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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ桐生  (9)  輪島から兼六園へ(その1)

2012-05-12 07:42:09 | 現代小説
アイラブ桐生
(9)第三章 輪島から兼六園へ(その1)


(資料画像その1・日本海の夜明けより)




 
 レイコが、助手席から、
 「煙草が、ある?。」と左手を伸ばしてきました。

 「吸えるんだ。」



 「うん、たまにね・・吹かすだけだけど。」
 ふう~っと長く煙を吐いてから

 「いい車だね。とっても良く走るもの。」




 ありがとう、とだけ答えました。この車だけは自慢できます。
アフリカで毎年行われている、サファリ・ラりーを
見事に疾走していくその勇姿に一目ぼれをして、無理した買いこんだ愛車です。
ブルーバードのSSS(スリーエス)は、かけだしの板前などが乗るのには、
きわめて贅沢すぎる車でした。



 ただし私には、暴走族的な趣味は一切ありません。
普段はほとんど乗らずに、たまの遠出とドライブを楽しむだけの程度です。
この時代になると、高性能を誇る国産車がつぎからつぎと自動車メーカーから
発表されて、多くの若者たちの間でスピードを競い合う、きわめて危険な風潮がたかまりました。


 「サファリを走った、自慢の心臓だぜ。」



 「そうなの?
 それじゃあ、あんたの心臓も、車に負けないくらい強いといいわねぇ。
 わたしも安心して、その後の報告が出来るんだけどなぁ・・・・
 何の話だか、聴きたい?」


 「?」

 「M子が、この春になったら結婚するという話です。
 もう、同級生の誰かから、聞いたかしら?」



 まったくの初耳です。
M子とは、レイコのお節介から始まって、中学・高校と交際を続けてきました。
しかし些細な理由から、レイコに最後となる誕生日祝いのプレゼントを届けてもらって以来、
その後は会うことも無くなり、ついにはそのまま放置ともいえる状態になっていました。


 「あんたが勝手に転校をして、
 思う存分、柔道に励んでいた頃・・・・
 それこそM子は毎日泣いて暮らしていたわ。
 捨てられた訳じゃないけれど、ほとんどなんの相談も無く、
 突然居なくなられたのでは、M子も立ち場が無いし、あまりにも辛すぎたと思う。
 結局、そんなM子を優しくいたわってくれたのは、遠い親せき筋の男の子だった。
 解るでしょう。その子があなたの身代わりを努めてくれたのよ。
 まったくあんたは不器用すぎるから、同時に二つの事が出来ないんだもの・・・・
 彼女を取るか、柔道を取るか、選択の余地が無いんだもの。
 まぁ・・・・そう言うところがあなたらしいと言えば、それまでだわね。
 ということで貴方以降に、愛を育んできたあの二人は、
 この春めでたく、ゴールインです。」




 「・・・・・そうだったんだ。知らなかった」



 「いいんじゃないの、別に。
 中学と高校の時代につき合っていたことは事実でも、あんたはM子に、
 手も足も、ちょっかいさえも出したわけではないんだもの。
 たった一度のキスの思い出もないんだからと、M子も呆れたと言うか、笑っていたわ。
 将来を、固く約束し合っていたという訳でもないし・・・
 もう今となってはそれほど、気にしなくても。」


 女同志のおしゃべりというやつは、いったいどこまで、どんな内容にまでおよぶのでしょうか・・・
当人たちだけの秘密や内緒と思っていた事がらが、実に見事に、
筒抜けになっているような気配がします。



 「そうだ・・・あなたも着替えて頂戴。
 体型が似ているから、M子のお兄さんの普段着を借りてきたから。」



 なんで大量に男物まで借りていくのかM子は、不思議には思わなかったのでしょうか、
それともレイコが、よほど上手く言いくるめたのでしょうか、
ちゃんと、アイロンの効いた男物のシャツが3枚も綺麗に折りたたまれて入っていました。
それにしても、なんで3枚だ・・・・?


 その枚数にも驚きましたが、もっと驚いたのは大量の文庫本が
バッグから転がり出てきたことです。
手にとってみるとそれはいつも愛読していた「青春の門」のシリーズで、
しかもその全巻分がちゃんと揃っていました。




 「おいっ、お前。まさか・・・・」




 「あ~、ついに、ばれちゃっちゃいましたか。
 ついでに渡してくださいって、M子から頼まれて持ってきました。
 あなたとドライブするのは内緒にするつもりだったけど、
 M子のあまりにも幸せそうでウキウキとした顔を見ていたら、
 あたしの中の悪魔がついつい悪戯をしちゃったの。
 ごめんねぇ、もしかしたら私たちは、つき合うようになるかもしれないって、
 ついつい嘘などを、ついてしまいました・・・・
 (私は、その気なんだけどさ。でも、あんたの本心は分からないままでしょ)
 実は、あんたの誕生日に、M子はどうしても自分から渡したかったそうです。
 あの日のプレゼントのお返しに。
 あんたが愛読している「青春の門」が、
 文庫本で、やっと全部揃ったので、あれから5年間も待たせてしまったけど、
 レイコから渡してくださいって。そう言われて託されました。
 断るわる訳にもいかず、
 はいって、快く返事をして、預かってきました。」


