出来ていない。見ているようで落下地点まで見ていない。
多くの場合、途中で視線を切っている。

 球筋もチェックポイントのひとつ。
右へ曲がるタイプか、左へ曲がるのか、把握しておきたい。
トラブルになった時どちらへ消えたか、探す目安になる。

 飛距離の把握も大切。
おおくのゴルファーが、なぜか前方を探す。
ボールとクラブが進化して飛ぶようになったとはいえ、その人の飛距離の
50ヤード先を探しても意味がない。
飛距離の手前から探していく。これもボール探しの鉄則のひとつ。

 おたがいを知り尽くしたライバルは、ボール探しも速い。
12歳年下美女のボールは、175ヤード地点の斜面の中に落ちていた。
さいわい前は空いている。
運が味方すれば、グリーンに乗りそうな雰囲気さえある。

 「日頃の心がけが良いと、ゴルフの神様がほほえんでくれるのよ。
 狙えるわ。あなたの腕なら。うふふ」
 
 ボールを見つけた妻が、ハンカチを置く。
目印を置くことも大切だ。
せっかく見つけても目印がないと、また見失う。
 
 「つぎはわたしの番。
 絶好のポジションに、ボールが有るんだもの。
 負けずに乗せたいわ、わたしも」

 向きを変えた妻が、斜面を下りはじめる。
その姿を遠目に見ていて、なんだか危なっかしい。
露の斜面はすべりやすい。
注意しているように見える。しかしそれでもなんだかバランスが悪い。

 (足を滑らさなければいいが・・・)
 
 そんな危惧を感じた時、妻がグラリとバランスを崩した。


 (16)へつづく