落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (32)

2017-01-17 18:25:12 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (32)
 お座敷にて




 芸妓が入るお座敷は、だいたい午後の6時頃から始まる。
芸妓たちは、6時前までに会場へ着く。
開いているお座敷か、お客さんが来るお座敷で待機する。
会場で待つ場合は、端に並んで正座して待つ。
お客が入ってきたら「いらしゃいませ」と、ていねいに出迎える。


 後から入る場合。座ってふすまをあけ、入った後、あらためて正座する。
「いらしゃいませ」と挨拶を済ませる。
このとき、先輩格の芸者さん(どんな年令であってもお姐さんとよぶ)
から先に、お座敷へ入ってもらう。
年令やキャリアが上であっても、半玉の入室はかならず最後。



 座る席にも、順番がある。お姐さんから順に上座から座っていく。
半玉の指定席は下手の末座。
そこに空席がなければ、、開いているところを見つけて適当に座る場合もある。
お姐さん芸妓から『こっちに来なさい』、と指定されることもある。



 宴会はまず、コップにビールを注ぐことからはじまる。
(とりあえず、ビールで乾杯というやつだ)
お料理が到着したら、割り箸を割り、お客様にさし出す。
酒がなくなる前にお酌していく。


 ビール以外の別のアルコールをすすめる。
さりげない会話を交わしながら、その間、食べ終えたお皿をすぐに片付け、
お膳から下げるようにする。
コップや御猪の口が乾かないよう、いつもなみなみなの状態を
保つよう、配慮しながらお酌していく。



 『おい、清子。
 これじゃまるで、どうってことない、ただの普通の宴会じゃないか』



 『しいっ、。あんたは顔を出さない約束でしょう。
 そんなところから、ひょっこり、顔なんか出してどうするの。
 見つかったら只じゃすまないのよ、まったくぅ~』



 『普通のまんまじゃ、いつまで経っても盛り上がりに欠けるだろう。
 だいいち、かごから顔を出さなきゃ、小原庄助の顔が見えないじゃないか。
 おっ、あいつか。なんだい、どう見ても、大した男じゃないなぁ。
 あんな青白い男が好みなのかよ、小春姐さんは。
 まったく小春姉さんも、男の趣味が、どうにも最悪だなぁ』


 『大きなお世話です。たま。
 いいからお前はかごに隠れて、そこで聞き耳だけを立てていなさい!』



 ピシャリとかごの蓋を、清子が閉じてしまう。
『なんだい、ケチ。折角これからというところなのに・・・』
たまが暗闇の中で目を光らせる。
たまがブツブツと愚痴をこぼしはじめたとき、ようやく待ちかねていた
小春の三味線が、お座敷に流れてきた。



 「涼しくなったから」という、罰ゲームのついたお座敷遊びの始まりだ。
初めてのお客さんでもわかりやすい、お座敷遊びのひとつ。
受けがよく、とにかく面白いと言われている。



 芸者たちがまず見本をみせる。ひとりが女役で、もうひとりが男役。
ふたりともそれぞれ団扇を持って立ち上がる。
次はお客さまに演じてもらうために、客には男役のほうを
じっと観察してもらう。
しかし。予行演習はざっと見せるだけで、かんたんに終わる。


 すぐ本番がやってくる。
小春が三味線にあわせ、『涼しくなったから、ちょっと出てきてごらん』
とあでやかに歌う。
唄にあわせ、お客さまが『おいで、おいで』と手招きをする。すると芸者がそばへやって来る。
お客さまが芸者の肩に手をかける。そのまま、抱き寄せる。
顔を団扇で隠しながら、さらに接近していく。


 『釣りぼんぼりの灯も消えて・・・』と唄がすすむ。
見ている者には、本当に2人が接吻をしているように見える。
そこで芸者が、パラリと団扇を落とす。



 もっと色っぽい遊びがある。「蒸気ゃ波の上」というゲームがある。
三味線にあわせて、蒸気ゃ、波の上 汽車、鉄の上。雷さまは雲の上。 
浦島太郎は、ありゃ、亀の上・・・
と唄いながら、お客様と芸者がジャンケンを繰り返すという、単純な遊びだ。
お客さんが負けると亀の格好になってもらい、四つん這いになる。
背中の上に芸者が横坐りになって腰かけ、浦島太郎の気分にひたる。
お客さまは、芸者のお尻のぬくもりを堪能することになる。



 芸者が負けると、『わたしとあなたは床の上』という歌が飛び出してくる。
芸者が仰向けに寝る。お客さまはここぞとばかり、芸者の上に体を重ねる。
クイクイと、得意満面に腰を元気にふる。
お座敷ゲームには、いずれの場合も、罰盃というものが付きまとう。
『負けた方がお酒を飲む』。これがお座敷での鉄板ルール。



 『おっ、ようやく盛りがってきたぞ。お座敷が!』


 ぴったりと閉ざされていたかごの蓋が、いつの間にか、開きはじめる。
たまのランランと輝く大きな目が、そっと、かごの隙間からふたたび現れる。



(33)へ、つづく

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