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小春奈日和

赤ちゃんは、人間は、どのように言葉を獲得するの?
わが家の3女春奈と言葉の成長日記です。

2019年が明けましたね

2019年01月07日 00時19分50秒 | 日記
2019年1月6日

 少し遅くなりましたが明けましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします。

 今年最初の投稿は元旦に撮った写真のアップから。

 家から歩いて10秒ほどの所で撮った初日の出です。
 元日の朝って雲の多いが多くてこの場所から初日の出を拝むのは
難しいんですよ。
 山の上とかから臨む日の出と違って平地から臨むわけですしね。
 実際のところ去年もダメで初日の出を拝むのは2年ぶりです。

 

 この写真で朝日が昇っているのは大和葛城山です。その右側に低く
なっている箇所がありますが、これが水越峠でその右が金剛山です。

 歴史好きの人ならご存知でしょうけども、楠正成が鎌倉幕府軍と
戦った千早城や赤阪城があったところです。

 ともかく。

 重ねて申し上げますが本年もどうぞよろしくお願いいたします。

おまわりさんのお仕事

2018年10月22日 00時08分47秒 | 日記
2013年10月24日(木)(5歳6か月)


 単語の意味を理解するにはイメージが大切である。

 たとえば、僕自身の場合、幼い頃サラリーマンとセールスマンの
区別がなくごっちゃになっていた。

 これは、サラリーマンが何をする人なのか、セールスマンが何を
する人なのか、というイメージができなかったせいである。



 毎週木曜日の和泉中央ファミリーの帰り道、自転車に乗った
警察官がいた。

 それを見た春奈が、

 「フシンサがいないか回ってはるんやな」

 フシンサというのは不審者のことだ。まだ「フシンシャ」と
言えない春奈である。


 普通、子供が抱く警察のイメージと言えば、悪い人を捕まえる人、
とかじゃないのか?

 春奈にとって、おまわりさんとは不審者をいないか見回りをして
いる人らしい。

 それも間違ってはいないけども。


 実は春奈がそんなイメージを持っているのも理由がある。

 夏に保育所でお泊り保育があった時、夜におまわりさんが、

 「不審者はいませんか?」

と訪問してくれたからだ。


 つまりは、イメージというものは自身の実体験からくるものだ、と
いうことだ。

 言葉というものが、テキストなど目から覚えるより、人との会話の
場など耳から覚えた方が忘れないのも、「テキストを読む」という
体験よりも「人と話をする」という体験の方がよりインパクトの強い
体験だからである。

 だから、結局はいつも言っているように、人がいる環境によって
言葉が育つということなのである。

みんなオトモダチ

2018年09月17日 17時04分43秒 | 日記
2013年10月23日(水)


 「今日、整骨院にオオタさんいてた」

 春奈が言う。

 整骨院と言っても春奈が通っているわけではない。

 通っているのはみんたの方である。春奈は一緒について
行くだけ。

 けど、誰?オオタさんって?どういう知り合い?

 「オオタさんって誰やねん?」

と、訊くと、横からみんたが、

 「整骨院で時々会う人」

と、教えてくれた。続いて春奈が、

 「春奈の友だちやねん」

 その人って大人やんな?子供じゃないよね?

 それ、ただの通院患者さんじゃねーか?と、思ったけど
春奈はすべて友だちと思っている。

 人見知りな子もいるけど、そうじゃない幼児ならみんな
そうだ。知り合いだとかアカの他人だといった区別を
つけない。

 これが赤ん坊や幼児の言葉の成長が早い理由のひとつだ。


 前から、言葉の聞こえてくる環境があればその言葉が
話せるようになる、と言ってきたけど、でも、ただ聞こえて
来るだけではダメなんである。

 分かりやすい例を挙げるなら、赤ん坊や幼児のそばで
英会話のCDを流し続ければ英語が話せるようになるのか、と
言えばならないのと同じだ。


 みんたが教えてくれたけど、春奈が1~2歳の頃、整骨院で、
たとえば花子さんというおばあちゃんの患者さんが帰る時に、

 「春奈ちゃんバイバイ」

と、手を振ってくれると、春奈も、

 「花子ちゃんバイバイ」

と、返していたそうだ。

 ホンマ年齢関係なく知っている人はみんな友達という感覚
やってんなあ。

日本人でも知らん言葉

2018年08月09日 02時02分14秒 | 日記
2013年10月19日(土)