(やっぱり全部、内緒話も筒抜けだ・・・。)





 紺碧に輝く日本海を右に見て、
何処までも南下していく日本海沿いの国道は、実に快適そのものでした。


 朝早いことも有りますが、表日本では考えられないほど、
人家も見えなければ反対車線を走る対向車も、めったには行き会いません。
のんびりとしていて、鈍く照り返しを見せはじめたアスファルトの一本の路が、
海岸の景色などを見え隠れさせつつ、南西方向へ向かって
どこまでも単調に伸びて行きました。

 小さな集落が見る間に接近をしてきても、
民家は、あっというまに車窓を通りすぎて消えていきます。
再び山と斜面だけの景色に変わり、右側には日本海の青い海がまたひろがりはじめます。
左手の山脈から駆け下りてくる急な斜面は、そのまま突きささる角度を保ったまま
海へと落ち込んいくそんな同じ景色ばかりを繰り返していきます。




 能登半島の付け根、氷見をすぎたころには、
真夏の太陽はすでに頭の上で、今日もまた激しく気温をあげはじめました。
耐えきれずに、エアコンの目盛りをひとつだけあげました。



 「お腹、すいたね」
 レイコが、ポツンとつぶやいています。



 大きく入り江を回り込んんでいく道路のはるか先に
キラリと屋根が光っている、ドライブイン風の建物が見えました。
とりあえず、休憩ができると決めて道を急ぎました。
寄りこんだのは、地元の海産物を扱っている漁港のお土産処です。
なんでもいいさ、身体を伸ばして休むことができるなら・・と
背伸びをしながら裏手へ回ったところで、思いもかけない地元の絶景が、
私の目に、飛び込んできました。


 「へぇぇ・・・・」

 思わずフェンスに両手をついて、海に向かって身体を乗り出してしまいました。



 足元から一気に削りとられた断崖が、
その急角度を保ったまま、海の中へ吸い込まれていきます。
真っ白い海底の砂のひろがりの中に、青い海藻と黒茶色した岩礁がどこまでも交互に
重なりあいながら、はるか沖合にまでその縞模様を織りなしています。
水の色さえも感じさせないほど、これほどまでに透明な海を見るのは、
生まれて初めてといえる経験です。




 「わぁ、絶景!」


 海面を覗きこんでいる私の右脇の下から、レイコが
ひょっこりと顔をのぞかせました。 お前、そんなところから・・・・

 「吸いこまれそう・・」



 わきの下をくぐり抜けたレイコが、私の身体の前へ回り込んできました。
フェンスに両ひじをついた瞬間に、思い切り元気よく、レイコが身体を前に乗り出します。
そんな窮屈な態勢を保ったまま、私の懐にもぐりこんでいるレイコは、
息をひそめたまま、眼下の海面に眼を凝らしています。
密着をしているレイコの身体からは、ほのかに甘い香りがしてきました。
やがて潮風の中にかつて嗅いだ覚えのある、レイコの洗いたての髪の匂いも混じってきました。



 「おまえ、大胆だなぁ・・・」

 「あら、こうしていると迷惑?」

 否定はできませんが、しかし肯定することもできません。

 「田舎じゃあ、できないもの・・・」

 「・・」



 それも、どこかで聞いた覚えがあります。
古い記憶をたどりながら、それがどこであったか思いだそうとしていると・・・・



 「ごはんに、しましょう!」



 なんの前触れもなく、クルリと振り向いたレイコの顔が、
私の唇と触れてしまいそうな、ほんの数センチといえるほどの至近距離に現れました。
レイコの瞳が一瞬だけ、私の瞳を見つめて止まったような気がしました。
が、次の瞬間レイコは、私の左の脇の下をするりとくぐり抜けてしまいます。

 「お腹すいたぁ~」

 またそこでレイコが身体を翻して一回転をしました。
ボブカットからのぞく、真っ白の首筋をこれでもかと見せつけたレイコが、
レストランを目指して、軽快に走り去って行きます。

 何だったんだろう今・・・と考えながら、
もう一度、海底まで夏の日差しがとどいている海の様子を目におさめました。
やがてレストランの入り口で元気に手を振っているレイコに向かって
ゆっくりと歩き始めました。



(10)へつづく


(資料画像その2・日本海の夜明けより)



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