落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(67)大型重機

2018-04-06 17:39:08 | 現代小説
オヤジ達の白球(67)大型重機




 前方から重機がやってきた。
前面にアームとブレードを備えている。ホイルローダと呼ばれる重機だ。
キャタピラではなく、タイヤを履いている。

 工事現場で土砂の積み込みや、骨材の積み込みなどの作業を中心にこなす重機だ。
雪の多い地域では、除雪作業に使われることもある。
鋼鉄製の排土板が降り積もった雪を、歩道側へ押しのけていく。
ゆっくり前進してきたホイルローダーが、祐介のとなりでピタリと停止する。
窓から馴染みの顔があらわれた。

 「よう大将。ひょんなところで行きあうねぇ。
 ひょっとして、もしかして、愛人としっぽりぬれての朝帰りかい?」

 運転席から顔をだしたのは北海の熊だ。

 「なんだよ。誰かと思ったら熊じゃないか。
 朝から勤労奉仕か。ずいぶん御苦労なことだ」

 「それがよ・・・大きな声じゃ言えないが、実はまだ酒が残っているんだ。
 なにしろ出動命令が出たのが、深夜2時のことだからな」

 「なんと。深夜の2時から働いているのか。たいしたもんだ」

 「重機で出動するのは、4年前のニューイヤー駅伝のとき以来かな」

 「4年前のニューイヤー駅伝の時も、出動したのか!」
 
 「出動したものの、結局、雪は降らなかった。
 それでもいつ降っても除雪ができるよう、スタートの30分前まで待機した。
 7区間、100キロの道路を除雪するんだ。
 群馬県中の土木業者と、ありったけの重機がかき集められた。
 その中に、俺様も居たというわけだ」

 積雪地域でなければ、自治体は除雪車を常備しない。
百年に一度の豪雪に備え、ふだんはほとんど雪のふらない自治体が除雪車を
備えることは不合理であり、現実的でない。

 そのため行政は積雪時、土木建築の事業者に除雪に使える重機を提供してもらう。
割り当てした区域の除雪作業を委託する。
降雪が予報されると担当者は、休日夜間に関係なく、すぐ出動できるよう待機する。
所有する重機が不足する場合は、レンタル事業者へ手配する。

 「雪が降れば仕事になるから、行政から報酬が出る。
 しかし。降らなければ雀の涙程度の金をわたされて、はいご苦労さんで解散だ」

 「大変だね。庶民の生活を支える縁の下の力持ちも」

 「うまいことを言うねぇ。さすが監督だ。
 高台の雪かきはおわった。これから下へおりるところだ。
 乗ってけ。少し狭いが、下り坂で転倒する危険を考えればはるかに安全で快適だ」

 どうぞと熊が運転席のドアをあける。
座るスペースはない。しかし大人一人が入れるスペースは充分にある。
驚いたことに暖房が完備している。運転席はセーターで居られるほど温かい。

 「土木の現場は過酷な場所がおおい。
 道路の建設にしても、河川の整備にしても、大自然のど真ん中での作業だ。
 ほこりもたつ。雨風にもさらされる。
 そんな中で一日中作業するんだ。快適な空間でなければ8時間はもたねぇ」

 熊が言うようにたしかに快適といえる空間だ。
老人たちが苦労してのぼる心臓破りの急坂を、ホイルローダーがゆうゆうと降りていく。
速度はゆっくりだ。だがおもいのほか乗り心地は良い。
 
 5分ほどでホイルローダが、下の平坦地へ出る。

 「おもな道路は、すでに除雪がおわっている。
 これから行くのは、住宅街だ。
 生活道路を除雪しておかないと、いざというとき緊急車両が通れない。
 救急車を呼んだのに雪で立ち往生したんじゃ、話にならないからな」

 世話になったねと熊の肩を叩き、祐介が運転席から降りていく。
時刻は朝の6時40分。
うす暗かった空が、じょじょに明るさを増してきた。

 (68)へつづく