 今日明日と1泊でインドネシア人のゲストがわが家にステイ。

 日本がインドネシアから介護士を募集しているので、日本で
介護士になろうと来日したそうだ。

 日本という国は外国籍の人が労働することに関して許可が厳しい
のだけど、高齢者の増加とそれに反比例する労働人口の減少に
対応するため外国籍の介護士を導入する気になったらしい。

 もっとも、応募した人たちも日本で介護士の資格取得試験を
受けてそれに合格しなければいけない。
 まずは日本語の習得である。

 うちのゲストもただ今日本語の研修中で、今回のホームステイ
もその一環であるとも言える。

 でも、なかなかに大変そうだ。

 日本語で会話ができるならOK、というわけにもいかないようだ。
 専門用語を理解していなければいけないのだ。 

 たとえば、「縟瘡(じょくそう)」という言葉をはたしてどれ
だけの日本人が知っているだろう?

 これは「床ずれ」とも言う。

 床ずれ、って言ったらみんなも知ってる、と言うだろうけど縟瘡と
言われたら初耳な人も多いと思う。


 ところで、海外の言葉を習得する際には、「完璧に話せるように
なろう」なんて思う必要はない。

 とにかく相手とコミュニケーションが取れたらならそれでいいのだ。

 そこから始まり、相手との関係性が深まれば、自然に言葉は育っていく。

 だけど悲しいかな、日本人は完璧に近い状態まで話せるようになって
からその国の人と会話をしよう、と考える傾向にある。

 まずカタコトで会話をする、ということをしないと言葉も成長しない
のにその過程を飛ばして言葉が育つわけがないと思うのだけどねえ。

 なんで今こんな話を始めたかと言うと、日本人でも縟瘡という言葉を
知らない人は多い、と言いたいからだ。

 つまり、母国語でさえ知らない言葉があるのに海外の言葉を「完璧に」
なんてムリだよ、カタコトでいいんだよ、と言いたかったわけだ。


 それでうちのゲストは釣りが趣味だそうで、ゆうき、りえと3人で
近所の釣り堀に出掛けて行った。

 まあ、いい息抜きになれば良いんだけどね。

ケンカも言葉も環境

2018年07月23日 00時31分18秒 | 日記
2013年10月18日(水)(5歳6か月)


 ゆうきと春奈が口げんかして、春奈が泣く。

 わが家では日常と言ってもいい風景だ。

 そもそも園児の春奈が中学生のゆうき相手に勝てるはずもない。

 ってか、ゆうきも8歳も歳の離れた園児相手にもっとおおらかに
なってもいいと思うのだけど、みんた曰く、

 「男の子はそういうところがあるかもしれへんけど女の子は
相手がなんぼ年下やろうと容赦せえへんよ」

 そういうもんかね。

 ゆうきも言う。

 「春奈、この家で1番チビのくせに態度でかい!」

 いや、幼児はみんなそうやろう?逆に卑屈な幼児って何か
イヤじゃね?

 そんなにケンカするならはじめから離れていればいいのに、
いつも一緒にいる。

 それがふたりの環境であり、人にとって一番身近な環境とは
家族なのだろう。

 そして、その環境が人の言葉を育てる。

 事実、一番歳の近い姉が自分より8歳年上という春奈の話す
言葉は、この年齢の子が使わんやろう、というようなものが
多々あった。いや、これは今でもそうだけど。


 春奈とはよくケンカしているゆうきだけど、双子のりえとは
あまりケンカしない。これは幼い頃からそうだった。

 もっとも春奈と比べての話であって双子同士でケンカすることは
あったけど。

 そんなゆうきとりえが幼い頃にみんたが言っていたこと。

 「ケンカするには言葉がいっぱい必要やからね。ケンカできるのは
それだけ言葉が育っているってことなんやけど・・・」

 ただ、幼いゆうきとりえがケンカで相手を責める時の口調が、
みんたが子供を叱る時の口調やセリフが同じことが何かイヤだ、と
言っていた。

 これも言葉が環境の中で育つ証拠のひとつだ。



                                    ※写真はイメージです。本人たちではありません。